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5-1 帰ってきた。錆びてた




 街道から少し離れた野原を、モンスターが爆走する。

 右に左に進路を変え、ときには踊るように飛び跳ねる。

 やがて進む先に街が見えてくる。大きな街だ。

 その街、リースの門手前までくると、モンスターはわずかに右に向けた頭を、すぐさま大きく左に向けると同時に急激に減速。

 尻を横滑りさせ土埃を巻き上げたモンスターは、浮いた左半身を地面に下ろす。重い音を響かせたのちに動きを止めた。


 言わずもがな、ルチアの駆るモンスターSUVダグバである。

 すぐさまドアを外しそうな勢いで開いたニケが、俺を抱えたままダグバから飛び降りた。

 そして、なんと言うかこう……怨念じみた深い深い呼気が、俺の頭皮を侵食していく。


「えっと……すまないな。少し調子に乗ったかもしれない」


 車から降りて頬を掻くルチアを、お冠のニケが睨む。


「どこが『少し』ですか。あれほどやめなさいと言ったのに」

「まあまあ。でもよかったじゃん、ニケもだいぶ慣れたみたいだし」


 行きはぐったりしていたが、今は怒る元気が残ってるんだから。

 そう思って慰めた俺を、なぜかニケが締めつけつけてくる。


「なにを他人事のように……もとはと言えばマスターのせいでしょう。ここにきて貴方が限界まで攻めろなどと言うから、ルクレツィアが調子に乗ったのです」


 だってしょうがないじゃん。よく考えたらアダマントを腐るほど手に入れてしまったので、新しい車を作らなきゃならないことに気づいたのだ。

 そのためにダグバ初号機の駆動性や耐久性などのデータを、可能な限り入手しておきたかったのだから。


 ……と弁解したいのだが、今はそれができない。

 新しい車作りをニケが反対しそう、ということだけではない。

 俺が車を作れることを聞かれたくないのだ。

 誰に聞かれたくないかと言えば──


 ちょうどそこで、後部ドアがゆっくりと開いた。

 降りてきた同乗者が、がくりと両膝をつく。尻も落とし、項垂れた青い顔はサラサラの金髪が覆い隠した。

 流石に気の毒に思ったのはルチアも同じようで、声を掛けに近寄っていく。


「えっと……大丈夫だろうか、クリーグ殿」


 首を振りたい本音が現れたせいか、クリーグさんは斜めに頷いた。途中からやけに静かだと思ったが、すっかりやられていたらしい。

 四つん這いへと移行したのを見るに、酔っちゃってもいるようだ。それほどきつかったなら、言ってくれればよかったのに。

 そんなクリーグさんを見て、なぜかニケが勝ち誇っていた。


「わかりましたか、これが普通の反応です。私がおかしいわけではないのです」


 それはどうだろ? クリーグさんは普通に走ってたときはまだ楽しんでたし、ニケとはまるで違うと思うが。

 蛇行運転を経て、悪路走破とかドリフトをルチアが試し始めた辺りからは静かだったけど。


 ルチアがクリーグさんの背中をさすっている間に、門の方から兵士が何人か向かってきている。

 槍を構えてかなり警戒しているようだったが、先頭の一人が俺たちを見て他の兵士に槍を下ろさせた。


「君たち、帰ってきたのか!」


 小走りで駆け寄ってきた兵士たちの中で隊長っぽい人は、多分リースを出るとき話をした人だろう。顔はいまいち覚えてないけど。


「ええ。長いことかかりましたが、ようやく。一年以上散歩してた気がします」

「一週間ほどしか経っていないと思うのだが……」


 そうだっけ?


「とにかく、よくぞ無事に……ん? そちらはクリーグ副団長か!? どうかされたのか?」

「ちょっと乗り物に酔っただけですよ。っていうか、クリーグさんがこんなことになったのは貴方のせいですけど」

「わ、私のせい?」


 そう、クリーグさんを乗っけて帰ってくるはめになったのは、こいつのせいなのだ。


 それはアダマンキャスラーを倒したあと、リースの北東にあるティンダーの町に戻ってきた時のことだ。

 ティンダーの手前で《研究所(ラボ)》に一泊したので、俺たちは町に寄るつもりはなかった。だが、そこには既に侯爵軍が展開していた。

 そして関わるまいと思って脇を抜けようと思ったら、全力で通せん坊されてしまったのだ。

 ダグバの見ためは威圧感満載だし仕方ないか……と思っていたが、どうにも兵士たちの物腰が柔らかい。

 首を傾げていると、セレーラさん張りの超ダッシュでクリーグさんが駆けつけてきた。血は繋がっていないとしても、さすが姉弟である。


 話を聞くと、クリーグさんはなんとフェルティス侯爵騎士団の副団長であり、ティンダー派遣部隊の総指揮を一応任されていたらしい。

 一応というのは、もし俺たちがアダマンキャスラーを追い払って帰ってきたら、クリーグさんは俺たちと一緒にリースに戻る予定だったからだ。リースで待機している侯爵と、俺たちを面会させるために。

 本当にアダマンキャスラーを撃退したか、侯爵が自ら判断するつもりなんだと。


 わざわざクリーグさんがティンダーからついてくる理由は、尋ねてもはぐらかされてしまった。

 しかしティンダーで後を任せていたのは、クリーグさんよりもっと若い茶髪の青年だった。それとクリーグさんは直感スキルでも持ってそうな感じだったし、護りに適した職業持ちだろう。

 それらから浮かび上がるのは悲しい現実である。人材不足というか、優秀な人材は人一倍働かされるというか……。

 俺たちがアダマンキャスラーの撃退に失敗すればティンダーで指揮を執り、成功したというのであれば侯爵の護衛。

 もちろん何から侯爵を護衛するかといえば、俺たちからだ。

 ……なんか貴公子っぽい外見とは裏腹に、普段から結構苦労してる人のような気がする。


 で、話を戻すと、そんな風にクリーグさんの予定が組まれていたのはなぜか。

 それはこの門兵隊長が、俺たちが三人だけでアダマンキャスラーを撃退しに行くことを上にチクったからだ。

 つまりクリーグさんが猛烈に車酔いしてるのは、全部こいつが悪いのだ。


「ですから、ルクレツィアに荒い操縦をさせたのはマスターでしょう。馬で帰ろうとしていたクリーグを、時間を惜しんで車に乗せたのもマスターです」

「あーあーあー、聞こえな〜い」


 耳を両手でパタパタやっていたら、すまなそうにしているルチアが寄ってきた。後ろからはヨロヨロとクリーグさんがついてきている。


「本当に申し訳なかった。やはり肩を貸そうか?」

「いえ、大丈夫ですよ……こちらこそ心配をお掛けして申し訳ない」


 なんか二人して謝り合ってるし、俺も紛れて謝っとこ。


「ごめんちゃい、てへっ」

「もう少し真剣に謝ったらどうですか」


 えっと、これはあれだ……あまり仰々しく謝ってしまっては、クリーグさんがかえって恐縮してしまうだろうという俺の奥ゆかしい気づかいなのである。


「いえ、本当に大丈夫ですから。貴重な体験をさせてもらいましたし」


 やや痛々しい笑みを浮かべるクリーグさんの横で、ルチアが俺を見て心配そうに眉を寄せている。


「……なあ、やはり侯爵に謁見するのは私だけにした方がいいと思うのだが」

「ルチアちゃん、どういう意味かな?」

「マスターは敵を作るのが上手ですからね」


 なにを言ってるのだ、俺は温厚民族日本人だよ? 誰彼構わず喧嘩を売ってるような言い方はよしてもらいたいものである。

 だというのに、クリーグさんまでニケに同調してしまった。


「その、率直に言えば私も不安ではあったのですが……閣下は以前から皆さんにお会いしたがっていたので、今回の状況もあってやむを得ず。ですが……」


 そこまで言ってクリーグさんは俺に向けていた視線を上げてニケを見て、次にルチアに首を向けた。そしてやや肩を落として大きく息を吐いた。


「……まさかこの短期間で、ここまでのことになっているとは思ってもいませんでした」


 ふむ…………なんの話?

 俺は首を傾げていたが、ニケは理解しているらしい。ふふっと笑った。


「ルクレツィアには驚いたでしょう」

「皆さんに驚いていますよ。確かにルクレツィア殿には特に驚かされていますが。どうやら一皮も二皮も剥けたようですね」

「自分としてはステータス以外のことは実感がないが……クリーグ殿にそう言ってもらえるのは光栄なことだな」


 ああ、そういう話か。

 確かに前にクリーグさんと会った頃と比べれば、全員ステータスが爆上がりしてるからな。それにアダマンキャスラーとの戦いで死線を越えたルチアは、きっと大きく成長したのだろう。俺にはよくわからんけど。武人同士はなにかを感じるのかね?


「上位者でも通常そこまではっきりと感じられはしませんよ。クリーグが傑出した才を持つがゆえでしょう。ルクレツィアと同様に」


 なるほど。とにかく俺たちが想像以上に強くなってるから、クリーグさんとしては警戒度マックスなのかな。

 そんな心配は無用なのだが。


「大丈夫ですよ、クリーグさん。侯爵様と敵対するつもりなどこれっぽっちもありません。それよりも侯爵様はお忙しいでしょうし、事務的な話だけで謁見が終わってしまわないかが心配なのですが」

「先ほども言いましたが、閣下は皆さんとお会いしたがっていましたから時間は作ると思いますが……」

「そうですか、それを聞いて安心しました。僕としては侯爵様と末永く良い関係を築かせてもらえればと思ってますから」


 普通の平民がこんなこと言ったら不敬と思われるかもしれないが、一応S級ダイバーなら社会的地位も高いだろうし問題ないだろう。


「そうなのですか?」


 クリーグさんがかなり意外そうにしてるのは、俺が口だけじゃなくて本気で言っているのが伝わったからだと思う。

 まあ車の中で話をしたとき、フェルティスという侯爵の家名も俺は忘れてたし意外に思われても仕方ない。実際侯爵とか興味なかったし。

 だが、状況というのは常に変化し続けるものである。


「はい、是が非でも良い関係を。なんとしても。最悪力づくでも」

「そのときは任せてください、マスター」

「いや、力づくは駄目だろう……」


 これだけ熱意を込めて話しているのに、なぜかクリーグさんは顔を引つらせている。ルチアになにかボソボソ聞いてるし。


「あの、凄く怖いのですが大丈夫でしょうか」

「さあ……一応なにかあっても、なるべく諌めるようにするつもりだ。無論、そちらの出方が看過できないものであれば、私とて黙ってはいないが」

「それはお互い様、と言いたいところですが……弱者側というのはつらいものですね。己の力の無さが情けないですが、閣下には国王陛下と相対するとき以上に気を使っていただくことにしますよ」


 むむむ、なにを言ってるかはわからんが、婚約者がイケメンと内緒話してる……いや、大丈夫だ。車で聞いたが、クリーグさんは結婚してて子供もいて奥さん一筋らしいから……でも今日の夜はばっちりたっぷりルチアを可愛がらないと。べ、別に浮気を心配してるわけじゃないんだから!


 俺が夜の戦術プランを練っていると、ニケがまだいた門兵隊長の前まで移動した。


「あ、あの、なにか……?」


 戸惑う門兵隊長を無視してしばらくニケは黙っていたが、ため息を一つついて元の位置に戻る。

 どうやら内緒話は諦めたらしい。ていうか俺を抱えたままだったし、内緒話にならないと思うよ? あ、もちろんちゃんと夜は可愛がります。




 そのあと侯爵に会うまでのあいだ、ルチアに何度も不用意な発言などで侯爵を敵に回さないように注意された。

 仕方のないことだろう。ニケも当時の俺のことはほとんど記憶にないだろうが、ルチアは全く知らないからな。

 俺が聖国でどれほどゴマをすって生きてきたのかを。


 部屋に通され、いよいよ侯爵と面会だ。

 さあ見るがいい。

 これが俺の全身全霊キレッキレの媚びへつらいだっ!


「こんちこれまた大変お日柄もよろしゅうごぜえやすな。侯爵閣下はご機嫌いかがにごぜえやしょう。え? あっしの名ですか? あっしはタチャーナ。しがない冒険者にごぜえやす」


 ……………………ガッチガチに錆びついてたよ!?




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