4-18 勝った。負けた。しょんぼった
驚いて止まっていたのは一瞬。ニケはすぐに我を取り戻して一歩踏み出した。
シータを動かす余裕がないのでニケ一人なのに、今までに比べて驚くほど簡単にネジが回る。
その勢いのまま進み続けた。
俺は維持に精一杯だが、ネジに押し出されるように、俺の支配下にあるアダマントが表面にあふれ出てくる。
持ち手が回りながら下がってきているが、俺のいる場所は最初の攻撃でくぼんでいるから座っていれば大丈夫だ。そのままあふれるアダマントをまとめていく。
ニケは途中から押すのではなく、しゃがんで引っ張るような格好だ。そして、甲羅のギリギリまで回しきった。
「ニケ、《無限収納》でネジ抜けるな?」
「私の魔力が勝っていますし、今なら」
通常、他者が所持している物品をマジックバッグなどにしまったりというようなことはなかなか難しい。自然に所持者が魔力を流しているからだろう。
仮に所持者から物が離れても、魔力の影響が強いとすぐには他者が仕舞えなかったりもする。
マジックバッグや《無限収納》を使うことというのは、ある種の魔法みたいなものなのかもしれない。他者の魔力で、魔法が乱されるみたいな。
ただ、死体とかは別だ。すぐにしまえる。死ねば魔力から意志が抜けるからではないかと勝手に推測しているが、正解は不明だ。
あと俺の《研究所》の機能である《排出》が勝手に人まで放り出せるのは、相当な異例だろう。あの空間自体が俺の所有物になっているのか、よほど強い力が働くのか、そのあたりもよくわからない。
とにかく今回、ネジの所有権はニケにある。ネジは跡形もなくパッと消えた。
俺もアダマント奪取を途中で終わらせ、甲羅から切り離す。
それでもニケとルチアの両おっぱいを足して三分の二にしたくらいのかなりの量だ。もともとアダマントは重く、相当な重量になったからすぐにマジックバッグに入れた。
これは多分ただのアダマントで、アダマンキャスラーの素材とはならないだろうが。
さあ、ここからはいよいよ大詰めだ。
一度アダマンキャスラーを動かしたあと、穴から少し離れた背中の上で《研究所》を出す。ちょうど俺がいるから、ここを避難場所にすることにした。
甲羅に空いた穴はネジを抜いてから、わずかずつせばまってきている。まだまだ猶予はあるが、さすがの再生力だ。
ニケとともに《研究所》に入り、早速シータで赤い魔石爆弾を起動させて投入。
ちなみに車や魔導砲で使ってるような粉末魔石は今回やめておいた。あれはちょっとの魔力で即座に暴発する取り扱い注意物体であり、どれだけの範囲になるのかもわからないため、魔導火線の使用もできないからだ。
すぐにシータを《研究所》に戻し、閉めた扉を消す。
少しの間があったあと、穴から赤い光が吹き上がった。魔導砲のときはわからなかったが、よくよく見てみればどうやら火属性魔石は赤い光の粒が無数に出現するらしい。
光の粒はスチームクリーナーのように勢いよく吹き出し、一定の距離で消えていく。
噴出が終わりシータを出そうと扉を開けると、ムワッと生暖かい空気が入り込んでくる。その中をシータに進ませ穴を覗いてみた。
全体的に赤っぽくなり、底の方や、ネジの螺旋でできた凸凹の先端は少し発光が見られる。だがまだまだだ。
二発目を起動させて落とす。ウニのような装甲をまとっているのは、魔石爆弾の内部機構が溶けないようにした結果だ。
そして二発目の最中アダマンキャスラーが背中を揺すったが、俺たちは《研究所》内だ。なんの被害もなかった。
三、四と繰り返し、五発目。これでラスト。火属性魔石自体が品切れである。
穴周辺まで赤みを帯び、内部にいたってはどこも赤や白っぽく発光して溶けたりもしている。アダマントは熱にも強いらしいから、見た目以上の温度になっているだろう。
その証拠に戻ってきたシータの顔の塗装は、覗きこんだだけで溶けて剥げていた。
最後の五発目が終わり、扉を開ける。
少し離れているのに、感じる熱気は水晶ダンジョンの六十階層に勝るとも劣らない。
赤熱化した甲羅を歩むシータのポックリ下駄風の足が溶けちゃってきているが、今は我慢してもらう。
「ルチア! やるぞぉ!」
「了解した! やってくれ!」
かすれ気味の声を張るルチアは疲労困憊だろう。さっきスタミナポーションを飲んでいるのが見えたが、もう肩で息をしている。
でも……間に合った。
蜘蛛のように足をつけた魔石爆弾を、穴をまたがせて置く。装甲の切れ目から見える本体は水色。
五十階層台で手に入れた、水属性の魔石入りだ。
それを起動させ、シータを戻した。
絶対とんでもないことになるので、扉を消して外から《研究所》内に入る音をカットしておく。そういうこともできるのだ。
少し離れた場所でルチアが、避難用に色んな素材を固めて作った塊に身を隠す。それを《研究所》からでもギリギリ見ることができた。
ルチアを追って、アダマンキャスラーが一歩を踏み出したその時━━
「うぉあ!」
つい短く叫んでしまった。
俺を抱えるニケもビクーンとして、珍しくかわいい悲鳴を上げた。
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。
一瞬、穴の上に大きな水の玉が発生したと思ったら、全てが吹き飛んだ。終わり。
はっきり言って、そうとしか説明できない。
扉の外でさっきより広がった視界には、細かな甲羅の破片や水が降ってきている。しばらく二人で呆然とそれを眺めていたが、俺を抱えるニケが扉に近づいた。
まずルチアは無事だ。塊から恐る恐る顔を出し、目をぱちくりさせている。
そしてアダマンキャスラーの周囲には黒い破片が散らばったり土にめり込んだりして、土煙を起こしていた。
なぜそれがここから見えるかといえば、甲羅の位置が低いからだ。どうやら爆発の衝撃で、アダマンキャスラーの左前方は地面に叩きつけられたらしい。
そのせいで少し衝撃が分散されたのかもしれない。あのとんでもない爆発なら甲羅の中身まで到達してるんじゃないかとか思ったが、そこまで甘くはなかった。
だが、十分だ。
左前方の甲羅はごっそりえぐり取られ、甲羅の上にも大きな破片がいくつも散乱している。あとはそれを拾って降りればいい。
「いよっしゃあ! 回収だ!」
「はいっ」
ルチアのためにもさっさと終わらせたい。
先にニケを行かせ、俺も《研究所》の扉を閉めながら飛び降りた。
そしてぼこぼこになった甲羅の上に着地して、前方の破片を取りに行く。
破壊と倒れこんでいることで傾いた甲羅を降りていると━━宙を舞った。
アダマンキャスラーが勢いよく起き上がったのだ。
尻から落ちた俺のすぐ横に、甲羅がささくれて尖っている。
「あ、危ねぇ」
助かった……危うく純潔をこいつに奪われるところだった。
ホッとしている俺に、後ろから柔らかいものが覆い被さってきた。このボリュームは間違いなくニケだ。
どうしたと問いかける間もなく、地響きとともに全身が下から突き上げられる。
少しの浮遊感のあと、また突き上げ。
浮遊感の中でそれを見た。
アダマンキャスラーが左に見える足を叩きつけるようにして、背中を上下に揺さぶっているのだ。怒気のこもる足が振り下ろされる度、ニケとともに甲羅に打ちつけられる。
すぐにルチアの挑発や魔術の声が聞こえたが、止まる気配がない。
焦りすぎた……あんだけやったんだから、こうなることは予想すべきだった。
ニケは苦痛に声を漏らしながらも必死に甲羅を掴み、振り落とされるのを防いでくれている。俺もどうにか窪みに手足をかけた。
固いのと柔らかいのに挟まれ顔を打ちつけているが、それどころじゃない。もし転がり落ちて足や胴体に潰されでもしたら、大地の染みになってしまう。
永遠に続くんじゃないかと思いもしたが、少しずつ揺れが穏やかになってきた気がする。
なんとか助かりそうだ……。
そう思った俺に、ルチアの絶叫が届いた。
「主殿っ!」
その声に釣られ、前を向く。
前方の胴体をまたいで、下にはルチア。
そして右には……逆さになった錨のついた顔。
アダマンキャスラーが、目一杯首を反らせてこちらに顔を向けていた。
ここにまで頭は届かない。前と後ろの胴体の連結部分止まり。
だが、その喉はパンパンに膨らんでいる。
空気砲だ。
作戦を立てる段階で忘れていたわけじゃない。
だからネジを刺す場所は少し離れていたし、ニケにも注意するよう言っておいた。
けれど今まで使ってこなかったから、首が後ろまでは回らないか、ある仮説によりここには使わないと信じこんでいた。
それが……今ここでかよ!
「タウントッ!」
焦りに満ちたルチアの声。
再び挑発アーツが入るも、アダマンキャスラーの顔は動かない。
あんなものをこの距離で食らったら、どうなるんだろうか……思い切り吹き飛ぶだけじゃ済まないんだろうな。
妙に冷静に、そんなことを考えていた。
発射の勢いをつけるためか、わずかに顔が引かれる。ニケが甲羅から手を離し、俺を包むようにして抱き締めた。
甲羅に跳ねられ、宙に浮き上がる。
その瞬間━━ドスリと槍が突き刺さった。
アダマンキャスラーの頭の横にだ。それも思いの外深く。
破れかぶれだったらしく、駆け寄りながら投げたルチアも目を見開いている。
相当痛かったのか、アダマンキャスラーは意外なほど機敏に顔の向きを変えた。
なにごともなく甲羅に落下し、助かった。
俺たちは。
空気砲が放たれたのは、下方。砕けた岩盤や大量の土砂が舞い上がる。
その中に━━赤と茶色の瞳が浮かんでいた。
苦悶の表情を浮かべるルチアが、ゆっくりと回りながら地平線を越えて高く……俺たちの高さにまで。
直撃は避けていた。でも、岩盤に跳ね上げられた。
俺とニケがそれを見ているしかできない中、長い首がしなる。錨が右に振られる。
「や、やめろ」
そして…………無情にも、水平に振り抜かれた。
金属音が響き、ルチアが真横に飛んでいく。やがて墜落し、草原に線を書いて背の高い草に飲まれた。
実感もなく、なにかの映像を見ているような気分だった。
そんな俺をニケが脇に抱え上げ、ようやくなにが起こったか頭で理解した。
「ルチア……ルチアァッ!」
届かないのはわかってる……でも手を伸ばさずにはいられない。
もがくように手を伸ばす俺を抱えたまま、ニケが足を伝い地面に降りる。
いつからか、アダマンキャスラーの足は止まっていた。
「ニケ、ニケ……ルチアがっ! くそっ、あのデカブツがぁあ!」
「大丈夫です! ルクレツィアは死にません!」
アダマンキャスラーから離れながら、ニケが強く言い切る。
そうだ……ルチアがこんなところで死ぬはずない。
気が動転していた。頭の中が、最悪の想像と、どうやってアレを殺すかで埋め尽くされていた。
見上げると、ニケはしがみついてるときに切ったのか頬やこめかみから血を流していたが、その顔に揺らぎは見えない。
でもニケだってルチアのことは大切に思ってる。本当は不安だろうに、励ます役を回してしまった……情けない。
「こちらは私が。マスターはルクレツィアを」
「……頼む!」
「はい!」
もう動かしてもいいのだから、いくらでも引っ張り回せる。ニケなら大丈夫なはずだ……絶対大丈夫。
「投げろ!」
「いきますっ」
ニケに思い切り投げてもらい、ルチアの方へ飛んだ。着地に失敗して転がったが、そのまま起き上がる。
後ろから大気を裂く雷の音が聞こえる中、跳ねるようにしてルチアの場所を確認しながら走る。
生きてろ!
それだけを願いながら滑り込むようにしてたどり着いた。
「ルチア……」
見たくない。
でも、これが俺のミスの結果だ。
仰向けに倒れるルチアの腕は変に曲がり、額には斜めに大きく深い傷が刻まれている。身体中には金属の破片が刺さり、血にまみれていた。
でもこの金属は……盾か!? あんな状況で盾で守ったのか!
それにVITが高い方が、生命力も多少は高いのだ……希望はある!
「しっかりしろ! 生きてるよな!」
思わず揺さぶりそうになったが、ぐっとこらえた。代わりに手を口に近づけると……微かだが、確かに風を感じる!
「頑張れ……すぐ助けてやる」
《研究所》を発動し、シータを外に出す。
あっ、培養槽は……そうだ、万が一のために全員分の培養槽を生命水と魔力水で満たしておいたはずだ。やはりまだ、心が落ち着いていない。
上級ポーションを使うか使わないかも悩んだ。だが、結局かけることにした。今は下手に金属を抜いて出血させるより、このままでも傷がふさがった方がいい。生きてさえいればいいのだから。
ポーションをかけ、頭と膝に手を入れシータで慎重に持ち上げようとしたとき、ルチアの目がうっすらと開いた。
「ルチア! 聞こえるか!」
「シン、イチ…………」
風に吹き消されそうなほど小さな声。
目の焦点も合わず、瞳が揺れている。
「ああ、俺だ! ここにいるぞ!」
シータでゆっくりと持ち上げ、俺はルチアの無事な方の手を握った。
それを感じたのか、ルチアが口をわずかに開く。
「シン……チ…………あ…………てる」
よく聞こえず、耳を近づけた。
消えそうな吐息とともに、繰り返されたその言葉が聞こえる。
━━愛してる。
やめろ。
頼むからやめてくれ……それはやめろ。
「俺もだ! だから、絶対……」
死ぬな。そう言う前に、またルチアが口を動かす。
「ああ……だから、絶対……」
握る手に、力がこもる。
「私は……貴方より……」
血の入り込む目が、しっかりと俺を捉える。
「先には━━死なないっ」
それだけ言って、全身から力が抜けた。
激しく慌てたが息はしている。気絶しただけか……。
小声の中にも奇妙に力を感じさたルチアの言葉。
はっきり言って、なにを言いたいのかはよくわからない。俺を守る盾を自負しているのに、愛してるから俺より先に死なないってどういうこと? 俺、盾にされちゃうの?
本当によくわからない。
でも、なぜか心が温かくなった。信じられる気がした。
というより、今はそう信じて運ぶことにした。
ルチアを培養槽に沈め、とにかくなんでもいいから素材を突っ込んで治そうと考えていると、地響きが近づいてきていることに気づいた。
まさか、ニケが……。
しかしその心配は無用だった。《研究所》にニケの声が響く。
「マスター! 《研究所》を消してください!」
慌てて《研究所》の扉を消した。
そうだ。もうルチアは救出したし、ニケが囮になる必要はない。
汗だくのニケは部屋に入ってくるなり、素材投入用の槽に向かい黒く光る塊を入れる。
「回収したのか!? 無茶すんなよ……」
「拾いながら逃げ回っていただけですよ。せっかくですから、ルクレツィアには強くなって復帰してもらいましょう」
ルチアが生きていると信じて持ってきたその思いは無駄にはならない。そう信じる。
他にアダマンキャスラーの血液なども投入したあと、ルチアの装備や刺さった金属片を《排出》で外へ。培養槽の水が赤く染まり始める中、すぐさま錬金術を発動させた。
こんな危険な状態でアップグレードをやったことはないが……あとはもう祈るしかできない。
培養槽のガラスにへばりつく俺のうしろで、ニケが膝をつく。そして優しく抱き締められた。
「心配いりません。大丈夫です」
「……そうだな」
ニケに撫でられながら、ただ時が過ぎるのを待った。
数時間後、錬金が終わったルチアを培養槽から引き上げ、ベッドに寝かせた。その体には傷一つない。呼吸もしっかりしているし、すぐに目を覚ますはずだ。絶対。
そして━━
「ルチア! 大丈夫か!」
目が開き、ルチアが体を起こした。
最初こそ俺の顔を見て首を傾げていたが、すぐになにがあったか思い出したようだ。
「そうか、私は……すまなかったな。心配をかけた」
頭を下げようとするルチアを押し留める。
「謝るのは俺の方だ。悪かった、ルチア」
「私も不用意に動いてしまいました。貴女に余計な負担をかけてしまいましたね、すみませんでした」
「いや、二人が私のために急ごうとしたのはわかっている。気にしないでくれ。それに私は盾なのだ。なにがどうあろうと最後まで立ち続けられなかった私の失態だ」
ルチアならそう言うんじゃないかとは思っていたけど。
結局三人揃って頭を下げ、顔を上げたところで我慢できなくなった。
ルチアに飛びついて、思いっきり抱き締める。
「よかった……ほんとによかった」
うん、とだけ言ってルチアは抱き締め返してきた。
恥ずかしいぐらい泣いてしまった。
しばらくして、服を着てベッドに座るルチアに俺は抱きついていた。着るときも引っついていたので、凄く邪魔そうにしながらも笑っていた。
俺もようやく落ち着いたので、気になってたことを聞いてみる。
「なあなあ、俺より先には死なないってどゆこと?」
どうやらルチアは覚えていないようで、驚いた顔をしている。
「そんなことを言っていたのか……あー……いや、それは気にしないでくれ。別に主殿を盾にしてでも生き延びるなんていう意味ではないぞ」
「なんだ、違うのか……」
「なぜ残念そうにしている!?」
そうだったらそれはそれで面白いなと思ったが……やっぱり忠義に厚いルチアの方がいいな。
そんな俺たちのやり取りを聞いて、なぜかニケが爪を噛んでいる。
「ルクレツィア……そうですか。そうきましたか」
ルチアから俺を引き剥がしてギュッとしてきた。
「では私は、マスターが死ぬ三秒前に死にます。それか、私が死んだら三秒以内に死んでください」
「ヤな三秒ルールだな!?」
「ニケ殿……対抗するにしても、それはさすがに錯乱しすぎだろう」
いまいちなんの話してるかわからんのだが……でもこの日常が壊れなかった。今はそれで満足だ。
ただ、これだけは聞かねばなるまい。
「そういえばニケよ。あのキックで落ちるアーツはなにかね。初めて見たが?」
「《格闘術6》で覚えました。驚かせようと思って黙っていましたが」
「おお、上がったのか。おめでとう、ニケ殿」
「おめでと……」
六とか遠すぎる……いまだに戦闘系のスキル一つも生えてない俺には、高嶺の花か……。
「ハァ、《ステータス》」
久し振りに自分のステータスをチェックして、俺はガッカリ……おや? おやぁ!?
「どうしましたか、マスター」
「あ……んにゃ、なんでもない」
ニヤケそうになるのをこらえてステータスを閉じ、話を切り替えた。
「さて、これで甲羅もゲットできたわけだが」
「ああ……そうだな」
伏し目がちに返事するのを見て、ルチアの望みがわかってしまった。
「マスター」
ニケも俺を揺すって促してくる。
あーあ、しょうがないか……ま、俺だってこのまま終わらせるつもりはないしな。
「ルチア、お前は俺の盾だ」
「ああ」
「俺は負けること自体はそんなに気にしない。だが、負けっぱなしで終わるのは嫌いだ」
「っ……ああっ」
顔が上がり、瞳に火が灯る。犬歯が見えるほど口角が上がる。
ルチアが傷ついたのは俺のミスだ。だからこそ、ルチアが望む言葉をあげよう。
「同じ敵に二度も負けたら、許さんからな」
「ああ!」
リベンジだ!
「……だからと言って、正面からやることないと思うよ?」
俺たちがダグバから降りたのは、アダマンキャスラーのすぐ近く。それも真正面である。
あのあと俺とニケも甲羅で強化したが、治療がなかったぶんルチアより早く済んだ。
まだ明るかったからアダマンキャスラーを追いかけたら、意外なほど近くにいた。《研究所》の周りは荒れ果てていたので、こいつはしばらく俺たちを探したのだろう。
「やっぱり打ちどころが悪かったのかな?」
「だから私は正気だと言っているっ」
いやいや、イカレてるって。
俺としては足の一本でもぶっ潰してやろうと思ってただけなのに、ルチアは正面から当たってみたいと言い出したのだ。
「大丈夫だ。あのステータスを見ただろう?」
確かにステータスを見たときは、目が飛び出るかと思ったけどさ……。
「ほら、ニケちゃんもなにか言ってあげて」
「ルクレツィア……やるからには勝ちなさい」
そうじゃないよ……止めてよ……。
「ああ、任せろ」
そう言ってルチアは歯を見せる。
ハァ……もう止まらんか。
「死ぬのだけはなしだからな」
「二度負けたら許さないのではなかったか?」
「そんなことはどうでもいいんだよ」
ニケやルチアを失うくらいだったら、いくらでも負けていいわ。
人の気も知らないで、二人はなんか嬉しそうに笑ってるし。
「ルクレツィア、あちらはもうお待ちかねのようですよ」
アダマンキャスラーは足を止め、威嚇するように頭を地面に何度も打ちつけている。
走って潰そうとしても無駄だとわかっているから待ち構えているのだろう。それとも、仕留めたはずのルチアがぴんぴんしてることに驚いているのか?
「そうだな。では行ってくる」
ルチアに抱かれる俺の頭をまた一撫でする。
でも……その手は震えているように感じられた。
「ルチア」
「これは、私が貴方の盾であり続けるために必要なことだ」
バカか。どうであろうと、お前は俺にはもったいない女だよ。
「……よし、行ってこい!」
しっかりと頷き、ルチアが駆け出す。今度は真っ直ぐアダマンキャスラーに向かって。
その背中を見ながら、俺も一応シータを準備しておく。
ルチアがずんずん近づき射程に入る。アダマンキャスラーは頭を高く上げ、そのまま振り下ろす。
いとも簡単にルチアが避けると、首を引っ込ませて喉を膨らませた。いきなり空気砲か!
「もう食らわんっ」
ルチアが素早く飛び込む。そして、タイミングを合わせて地面に手をついた。
「ストーンピラー!」
軽く伸ばしながら発射しようとしたその頭の下から、極太の岩の柱がせり出した。
開こうとした口をアッパーで強引に閉ざされ、でかい顔が跳ね上がる。
超巨大なオナラみたいな音が口から鳴り響くのと同時に、頭の両横から二筋ずつの血しぶきが噴き出す。まだ刺さっていたルチアの槍も、それと一緒に飛び出た。
もしかして……耳の穴だったのか!? 穴が空いてるなんて気づかなかった。
アダマンキャスラーは本格的にキレたようだ。ルチアはすでに下がっているが、頭を振り回して岩の柱を砕く。そのまま止まることなく振り続ける。
錨の横部分から斜めに地面に突き刺さり、すくい上げて外に土砂を弾き飛ばす。それでも振られる頭が減速することはない。
頭で無限を示す記号を書きながら、歩み始めた。
触れるもの全てを破壊せんと迫る巨体を前に、ルチアは腰を落とし、左手の盾を引いて構えた。
本気でやるのか。
俺たちともだいぶ距離が近いが……ルチアを信じる。引かずに見届けてやる。
一歩、また一歩と破壊の境界線が近づく。
そして境界線がルチアを飲み込むその瞬間、左腕とともに掛け声が上がる。
「バッシュ!」
キレ良く、力強く。ルチアらしく。
俺は、天を仰ぎ見た。
━━信じがたい光景だった。
アダマンキャスラーの長い首。それが、雲にまで届けと一直線に伸びきっていた。
その下でルチアは盾を持つ手を掲げている。
それは、まさに勝者の姿だ。
やがて、千切れそうなほど細く張り詰めた首が弛緩した。頭は一度大きく後ろに振られ、ゆっくりと前に落下する。
俺たちのすぐ前に頭が墜落すると同時に、かつてないほどの揺れが起こる。それは頭だけが引き起こしたものではない。
アダマンキャスラーが腹をついたのだ。
その足は全て力なく曲がったり、投げ出されている。
「すっ…………スタンです!」
ニケが驚きに満ちた声とともに俺を離した。
俺も驚いてアダマンキャスラーの目を見ると、わかりづらいもののわずかにその眼球が揺れているように思える。
脳震盪か……!
これを狙っていたわけではない。
ただ、バッシュはVIT依存だから、ステータス的に現状では最も攻撃力があるだろうということ。そして、どうせなら顔の錨を破壊して奪いSTRを上げよう、とルチアが言い出したせいで正面から当たることになったのだ。
本当は何度もバッシュを当てる予定だったが……一発でいけるなら、その方がいいに決まってる!
「ニケ!」
と俺が呼んだのは空振りに終わる。
ニケはもう、錨を蹴って高く跳ねていた。
雷撃を放ち、右足を出す。
「ミーティアキック」
バッシュでヒビが入っていた錨の縁にアーツを撃ち込み、即立ち上がって両腕を引く。下に向けてその手を突き出した。
「衝破」
ヒビは更に広がるが、まだ砕けない。
「ニケ! どけぇ!」
アダマンキャスラーの頭に登ったシータでジャンプして、ニケがいた場所にまるで体当たりのような鉄球パンチを食らわす。
それでもまだ砕けない。
でもこっちもまだなんだぜ!
「おらあぁ!」
シータだけじゃなく、俺も頭に登っていたのだ。
ジャンプしながら金属バットを振り上げる。
「フルっスイングぅう!」
《鈍器術1》のアーツ、フルスイング。
ついに来た……俺の時代が!
錨に向けて、思いっきり振り下ろす。
バキーンと錨が……砕けなかった。あれぇ?
「主殿っ、どいてくれ!」
その声で慌てて転がり落ちる。キャッチしたニケがバックステップで離れた瞬間、
「バッシュ!」
飛び降りてきたルチアが右腕に持つ盾で、遂に砕けた。
それはもちろん錨全体からすればわずかだが、俺たちの強化には十分な量だ。
うん……今日の主役はルチアだからしょうがないね……。
「主殿は鈍器術を覚えたのか! やったじゃないか!」
「驚きました。よかったですね」
降り立ったルチアと、抱っこしているニケに褒められた。
俺が仕留めることはできなかったが、悪い気はしない。どや。どやどや。
「ニケ殿のただのパンチくらいは威力があったのではないか?」
「ええ。全力で殴った威力まではいきませんが、普通に殴った程度はありましたね」
しょぼーん。




