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5-3 力説した




 車で帰ってくるときにクリーグさんから色々聞きだしたのだが、リースという街は本当に良い場所にあると思う。

 とはいえこの国について俺は詳しくないし、交易とか流通とか政治的な面からについてはよくわからない。

 俺が言っているのは、農業という観点の話だ。

 俺の母さんの実家が農家というだけで難しいことはわからないのだが、そんなに間違っていないような気がする。


 まずリースはとにかく広大な平野に位置している。

 周囲には草地や低木、林なども混在していて豊かな植生があるように思う。農地として十分に使えるのではないだろうか。

 実際に街の周囲には畑もあるのだ。


 しかし、畑は街の規模からすれば非常に狭いと言わざるを得ない。なぜかと言えば──


「侯爵様、リースでは主食となる小麦の栽培を行っていないのはなぜなのでしょうか」


 そう、リースでは小麦を栽培せず、鮮度が必要な数種類の野菜だけしか栽培していないからだ。

 そしてそれはリースだけではなく、侯爵の治める領地全域でその傾向があるらしい。全く栽培していないわけではないようだが。


「どのような話かと思えば、農作についてとは」


 俺の質問に意表を突かれたらしい侯爵は、眉を持ち上げて目を大きく開く。

 そうしてから短めのアゴ髭を撫でた。


「ふむ、なぜ小麦を育てぬのか、か。確かに育てようと思えばいくらでも育てられるであろうが……育てぬ理由を一言で答えてしまえば、昔から続く慣習ゆえに、であろうな」

「慣習ですか」

「勘違いするな。昔からそうであるからというだけで考えなしに続けているわけではない。まずは……南にある王都、その西には我が国随一の小麦どころが広がっているのは知っているか」

「はい、一応は」


 今日クリーグさんから聞いたんだけど。


「王都までは魔獣馬車であれば五日ほどだ。輸送するのに不都合が出るほどの距離ではない。なによりも王都周辺は、国王陛下の直轄地となっているのだ」

「なるほど。この近さでありながらそちらから買わないとなると角が立つ、ということですか」


 どこまで実質的に国王が管理しているのか知らないが、便宜上でも国王の土地であるなら、そこから小麦を買って儲けさせないとまずいのだろう。

 どうやら正解のようで侯爵は楽しそうに笑っている。


「くっくっくっ、やはり馬鹿ではないか。まあ有り体に言ってしまえばそういうことだ。二心を抱いていると思われてもつまらんしな。それにこの地には水晶ダンジョンの恩恵がある。素材、戦力、富……人が往来すれば情報も集まる。これ以上を望めば、諸侯との軋轢(あつれき)を生むであろう。ゆえに昔からこの地で大々的に農作は行われてこなかったのだ」

「そういうことですか……ご教授くださりありがとうございます。とてもよくわかりました」


 大体予想通りだったが、小麦の産地が国王の直轄地だとは知らなかった。

 まあその程度であれば少し案を足すだけで、話の持って行き方自体を変える必要はなさそうだ。


「ですが、その上でなお主食は栽培すべきであるとご提案いたします」

「ほう、その心は」

「やはりなんといっても飢饉対策です。一箇所だけに栽培を集中させてしまえば、虫害や病害、気候変動による被害で一網打尽となってしまうではありませんか。実際五年ほど前、冷害による不作で大変だったとか」

「確かにそれは一理あるだろう。なれど王都もここも、気候はさほど変わらん。同じように不作となる可能性は高い。五年前も、他の産地までもが不作であったのが苦しんだ理由だ。それに、飢えぬことだけが繁栄の道ではない。この街は周囲との衝突を回避し、安寧を保つことで栄える道を歩んでいるのだ」


 飢饉のリスクは織り込み済みってことか。

 犠牲に目を瞑って利益を優先する合理的な政策というのは、社会が煮詰まってきている現代日本では非難されるだろう。

 しかし発展途上のこちらでは、それは十分に正義と言える。実際はそこまで高いリスクでもないだろうし。


 うーん、やはり手強い。はっきりと自分たちの在り方を決めているというのは、それだけで強いな。

 でもそう簡単に諦めるわけにはいかない。

 取り敢えず三つ目の小アダマントを机に置いて、と。


「安寧ですか。その安寧は先ほどおっしゃったような、輝ける水晶の塔の恩恵あってのものですよね」


 自分たちが一歩引いて衝突を回避するというのは、余裕があるからこそできる政策だろう。余裕がなければそんなこと気にしてなどいられないはずだ。


「ですが、本当にそれでよいのですか?」


 四つ目のアダマントを取り出したが、鋭さを増した侯爵の目はそれを追うこともしない。


「そのなにがいけない?」

「確かに水晶ダンジョンというのは莫大な利益を生んでいるのでしょう。ただ……水晶ダンジョンの恩恵、つまりは神の恩恵を授かる。それは言い換えてしまえば、神がお膳立てしたものに(すが)っているだけと言えないでしょうか」


 世界を神が創ったというのであれば、全ては神の恩恵なのだろう。けれどお膳立て具合を考えると、水晶ダンジョンはやりすぎていると思える。


 同じ階に行けば同じ素材が取れるというのは、マリスダンジョンとも共通の利点だ。

 でもその規模が根本からして、ほとんどのマリスダンジョンとは一線を画している。

 例えば、竜なんて建国してから一度も討伐してない国の方が多いだろう。マリスダンジョンにもほぼほぼ登場しない。それが水晶ダンジョンでは決まった階層で狩れるのだ。勝てるかどうかは別として。

 水晶ダンジョンはそれだけでなく、広い、慣らし階層がある、悪質トラップ少ない、望みの階層に飛べる、敵もちゃんと段階を踏んで強くなる……などの利点がプラスされる。


 そんな水晶ダンジョンは、この世界に五つ同じものがある。

 それを抱える国々は、五晶国と呼ばれる押しも押されぬ大国である。

 もちろんゴタゴタがないわけではない。その内の一つは昔分裂して連合国になってたり、リグリス聖国は元来小さな宗教国家だったものが大国を乗っ取ったことで今の形になってたり。

 それでも水晶ダンジョンを保有してきたのは、常に大国だ。

 保有しているから大国なのか、大国だから保有できているのかは難しいところだが、大きな力の源泉であることは間違いがないのだ。


 ……というか個人的見解ではあるが、そもそも水晶ダンジョンの今の用途は、神の目論見とは少し外れているような気がする。


 俺は水晶ダンジョンとは、修練場ではないかと考えている。

 遥かな過去において、まるで発展していなかった人という種が、外の世界を切り開いていけるように。

 そして、その先にある魔族との対決を見越しての。


 それが今となっては主として、利益を生み出すだけの装置となっているような印象である。

 有る物を最大限に利用する。それは人のたくましさゆえと言えなくもない。それでも便利すぎる装置が、甘えと傲慢さを生んでいるのではないだろうか。


「人が自分の足で歩くこともせず神の恩恵におんぶに抱っこでは、あまりに情けないとは思いませんか」

「それ君が言うんだ……僕、君が歩いてるの見たことンガククツ」


 茶々を入れるゼキル君には、ピーナッツを親指でピンしておく。


「……これでもゼキルはれっきとした貴族なのだが」


 侯爵の呟きは聞こえないふりしとこう。


「それに水晶ダンジョンの恩恵というのは、人を肉体的に強くし、素材を産出する……言ってしまえば原始的なものに過ぎません。それだけでは発展に限界もあるでしょう。このままそれに縋るだけでは、逆に水晶ダンジョンを持たない中小国に技術などによって追い抜かされる可能性も十分に考えられます」


 必要は発明の母と言うし。

 資源にとぼしい日本も、技術でのし上がったのだ。


「神も悲しまれるかもしれません。これでは水晶ダンジョンが、人の足かせとなってしまうのですから」

「水晶ダンジョンが原始的で足かせか…………そのような見解は初めて聞いたな」


 侯爵がうむむと唸る。

 この世界では水晶ダンジョンは存在して当然、利用して当然のものである。ニケやルチアもそうだったが、余所者である俺の感覚とこちらの人の感覚は違うのだろう。


「ですから僕は国の、そして人の発展のためにも、ここで小さくまとまるべきではないと愚考する次第です」


 俺の言葉に、侯爵は顎髭を撫でながら考え込んでいる。

 部屋が静まったので、後ろの二人の内緒話がよく聞こえてきた。


「こんな真剣にまともなことを話すなんて……主殿は大丈夫だろうか」

「ええ、心配ですね」


 どういう意味?


「俺はいつだって真剣だしまともだ」

「そうか……良かった」

「ええ、やはりまともではないようで安心しました」


 どういう意味!?


 俺がまだ生えてこない顎髭を撫でながら考え込むのとは反対に、侯爵はその手を膝の上に置いた。


「実に面白い。それにハッとさせられもした。確かに国を栄えさせるためには、リースも現状で満足するべきではないかもしれん。だがそれと小麦は別の話だ。それは国全体として考えるべきことであろうし、王都との距離や気候のこともある。この地で小麦を栽培することが最善とは思えん」


 すまなそうに侯爵は首を振る。

 アダマントに釣られているというわけではない。いくらS級とはいえ、一介の冒険者の言うことを頭ごなしに否定するでもなく真面目に検討する。確実に貴族の中では稀有な存在だろう。

 ここまでの器だとは思っていなかったので、正直ビックリしてる。


 そんな俺の返答は、侯爵同様に首を振ることだった。


「侯爵様、僕は主食を栽培すべきだとは言いましたが、小麦を栽培すべきだとは言っていません」


 侯爵だけでなく、対面する全員が不思議そうな顔をしている。彼らにとって、主食とは小麦なのだから。


 だが、俺にとってはそうではない。

 リースが本当に良い場所にあると俺が考える最大の要因は、そこに関係している。


 今日通過してきた、北東にある町ティンダー。そのティンダーにリースから直接繋がっている街道はない。

 それは東の内陸地から流れ、迂回しながらリースの近くも通る大河が大きな原因である。

 河の形状や氾濫頻発箇所、湿地などの存在により、リースとティンダーの間には町も道も作られなかったのだ。


 その大河はリースのずっと東、帝国との国境いにある山脈を水源地としている。

 山脈の規模は壮大であり、万年雪あり氷河ありと高く険しくもある。その雪解け水により、大河は通年で豊富な水量を誇っている。

 通年で豊富な水量を誇っているのだ。


 昔、じいちゃんが言っていた。

『水さえありゃあなんとかなる』、と。


 じいちゃんの言葉を信じて俺が提言するもの。

 それは、日本人の魂。


「リースは、米を栽培すべきです!」


 俺のじいちゃんは、米農家だったのだ。





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