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4-8 渡る世間は地獄ばかりだった




 昼食を食べ、少し《研究所(ラボ)》で作業した俺たちは再び灼熱の六十五階層に出た。

 ニケの手には青いボール━━氷属性の魔石爆弾が握られている。前にアイシングリバティから手に入れた魔石だ。

 氷属性の魔石は白みがかっていたが、白は無属性で使っちゃったからしょうがない。


「それでは発動します!」


 かなり離れた場所に立つニケに、手を上げて返事をした。

 魔石爆弾をセットしたニケが、素早く戻ってくる。

 そしてセットしてからカウント十八、高い鈴の音のような音が静かに響いた。


「これは……」

「美しいな……」


 二人から感嘆のため息が漏れる。


 ダイヤモンドダストと呼んでいいのだろうか。

 魔石爆弾を置いた周囲に、おそらく氷の粒で構成されているであろう霧が発生した。日の光や溶岩の光を反射し、キラキラと白やオレンジに輝く。

 奇妙な話だが暖かみを感じてしまうような光は、この暑さの中にしては驚くほど長く続いた。


 終わってみれば、直径三十メートル近くと思われる範囲の溶岩が冷え固まっている。


「これなら道がなくなっても進むことができるな」

「それにこれだけの空間が確保できれば、戦闘も無理なくこなせますね」


 発動まで若干時間がかかるが、ニケの《危機察知》があれば戦闘開始してすぐに舞台を用意できる。上手くいけば敵を巻き込めもするだろう。


 そんな至れり尽くせりの結果を前に、多分俺は能面のような顔をしている。


「主殿、気持ちはわかるが……ステータスも上がっているし、きっと前よりは、な?」

「現実的に考えれば、これが最も早く進む方法ですから」


 わかってるよ……わかってるけどさあ! またあの凍てつく階層に戻らなきゃならないなんて!

 しかも今度は、外でアイシングリバティを探し回らなきゃならないのだ……それも相当な数を。

 水属性の魔石を持ってる魔物は洞窟の地底湖にもいたが、氷属性を持ってるのはアイシングリバティしかいないのだ……。

 こんなに暑いのに心は凍りつきそうである。


「さあ今は全て忘れて帰りましょう、地上に」

「そうだそうだ。地上はすごしやすいぞー」

「うん、僕帰るぅ……」


 二人によしよしされ、冷えきった心を揉みほぐされながら帰途に着いた。







 ……が、そこはどこよりも地獄だった。


「あら、皆さんお帰りなさいませ」


 お昼過ぎに久々にギルド内に入った俺たちを、笑顔のセレーラさんが迎え入れてくれる。

 だが一瞬でわかってしまった。この笑顔は爆発しそうな怒りを抑え込むための、氷の笑み……いや、暴風雪の笑みなのだと。


「は、はいっ、お陰様で元気いっぱい夢いっぱいお腹いっぱいで帰って参りました!」

「まあ、それはよかったですわ。貴方が『六十階層のボスなんて朝飯前です。さくっと倒して、すぐに戻ってきますよ』とおっしゃっていたのは何日前かしら。随分と、ずいぶんと時間がかかっていたので、それはそれは、もうそれはそれは心配しましたのよ。食事も喉を通らないくらいに」


 ニッコニッコとひりつくようなプレッシャーで追い詰めてくるセレーラさん。今の俺にはあの縦ロールが、俺をくびり殺した上でぶら下げてアクセサリー替わりにするための禍々しい拷問器具にしか見えない。

 ゆえに俺は非情な選択を決断せねばならなかった……非情な決断を選択せねばならなかった……選択を決断……決断を選択…………とにかく、言っちゃった。


「違うんですセレーラさん! 悪いのはこの二人なんです!」


 悪く思うなニケ、ルチア。

 これは決して二人を売ったわけではないのだ。事実を述べただけなのだ。俺は帰ろうって言ってたのに、ノリノリになってしまった二人に強引に連れていかれたのだから。


 でもこれで二人が謝れば、万事解決だ。

 俺はなぜかわからんけどよくセレーラさんに怒られるが、二人はそんなに怒られないし。

 さあ二人とも、セレーラさんに頭を下げ━━


「我々のせいにするなんてひどいのではないか、主殿」

「私たちはマスターに従っただけなのですが……」


 なっ……バカなっ! 俺が売られた!? 俺は無実なんだぞ! セレーラさんのプレッシャーに、この二人が負けたというのか!?

 悲しげに顔を伏せる二人に、驚きが止まらない。っていうか、ニケ笑っとる! ププッて聞こえたよ! 俺を抱っこしてるから!


「ウフフ、それはそうですわよね。タチャーナさんがこのパーティーのリーダーなのですもの。進むも戻るも、歩む道を決めているのは当然貴方」

「ち、ちがっ、ほらっ、ちゃんと見てください! 僕自分で歩いてないでしょう?」

「もう結構ですわ。こちらへどうぞ」


 笑みをスッと消したセレーラさんは、クルリと回る。カツカツと靴音を響かせてギルドの奥へと歩いて行った。職員がすれ違うとき、セレーラさんの顔を見てビクッとしている。


「オ、オマエタチ……ナヅェ(なぜ)ドンドコドイッタ(そんなこと言った)

「す、すまない主殿。つい」

「日頃の行いの差ですね」

「ふえぇ、ひどいよお」

「早くなさい!」


 説教部屋を前に、セレーラさんがカツーンと靴音を響かせる。ダイバーも含め、ギルド内の全員がビクッとした。


「はいっ、今行きますです! ……でもなんだかお説教も久しぶりですねっ」

「なんで貴方は嬉しそうにしてますの! もーーーっ!」


 このあと滅茶苦茶説教された。







 説教で愛を確かめ合った俺たちは、仲良くギルドの三階へ。

 説教部屋で「説教部屋ではありませんわよ……ただの会議室なのに、貴方が毎回問題を起こして入ってるだけですわ」ゆうに一時間以上説教されたが、それだけ心配されていたということだ。愛されていると言っても過言ではない。


「貴方と関わると眉間にシワが増えそうですわ。お祝いはなしですわね」

「そんなっ!? 愛は何処(いずこ)に……セレーラさんの嘘つきぃ!」

「貴方に言われたくありませんわ!」


 だから俺のせいじゃないのに……。


「ここですわ」


 嘘つきセレーラさんが、一枚板で作られた豪華な扉の前で止まる。ノックすると中から小さな声がかかった。


「……どうぞ」

「失礼します。タチャーナさんのパーティーをお連れしましたわ」


 この部屋はダイバーズギルドのギルド長の部屋である。

 六十階層を越えたダイバーは、ギルド長にS級と認定されるのが通例らしい。本当はB級からそうらしいけど。


 俺たちもセレーラさんに続いて、それぞれ礼をしながら入る。俺はニケに抱っこされてるけど。


「……本当にこんな人たちなのか」


 執務椅子に座っていたのは随分と若い男だった。二十歳をちょっと越えたくらいで、茶髪でなよっとしている印象。

 貴族の子息なのでくれぐれも失礼のないようにと、セレーラさんから何度も言われたのだが……こんな若いとは思ってなかった。

 お飾り臭がぷんぷんする。


「こちらがギルド長のゼキル・モンドリア様ですわ」

「初めまして。タチャーナ・オンドゥルルラギッティンディスクァです。あとニケとルクレツィアです」


 俺が紹介すると、二人は頭を下げた。


「おんどぅる……?」

「貴族ではないそうですわ」

「……ああそう」


 なんというか、覇気がない。喋り方もボソッとしてるし。立ち上がりこっちへ歩いてくる姿も、どうにもしゃきっとしない。

 どこか不貞腐れてるようにも見える。


「一応握手とかしといた方がいいのかな」


 ゼキルさんが手を出してきたので、きゅっと握った。離したらまた手を出してきたので、きゅっと握った。離したらまた手を出してきたので、しつこいなと思いつつきゅっと握ろうとしたら、


「いや、君じゃなくて」


 どうやら二回目からはニケにだったらしい。

 だが、差し出された手を前に、ニケは微動だしない。

「えっと……」と困惑するゼキルさん。

 そういえばニケは他の男に触れる気がないんだった。握手もダメか……。


「すみません、ニケは男性アレルギーなので」

「あれるぎー?」

「僕以外の男に触れると白目をむいて奇声を発しながら三日三晩踊り続けてしまう奇病でグフゥ」


 お前のためを思って言ったのに、なぜギリギリと締めつけるの……。


「そ、そう」


 結局ルチアと握手するのもやめて、ゼキルさんは応接用の椅子に一人で先に座った。

 それを見てこめかみをなんだかピキッさせたセレーラさんだったが、俺たちに座るよう促してきた。

 まあ俺だけがソファーに降ろされ、ルチアとニケは後ろに立ったけど。


「では、潜層記録用魔道具を拝見させていただきますわ」


 最後に座ったセレーラさんに言われて、机に板っ切れ魔道具を三枚置く。

 それを見てゼキルさんは目を見開いた。


「ろ、六十五……」

「貴方たちそこまで行ってましたの……」


 先に進んだとは言ったけど、階層までは言ってなかったか。

 セレーラさんは眉間にシワを寄せたが、すぐに揉みほぐしている。そんなに気にしなくても、ツルツルプリプリの綺麗なお肌ですよ。


「二回でもう『マリアルシアの旗』と並びましたわね……どうかしてますわ、本当に」


 まだ旗は止まってるのか。あそこを越える手立てを模索中かな?


「本来ならここで、鑑定スクロールを使っていただくことになっていますけれど……」

「そうだったんですか。僕たちは不意打ちで使わされそうになりましたが」


 つい口が滑ってセレーラさんに睨まれた。

 またヒューマンビートボックスで誤魔化そうと思ったら、セレーラさんに手を突き出されてストップをかけられてしまった。


「皆さんは特例が認められましたので、ステータスの開示は不要となりましたわ」


 前に聞かされてはいたが、改めてセレーラさんの口から聞いて俺たちは安堵の息を吐いた。


「ただし!」


 そんな俺たちを、セレーラさんの強い口調が制す。


「こちらの出す条件を飲んでいただければ、の話ですけれど」


 なにそれ聞いてない。

 一気に警戒感を出した俺たちに、セレーラさんはイタズラが成功して喜ぶかのようにふふっと笑った。


「別にそれほど大した条件ではありませんわよ。貴方たちがダンジョンで得た魔物の素材を売る相手として、こちらに少々融通をきかせて欲しいというだけのことですわ」


 要するに、他の商会とかだけに売るんじゃなくてこっちにも売ってくれってことか。

 六十階層以降の魔物素材なんてそう滅多に出回る物ではないからな。七十階層越えの素材なんて、オークションに回ってもおかしくない。

 特例を認めてやる代わりに、今後の取引相手として契約して儲けさせろってことだろう。

 そうすればギルドとしても面子は保たれるし、なかなか(したた)かじゃないか。


 あれ……なぜだろう。これの立案者の影が、金髪ですわ縦ロールエルフの人に見えるのは。

 ……まあいっか。


「驚かせないでください、セレーラさん。それくらいであれば全然…………んあ?」


 了承の意思を示そうとした瞬間、ぞわわわと体を気味の悪い感覚が走った。

 誰かの魔力が自分に入ってくるような……しかもこの覗き見されるような感じって……《鑑定眼》!?




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