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5-5 やっと面会終わった




 結論から言うと、開拓不可能の理由はまだ計画の初期段階ではあるが、一大事業を予定しているからだそうだ。


 その事業とは──『リースの街の拡張』である。


 確かに堅牢な防壁で囲わなければならないこの世界の街にとって、拡張などこれ以上ないほどのビッグプロジェクトである。

 そしてそのためには金や物資はもちろんだが、なによりも人材、とりわけ戦力となる人材が必要となる。

 それは魔物の存在が原因である。


 街であれ農地であれ、新しい人の領域を作ろうと思えば、魔物がそう簡単には近寄ってこないようにしなければならない。

 そのためにはそれなりの長期間に渡って魔物を追い払い続け、魔物に知らしめなければならない。縄張りを示さなければならないのだ。


 そしてそれこそが、米作りに手を出せない直接の理由である。

 街を拡張するための戦力すら増強する必要がある現状で、新たに開拓など不可能。

 ……とのことだ。


「なんなら農地はお前たち自身で拓いてくれてもよいのだぞ?」


 などとどこか本気っぽく言われたが、それって年単位でやらなきゃなんないことだよな。さすがにそれは……あ、でも土いじりは嫌いじゃないし、田んぼ作りながら魔物追い払うとかなら……ああ、でもルチアの仇を討たなきゃならないし……。

 と、割と真剣に考えていたら、「……いや、やめておこう。忘れてくれ」と侯爵の方から断ってきた。


「そなたらに土地を任せるのは、なにか恐ろしい気がする」


 なんじゃいそれ。別に地雷を埋めたりするようなことはしないつもりだが。


「領土を主張され、独立でもされたらかなわんからな」


 侯爵は真顔なのになかなか面白い冗談を言うじゃないか。


「あははっ、そんなことするはずがないじゃないですか。開拓するのに数年だけというならまだしも、独立ってそこに完全に住み着くってことでしょう? 僕はちゃんと住むなら冬は山で雪遊び、夏は海で水遊びを近場で楽しめるところと決めていますから」


 そう言ったら、なぜか後ろから驚きの声が上がる。


「雪遊び!? しかも海で水遊びって……泳ぐつもりか!?」

「雪はまだしも、海というのは余りに命知らずではないかと思いますが」


 ああ、そうか。海にも魔物いるから、この世界では海運もほとんど発達してないくらいだもんな。

 海水浴をしようと思えば、かなり大掛かりな準備をしなければならない。


「なにか方法を考えておかないとな。まずは空母でも建造するのがいいだろうか」

「諦めるという選択肢はないのですか……」


 水着姿のニケとルチアとセレーラさんと、白いビーチでキャッキャウフフしない選択肢? そんなものはない。必ずやり遂げることを、米の流通よりも固く誓う。

 しかしもう片方の遊び……雪遊び、か。ふむ。


 雪遊びについて考え事をしていたら、なんだか侯爵の顔が険しいことに気づいた。


「そうか……独立しないのは()()()()()()()()()()()()のだな。やはりそなたらは、内に置いておくのも……」

「なんでしょうか?」

「いや、なんでもない」

「はあ。それにしても、ただでさえ大きなリースを更に拡張ですか……諸侯の方々との軋轢を生みそうですね」


 嫌味というわけではないが、軽くチクリとやってみる。

 だが侯爵は、「かもしれぬな」と微塵も悪びれることなく言ってのけた。

 こ、こいつ……。


「安寧うんぬんというのはなんだったのでしょうか」

「ふふ、上や周りの顔色を窺うばかりでは、行く末を見失うであろう?」


 侯爵はそう笑って、優雅な仕草で紅茶に口をつける。

 ぐぎぎ……だから妖怪の相手は嫌なんだ。

 もういい、やっぱり交渉はもっとチョロい相手とやるべきだ。

 どこかにいいカモは……あれ? そういえば侯爵の隣にも貴族がいるな。


「あの、つかぬことをお聞きしますが、ゼキル様のご実家は土地を治めていらっしゃるので?」

「えっ? えっと、まあそうだね。父は伯爵位を授かってるから、それなりには」


 伯爵……。


 俺は机に置いていた小さなアダマントの欠片たちを、ゼキル君側にゴロゴロと移動させた。


「お父様とは末永く良い関係を築かせていただければと思っています」

「ええっ!?」


 ゼキル君の驚きの声と、侯爵が慌ててティーカップを置く音が重なる。


「待て待て待て、早すぎるぞ乗り換えるのが。しかも私の目の前でなど」

「そう言われましても、米を作ってくれなければ用はないですし」

「そなた、どんどん遠慮がなくなっていくな……私の考えに感服したなどと言っていたのが遠い昔のようだ」


 苦笑い気味に侯爵はくつくつと喉を鳴らす。


「まあ聞け。そなたの言葉にハッとさせられたというのは嘘ではないのだ」


 現状に満足すべきではないという話のことか。


「私の考えはな、漫然としたものでしかなかったのだ。街が拡がれば勝手に人が集まり、勝手に栄えていくだろうと」

「水晶ダンジョンがある限り、その未来は約束されていると思いますが」

「だがそれは、今の街が本当にただ拡がっただけ、であろう? それではあまりに芸がない。そなたの言葉を借りれば、神の恩恵に縋っているだけに過ぎぬ。情けないと言われても仕方がないかもしれぬ。そう思ったのだ。そこで、だ」


 侯爵は身を乗り出すと、ゼキル君の前に並ぶアダマントを自分の正面に転がし戻す。


「街の拡張がある程度落ち着き次第、こちら側からもう一手か二手打つべきではないかと思い至ったのだ……わかるな? 私の言いたいことが」


 公共事業的なことをやる気になったので、米を作ってみてもいいぞということか。


「これから詰めなければならぬ点も多いし、確約はできん。だが私としては、稲作には本当に試みる価値があるのではないかと考えている」


 ここに至ってつまらない演技をする人ではないだろう。その目を見る限り、どうやら本気に思える。

 トップダウン式の社会構造なので、侯爵がやる気になっているのであれば実現する可能性は非常に高い。


「無論やるとなれば初めは試験的となるだろうが、それでも相応の規模で取り組むことになる。当然収穫、収益が見込めるようであれば更に拡げるつもりだ。どうだ、それで手を打たぬか」


 悪い話ではない。

 街の拡張で流れ込んでくる人々の中で、仕事が決まっている者など多くはないだろう。必然的に公共事業に喜んで飛びつく。

 そこで更に見通しが立つようであれば、人手は余るほどあるのだから規模の拡大は容易だ。


 俺としては最終的に、世界中のどこにいても米を好き放題に買いたい。そのために流通量をとにかく増やしたいので、これはロマンあふれる提案だ。

 でもなあ……。


 俺は机の上のアダマントの欠片五つのうち、二つを両手で取った。


「む?」

「街の拡張が落ち着くのはいつ頃になるのでしょうか」

「それは……八年、いや五年でなんとかしてみせよう」


 それが本当に実現可能であれば、思ったよりは早い。レベルがあるから身体能力高いし魔術

はあるし、マジックバッグとかもあったりするおかげだろう。

 それでも五年。

 諸手を挙げて喜べるものではない。うちの腹ペコ姫たちに我慢させるには長過ぎる。

 まだ本決まりでもないことを考えれば、六十点ほどの評価が妥当じゃないかな。


 こちらの心情は理解しているのだろう。侯爵は取り上げたアダマントを見て、むーんと唸っている。

 そこに、横から好々爺然とした声が通る。


「閣下、タチャーナ様方にメリドリド様を紹介なさってはどうですか」


 執事の言葉に、侯爵が両手で膝をパンと叩いた。


「おお、それは良いな!」


 話を聞くにメリドリドというのは、大森林の獣人とマリアルシア王国の商人たちの間で卸売業を営んでいる獣人らしい。

 アダマンキャスラーの情報は、その人がもたらしたそうだ。


 大森林の獣人は種族ごとにコミュニティを作っていることが多く、かなり排他的である。俺たちが直に取り引きするのはなかなか難しいだろうから、紹介してもらえるのは素直にありがたい。米の在庫があるかもしれないし。

 腹ペコちゃんたちにもせっつかれたので、俺はアダマントを机に戻した。


 本当はアダマントなんて腐るほど抱えているし、先行投資として渡しておけば少しは心変わりを防げるだろう。

 ま、今回はこれで充分としますか。


 差し出した俺の小さな手に、侯爵の大きな手が重ねられた。




 その後少しだけ雑談をして、そろそろお暇することにした。


「今日はお忙しい中時間を割いていただき、本当にありがとうございました。お陰様で有意義なお話をさせて頂くことができました」

「ふふ、存外に楽しい時間だった。こちらこそ礼を言おう。初めはアダマンキャスラー撃退の褒美でもねだられたら、なにをくれてやろうか悩んでいたのだがな。まさかこのような話になろうとは思いもしなかった」

「侯爵様にねだるなど、そこまで恥知らずではないつもりですよ。褒美ならすでにこれ以上ないものを貰えることになっているので」

「ほう、そうなのか」


 本当はこんなところに来るよりも先に、セレーラさんのところに行きたかったのだ。

 ほっぺにチューという褒美をもらうために。


 ……俺たちだけで撃退したわけだし、褒美の増量は認められないだろうか。唇とまではいかなくても両ほっぺとか、ほっぺにベロチューとか。

 どさくさ紛れに縦ロールを揉めたりしないかなぁと考えていたら、ゼキル君が褒美のことを思い出したようだ。


「ああ、セレーラのあれかな。褒美がそんなことでいいって言うんだから、ほんと君はおかしな人だよね。でもこれでセレーラの機嫌は直るだろうし、良かったよ」


 俺たちが本当はアダマンキャスラーと戦いに行ったことを、ゼキル君も呼び出されてから知らされたばかりである。他のギルドとの打ち合わせで出ていたセレーラさんは、まだ俺たちは逃げたと思っているのだ。


「セレーラさん怒ってます? いつもみたいに」

「あのさ……色々話は聞いてるけど、一応言っておくね。セレーラは叱ったり厳しいことは言うけど、普段は怒ることなんて滅多にないんだよ? 君くらいだよ? セレーラを簡単に怒らせられるのは」


 別に怒らせたいわけではないのだが……。


「まあ今回は怒ってるというのとはちょっと違うかな。ショックを受けているというか……なんと言えばいいかわからないけど。とにかくアダマンキャスラーのこともあって、すっごくピリピリしてるんだ。話しかけるだけでも勇気がいるんだよ……」

「ほう、セレーラがそれほどにか」


 副ギルドマスターだけあって、セレーラさんは侯爵とも面識があるようだ。

 驚きの顔を見せる侯爵に、ゼキル君が頷く。


「そうなんです。そのせいでギルド全体が、牢獄より静かで重苦しい雰囲気になっていますよ……でもこれでようやく解放されます。本当に、本当に良かった」


 よほどきつかったのだろう。心の底から安堵の言葉を吐き出し、ゼキル君は体の力を抜いて背もたれに身を預けた。

 アダマンキャスラー撃退よりも、そっちが解決されることの方が嬉しそうである。


 だが──そんなゼキル君には悪いのだが、俺は一つ思いついてしまった。

 心の中の悪魔が囁いてしまった。

 それほどセレーラさんがショックを受けているのであれば、それを利用しない手はないのではないか、と。


 そして俺は……アダマントの欠片を一つ取り出した。


「もう一つだけ、お願いがあるのですが」


 ──悪魔の囁きに従って。


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