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4-15 対ショック対閃光防御はしなかった




 爆走すること五時間。

 二度目の給油ついでに、少し休息を取ることにした。ソファーを出して、外で遅めの昼食を食べる。

 車はこんな長距離走らせたのも初めてだったので一応点検したが、特に異常はなかったしタイヤもまだ変えなくてもよさそうだ。でも、さすがに不安になったのでエンジンを冷ましたい。

 まさかルチアがあんなに弾けるとは思わなかった。


「素晴らしいな、自動車というのは。もう少しでティンダーにも着いてしまうのではないか?」


 おむすび三つをペロリと平らげたご機嫌ルチアの言うとおり、ティンダーもだいぶ近いだろう。

 ギルドのおとり部隊が魔獣馬車で迂回するか馬で真っ直ぐ向かうかわからないが、どんなに急いでもティンダーに着くのでさえ二日はかかるだろう。

 やつらがたとえ今日出発したとしても、俺たちの方が二、三日は早くアダマンキャスラーと接触できる予定だ。


「でしたらもっとゆっくりでもいいのではありませんか……」


 弱りきっているニケは俺を正面から抱き締め、ずっとほっぺ同士をすりすりしている。生きてる実感でも味わっているんだろうか。おむすびが凄く食べづらい。あ、梅干し(自家製)だ。


「ほら、ニケの好きな梅干し入りだ。お前も少しは食べときな」

「はい……あーん」


 体を離しておむすびを口許に持っていくと、ニケはパクりと食べた。口をすぼませて、プルプル震えている。


「んん……生き返りますね」

「本当にニケ殿は乗り物が苦手なのだな」


 ルチアは苦笑いしているが、俺もあれはどうかと思うよ?

 サスペンションとタイヤでも衝撃を吸収しきれなくて、車の天井に何度か頭ぶつけたし。おかげで一回目の休憩のとき、即席でシートベルト作る羽目になった。


「別に苦手などでは……」

「ニケよ、しょうもない理由で苦手になったなら、今のうちに言っといた方がいいぞ。なんか壮大な原因があったんじゃないかと、想像の中でハードル上がっちゃうからな」

「しょうもなくなどありません! ……あっ」


 ふふ、ついに苦手だと認めたな。


「マスターは意地が悪いです……」


 観念したのか、ため息を一つついてからニケは話始めた。


「ハア……仕方ありません。あれは優に百年以上昔のことです。当時は魔獣馬車の黎明期でした━━」


 ニケの話を簡単にまとめるとこういうことだ。

 魔獣馬車が世間一般に広まっていったころ、開発競争も激しくなった。新たな魔獣や新たな車体が次々と試され、そうなれば当然事故も起こる。

 その頃のニケもまた、新型魔獣馬車に乗せられ事故にあった。他の魔獣に襲われ、馬車を牽く魔獣が暴走したらしい。調教が不十分だったせいだろう。

 その結果崖下に転落して、ニケの所持者を含む乗員全員が絶命した。

 剣だったニケは、当然自力では動けない。

 結局三十年近くを崖下で過ごしたらしい。


「んー……しょうもないような、しょうもなくないような」

「マスターにはわからないのです……呼べど叫べど応えるのは獣ばかりという悲しみが。このままここで土に埋もれ、永遠の時を過ごすのではという絶望が……ふふふ」


 黒ルチアに続き、黒ニケまで顕現してしまった。


「な、なんというかそれは災難だったな、ニケ殿。想像はつかないが、乗り物が嫌いになるのも納得だ」

「特に信頼できない乗り物はどうにも落ち着きません……」

「安心していいぞ。自動車は信用と実績溢れる乗り物だからな。俺が元々いた国なら、一家に一台くらいはある」

「こんな物が一般的に使われているのですか!?」

「ウン、ソウダヨー」


 ちょっとだけだいぶ違うけど。


「しかしニケが飛行機乗ったりしたら、どうなっちゃうんだろうな」

「……なんですか、その響きからして不吉な物は」

「空飛ぶ乗り物だ。普通に使われてるぞ」


 ルチアとニケは飛行機を想像してか、共に空を見上げた。ただし、表情は正反対と言っていいが。


「空を……そんな物まであるのか」

「マスターの世界には頭がおかしな者しかいないのですか?」

「なに言ってんだ。少なくとも目の前に頭がおかしくない者がいるだろう」


 ……。

 ……なぜ二人して同じ顔でそっぽ向くの。


「それにしても主殿の元いた世界は、聞けば聞くほど摩訶不思議な世界だな」

「まるでおとぎの国のようです」

「それはこっちのセリフだっての。でもまあ二人にも俺の世界を見せてやりたかったよ……無理なんだけど……ふふふ」


 黒真一まで出てしまった。


 その夜は、みんなで心の傷やらなにやらをたっぷり舐め合いました。






 翌日の昼過ぎになっても、俺たちはまだモンスターSUVに揺られていた。

 昨日ティンダーの町に少し寄って情報を集めたところ、キケラ山という高い山の方角からアダマンキャスラーは向かって来ているそうだ。

 ちなみにアダマンキャスラーの情報は、大樹海に住む獣人からもたらされたらしい。マリアルシアは獣人への迫害などはほとんどないため、それなりに交流を持っているのが幸いしたのだろう。

 今日に入ってそのキケラ山が見えてきたので、それを目印に丘陵地帯を進んでいるが、アダマンキャスラーとはいまだに出くわしていない。


「入れ違いになったりしてないよな……」

「見晴らしもそれなりにっ、いいですし、それはないと思いますぅっ」


 車にもだいぶ慣れたニケだが、大きな振動がある度にまだ体はビクついている。

 ……しかしニケの声ってクールだし、ちょっと機械的だよな。


「なあニケ。『━━━━』って言ってみて」

「それはなんの占いですか」

「いいからいいから」

「はあ、わかりました……『ポーン。目的地まで、この先三キロメートル、直進です』」


 おー、似合ってる。


「ポーンというのはなんなのですか?」

「様式美だ。ルチア、ニケナビ通りに進めばきっと出会えるぞ」

「なびというのはよくわからないが、ちょうどこの先に小山があるな。あのあたりで少し休憩にしようか」


 ルチアが言っているのは、なだらかに続いている丘の向こうに見える岩山のことだろう。

 周りは背の高い草に覆われている中で、突如として岩肌が露出しているので浮いて見える。


「そうだな、小腹もすいたしおやつでも……」

「止まってください!」


 ニケの緊迫した声に、ルチアが急ブレーキをかける。


「ニケ殿、魔物か?」

「いえ……ある意味ではそうですが」


 俺の肩越しに出した手で、ニケが指差す。その先にあるのは休憩しようとしていた岩山だ。


「あの山がどうか…………んん?」


 じっと見ていると、丘の向こうにある岩山が少しずつ隆起しているように見えた。錯覚かと思ったが、今まで見えていなかった岩まで丘の向こうに見え始めた。

 それらが徐々に大きくなっている……というか、近づいてきてる!?

 更には遠くからズシンズシンと一定のリズムで、地響きまで聞こえてくる。


「あー…………もしかして、あれが」

「はい、アダマンキャスラーです」


 マジか……。

 見たことのない俺とルチアが言葉を失う中、アダマンキャスラーの全容が明らかになってきた。


 想像してたより全然大きい。

 まだ距離があるのに、とてつもない存在感である。

 小山だと思ってたんだよ? そんな物がゆったりとしたペースで、丘の上に姿を現したのだ。


「すげーな、ニケナビ大当たりか……よし、それじゃあ帰るか」

「主殿……ここまで来てそれはないだろう」


 一応冗談ではあるけどね……あんな生物が存在しているのがちょっと信じられない。

 小さめのサッカースタジアムぐらいあるんじゃないか、あれ。


「もう少し近づいてみましょう」

「なあ、この車って大きめの人工物と判断されない? されたらいきなり襲ってくるんじゃね?」


 なにもしなければ人に反応するようなことはなく、馬車でも素通りできるとニケからは聞いている。

 しかしこの車は馬車よりもだいぶ大きいのだ。


「それは……どうなのだろうか。行ってみるしかないのではないか?」


 言うが早いか、クソ度胸のルチアがエンジンを吹かす。

 歩いて行くって手もあると思うんだけど……でもアダマンキャスラーの移動スピードは相当遅いようだし、車なら逃げれるか。


 さすがにルチアもここは飛ばすようなことはせず、アダマンキャスラーの正面から少し外れたところをスピードを抑えて近づいていく。

 そしてアダマンキャスラーのディテールが判明してきたのだが━━それはなんとも奇怪な生物だった。


 前にニケが亀に少し似ていると言った通り、首は甲羅の中に引っ込んでいるように見える。伸ばしたら長いのかもしれない。

 だがその頭部は亀とは違い、顔の中心部がハンマーヘッドシャークみたいに船の(いかり)のような形状になっている。あれではつっかえて、甲羅にすっぽりとは頭部が入らないだろう。

 そして錨の上下には、三つずつ小さな目がついている。


 体は虫のように二分割されていて、どちらも甲羅に覆われている。全体的に色は黒いが、特に甲羅の上部は漆黒である。その部分がアダマントと呼ばれる素材だろう。

 足は前方の小さな甲羅から二本、後方の大きな甲羅から六本の計八本が生えている。象のように寸胴で、太くたくましい。並の民家であれば、足一本でペチャンコにできそうだ。


 ただ、高さに関してはそれほど高くない。もちろんその大きさから比べればの話だが。

 後部の胴体には岩が乗り土が堆積し、更に木々なんかも生えている。そのせいでわかりづらいが、土台となっている甲羅はかなり平らである。

 六本の足を交互に動かしていて、上下の揺れも目立たない。甲羅から横に出て、カーブを描いて接地している足の形状も、揺れの少なさの理由かもしれない。


 なんだかまるで、後部の胴体でなにかを運ぶために存在しているような……。

 そう考えると、胴が前後に別れてるのもトレーラーみたいに思えてくる。


「なあ、なんであいつ岩なんて乗っかってるんだ?」


 土ならまだ自然に積もったと考えられるし、木が生えるのもわかる。でもかなりのサイズの岩がゴロゴロしている理由がわからない。塔のように岩が積み重なってたりするし。


「わかりません。考えたこともありませんでしたが……かつて幾度か見たアダマンキャスラーも、岩が乗っていましたね」

「投石器などの攻撃で乗った……というには大きすぎるか。なぜだろうか」


 二人はそう言って首を捻っている。


「うーん、なんか気味が悪い生き物だな。上手く言えないんだけど……って、おい! 反応したぞ!」


 だいぶ近づいたところで、アダマンキャスラーの足が止まった。

 やはり長かった首をニュルッと伸ばして持ち上げ、顔を真っ直ぐこっちに向けている。

 まだ二、三百メートルは離れているが、ここまで届くんじゃないかとすら思えてしまう。

 その圧倒的なでかさに息を飲む。


「どうする主殿。止まるか?」


 更にスピードを落としたルチアが、緊張した声で問いかけてきた。


「……いや、このまま横を抜けてみよう。まだ興味を持った程度に見えるし、よく考えたら釣れたら釣れたでラッキーだ。ニケ、あいつは特殊な攻撃方法はないんだよな?」

「はい、私の知る限りでは」


 討伐した経験はニケにもないらしいが、何度か戦ったことはあるそうだ。

 その言葉を信じる。

 アダマンキャスラーに比べたら頼りなく感じてしまうモンスターSUVが、ゆっくりゆっくりと進む。

 いまだにアダマンキャスラーの顔は、こちらに伸ばされている。

 そして頭部の真横にまで来たとき━━


「……襲う気はないみたいだな」


 首が収納され、前を向いたアダマンキャスラーは止まっていた足を動かし始めた。

 その振動に車体が揺れる中、緊張から解き放たれた俺たちは息を吐いた。


 さて、ここからどうしたもんかなあ。


 一応俺の中での第一目標は進路変更で、第二がアダマンキャスラー素材だ。怖かったけど、モンスターSUVで釣れたら楽でよかったのに。

 こうなったらあれを試してみるか。


「ルチア、ヤツをぐるっと回って追い抜いてくれ」

「了解した」


 アダマンキャスラーの左側から、右側に大きく回る。

 ヤツのスピードは、時速十キロも出てないだろう。簡単に抜かすことができる。

 ちなみに尻尾とかはなかった。


 アダマンキャスラーを追い抜かし、しばらくしたところで車を止めてもらう。そしてすぐさま車の上に登った。


「マスター、なにをするのですか?」

「一当てしてみようかと思ってな」


 ニケに答えながら、天井のカバーを開けた。




 そして数分後━━


「主殿、これはなんだ?」


 車の上には、土台がついた赤い筒が取り付けられていた。長さは俺の身長くらいで、筒には俺の頭がすっぽり入る。


「よくぞ聞いてくれた、ルチアよ……これこそが秘密兵器、魔導砲である!」


 魔導砲の仕組みとしては魔石の魔力を暴発させるので、魔石爆弾の亜種ともいえる。ただこちらはそのエネルギーだけを発射するので、絶対かっこいいはず。


 元々構想上では、モンスターSUVは魔導砲を備えつけた移動砲台となる予定だったのだ。そのために設置箇所と、魔導砲の土台だけは作ってあった。

 ただ、なぜ土台だけだったかというと……。


「マスター……それは昔、大失敗に終わった物では」


 白い目で俺を見るニケの言うとおりである。

 ニケのホムンクルスボディを作る以前、手持ちの魔導砲を作ろうとして盛大に失敗して大怪我した。そのせいで魔導砲計画は頓挫したのだ。

 だが一昨日こっそり作った今回の魔導砲は、以前とは物が違う。


「なにをこっそり作っているのですか……」

「安心したまえ、ニケくん。確かに前のやつは無属性魔石を使ったせいで爆発したが、これは違うのだ。ちょっとは爆発するけど」

「また車のように爆発する仕組みなのか……」

「心配するな。今度のやつは、主に火属性魔石を使うからな」


 前の手持ち魔導砲は、強度不足ゆえに爆発の憂き目にあった。

 しかし、この大型魔導砲は強度を高め、なおかつ六十階層以降で手に入れた素材をふんだんに使った火属性スペシャルなのだ。


「そんな物を上で使って、ダグバは大丈夫なのか?」

「……ルチアちゃん、ダグバとはなんだい?」

「この自動車の名前だが」


 いつの間にか勝手に名前がつけられていた。




 不安視する二人を説き伏せ、アダマンキャスラーの歩行による振動に揺られながらその時を待つ。

 すでに円筒型の弾はセットしてある。

 念のため魔導火線を繋げて、十メートル以上ダグバからは離れている。あくまでも念のためだよ。

 アダマンキャスラーはもうこちらに興味を示すこともなく、真っ直ぐ歩いている。

 まるっきり無視というのも腹立つな。目にもの見せちゃる。


「魔導砲発射用意。セーフティーロック解除。ターゲットスコープオープン」

「なにもしていないように見えるが、主殿はなにを言っているのだろうか」

「どうせいつもの遊びでしょう。気にするだけ無駄です」


 そうだけどさ……もうちょっとノッてくれてもいいじゃない。

 あ、ヤツが射線上に来ちゃった。


「えっと……以下略! 魔導砲、発射ぁ!」


 魔導火線の先につけてあるトリガー(ただの飾り)を引くと同時に魔力を流す。

 魔導砲に伝わった魔力が、弾に込められている粉末魔石に影響し、暴走を引き起こす。

 ジジジジとなにかが焦げつくような音とともに、砲身の口先から赤い光が漏れ出した。

 そして、堪えきれなくなったかのように、魔力で生み出された熱エネルギーが吐き出される。ちょっと想定と違い、やや扇形に膨れているのは砲身が短すぎたせいだろうか。

 範囲は広がってしまったが、赤く輝く光線が前部の胴体に照射される。

 丸みを帯びた甲羅に弾かれ、中空に彼岸花のような美しい花が咲いた。

 その光景に、二人は目を見開いている。


「主殿! 凄いじゃないか!」

「まさか成功するとは思いませんでした」

「本当はもうちょい集束させたかったんだけどな」


 それでも初めての試射としては十分な成果かな。

 やがて魔導砲の照射が終わり、花も散った。

 周囲に静けさが戻る。アダマンキャスラーが立てる地響きも止まっているのだ。


「やったか!?」

「見ればわかるでしょう、やれていません」


 だよねー。

 甲羅は僅かばかり赤みを帯びて煙を上げているが、溶けたり砕けたりまでは至っていない。

 相当いい魔石使ったのにこの程度なのか……。


 そして、煙を上げている物はもう一つあった。

 魔導砲である。

 砲身が煙に包まれ、ぐにゃりと自重で曲がってきている。


「むう、あれだけの素材を使ってもダメだったか」

「分析している場合か! ダグバが!」


 慌ててルチアがダグバに飛び乗った。魔導砲の土台部分を迷いなく剣で叩き斬り、砲身を蹴り落とす。

 なんというか、ルチアのダグバへの愛着が凄い。せっかく作った魔導砲が……そんなに車を気に入ったの。

 ちょっと嫉妬していると、ニケが俺を持ち上げた。


「マスター。危険です」


 俺の「なにが?」と尋ねた声は、地響きにかき消された。

 アダマンキャスラーがこちらに顔を向け、体の向きも変えようとしている。

 これは……見事ロックオンされたのかな?


「よっしゃ、乗り込め!」

「……ダグバにですか?」


 この期に及んで、そんな嫌そうに言わないで欲しい。

 アダマンキャスラーを釣るために魔導砲を撃ったのだ。ロックオンされてるダグバで引っ張らなければならない。

 なんとかニケが乗り込み、先に乗っていたルチアがハンドルを握る。

 その時、ボンネットに影が差した。

 フロントガラス越しに見上げてみると、アダマンキャスラーが長い首を伸ばし、高々と頭を持ち上げていた。


「やばっ! ルチア!」

「ああ!」


 急発進━━次の瞬間、車体が跳ねた。

 一瞬ダグバの制御を失ったが、すぐにルチアが立て直す。

 振り返ってみれば、アダマンキャスラーが地面に斜めにめり込ませた頭を引き抜いていた。


「あんなもん食らったらひとたまりもないな。十分距離は取ってくれよ」

「了解だ」


 旋回して、アダマンキャスラーが来た北東へと進路を取る。

 アダマンキャスラーもゆっくり進むダグバについてきている。上手いこと釣れたようだ。

 って……どんどん加速してる!?

 ドゴドゴと地響きの間隔も短くなり、おそらく時速三、四十キロくらいまで速度が上がっている。

 さすがにこのくらいで頭打ちのようだが、あの体でそんなスピード出せるのかよ。

 大迫力のカーチェイスだが、まあダグバであれば余裕を持って対処できる。


 そう思って気を抜いていると、ルチアが急にハンドルを右に切った。

 Gに体が傾く中、左側の地面が爆ぜた。

 飛び散った土砂がダグバに降り注ぎ、鈍い音色を奏でる。


「なっ、何事!?」

「わからん! 《獣化》!」


 ルチアが《直感》を《第六感》に格上げするために、ケモルチアになった。

 今度は左にハンドルを切り、右側の地面が爆ぜる。

 間違いなくアダマンキャスラーによる、なんらかの攻撃だろう。


「ニケ、これなんだ!? やつは特殊な攻撃持ってないんじゃないのか!?」

「私にもわかりませんっ。初見の攻撃です、ひぅっ」


 攻撃というより車の挙動にビクついているニケに手を離してもらい、シートを乗り越えリアガラスに張りついた。

 見ればアダマンキャスラーとは十分に離れている。頭が届くような距離じゃない。

 その時、正面から見てわかるくらい、アダマンキャスラーの喉が膨らんだ。そして軽く首を伸ばしながら━━。

 その瞬間にハンドルが切られて俺はシートに転がったが、それを確かに見た。


「冗談だろ……息かよ、これ」


 やつは軽く首を伸ばすのと同時に、顔の錨の下にある口を丸く開いていた。おそらく、吸い込んだ空気を砲弾のように発射しているのだ。

 あのサイズだと、息すら武器になるのか。


「ルチア、もっと距離取れ!」

「わかった!」


 蛇行しながらダグバのスピードが上がる。

 ただの空気であるなら、すぐに拡散するから射程は短いはず。

 案の定、ある程度離れるとその破壊力は急速に落ちた。直撃したところで耐えられそうだ。

 アダマンキャスラーもそれを理解したのか、空気砲を撃ってくるようなことはなくなった。


 カーチェイスどころかカースタントになってしまったが、もう大丈夫だろう。

 山場を越え、ニケシートの上に戻った。


「すみません、マスター」

「別にニケのせいじゃないだろ。あんな攻撃してくるなんて……あれは賢い個体なのかもしれないな」

「そうなると、この状態をいつまで続けられるか……かなり距離をあけているし、やつが見切りをつけるのも早いかもしれん」


 ルチアの予想通り、飽きてしまったのか疲れたのか、一時間もしないうちにアダマンキャスラーは立ち止まった。

 ゆっくりと体の向きを変え、南へと進んでいく。

 多少進路が変わりはしたが、まだまだ足りないだろう。

 それでも進路変更は、俺たちだけでもなんとかやれる手応えはあった。


 では次の目標である、アダマンキャスラー素材の強奪作戦を考えるとしようか。




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