4-17 なぜだ……なぜ俺は格闘術使いじゃなかった
きちんと朝飯を食べ、《研究所》を出た俺たちはダグバでアダマンキャスラーの足跡を追う。
一時間ほどで呆れるような巨体を見つけた。
夜はこいつも寝ているのかな。
追いかけてる途中で、足跡の中間に地面を削るような長い跡もあった。もしかして食事の跡なのだろうか。土の中のなにかを食っているのかもしれない。
大きく回ってアダマンキャスラーの前に出て、ダグバから降りる。
「マジでやるんだな? 今ならまだ……」
「マスター……朝から何度目ですか」
「心配するな。昨日も大丈夫だっただろう?」
二人の決意は固いようだ。ならばもうこれ以上はなにも言うまい。
ニケに抱っこされ、アダマンキャスラーに向かって進む。
どうやらあちらさんはすっかり俺たちの顔を覚えたらしい。こっちを見てわずかに首を伸ばすと、足を高く上げて猛然と駆け始める。背中の岩や木々に住み着いている鳥たちが、一斉に羽ばたき去った。
一歩ごとが岩盤まで破壊し、地表の土が跳ね上がる。
純粋に怖い!
あんなのがもし食パン咥えて走ってたら、運命の出会いも木っ端微塵だよ!
あれと対峙しなければならないルチアの様子を窺ってみると、アダマンキャスラーを真っ直ぐに見据えている。少しして、顔だけを俺に向けてきた。
「行ってくる」
「任せました」
「気をつけろよ、ホントに」
俺の頭を一撫でして、ルチアが斜めに駆け出す。
アダマンキャスラーは近づいたルチアに釣られ、進路を変えた。そのままルチアが回り込むことで、アダマンキャスラーの勢いが削られる。
一周近くするころには、アダマンキャスラーの足は止まっていた。
「始めるぞ! タウント!」
盾の挑発アーツで、アダマンキャスラーはルチアに釘づけになったはずだ。
「行きます」
「お前も安全なわけじゃないんだから、気をつけてな」
ニケの《危機察知》も、さすがに危機と接触してる状態で発動するとは思えないし。
俺を下ろして頷いたニケが走り出し、そのあとにシータが続く。
俺はちょっと離れたここで、《研究所》にこもって見学だ。もし《研究所》が絶対に壊れないと確定していれば、ルチアはこの中から挑発すればいいんだけど……。
アダマンキャスラーの左から近づき、ニケが後方の胴についている六本足の一番前に飛び乗る。シータは一発で飛び乗れたりはしないが、なんとかよじ登れた。
そのまま足を伝い背中に乗る。この周辺は昨日魔石爆弾で掃除しておいたので、黒光りする甲羅が剥き出しになっている。
アダマンキャスラーはルチアに夢中で、こちらのことは気にしていない。まずは第一段階クリアだ。
にしてもこの背中の上、本当に揺れが少ない。
ルチアに対し頭を振り回したり足で踏んづけようとしたりで、前方の胴体は結構動いてる。それでもこっちにはほとんど影響がない。
《研究所》や《無限収納》、あとマジックバッグのような空間に作用するスキルなどは、基本的に動いていると使用できない。だがこれならいけるだろう。
剣を取り出したニケが、割と近場に鎮座していた大岩を蹴って高く跳躍した。
「飛翔斬」
空中で二度振られた剣から飛んだ斬擊が、甲羅にバツ印を刻む。本来は確か一発だけなので、派生技だろう。
続けてその中心部に雷を放ってから、ニケは縦に一回転。
「ミーティアキック」
謎エネルギーをまとった右足を伸ばし、斜めに真っ直ぐ宙を切り裂く。
スカートが激しくはためくものの、見えそうで見えない……まさか計算しつくされた位置取りなのか!? っていうかなにその技! 俺もやりたい! 怪人倒したい! ズルいズルいズルい!
俺の驚きと嫉妬をよそに、ニケはバツの中央に流れ落ちた。
力の奔流が弾けて広がる。
こびりついて残っていた土砂や転がる小石が外に吹き飛び、周辺が綺麗に黒一色になった。
しかし……。
「やはりこの程度ですか」
煙を上げる中央で立ち上がったニケが、腹立たしげに剣を振って煙をかき消す。
連続攻撃を叩き込んだ中央部でさえ、ニケの膝までほどの深さが抉れただけだった。
しかもこの甲羅、繊維質というか粘り気があるとというか、金属のように綺麗に砕けたりはしない。辺りはずたぼろになっているものの、飛び散っている破片は少ない。
「わかっていたことですが━━っ!」
一瞬、ガクンと足場がなくなったと思いきや、下からの突き上げを食らってシータが宙を舞う。
右に左に転がり、立ち上がることもままならない。
どうやら背中で派手にやったせいで、ターゲットが移ってしまったようだ。
「タウント! ストーンブレット!」
挑発と魔術をルチアがアダマンキャスラーに当てると揺れが治まった。
叩きつけられるアダマンキャスラーの頭部を飛び退いて避け、ルチアが声を張る。
「すまない! 大丈夫か!」
「問題ありません!」
ニケはすぐに背中に張りついて転がるのを防いだし、シータも問題なく動く。でも俺はちょっと酔った……。
「ならばついでに少し進ませる!」
すでにアダマンキャスラーの頭部周辺は荒れ果てている。足場の確保のために、ルチアが距離を取って前進させた。
さすがに目標を追いかけるときは、コケるほどではないが後ろの胴体も動きが少し荒い。
だから必要時以外はアダマンキャスラーを動かさないように、ルチアはヤツの射程の範囲を出入りしているのだ。
昨日試したときとは違う。
相当神経を使っているだろう。早く準備を進めなければならない。
ニケもその思いは同じだ。アダマンキャスラーの動きが止まると、すぐに《無限収納》からある物を取り出した。
ニケの身長よりも長いそれは、くの字型のネジだ。
太さもニケより太い……いや、胸囲だけなら引き分け。
ネジの先の方は螺旋構造になっておらず、釘のとしての用途も持たせている。そして六角の穴がついてるボルトを締める工具のように、長い持ち手がついている。
固い素材や、昨日の残りのアダマントをかき集めて作ったこのネジが、作戦の要だ。
ぶっちゃけると、決め手として考えているのはみんな大好き水蒸気爆発である。
立案者は俺じゃなくてルチアだけど。
ルチアとニケで作戦会議中に、それをルチアが思いついたのには驚かされた。前に自分が食らったのが頭に残っていたのだろう。
ただ、甲羅の表面で爆発を起こしても、破壊力はほとんど上に逃げてしまう。それではこの甲羅はまず間違いなく破壊できない。火属性の魔石が少ないので、試すこともできない。
なるべく逃げ道をふさいだ上で、効果的に破壊力を甲羅に伝える。そのために作ったのがこのネジである。
これで穴を開けて、そこで爆発を起こせば結構いい線いくんじゃないかと思って俺が出した修正案だ。
ネジなら表面積も稼げるし、上手いこといってくれると信じる。
本当は全部アダマントで作れればよかったが、この量を集めようとしたら三日以上はかかるので断念した。
ニケと二人で息を合わせ、ネジの持ち手を掴んで餅つきのようにバツ印の中央に突き刺す。
一回では大して進まず、何度も繰り返す。どうにか釘の部分がだいぶ隠れるくらい掘れた。
そこからはネジを刺したまま、シータの重量を生かしてストンピング。十回くらいでようやく釘部分が全部隠れた。
ここで再びアダマンキャスラーが背中を揺する。
こっちはさっきほど派手に動いてはいないのだが、やはり勝手に乗られるのは嫌うようだ。
ルチアは両手で交互に挑発を入れ、合間には魔術も使っている。それでも魔術の当たり具合とかによっては敵愾心がたまらず、ターゲットが切れてしまうのかもしれない。
少ししてルチアがターゲットを取り戻す。ネジは自立していて抜けるようなことはなかった。
アダマンキャスラーの場所をまた移動するのにあわせて、俺本体も移動する。
そのときしっかり見てみたが、思った以上にルチアの消耗が激しい。
汗で顔に髪が張りつき、移動するときには俺が昔開発した、体力が回復するスタミナポーションをもう飲んでいた。
ポーション類はクールタイムが共通なので、普段あまりルチアは飲まないようにしているのだが……とにかく急ぐしかない。
ニケとシータで持ち手を押すと、ゆっくりネジが回り始める。ギチギチという音がこっちまで伝わってきそうだ。
俺本体に聞こえてくるのはバカーンドゴーンと、冗談みたいな破砕音ばかりだが。
一周……二周…………三周目にはモウ、牛の歩みになってしまった。ププッ。
螺旋構造の部分などが心配だが、簡単に潰れるようなことはないと思う。
ただのアダマントよりもこの甲羅は強化されているが、こっちも螺旋部分や先端はアダマントでコーティングしている。それをニケががっつり魔力を流して強化しているし。
そう思いながらようやく突入した四周目、アクシデントが起こってしまった。
一度止まってしまい、わずかな休憩を挟んで再開しようと持ち手を押す。まさにその時、アダマンキャスラーが体を揺すった。
シータが少しの間地面を転がり、揺れが止まって立ち上がろうと思ったら、背中になにか乗っかっている。
それは、ネジの持ち手だった。
芯に近い部分から、ポッキリと折れてしまったのだ。
そっちが壊れんのかよ……。
「すみません……魔力を流し損ないました」
そうニケは謝っているが、今のは仕方ないだろう。ちなみにニケのセリフなどは聞こえないので全部俺の想像だが、多分間違ってない。愛ゆえに。
にしても、どうする。
予備は作ってあるが、今のよりも脆い。なにより今のネジが刺さったままではどうしようもない。折れてちゃ抜くこともできないし、新しい穴を開けてる余裕はない。
応急手当でもいいから直せればいいんだが、どうやって直せば…………あれ? 普通に直せるんじゃないか?
俺は《研究所》から出て扉を消した。
そのまま走ってアダマンキャスラーに向かい、足に飛び乗る。
「主殿!?」
「マスター!?」
二人は驚いているが、ちょっと待って! ルチア、今はやつの射程外で立ち止まらないでくれ!
ルチアを追ってアダマンキャスラーが動く。
運良く逆側の足から踏み出したので、俺の乗ってる足が動き出す前に背中に飛びつくことができた。
「すっ、すまない!」
「いいから! ついでに移動させといて!」
ルチアの足場確保のために場所移動が始まり、すぐにニケが迎えにきた。
「マスター! なぜ来たのですか!」
「ネジを直しに来たに決まってる」
今までずっと《研究所》内でしかやってこなかったが、《錬金術》って外でもできるじゃん! ということに気づいたのだ。まさに目から鱗である。うん……それが普通なんだけどね。
「ここまできて危ないから帰れとか言うなよ?」
「……わかりました。ですが終わったら、すぐに《研究所》に入っていてください」
「わかってるって」
俺がいつも《研究所》にこもるのは、中途半端な力の俺がチョロチョロすると二人が心配するし、邪魔にもなるだろうという合理的判断に基づいている。
決して痛いのとかが嫌だからではない。観戦オヤツタイムなどとは思っていない。いないのだ。
ということで、場所移動も終わったから早速始めよう。
ニケとシータで持ち手を支え、ネジ本体と合わせる。綺麗に折れているので、これなら《研究所》の時短補助がなくてもさほど時間はかからないだろう。
俺の身長でも届いたので、折れた部分に手を当て錬金術発動!
どれくらいのMPを使えばいいのか感覚が掴めないが、素材を加工する場合は一発勝負ではないから問題ない。
錬金術を発動させたまま、流す魔力の量を増やしていく。
ちなみにMPと魔力というのはほぼ同義なのだが、なんとなく違う。なんらかの意思を持たされて動いているMPのことを魔力と呼んでいる感じだろうか。とにかく俺はなんとなく使い分けている。
ネジの素材は良い物使ってるのでそれなりの出力が必要になったが、ようやく俺の意思通りに素材が動き出した。継ぎ合わせている部分に入っている線が消えていく。
でも……おそっ! 《研究所》内での作業に慣れちゃってるからなあ……。
これ流す魔力を増やしたらどうなるんだろう? と思ってやってみたら早くなった。
ただ、割には合ってない。二倍の早さでMPが減っていっても、修復速度は五割も増してない。
それでも俺のMP量ならもつ。今は時間が惜しいのだ。
ガンガンに魔力を流し、しばらくして完全に持ち手がくっついた。多少曲がっていたので、それもニケに指示しながら直した。
「それではマスターは《研究所》に……マスター?」
うーん……修理しながら思っていたのだが、甲羅に錬金術使ったらどうなるんだ?
ゴキブリの錬金はいけた。ルチアもいけた。だが、それはルチアにレジストする気がなかったからかな。きっとレジストしようと思えばできたはず。
アダマンキャスラーもそれは同じだろうが、もしそのレジストを突破できれば……。
しゃがみこみ、ネジの刺さっているすぐそばの甲羅に手を当てた。
そして錬金術を発動させる。
…………失敗だ。
魔力が入り込んだ感覚はあった。しかしすぐに霧散するというか、食い荒らされる感じだ。それなりにMPも使ったのに。
「いくらなんでもそれは……っ、マスター!」
ニケが俺を呼ぶのと同時に、ガツンと頭の中に火花が散った。引っくり返って跳ねてゴロゴロゴロゴロ…………。
ルチアがターゲットを取り戻すまで短い時間だったのに、揺れが収まってから軽く吐いた。
しょうがないと思うの。自分とシータ、二つの視界の相乗効果で三半規管がおかしくなるのは。
おでこ切れて血が垂れてきてるし……ネジの螺旋部にぶつけたせいだ。
ちょうど《第三の目》の場所だが、実はこれは実際に目があるわけではない。よくわからない原理によって、そう見えるだけなのだ。だからここをつつかれても、目が、目がーーとはならない。
「大丈夫ですか! これをっ」
四つん這いでクラクラしている俺に、慌てて駆け寄ったニケが中級ポーションを差し出す。
でも俺はそれを押して返した。
「あんがと……でも今はそれよりこっちだ」
マジックバッグから上級マジックポーションを取り出し、瓶を傾ける。
初めて飲んだが激マズ! 本吐きしそう……。
ぐっとこらえて、はいはいでネジに向かう。
さっきはちょっと欲張った。これ以上ネジを回さずに済むよう、広い範囲に魔力を流そうとしてしまった。
少しでいいのだ。
ネジを回す助けになるだけでいい。目標はネジの先端周辺、そしてその深部だ。
MPは満タンだ。絶対やってやんよ!
甲羅に手をついて呼吸を整え、錬金術を使いドカンと魔力を発射する。
イメージは大砲。一発でかいのを叩き込んで、アダマンキャスラーの魔力を蹴散らす。その隙に食い込み、群がってきたらまたでかいのを発射。
……いける! 俺の魔力がズルッと入った!
それを何度かやって、長く深く俺の支配下に置いていく。
そして八回目の大砲を発射してすぐ、目標地点に到達。
捕まえた…………はずだ。
こっちへ来い!
それだけを念じ続ける。
すると甲羅は━━
「に……ニケっ」
━━俺の手を押して盛り上がってきた!
「回せぇ!」




