4-10 全力で口説いた
結局あのあとは何事もなく話し合いは終わった。
勝手に鑑定眼を使われたことをルチアがつつき、素材を売るときは三割以上はギルドに売るということでまとまった。
ぐぬぬと唸るセレーラさんに睨みつけられ、ゼキル君が縮こまっていた。
でも普通はマジックバッグの容量とか腐ったりするせいで、得た素材はどんどん吐き出さなければならないが、こっちはニケの《無限収納》がある。売る売らないを自由にコントロールできてしまう。
とりあえず今回多少は売ってあげたが、今後はどうするかなあ。
その際、新鮮すぎる素材の数々を見てセレーラさんが訝しんでいたが、時間経過がゆっくりになる貴重なマジックバッグを持ってると言って誤魔化した。
まあそれらのことは今の俺にとって、些細な問題でしかない。
なぜかと言えば、なんと! セレーラさんと帰還のお祝いをする話が復活したのだ!
「貴方がしつこすぎるせいですわ」
などとセレーラさんは言ってるが、照れ隠しだろう。素材を売ってるとき、五分に一回はおねだりした甲斐があるというものだ。
色々やってたら時間がかかって夜になったが、セレーラさんも仕事を早く切り上げてくれて出発!
ここでお洒落なレストランでも知っていればよかったのだが、残念ながら俺たちはこの街には疎い。結局セレーラさんにお任せすることになった。
そして着いた先は━━
「なんか、ガヤガヤしてますね……」
風情のある安居酒屋……というか、はっきり言ってボロい店だった。
二階から上は安い宿らしく、客もまだ若い冒険者とか、D級止まりのしがないおっさんダイバーっぽいのとかが多い。
でも注文を取りに来たリス獣人の給仕の子はなかなか可愛かった。ここの亭主の娘さんだろう。厨房にチラッと見えたのもリス獣人だったし。
まあ俺にはルチアの狐尾があるので、獣人だからといってポイントが上がるシステムは採用していない。特に声をかけることもせず、普通に注文した。
しかし俺としては、料亭的な個室とかでしっとりしっぽりセレーラさんとお食事を楽しみたかったのに……。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、セレーラさんが愉快そうに笑った。
「ふふっ、やはり駆け出しのダイバーが打ち上げするといったらここですわよ。私も昔はよくお世話になったものですわ」
確かに期間的には駆け出しだけどね……S級なんですが。まあセレーラさんの思い出が詰まった場所を紹介してくれたのだから、よしとするか。
「そうなんですか。それはまた随分とした老舗なんですね」
「そんなに前じゃありませんわ! 今のご主人でまだ二代目ですわ! もう、貴方は本当にっ」
「まあまあ、セレーラ殿。そこはもう諦めた方がいい。しかしこういった食事処も新鮮でいいな」
俺を膝に乗せるルチアは、こういった場所には来たことがないらしい。しきりにキョロキョロ辺りを見渡している。
いくら苦労してきたとはいえ、貴族で騎士やってたルチアはこんなとこには来ないだろうな。
俺たちが街に滞在するときは、ホテルのルームサービスを頼むことが多いし。
「これが新鮮って……貴方たちは本当によくわかりませんわね」
「セレーラ、聞きたいことがあるのですが」
「なにかしら」
これまで静かにしていたニケの問いかけに、セレーラさんが首を傾げる。
しかし極上の美女三人とか、なんとも贅沢なテーブルである。周りのやつらもチラチラこっち見ているが、彼女たちは全員俺のもの(予定含む)なのだ。くくく、羨ましかろう。
「エルグレコの言葉は、今でもギルドに伝わっているのですか?」
「エルグレコというと、冒険者ギルド創設者の? 見聞きしたことはありませんけれど……なぜですの?」
「いえ、それならいいのです。ただ昼に貴女が言っていたような理念を、彼も持っていたのではないかと思っただけです」
「ふふ、面白いことを言いますわね。そんな偉大な方と私が同じことを考えているなんて。そうであったら光栄ですけれど」
ニケがこう言うってことは、同じこと言ってたんだろう。エルグレコってのはニケの主だったらしいし。
ニケがあのとき聞き入ってたのはそれが理由か。えっと、冒険者とかギルドがなんだっけ……忘れたけど、さすがセレーラさん。
「主殿……私を驚かせたときの貴方の気持ちがわかったぞ……」
ルチアはニケの正体をネタばらししたくてウズウズしているようだが、落ち着け。まだ早い。それはセレーラさんを仲間に迎え入れてからだ。ビックリして縦ロールが横ロールになるくらい驚かせてやろうぜ。
そのあと料理が運ばれてきて、和気あいあいとした雰囲気の中、皿を空にしていった。料理は安かろう多かろう味普通って感じで、コスパ的には悪くないねって感じだった。
まあ料理なんかよりも、俺はミッションを粛々と遂行せねば。
「ささ、セレーラさん。グラスが空になってますよ」
テーブルに体を乗り出し、俺はワインの瓶を傾ける。
「あら、気がききますわね……なんだか貴方の背格好でお酌をされると、悪いことをしてる気分になりますわ」
「僕も飲めればいいんですが、二人に止められてまして」
「当たり前だろう」
「絶対に駄目です」
「ということなので、セレーラさんが僕の分も飲んじゃってくださいね。あ、ワイン空になっちゃいました。お姉さーん、一番強いお酒をお願いしますー」
「下心透けすぎですわよ!?」
「やだなあ、セレーラさんに楽しんでもらおうという真心しかありませんよ」
「絶対嘘ですわ……」
例え背中まで透けていようが、やり遂げなければならぬ。最低でも酔ったセレーラさんをお家に送って、どこに住んでいるか突き止めなければならないのだ。
そこに、
「あれっ? 『氷姫』じゃないか」
「おおっ、久し振りだな」
と店に入ってきた客から声がかかった。
なんじゃあ! ナンパか! とミッションの邪魔者をガルルと威嚇してみれば、六十歳とか七十歳くらいの爺様たち四人だった。
「あら皆さん、お久し振りですわね」
「セレーラさんの茶飲み仲間ですか?」
「違いますわ……」
なんでもこの爺様たちは生粋のダイバーフリークらしく、セレーラさんが現役時代からの知り合いらしい。
今日はダイバー談義に花を咲かせるのと、新人ダイバーのチェックのためにこの店にきたそうだ。いるよね、高校野球好き過ぎて中学の有望選手まで見に行くような物好きな人。
とりあえずわかったけど、ミッションの邪魔だからさっさとどっか行って欲しい。
そう思っていたら、爺様たちが目を輝かせていた。
「ところで坊主と嬢ちゃんたちはあれか? 明け星をぶっ潰してくれたっていう、『狂子』のパーティーか?」
確かに明け星を潰したのは俺たちだが……今なんと?
「狂った子供で『狂子』。それがタチャーナさんの二つ名らしいですわ。ピッタリですわよね」
「…………誰ですか、そんな荒唐無稽極まりない二つ名をつけたのは」
首をグリンと回して爺様たちを見ると、「ひいっ」と悲鳴が上がった。
「ちょ、ちょっと、目が怖すぎますわよ」
「ふふ、ふふふふふ。わかっただろルチア……やっぱり危険だったじゃないか……駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ……こんな世界は滅ぼさなきゃ駄目だ……」
この日、魔神が産声を上げた。
……はずだったのに、ルチアとニケに二人がかりで撫で撫でされて落ち着かされてしまった。ちょっとセレーラさんが羨ましそうにしてたのも見逃さなかった。
でもこんな二つ名をつけたやつは絶対に許さん。
「ハ、ハハ……さすが狂い……今一番注目のパーティーのリーダーだ。子供のように見えて迫力が違うな。他のダイバーが近寄ってこないのも当然か」
ああ、周りのやつらはチラチラ見てくるだけでナンパの一つもしてこないなんておかしいと思ったら、そういうことか。
そんな警戒しなくても、俺はこんな真実とはかけ離れた二つ名がつくような者ではないのに。
「それでそれで、氷姫が狂い……彼らと一緒にいるってのは、もしかしてダイバーに復帰するのかい?」
「ただ食事をしにきただけですわ。復帰などしませんわよ」
「なんじゃ、そうなのか……氷姫と狂い……彼らがパーティー組んだら面白そうだと思ったのにのお」
狂い狂いうっさいわ! っていうか、
「『氷姫』というのは、セレーラさんの二つ名なんですか?」
「まあ……そうですわね。目立つようなこともしてないのですけれど、なぜかそんな大層な二つ名を頂いてしまいましたわ」
なんか爺様たちが揃って首を振ってるんだけど。
セレーラさんの武勇伝とか、かなり興味あるな。爺様たちの反応からして、実はかなりヤンチャしてたんじゃないのだろうか…………ん? んん?
「また得意の魔術で、敵対者を凍りつかせるあの姿が見れると思ったんじゃがのぉ」
「変なことを吹聴しないでくださいませ。それに私はもう……」
「いやいや、あんたはやっぱり冒険者が似合ってると思うんだがな。パーティーがあんなことになって気持ちはわかるが……もったいねえよ」
どうやら爺様たちは、引退して久しいセレーラさんが返り咲くのをいまだに待っているようだ。よほど魅力ある冒険者だったのがうかがえる。
そっか……セレーラさんってそういう人だったのか……。
俺は空になった皿をかき分け、テーブルに完全に乗り上げた。
そして「もう、勝手なことを」と、頬を膨らませているセレーラさんの手を取る。
「セレーラさん……僕もこの人たちに賛成します。ダイバーに復帰してください。そして僕たちとパーティーを組みましょう」
「なっ、なんですのいきなり」
セレーラさんが引こうとする手を両手で握りしめる。
しばらく見つめあった末、セレーラさんは逃げるように視線をさ迷わせ、ニケとルチアに助けを求めた。
「なんとかしてくださいませ」
「貴女のような人であれば歓迎します」
「セレーラ殿であればなにも文句のつけようがないな」
「ちょ、ちょっと」
「セレーラさん、僕は本気です」
思いを込めて、真摯にセレーラさんの揺れる碧眼を見つめた。
「そっ、そんなことを突然言われても。それに私は四十七までしか行っていませんわ。六十五なんてとても……」
セレーラさんが動揺してポロッとこぼした情報で、爺様たちが驚いている。別にいいけど。
「大丈夫です。心配することなどなに一つありません。僕たちが貴女を守りますから」
《研究所》に入っていてもらえば、安全にセレーラさんを連れていくことができる。というか《研究所》に入れたまま、入るとき一気に六十五階層に転移したらどうなるんだろう? ……なんかブブーとかいって、上からタライが落ちてきそうだからやめとこ。
「セレーラさん……いや、セレーラ。僕たちには、僕には貴女が必要なんだ!」
おおっ、と爺様だけじゃなくて周りの客までもどよめく。
セレーラさんは顔を赤くして、周囲の反応とかにうろたえている。
ここだ! これでとどめだ!
「なんだったら七十階層まででいいんです! 氷魔術使えるんですよね? そこまでのあいだ氷魔術を使ってくれるだけでいいんです! でないと僕は凍結地獄に戻らないといけないんです! あんな寒いのはもう嫌なんです!」
俺の魂の叫びに、なぜか周囲が、おお……と急速に盛り下がる。
そんな中、セレーラさんは無言で立ち上がった。
バッと俺の手を振り払ったセレーラさんの目は、感情が死に絶えていた。
「帰ります」
「えっ!? 急になぜ!?」
「絶対に……絶対に貴方の仲間にはなりませんわ! このお馬鹿!」
追いすがろうとする俺を一顧だにせず、ガツンガツンと今日一番の靴音を響かせ、セレーラさんは店から出ていってしまった……。
「一体全体なにがどうして……」
「馬鹿ですね、貴方は」
「馬鹿すぎるだろう、主殿」
パーティーに勧誘どころか、ミッションまで失敗するなんて……なにが悪かったんだろう?
……いや、悪いのは俺じゃない。世界の方だ!
やはりこんな世界は滅ぼさなきゃ駄目だ!
悲憤の涙を力に変え、今ここに、あっ、二人とも、そんな風に撫で撫でしたら…………スヤァ。




