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4-9 上手に作れました




 とりあえず《鑑定眼》らしき誰かの魔力を、自分の魔力を張り巡らせて弾き飛ばす。

 こちとらニケに抜き打ちで《鑑定眼》や《竜の威光》までをもキャンセルする練習をさせられているのだ。《竜の威光》はキャンセルできた試しがないが。

 MNDもそれなりに高い俺が、こんなへなちょこ魔力など通すわけがない。


 その魔力が飛んできたと思われる方向に首を向けた。まあ一人しかいないけど。


「鑑定眼持ち?」


 と俺が口に出し終えたときには、その相手━━ゼキルの首もとには剣が突きつけられていた。


「えっ……ひっ!」


 遅れて気づいたゼキルの口から悲鳴が上がる。逃れるように背もたれに体を預けたが、剣先はピッタリ顎下を捉えて離さない。


「セレーラ。また騙し討ちですか」


 剣をそのままに、持ち手であるニケが冷たい声を投げかける。

 ゴツゴツ音がするのは、ルチアが取り出した槍の石突きを床にぶつけてる音だと思う。《無限収納》とAGIの差で、ニケに軍配が上がったようだ。槍を出したのは、ルチアが使ってる剣はニケの剣より短くて届かないからだろう。


 事態に気づいて片手で顔を覆っていたセレーラさんは、ゆっくりと首を振った。


「今さらそんなことをするはずがありませんわ……しかも貴方たちに通用するはずもないことなど」


 ゆらりと立ち上がったセレーラさんが、ニケにお願いするように剣に触れた。


 そのニケが俺を見てきたので、頷いてやった。

 すぐに剣が引かれ、ホッとしているゼキル。その顔に、セレーラさんが右手を振り抜いた。


 グーだった。

 椅子ごとぶっ倒れ、ゼキルは音を立てて床に転がる。


「あっがっ、いた、痛いっ……なにを」

「なにをじゃありませんわ。貴方こそなにをしたかわかっていますの。余計なことはしないようにあれほど言ったでしょう」

「なにもぶたなくたってっ!」


 頬を押さえながらゼキルは憤慨しているが……バカなやつだな。セレーラさんに感謝すべきなのに。

 鑑定眼に限らず、魔眼なんてものを許可なく相手にかけるなんて、完全に敵対行為と判断されるに決まってる。問答無用で切り捨てられても文句は言えないだろうに。

 貴族だから反撃されないとでも思ってたのか?

 生憎だがこっちは、敵であれば貴族だとか関係ない。

 そこをセレーラさんが、お仕置きするから勘弁して欲しいと殴ってくれたのに。


 ほんと、常識のないやつはこれだから困る。


「貴方のお兄様に許可はいただいていますわ。皆さま申し訳ありません。どうかこれでご容赦願えませんでしょうか」


 ほらね、やっぱり………………な……にっ!?


 ゼキルからこちらに向き直り、腰を折って深々と頭を下げるセレーラさん。

 彼女を見ながら、俺は一つの考えに取り憑かれていた。


 バンとローテーブルに手をついて立ち上がると、セレーラさんが驚いて顔を上げる。

 分厚いテーブルは折れかけてたわんでしまったが、それどころではない。


「まさか……セレーラさんは貴族の愛人なんですか!?」

「馬鹿じゃありませんの!? なんで今突然そんな話になりますの!」

「なっ、なんの話を」

「うるせえ黙ってろ。だってそこの人は貴族で、そのお兄様というのも貴族で、セレーラさんはその弟を殴る許可をもらうくらい仲がよくて、セレーラさんは恋人とか配偶者がいなかったら、もう愛人しか残らないじゃないですか!」

「僕を無視するな!」

「貴方はお黙りなさい! ハァ……なぜそう結びつくのかわかりませんけれど、この方のお兄様とは少々縁があって知り合いにならせていただいただけですわ。そのような関係になどなるわけがありません。貴方は本当に━━」


「ルクレツィア、どの程度であればギルドに素材を卸してもいいと考えますか」

「ううむ、そうだな……正直金銭で困っているわけではないし、半分程度はいいのではないか? あくまでも売る分の、だが」

「ふふっ、なるほど。売る分の、ですか」

「なんなんだよ、お前たちは……人が殴られたんだぞ…………」


「━━ということですか。ではセレーラさんは誰の愛人でもないと?」

「当然ですわ」


 なーんだ、よかった。

 安心して椅子に腰を落とすと、なんかゼキルが涙目だった。

 それに気づいて気まずそうにしながらも、セレーラさんはこちらへの対処を優先した。


「ええと……それで、許してもらえますかしら」

「あ、おっけーでーす」


 俺は寛大な心を持っているのだ。セレーラさんが完全フリーだということとは関係ないのだ。

 だから脅すくらいで勘弁しておくのだ。


「次やったらこうなりますけど」


 折れかけた机をもう一度叩くと、今度こそ完全に机は折れて真っ二つになった。

 これくらいここに来たダイバーたちならできるだろうが、目の前で敵意を見せられたことはないのだろう。床に座ったまま、ゼキルは青い顔をしている。


「ゼキル様。言っておきますけれど、今回の件は完全に貴方に非があります。お父様や侯爵閣下に泣きついても無駄ですわ。これでわかったでしょう。この世界には貴方が貴族であることをなんとも思わない人たちもいますのよ。相手が冒険者だからといってなにをしてもいいなどと」

「そんなんじゃない! ……確かに僕は昔冒険者なんて見下していたさ。冒険者に関わるこの仕事も嫌で仕方なかった」


 てっきり心を折れたかと思ったが、意外と元気そうだ。拳を握り締め、自分語りを始めてしまった。


「だけど毎日命を賭けて戦って、帰ってきては笑うダイバーたちを見て、そんな気持ちはどっかに飛んでった。この仕事だって、少しずつ楽しくなってきたんだ」

「それは気づいていましたけれど……ではなぜあんな軽率な真似を」

「……悔しいじゃないか」


 そう言って、俺たちに射るような視線を浴びせてくる。

 へえ……ゼキル君、貴族のお坊っちゃまかと思いきやなかなかどうして。


「彼らの思う通りに動かされるなんて、悔しいじゃないか。これじゃあ僕たちが、ダイバーズギルドが負けたみたいじゃないか……僕は若造だし、お飾りだってのはわかってる……でも、それでも僕はこのギルドの長なんだ! だからっ!」


 だけどまあ、彼が長だというなら、なおのこと上に立つ者のやることじゃない。


「負けたみたいもなにも、負けたんじゃないですか。僕たちが勝って、そちらが負けた。それが現実だと思いますけど」

「なっ……」


 初めからこれは、俺たちのワガママとギルドの強いるルールとの戦いだと俺は認識している。

 俺たちはそれに勝つために通常より危険な道を選んだのだ。

 もちろん《研究所(ラボ)》などにより勝算はあったが、毎日戦い続け、進み続けるのが安全なはずはない。ルチアが大怪我したのも、その疲労が影響しているのではないかと思う。だから俺は早く帰って、一度リフレッシュしたかったのだ。


 とにかく、俺たちは成し遂げた。

 その結果退いたのはギルドだ。

 それはギルドにとって明確な負けだろう。

 そして、その負けの中からでも利益を得るために、俺たちを抱き込むという選択をした。

 それを認めずにゼキル君が俺たちに延長戦を仕掛けるというのは、彼自身がギルドに反旗を翻しているようなもんだ。


 唇を噛み締めるゼキル君に、セレーラさんが口を開いた。

 その目は厳しいが……なぜだろう、どことなく嬉しそうな気がする。ジェラシーである。


「ゼキル様、貴方はまだ冒険者というものを知りませんわ」

「……どういうこと」

「究極的なことを言ってしまえば、世界は力と力のぶつかり合いでしか成り立っていませんわ。ギルドが、それに……貴族が人々を従わせることができているのも、力を持つがゆえに過ぎません」


 うわー、この社会制度で貴族に対してそんなこと言っちゃうんだ。さすがセレーラさん、惚れなおしちゃう。

 貴族って、血がどうとかっていう選民思想的なノリで、民の上に立つのが当然とか思ってるやつら多そうだし。

 っていうかルチアも貴族だったんだけど……。

 ちょっと振り返って見てみたら、不思議そうにされた。この子はもう貴族だったことを忘れてるのかしら。


 ルチアとは違って唖然とするゼキル君に、セレーラさんはなおも続けた。


「保身や利益のため、人は力ある存在に従いますわ。ただ、そうではない者もいます。それは犯罪者だったり奇人変人だったり、時と場合と見方によって姿は変わりますけれど」


 なんでかな? なんでセレーラさんは途中でこっちをちらっと見たのかな?


「何者にも屈さず、危険を省みず、ひたすらに我を通す。それはただの愚か者のようにも見えますわね……でも、そういう者が冒険者であった場合、それこそが真に冒険者と呼ばれるべき者ではないかしら」


 職業冒険者と本当の冒険者は違う、ということだろうか。よくわからんけど。


「そういう者が新たな道を切り開き、偉業を成してきたんですもの」

「……彼らがそうだと? だから僕たちは負けたのか?」

「それはまだわかりませんわ。ただ、冒険者ギルドというのは、そういう者こそを支援するのが本来の役目なのではないかと思いますわ。ですから━━」


 ……話は続いてるけど、これってセレーラさんゼキル君をいさめるとかを越えて、教育してるよね。

 全部セレーラさんのシナリオ通りってわけじゃないのはわかってるが、いつの間にか上手いこと教育の場として使われてしまってる……。


 冒険者や冒険者ギルドの在り方とか、どうでもいいよ……。


 つまんないからニケとルチアに構ってもらおうと思ったら、なんか二人とも聞き入ってるんですけど。

 あれ? ニケが退屈してる俺をほっとくなんて珍しくない?


 しょうがないから、折れた机を将棋盤にでも改造しようかな。このまま捨てられてしまうよりは、俺が有効に利用する方が机も喜ぶだろう。

 机を部屋のすみに運んで、マジックバッグから解体用のチェーンソーを取り出す。

 スイッチを入れ、ジョイーンバリバリバリと快調に切断していく。これ動いてる相手だとすぐ壊れてしまうので、戦闘には使えないのが残念だ。


「マスター……」

「主殿……」

「タチャーナさん……」

「君って……」

「ああ、そうですね。ゴーグル忘れてました。ちゃんとつけるので、どうぞ続けてください」

「…………もういいですわ。ゼキル様、続きはまたの機会に」

「あ、うん…………ぷっ、くっ、くくくくく、あははははは!」


 なんかゼキル君が声を出して笑いだしたが、今集中してマス目を刻んでいるところなのだ。邪魔をしないでほしい。




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