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4-14 ついにあれの出番がきた




「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ!」


 ギルドを出たところで、ゼキル君が追いかけてきた。


「無理です。彼らと信頼関係は築けません。よってともに行動はできません」

「いや、でも……」

「主殿の言うとおりだ。力を試したければ正面からぶつかってくればいい。あれはただ我々を打ちのめし、上下関係を教え込もうとするくだらん儀式だ。それを覆した我々を面白く思っていない者も多いだろう」


 すがりつくゼキル君を、ルチアが憤りを隠さずに切って捨てた。なんかルチアの言葉に実感がこもってるような気がする。

 ニケもルチアの意見に賛同のようだ。


「後ろから斬りかかられる心配をしながらの戦闘など御免です」

「さすがにそこまでは……」


 スタスタ歩き続ける俺たちに小走りで追いすがるゼキル君には悪いが、なにを言われようと絶対無理なのだ。


「そうでなくとも、突然の不意討ちを笑って流そうとするトップの下では働けません。僕たちのことは諦めてください」


 ダンドンみたいな己の豪快さに酔ってるようなタイプは生理的に受けつけない。蕁麻疹が出ちゃいそうだ。


「そんな……えっと、どこへ向かっているんだ?」


 ゼキル君は来た道とは違う方向に進んでいるのに気づいたようだ。

 俺たちの進行方向には、東門がある。


「このまま街を出るつもりです。協力できなかったこと、セレーラさんには謝っておいてください」


 ゼキル君がぴたりと足を止めた。


「街を出るって…………わかった。君たちには失望したよ」

「僕たちをそうさせたギルドを恨んでください」


 ゼキル君は無言で拳を握り締め、走ってギルドに戻っていった。

 その姿を見送ってから、俺たちは再び門へと歩く。


「やはりこうなりましたか」

「ああ。主殿ならこうすると思った」

「さて、なんのことかしら」

「そういえばルクレツィアは随分腹に据えかねているようですが、昔なにかあったのですか?」

「ん? ああ……騎士時代によくあったのだ。指導だなんだと言って、突然襲いかかられたりな……むろんほとんど返り討ちにしたが……ふふふ」


 おおう、久々に黒ルチアが。

 まれにあるのだ。なにかの拍子に昔を思い出したルチアが瞳を濁らせてたりすることが。

 そういうことがあった日は夜が激しいが、喜んでばかりもいられない。やはりきっちり復讐は成し遂げないとな。


「ダンドンみたいな脳みそまで筋肉っぽいの、ルチアは嫌いじゃないんじゃないかと思ったけど」

「……お前はどんな風に私を見ているのだ」


 最近ではルチアはツッコミのときとかお前って言ったり、夜には真一と呼んだりもすることもある。もうすっかり遠慮もなくなってきて、いい傾向だ。それでも立てるべきところでは俺を立ててくれるし、いい嫁さんになりそう。


「シンイチさん」

「ニケちゃん……なんで新妻感満載で囁いたのかな?」

「お気に召しませんでしたか?」

「……是非夜にお願いします」


 すんごいゾクゾクした。


「まあダンドンは私が師事していた方に少し雰囲気は似ていたが……あの人は礼儀には厳しかったからな。根本はまるで別物だな」


 体育会系であることには違いなさそう。


「そか。それならすっきりするまでもっとギルドで暴れてもよかったのに」

「ふふ、ありがとう。だがやりすぎてもまずいだろう。彼らにも今回出番があるのかもしれないのだから」

「ありませんよ。ねえマスター」

「さて、なんのことかしら」






 門に近づいたのは初めてリースに来たとき以来だが、相変わらず人の出入りが激しい。

 まだ一般にはアダマンキャスラーのことは伝えられていないので、人々の顔に不安などはない。

 門の横に兵士の詰め所を発見したので、ニケに指示して寄ってもらった。


「詰め所になんの用があるのですか?」

「嫌がらせ」


 綺麗な顔をそんなしかめないでおくれ。

 中に入ると何人か兵士が休んでいた。


「たっ、助けてください!」


 と俺が言うと、中でも偉そうな兵士が立ち上がって寄ってきた。きっと二人が美人だからだろう。

 でも多分いい人だ。俺が泣きそうな顔をしてるのを見て、腰をかがめて声をかけてきた。


「君、どうかしたのか?」

「僕たち殺されそうになったんです……」

「なに!? どういうことだ?」

「その、さっきハンターとかのギルドに呼び出されて、そうしたらいきなり斬りかかってこられて……」

「ギルド内でか。君たちは冒険者……ん? 君たちは……もしかして『狂子』のパーティーか?」


 ふむ、俺たちもずいぶん有名になったもんだ。『狂子』は腹立つが。

 この兵士さんはS級の俺たちが泣きついているのを不審に思っているようだ。

 仕方ないので泣き真似はやめた。


「バレましたか。でも殺されそうになったのは本当ですよ」

「……なんとなくどういうことかわかるのだが。私も昔は冒険者だったからな。しかしギルド内で冒険者同士のいさかいとなるとな……」


 治外法権ルールか。おのれギルドめ、こんなのやりたい放題じゃないか。


「ではここは僕たちが冒険者だとは気づかなかった(てい)で一つ」

「それはさすがにな……こちらも冒険者ギルドのやり方に色々と思うことがないわけではないのだが。一応訴えがあったということで話は聞きに行くが、釘を刺す程度のことしかできんぞ」

「十分です」


 ただの嫌がらせだし。

 やることは済んだので帰ろうと思っていると、兵士さんが声を潜めて話しかけてきた。


「ところで君たちが呼び出されたのは、アダマンキャスラーの件ではないのか?」


 この人はどうやらアダマンキャスラーのことを聞かされているらしい。


「ええ、決別しましたけど」

「なるほど……それで君たちはこれからどうする?」

「街を出ます」

「……そうか。仕方のないことだな。君たちに街を守る義務はない」


 そのまま兵士さんは門まで着いてきて、俺たちが街を出る手続きもしてくれた。と言ってもあの板切れ魔道具を見せただけだけど。


「達者でな。街が無事であればまた戻ってくるといい。いや、必ず守ってみせるさ」


 うーん、ええ人や。サービスしちゃお。


「戻ってきますよ。ちょっと散歩に行くだけですから」

「散歩?」

「もしかしたら途中ででかい魔物と出会って追い払ってくるかもしれませんが、それも散歩ですよね」


 しばらく呆気にとられていた兵士さんは、引きつった笑みを浮かべた。


「は、はは……たった三人でいくのか」

「ただの散歩だって言ってるじゃないですか。それじゃあ行ってきます」

「……必ず帰ってきてくれ」


 胸に手を当てて敬礼する兵士さんに送り出され、俺たちは街をあとにした。






 街を出ると、別に指示したわけでもないのに二人が走り始めた。

 低く跳ねるように突き進む方角は、北東。

 その先を進めばティンダーの町、更にずっと進めば大樹海がある。


「どこへ行こうというのかね。そっちに行ったらでかい魔物がいるのだよ?」


 そして、昨日セレーラさんから聞いたアダマンキャスラーが確認された方角でもある。


「散歩ですよ。マスターの望み通りの」

「初めからそのつもりだったのだろう?」


 ちなみに走るときなどは、普段の脇から抱えられる抱っこではない。片手や両手でお姫様抱っこされる。今はニケの両手お姫様抱っこだ。


「ま、狙うだけならタダだからな」


 やはり俺たちの種族特性的に、強い魔物イコール強化素材、という方程式が思い浮かぶのは仕方ないことだと思う。しかもアダマンキャスラーは、いくらでも高めておきたい防御力が高いのだ。

 以前レッサーダマスカスゴーレムで強化したときに感じたが、やはり防御力が上がると安定感や安心感が違う。単体相手なら攻撃重視でも乗り越えられるが、複数相手や連戦だとMNDや、特にVITは要のステータスになる。生きてさえいれば、俺が治療できるし。

 それにアダマントだって当然欲しい。


 たとえ俺たちが失敗したところで、リースが困るようなことにはならないだろう。アダマントの奪取を試す価値はある。時間稼ぎにもなるだろうし。もちろんヤバくなったらトンズラするけど。


「お前らだって美味そうだと思ったんじゃないのか?」

「ふふっ。正直に言えば、アダマンキャスラーの名前を聞いてまず強化のことが頭に浮かびましたね」

「このような危機に不謹慎かもしれないが……考えはしたな」

「だろ?」


 ギルド側の印象が良ければ、こっちの手を晒してでも協力して戦う気はあったが━━


「怪しいですね」

「向こうがどうであれこうなった気がする」


 ━━……あいつらとは協力できない。

 そもそも動きがトロすぎる。可能な限りティンダーの町から遠いところで仕掛けた方が、進路を変えさせるのも楽だろうに。

 俺だってリースになくなられては困るのだ。だから今回はあれを使う。


 しばらく進んで街道が二股になっているところで二人を止めた。

 道は東と北西に続いているが、ティンダーには他の街を経由する街道しかないのだ。

 最速で行くには野原をかき分けて進まなければならない。


「ということでニケ、自動車を出してもらおうか」


 ニケは無言で再び走り始めた。


「待てやあ! 今回は車! 絶対!」

「走った方が速いです」

「瞬間的にはそうでも、長距離ならわからんだろ。なにより疲れるからダメ。万全の体調で挑むべき相手のはずだ」

「あんな物を使ってなにかあれば、体調どころではありません」

「なんもないから。大丈夫だから、な? ……こら! 無視すんな!」


 結局三十分ごね走りを続け、ようやくニケは止まった。


「本当に使うのですか……」


 心底嫌そうにしながら、ようやくニケが車を出してくれた。よかったよ……知らぬ間に解体されてなくて。


「おお! これが自動車という物か……なんともたくましいな!」


 目を輝かせるルチアがたくましいと表現するのも納得だ。

 俺が作ったのは日本で一般的に走っているような車じゃない。むろん舗装された道がないせいなのだが、だからといって普通のオフロードカーではない。


 ニケの身長と同じくらいの高さの異常にでかいタイヤ。高すぎる車高。

 見た目としては、いわゆるモンスタートラックと呼ばれるような車だ。

 車体はトラックではなく三列シートのSUVだが。

 別に俺の趣味でこうなったわけじゃない。

 サスペンションのせいである。


 この世界には馬車よりも速い、魔獣に牽かせる魔獣馬車がある。それでも平均時速は二十キロとかだろう。

 自分なりに魔獣馬車用のサスペンションに手を加え、頑丈にしたりなるべく振動を吸収するよう頑張った。でも俺の知識では限界があった。

 車でスピードを出すと、とても乗り続けていられないようなものにしかならなかったのだ。


 そこでサスペンションはある程度で諦め、タイヤで振動を吸収させることにした。

 昔一応ゴムは見つけてある。加工されてないべとつくようなやつだが。それをスライム素材と混ぜて、タイヤというには非常に柔らかい巨大タイヤを作ったのだ。

 だからタイヤの磨耗は相当早いだろうし、燃費も悪い。

 でもスピードを出しても乗っていられるようにはなった。

 つまりこの車がモンスターSUVとなったのは必然性からなのだ。案外気に入ってるけどね。


「乗ってみたいか、ルチア」


 ルチアは興奮気味に周りを回ったり、タイヤを触ったりしている。

 ちなみにニケは唾でも吐きかけそうな顔で車を睨んでいる。


「ああ、面白そうだ」

「むしろ俺たちが乗せてもらうんだけどな」

「それは……私がこれを操縦しろということか!?」


 ルチアは驚いているが、他に適任者がいないのだ。


「俺はこの身長じゃ無理だし、ニケは言わずもがな。お前しかいないんだよ」

「ほ、本気か? 私にできるのか?」

「操作自体は凄く単純で簡単だぞ。ちゃんと説明するから」

「う……わ、わかった。やってみる」


 不安そうではあるが、ルチアは頷いてくれた。


 後方のタンクにガソリン代わりの無属性魔石の粉末を入れ、ぐずるニケのお尻をひっぱたき車に乗り込む。

 一列目のシートも真ん中で別れてたりしないので三人で余裕で座れる……のだが、俺はニケの膝の上できつく抱き締められている。


「じゃあ説明するぞ。これがハンドルで、方向を決めるやつ。で、足元に三つペダルがあるだろ。走り始めるときは右。速くなってきたら真ん中。もっと速くなったら左を使うように。あとはそのペダルに流す魔力の強さで速度が決まる。燃料の魔石の質によっても決まるけど。それとこのレバーがブレーキな」


 しょせん素人の手作りだから、色々簡素化オリジナル化はしょうがない。窓とか取り外し式だし、見えないところはもっとひどい。でも素材は相当いい物使ってるので、いきなりタイヤが外れたりとかはないはずだ。多分。

 俺の説明を、ふんふんとルチアは真面目に聞いている。

 そのあと色々質問に答えて、遂に出発することになった。あとは運転しながら慣れてもらうしかない。


「で、では行くぞ」


 さすがにおっかなびっくりでルチアがペダルに足を乗せた。

 ゴウンとエンジンが唸りを上げ、「ひうぅっ」とニケが悲鳴を上げる。

 人力シートベルトが苦しいが、ニケも今回は締め落とさないよう我慢しているようだ。なんとか呼吸はできる。

 ルチアがすぐに足を離したし。


「あっ、主殿! なんだか爆ぜたような音がしたぞ!?」

「爆発してるからな」

「爆発!?」

「車とはそういうもんだ」


 確かそうだよね? 素材の強度任せで適当に作ったけど、きっと合ってる。大丈夫。


「問題ないのか? 本当に……」


 ルチアも怖がりだしたし、これは走った方が早かったか……。


 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。





 三十分後━━。


 流れる景色、雄叫びを上げるエンジン。

 だだっ広い野原を、モンスターSUVが爆走する。

 本物のモンスターは恐れをなして裸足で逃げる。もしくは巨大タイヤの餌食に。

 悲鳴すら上げなくなったニケの締めつけは、早くも容赦がなくなってきた。


「はっはっはっ! 主殿、これは楽しいな!」


 こいつ……スピード狂……だ…………。




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