1-6 逃げた
たったかたーと俺は走る。
地図通りにゲートへと向かって真っ直ぐ。
魔物ですか? 問題ないです。
『右です』
「おうよ。発射ぁ!」
剣を向けてMPを込める。雷撃が走って魔物は死ぬ。なんというイージーモード。
「いやー、ほんと便利」
『少しは自分で攻撃したらどうですか。この辺りの魔物であれば貴方でも倒せるでしょう』
「やだよ、汚れるし」
『……魔力がもったいないでしょうに』
「MP高いし、マジックポーションあるし。それにケーンさん……君が傷ついてしまったら僕は悲しい」
どやっ。
『問題ありません。私の技能に《再生》があります。たとえ粉々になっても、時間さえあれば元に戻ります』
クールな神剣シュバルニケーンことケーンさんは使う言葉がやや堅苦しいのだが、技能というのはスキルのことだ。
それにしても再生か。そんなスキルを持っているのであれば、長生きなのも納得だ。
「さいですか。それじゃあ簡単には死ねないんだね」
『……なぜそういう言い方になるのでしょうか左斜め前方』
言われた方向に首を向ければ、草むらに何か潜んでいる。ケーンさんを突き出しMPを込める。
「食らいやがれゃあ! いや、それはなんとなくだけど、マグマに放り込んだらどうなるの? あ、ラボの亜空間ゴミ箱には入るのかなあ?」
『……なぜ私を破壊したがるのでしょうか』
「死なないと言われると、殺したくなるのが人情というものだよ」
『貴方が歪んでいるだけでは?』
「どうだろね? それでケーンさんは《神雷》と《危機察知》と《無限収納》、んで《再生》を持ってるのか。他は何かある?」
『いえ、以上です』
《神雷》は雷を自在に操るスキルで、とても珍しい《雷魔術》の、更に上のポジションらしい。《危機察知》は、危機となり得るものが迫ると察知するスキル。《無限収納》はその名の通りで、しかも時間経過なし。
「うーん、さすがケーンさんは神剣と呼ばれるだけあって全部便利だねぇ」
『その略した呼び方はどうかと思いますが、敬称は不要です』
「そう? じゃあ遠慮なく。あ、俺のことは様づけしてもいいよ? それかダディャーナ・オンドゥルルラギッタンディスカーって呼んでもいいし」
『おんどぅる……?』
こんな力を使えると、主人公になった気分になってしまうな。
とはいえ残念ながら、俺はケーンの主になったわけではない。気まぐれで助けてくれただけらしいから。
『貴方の氏名はシンイチ・タチバナだとさきほど聞きましたが』
「橘真一です」
『こちらの世界では通常名前が先ですが。前方にいます』
「弾幕薄いよなにやってんの!」
砲撃手ケーンにより、敵MSは撃墜された。
「俺は日本人なので苗字が先です。まあこれからはさっきの名前を名乗ろうかな。いや、さすがにまんまじゃ色々まずいからちょっと変えよう」
『……長すぎでは。それと私との会話は口頭でなくとも、意識すれば念話することが可能です』
「へー、そう」
そんなこんなで、あっさりダンジョン脱出! ケーン最強!
おかげでだいぶ剣聖たちを引き離せたのではなかろうか。
「それで、これからどうすれば?」
『どうすればとは?』
「ケーンはこの辺りに刺しとけばいいの?」
『……私が必要ではないと?』
「そりゃ一緒に来てくれるのはありがたいけど、剣聖が主なんだろ? もとの主のとこに帰りたいかなぁと思って。それに俺、この国出るし」
正直喉から手が出るほど彼女の力は欲しいのだが、命を助けられた相手に無理強いするほど俺は恩知らずじゃない。
『あのような見栄と驕心で剣を振るう者を、一瞬たりとも私の主だと認めたことはありません。有り得ません。侮辱です』
「お、おう。なんかごめん」
地雷を踏んだらしく、はっきりと怒ってることがわかった。これまでよりも更に抑揚のない、冷えきった声を脳に響かせるのはやめてほしい。というか剣聖ボロクソ過ぎて笑う。
『それに随分と長い間聖国で祀られていました。最近では私をあのような者に持たせてばかりで、さすがにもう辟易していますし、他の国に行くのも悪くないでしょう』
「ふむ、つまり俺を主とする気であると?」
『いえ、全く違います』
「ですよね。んじゃあ、とりあえず連れてけばいいのか?」
『そうですね……では、貴方が安住の地に辿り着くまでは力を貸しましょう。その後は、私が主に相応しいと認めた相手に譲渡する、ということでどうでしょう』
嬉しい提案である。どうせ俺は逃げ切ったら遊んで暮らして、剣を持つようなことはするつもりがない。
「オッケー了解だ。じゃあこれからよろしくケーンちゃん」
『ちゃんづけはやめなさい』
「じゃあこれからよろしくお婆ちゃん。あ、お婆」
ちゃんとちゃんづけはやめたっちゃん。やけど怒気が漂ってくるっちゃけん、ケーンはなして怒っとーと?
『……………………確かに私は長いこと存在してきましたが、今初めて殺意というものを知りました』
「そうっちゃんね、それはよかったっちゃん」
『謝罪を要求します』
こうして俺は、期間限定の頼もしい相棒を手に入れた。チャンチャン。
『謝罪を要求します!』
逃避行は順調に進んだ。
そもそも人の領域が少ないこの世界では、国境などなんとなくしか決まっておらず、当然関所などもほとんどない。数日で聖国の西にある国ユージルの小さな町に辿り着くことができた。
町に入るためには金を払うだけで、身分証なんてものは必要ない。なんちゃらギルドとかに加わって身分が証明されればタダになったりすることもあるが、わざわざ加わる意味はない。
その町から馬車で大きな街に移動して、そこから更に高速の魔獣馬車で移動。各街で食料や薬などを買い漁りつつ、魔獣馬車を乗り継ぐ。
金は聖国にいたころ、こまめに世界中で使える聖銀貨に両替していたし、ユージルでも聖国の金は使えた。そして聖国の金をユージルの西方にある帝国の金に替えつつ、ユージルの南端にある街についた。
いつ聖国の追っ手が来るかビクビクしていたが、幸いにもまだ来ていない。
追っ手を出さないなどということはないはずだ。だって聖国が神剣と定めるシュバルニケーンまで俺は連れているのだから。
そのケーンは敢えてそのまま持ち歩いてきた。賭けではあったが、立派な柄も美麗な鞘も隠すことはしなかった。ちなみにケーン狙いで絡んできた強面たちはビリビリの刑に処した。
まあここまで来れば、正直捕まる気がしない。
俺はユージルの南方の国に行くつもりはない。
徒歩で街の南門から出た俺は進路を変え、一路北西を目指した。
そして二ヶ月後、俺はとっくにユージルの西に位置するグレイグブルク帝国に入っていた。具体的には、帝国の東部地方の中央寄りにある街の近郊である。
この二ヶ月間、俺は一切人里に立ち寄らなかった。俺の足取りはユージル南端の街で完全に途絶えているはずだ。
こんなこと通常は無理だろうが、俺には《研究所》がある。そしてケーンの《無限収納》によって食生活も支障はなく、日々快適そのもの。この二つがあれば十年は戦える。
『私は食料備蓄庫ではありませんが』
とは本人の談だが、俺は食料備蓄庫などとは思っていない。彼女は戦闘用食料備蓄庫なのだ。ただの食料備蓄庫と一緒にしてもらっては困る。
まあ実際ケーンの能力がなければ、ここまでスムーズにことは運ばなかっただろうというのは想像に難くない。
何よりも、道中で喋る相手がいるということが心の支えになっている。
「愛してるよケーン」
『突然なんですか気持ち悪い』
「クンカクンカペロペロしたいくらい愛してるよ」
『本当に気持ち悪いのですが……』
この通りすっかり仲良しさんなのだ。
「そんなことより見たまえケーンくん、この景色を!」
この地方は帝国の食料庫と呼ばれる、ケーンのライバルである。戦闘用でないのでケーンの勝ちだが。
ババーンと腕を広げる俺がいる街道の周囲には、小麦畑が見渡す限り広がっている。まさに刈り入れ時であり、金色の絨毯が波打つ様は圧巻の一言に尽きる。
刈り入れしてるおっちゃんの目が不審者を見る目でも気にならない。
『……貴方はなぜ念話を使わないのですか。行く先々で不審者扱いされていましたが』
なんと……そこのおっちゃんだけではなかったのか。
「俺には口があるからだよケーンくん。そしてどこにでも行ける足もある。君とは違うのだ、君とは。ふふふ」
『はいはい、そうですね』
「でも見えてはいるんだろ? この景色、美しいとは思わない?」
『理解しかねます。私には目もありませんので』
「ん? 見えてないの?」
『上手く言えないのですが……ただ色や形状を感知している、と言えばいいでしょうか。物体が存在していることはわかりますが、人とは見え方がまるで違うかと』
コンピューターが0と一の二進法で色々計算したりしているのに近い感じだろうか? そうだとすると味気ないな。
「うーん、よくわからんが残念だな、こんな綺麗なのに。見てみたいと思ったりはしないの?」
『私は一振りの剣に過ぎません。無意味な問いです』
その夜、いっぱいクンカクンカペロペロしてみたら、三日間口を利いてくれなくなった。
帝国の中部に入ってからは、そろそろ大丈夫だと判断して魔獣馬車で移動することにした。必要以上に無理して歩いて膝とか壊したくない。
そして色々買い込みつつ広い広い帝国を横断し、西にあるマリアルシア王国に入った。
南西にはまだ他の国が存在する。だが、もういいんじゃないかと思う。移動も飽きたし。
つまり、この初代女王の名前がマリアなのかルシアなのかわからない国で、逃避行は終わり。
苦節五ヶ月。
俺は安住の地に辿り着いた。
街にそれなりに近く、人がほとんど来ない荒れ野に居を構えることにした。もちろんラボなんだけど。
まだ街にがっつり住み着く気はない。俺は疲れ果てているのだ。
「ということで、錬金しようと思います」
『三日前ここに来て、二年くらい何もせずにゴロゴロして過ごす、と言っていたと記憶しています』
「だって暇なんだもの……」
『そうですか、好きにしてください』
相変わらずクールなあん畜生である。でもそこが素敵。
早く私を譲渡する相手を探してください、とか言われなくてよかった。忘れているのかもしれない。脳味噌とかないし。少なくとも俺から言い出す気はない。
で、色々作ることにした。
素材なら腐るほど確保してある。とくに帝国では、さすがでかい国だけあり珍しいものがいっぱいあって買い込んだ。ケーンに怒られるくらい買い込んだ。米も北方から流れてきていたので、各街で買い占めた。
まずは今後を考え俺の武器として魔導砲とか作ろうとしたが、事故ってひどい目にあった。やめた。
体力を回復する『スタミナポーション』なんてのもできた。これがあれば、あの時ワーウルフに見つかるようなヘマは犯さなかったろうに。おかげでケーンに助けてもらえたのだが。
これまで移動で大変な思いをしてきたので、車を作ることにした。錬金術は金属の加工までできるのだ。ただMPの都合上、普通は大きいものは無理である。俺はできるけど。
一応それっぽいものが完成はしたが、質のいい魔石を大量に使用するので、気軽には運用できそうにない。
そうこうしているうちに錬金術のスキルレベルが、ついに八になった。
そのおかげで、俺が一番作りたかったものを作れるようになった。それまでは素材を色々組み合わせて作るぞと念じても、ラボの直感補助機能が全く働かなかった。スキルレベルが足りなかったせいだ。
『錬金術の技能階位が八ですか……世界中探しても、他に存在するか疑わしいですね。素直に称賛します』
「いい子いい子してもいいのよ? あっ、手なかったね」
『そうですね残念ですそれで何を作りたいのですか?』
「おざなりぃ……まあいいでしょう。ワタクシが目指すもの、それは、ホムンクルス、でっす!」
俺が力強く言い放っても、ケーンはふーんって感じでゾクゾクしちゃう。
『ホムンクルスですか……遥かな昔に存在を噂で聞いたことがある程度で、実物は見たことがありませんね』
「魔導人形は見たことあるんだっけ?」
『はい』
魔導人形とは魔術やらからくりやらで動くという、定義的に幅広い人の形をしたなにかである。基本的な動力源を魔石とし、命令によって動くが自律行動はとらない。
ホムンクルスはそんなものではない。自分で考え自分で動く、言わば一つの生命なのだ! 見たことないけど多分、きっと。
『ホムンクルスなど作ることができるのですか?』
「いや、無理」
『…………』
「だってだって目指してみたいじゃん! 錬金術って言ったらホムンクルスとエリクサー……ここだとエリクシルだっけ? その二つが花形でしょ! っていうかぶっちゃけ自分好みの女性を侍らせたい傅かれたいなんか文句あんのかああん!?」
『文句はないですし、そもそも何も言っていません。純粋に、作れもしないのに何を言っているのだろうこの唐変木は、と思っただけです。というか作ったところで本当に傅くのですか、貴方に』
「それは盲点だった……ていうか言い方! それだと、貴方なんかに傅くのですか? って聞こえちゃうよ?」
『そう言ったつもりですが』
「やったね正解! うわーん!」
最近うちのケーンちゃんは反抗期なのです。
「ま、まあ確かにホムンクルスは作れません。ですが、ホムンクルスの側だけは作れると思うのです!」
俺はバンバンと机を叩く。机に乗っているケーンは迷惑そうにしている。雰囲気でわかるのだ。
だから机を揺すってみたり、傾けてケーンを滑らせて遊んでみる。
『やめなさい! ハァ……そんなことをしてなんの意味があるのですか』
「ケーンが困ってて楽しい」
『何が楽しいかわかりませんが、そうではなくホムンクルスです。中身のない入れ物だけを作るということでしょう? その意義を問うているのです』
「目で愛でるため……ププッ」
『貴方は本当におめでたい頭をしてますね……プププッ』
やっばり二人は仲良しなのである。