4-20 帰ることにした
前方の胴体が崩れ落ち、長い首もまた、最期の地響きとともに地に伏した。
ニケとルチアはそれでも気を抜かず、しばらく様子を窺っていた。
やがて、ニケが装備をしまう。
「鑑定眼が入りましたが、名称以外のステータスが見えません」
「そうか、では……」
「ええ、完全に絶命しました」
ルチアもケモケモ化を解除して、大きく息を吐いた。そしてこちらに満面の笑みで手を振る。
「主殿、勝ったぞ!」
俺はもうとっくに二人に向かって走っている。
「二人ともよくやった! 最高だ!」
と、並び立つ二人に飛びつこうとしたけど、やっぱりやめて伸身のムンーサルトで飛び越えた。
手を広げて待っていた二人は不思議そうにしている。
「どうした?」
「マスター?」
「いや、だってきちゃないから」
二人とも傷口に潜りこむようにして攻撃してたから、血みどろなんだもの。
「……ルクレツィア」
「ああ……ニケ殿」
手をわきわきさせながら、二人がにじり寄ってくる。血にまみれた笑顔が怖いです。
「待て、落ち着け二人とも。話し合おうじゃないか、ちょっと遠めで。血生臭いから」
結局追いかけられて捕まって、二人に挟まれてべちゃべちゃにされた。そのあと仲良くお風呂に入って洗いっこした。
「では探索に出発!」
前にも思ったが、アダマンキャスラーという生物はおかしい。
甲羅を破壊してからはキレて激しい攻撃を後ろに加えてきたが、それができたにもかかわらずそれまでは抑えていたということだ。体の作りも、前が大きく動いても後ろに響かないようになっている。
やはりこいつはなにかを運ぶための生物のような気がしてならない。もっと言えば、そのために創られたのではないかという気味の悪さがある。
ひょっとしてなにかとんでもないお宝を運んでいるのではないか、そう思っていたのだが……。
「さすがに荒れ方がひどいな」
俺を抱えるルチアが、岩塊を前に呟く。
まずは後方の胴体の中央部を調べにきてみた。ここには塔のように岩が積み上がっていたのだが、戦闘の影響で崩れ落ちてしまっていた。
「この岩も普通の岩っぽいしなあ」
濃いグレーの堅そうな岩ではあるが、そこまで珍しいものとは思えない。
その時、少し離れたところで調べていたニケが声を上げた。
「マスター、これを」
ニケのところに行って、指し示している場所を見てみる。
「これは……穴?」
上から巨木が根を張ることでしっかり支えられていたひときわ大きな岩に、半ば土に埋もれた穴が空いていた。
二人では胸がつっかえて入れそうになかったから、俺が入ることにした。
木の根を押し分けて入り、ランタンのような魔道具で中を照らす。特別なにかがあるわけではなかったが、結構広い。何人もが横になれるほどだ。
なにより、天井には何者かが削ったであろう跡がはっきりと残っていた。
穴から出て他も見て回ると、かなりの数の岩に穴が空いていることがわかった。
その結果を前に、ルチアが唸っている。
「ううむ……これはどういうことだ? アダマンキャスラーに人が乗っていたのか? だが……」
アダマンキャスラーは人が乗ることを嫌う。
まるで住居のように穴が空いているのはおかしな話である。
「《調教術》で躾られていたのであれば不可能ではないかもしれませんが……」
《調教術》とは《調教師》が持つスキルだ。魔獣馬車などは、調教師によって躾られた魔物が使役されている。
「それが野生に帰ったということか!? いや、さすがに調教術ではスキルレベルやMPを考えれば、不可能に近いのではないかと思うのだが」
「そうですね……ですが他に方法が思い浮かびません。より詳しく調べてみればなにかわかるかもしれませんが」
「そうだな。いずれにせよ、この遺跡は歴史的な大発見だろう」
ルチアとニケが穴について検討している最中、俺はある一点に視線が釘づけだった。
まさかあれは……。
「にっ、ニケ、ニケ」
ニケに小声で呼びかける。
「どうしました?」
「シーっ、静かに。あれだ、あれを落としてくれ」
俺が指差しているもの。それは上空を旋回している中型の鳥たちだ。
「わかりました」
ちょうど降りてこようとしている一羽に、ニケが弱い雷を当てる。
俺はルチアから降りて、急いで落下する鳥をキャッチしにいった。
掴んでみれば、その鳥は全体が青く翼の先だけが赤い。
「ニケ、鑑定してっ」
「はい。これは……ホロホロックエッグバード!?」
「なっ……あの幻の!?」
「二人とも知っていたか」
幻の鳥、ホロホロックエッグバード。
この鳥自体も食べられるし、けして不味いわけではない。だが、この鳥の真価はそこではない。
「私は食べたことはないが……その卵は王族ですら滅多に口にできるものではないと聞いたことがある」
そう、卵だ。
ダチョウの卵のような大きさでありながら、そのほとんどは頑丈で分厚い殻であり、中身自体は鶏の卵ほどしかない。しかし、べらぼうに美味い。
「俺は聖国で一度シンプルな目玉焼きで食ったが、今でも覚えてる。あの爽やかな香り、深みのあるコク、あとに残るほのかな甘さ……一度でいいから、卵かけご飯にして食べてみたかったんだ」
あまりの美味さに、書庫でこの鳥について調べてしまったほどである。
湯気が上がるホカホカご飯にのっかるプリプリツヤツヤの橙色が、黙りこんだ二人の頭にも浮かんでいるだろう。二人には卵かけご飯の美味さを布教済みなのだ。食いしん坊ルチアとかヨダレ垂れそうになったのか、口元を拭っている。
しばらくして、ニケが空を見上げた。
空にはまだ多数の青い鳥が舞っている。
「まさか……ここはホロホロックエッグバードの繁殖地になっているのでしょうか」
俺たちは黙って見つめあった。
そして頷いて散開した。
「主殿、巣があったぞ!」
発見者第一号となったルチアの声が聞こえてくる。
「だが岩の隙間にあって取れない!」
まだ岩が崩れきっていない場所にあったのか、崩れた影響で隙間に落ちたかしたのだろう。
「破壊だ!」
「了解した!」
すぐに破砕音が二ヶ所から鳴り響く。
ニケも見つけたのか、それか岩の隙間を探しだしたのだと思う。
俺も負けじと岩を金属バットで壊して隙間を探す。
知的好奇心も歴史的価値も、本当に美味いものの前には無意味なのだ。
二時間も経つころには、遺跡は跡形もなくなっていた。それでも五十近い卵を見つけた俺たちには、なんの悔いもなかった。
大満足の探索を終え、俺たちは背中から降りた。
あとは帰るだけ……なのだが問題が一つ。
「どうするかこれ」
これとはアダマンキャスラーの死体のことである。
解体するにもどれだけの時間がかかるかわからない。捨てとくなんてもったいないこともできないし。
「ニケ、収納できたりとかしちゃう?」
「これほどの大きさの物は試したことがありません。さすがにこれは……」
そう言いながらニケがアダマンキャスラーに触れる。
瞬時に小山のような巨体が消え失せた。
そこに入り込む空気で風が吹き荒れ、背中に乗っていた岩などが落下して土煙が立ち込める。
「いけましたね……」
「驚きだな……」
「せやな……」
《無限収納》のポテンシャルには驚かされたが、とにかくこれにて一件落着。
「よし、帰るぞー!」
二人が微笑みとともに頷く。
かなり危うくもあったが、なんとか三人で帰ることができる。今は素直にそれを喜ぼう。
「ところでマスター」
「ん?」
「ここはどこでしょうか」
どこってそんなの……何度も戦闘を繰り返し、進路も滅茶苦茶になっていたアダマンキャスラーを追いかけ続けてきただけだし……。
「うん、どこだろ」
迷子にはなったが、翌日にはアダマンキャスラーと初遭遇した辺りには戻ってこれた。
ニケは反対したが、もちろん帰りもダグバである。
そこからしばらく南西に向かっていると、
「ぽーん。二キロメートル先、左斜め前方です」
まさかのルチナビが起動した。
とりあえずニケと二人で、じっとルチアを見つめてみる。顔がどんどん赤くなってきても見つめ続けてみる。
「頼む、なにか言ってくれ……」
「やっぱり打ち所が」
「正気だからっ。も、もういい……ほら、あれ」
慣れないことして恥ずかしがってる可愛いルチアが指差した左前方には、馬に乗った集団がいた。
「あれは……冒険者ギルドのおとり部隊か」
「やはり増員したようですね。五十名ほどいるでしょうか」
向こうもこちらに気づいて止まっている。というか、武器とか構えて臨戦態勢だ。
まあ車なんて見たことないだろうし、ダグバはかなり威圧的な見た目してるし。
「どうする主殿。迂回するか? それとも寄っていくか?」
「んー、ギネビアさんもいるのかな? ちょっと挨拶して痛いよぉなんで噛むのニケちゃん?」
「ルクレツィア、突っ切りなさい」
ニケの指示に従ったルチアがダグバを止めず、俺たちはギルドの連中とすれ違った。ちょっと離れていたから、攻撃されるようなことはなかった。
手を振ってあげたら全員がポカーンとしていて、何人かがダグバのせいで暴れる馬から振り落とされていた。
「こんなところまでご苦労なことです。もうなにも得られるものはありせんが」
「ははっ。這いつくばって探せば、多少はアダマントは見つかるかもしれないがな」
あの連中を気に入っていない二人の物言いはなかなか辛辣だ。
水蒸気爆発をやったときの破片はあらかた回収したが、細かいのなら残っている。だが、そこにアダマントが散らばってることを知らない彼らが見つけられるかどうかは謎である。
それと、アダマンキャスラーを倒して持ち帰ってきてるので、痕跡が突如として消えることになる。それを彼らがどう判断するかはわからないが……まあどうでもいいや。
ニケが言うには濃厚な血の臭いで魔物が集まってきてたらしいから、その掃除でもして帰ってきてもらおう。
「よし、ルチア。帰りはもう好きなだけ飛ばしていいぞ」
「本当か!」
「マスター!」
ルチアは今回頑張ったから、ニケに締め落とされるくらい我慢しよう。ダグバが大破しても、今のステータスなら死なずに済みそうだし。
「ならば全開だ! いくぞ、ダグバ!」
ルチアの笑い声とニケの悲鳴を聞きながら、俺は幸せに意識を手放した。




