4-7 帰りたかった
遂にやってきました、六十階層台!
これで俺たちも晴れてS級だ。なにより、凍結地獄から脱出できるというのがなにより嬉しい! あんなとこもう二度と行くか!
六十階層のボス? もちろん倒したけど。
ゴリラっぽい顔が胴体の真ん中にある、パーマフロストヒバゴニアンというでかい魔物だった。
四本の巨大な腕のような脚のようなもので、二本足や四本足で立ったり側転したりバク転したり、雪上を自在に動き回って大変だった。
だからこっちは無闇に追い回さず、純粋な力比べに持ち込んだのだ。そして足を一本ずつ潰していったのだが、しまいには一本足で立って驚いた。それで潰された手兼足を振り回してくるのだから、敵ながら天晴れだった。
いやー、今思い返しても、本当に見ごたえのある戦いだった。
え? だって俺戦ってないし。
自作の芋けんぴが結構上手にできてて美味しかったです。
あとは火傷しない程度に、たまーに《熱線眼》をピュッと出して邪魔するくらいはしてみたけど。
とにかくこれで厚着ともおさらばだ。
やっほうと喜び勇んで先に進んだのだが……。
「あっつい……あづいよお」
そりゃそうだよね。火山地帯なんだから。すぐそこを溶岩流れてるんだから。一分深呼吸してたら肺が焼けてしまいそうだ。
見渡す限りゴツゴツした黒い火成岩の岩肌と灼熱の溶岩だけで、草木の一本も生えていない。
火属性で火山って、安直かつしんどすぎるよ……でも個人的には寒いより暑い方が好きなので、五十階層台よりはマシだけど。
「これは確かに、厳しいっ」
俺を抱えるルチアは、今回は息を荒げてきつそうだ。
ルチアは盾役だから、あまり薄着になるわけにもいかないせいだろう。着ている厚手のシャツも汗が染み込んでいる。
さすがに暑いだろうし俺も自分で歩こうか、と聞いたのだが、そこは頑なに断られた。
でも俺も暑いし、ルチアのシャツが俺の首にぺったり張りついている。いくらムニムニが気持ちいいからとはいえ、プラスマイナスで考えると……やっぱりプラスかな。
「魔族領を思い出します……」
前を歩くニケの声にも当然のように力がない。寒さ同様、暑すぎるのも慣れてないのだ。籠手やすね当ても暑いので装備せず、剣一本で戦っている。
ニケは普段スカートの中に俺が作ったスパッツを履いているが、もう他のパーティーもいないので今は履いていない。戦闘中俺の視線が固定されてしまい、非常に危険だ。
「魔族領というのはこんなところなのか」
ニケはお婆……人生経験豊富だから行ったことはあるが、ルチアは魔族領になど行ったことないらしい。
まあ当然か。遠いし、人と魔族は仲が悪いし。そもそも交通の便が悪いから、産まれた国を出たことのある人の方が珍しい。
魔族については聖国にいたとき一応学んだ。
太古の時代、人間と魔族はこの星の覇権をかけて争った。そして勝ったのは人間である……とリグリス教では説いている。
でも本当に争ったのだとしても、実際はおそらく痛み分けってとこだろう。魔族領はまだ存在してるし。南米と北米の間よりもほっそい陸地で、人類領と繋がっているそうだ。
「全てではありませんが、ここや五十階層台のような寒冷地など、過酷な環境が多いですね」
それは大変だとも思うが、そんな環境だからこそ生きてけるようなやつらもいるのだろう。
っていうかさ……。
「ねえ……帰んない?」
実はもう六十四階層だよ、六十四!
もういいんだよ? 一気に進まなくても。
五十九階層で地上に戻ったとき、セレーラさんがちゃんと俺たちの特例をもぎ取ってくれてたし。
それなのに、少しだけ先を見ておきましょうかうんそうだなとか言って、どんどん進んでくんだよ……全然少しじゃないんだよ……二人もキツいはずなのに、なぜそんな貪欲なんだ。
「マスター、どのみち通る道ではないですか。私たちは水晶ダンジョンを攻略するのですから」
ええ……どんだけ本気で攻略する気なの。ここで攻略終わろう、と言う気は俺もないが、もうちょっとゆっくりでもいいんじゃないかと思う。
「それにステータスも高めておいた方が安全だろう?」
地上に上がってからの話だろう。ルチアは色んなやつらがたかってくるのを警戒してたし。
「でもさ、もうここらの魔物は大体食ったんじゃないか?」
溶岩の中から突然飛び出てくるカエルみたいなのとか、空から襲ってくるブレイズワイバーンとか、手強かったので言うとルミナスサーペントとかいう火の化身みたいなのとか。
六十階層までの魔物で《アップグレード》した結果、ダンジョン来る前に比べて全部のステータス値は五割以上上がっている。
「仕方ありませんね。セレーラも待っているでしょうし、六十五に入ったら戻りましょうか」
「六十四入ったばっかだよ? 入り口すぐそこだよ?」
俺の涙ながらの訴えに、血も涙もないニケは首を振る。
「ここまで来たのであれば六十五には行っておきましょう。見てもらってから、対策を考えなければなりませんから」
「対策?」
「はい。見てもらった方が早いので行きます」
そう言ってニケは有無を言わさず歩き出す。
もう出入りは自由になるんだし、鋭気を養ってからでいいんじゃないかな……。
そして三日後━━
「うわぁ……」
「これは……」
俺とルチアは、その光景を前に絶句する。
六十五階層は、七割がた溶岩に埋め尽くされていた。
道の幅はまれに広いところもあるが、平均すれば六人パーティーならなんとか横一列に並べる程度しかない。でかい敵も多い中でのこの狭さは、かなり足を引っ張りそうだ。
《鷹の目》を発動して上から見てみると、細い道は迷路状に入り組んでいる。しかも浮き上がったり沈んだりで、正解のルートも変動し続けている。
なるほどな。今はどうか知らないが、《マリアルシアの旗》もここで止まってたわけだ。
地面から見ると、正しい道など全くわからない。例え《鷹の目》があっても、道が変われば戻ってやり直しになってしまう。
しかも階層が進めば、さらに道が細くなったり複雑になったりするんだろう。
ニケが対策を考える必要があると言ったのも頷ける。
「ここを越えた者たちは、どのようにして突破したのだろうか。ニケ殿が以前来たときは?」
「ここを越え七十にたどり着いた者たちは多くないでしょうが、やはり《氷魔術》により溶岩を冷やして強引に道を作って進むのが一般的でしょう。私が越えた三度のうち、二度はそうでした」
「ニケ、残る一度は?」
「地道に一層ごとに何泊もしてです」
「それはきつすぎんな」
そんなことしてたら事故も起こるだろう。
《研究所》でしっかり休んでいる俺たちでさえ、この前ルチアが溶岩に片足を突っ込んでえらいことになっているし……《アップグレード》で治ったけど、恋人が苦しむ姿を見たいわけがない。
「氷魔術か……水で冷やしては駄目なのか?」
ルチアちゃんの素朴な疑問。
まず間違いなくダメである。
日本で教育受けてれば、溶岩に水とかかけたらどうなるか想像つくが、ルチアは異世界育ちだからな。
「初めて来たときに、パーティーに氷魔術持ちなどいなかったので水魔術を試しましたが……」
「とんでもないことになったろ」
「わかるのですか?」
頷いた俺は、首を傾げるルチアを呼び寄せ、マジックバッグから出した木のコップを渡した。それに水筒から水を半分入れる。
「よしルチア君、実験だ。その水をそこの溶岩に撒いてみなさい」
「わかった」
なにも臆することなくルチアは溶岩に近づく。そして手を伸ばしてコップを逆さまにした。
「って、バカぁん!」
「わーーーっ! あつっ、あっつ!」
バシュンと起こったのは、いわゆる水蒸気爆発というやつだ。
爆発的に大量発生した水蒸気で溶岩がちょびっと飛び散り、俺の恋人が苦しんでいる。
「主殿ぉ……」
「撒いてみろって言っただろうに……」
そんな恨めしそうに泣きそうな目で見ないでおくれ。ポンコツ可愛さに襲ってしまいそうだ。こんな姿なら何度でも見たい。
それとニケちゃん。
「お前はやらんでいいっ」
俺を片手で抱え直し、いつの間にか水を並々とついだコップを持っている手を、俺はガシッと掴んだ。
ニケのVITでその水量は危なすぎるわ! お前も十分ポンコツ可愛いよ!
しぶしぶといった雰囲気でコップをしまったニケに安堵する。どんだけ体張って愛されにきてんだよ……ていうか俺抱えたままやろうとしてなかったか!?
「うう、なぜあんなことになったのだ?」
ポーションを飲んで傷が癒えたルチアちゃんの素朴な疑問パートツー。
「水は水蒸気になると、体積が何百倍だか千何百倍だかになるからな。それが一気に起こるとああなる」
二人してなるほどー、とか言っている。ニケなんかはなんとなくはわかってただろうが、しっかりと考えたことはなかったのだろう。
「しかし氷魔術ねえ……持ってないしなあ」
氷魔術を見たことはないが、単に氷を発生させるというだけではないのだろう。周囲の物体の温度を下げたりとかもできるに違いない。
そうでなければ、結果は水とたいして変わらなくなってしまうだろうし。
「氷魔術自体、持っている者は珍しいですからね。ここを越えようというパーティーは、持っている者を勧誘するか……あるいは『遺宝瘤』から出ることを期待して、探し回るという策を取るかと思います。実際私が越えたときも一度は遺宝瘤から出ていますし、この周辺からは出やすいのではないかという話でした」
遺宝瘤というのは、ダンジョン内に不自然に存在する瘤のことだ。
木に変な瘤ができてたり、地面につるっとした瘤ができてたりで、その中にはどこかの誰かが落とした物品や金銀財宝などが入ってたりする。
要するに宝箱であり、一般的にも宝箱と呼ばれている。
その遺宝瘤の中身で大当たりなのが、スキル習得スクロールである。俺が聖国にいたときもらって《MP消費》を覚えたやつだ。
俺たちはダイバーがよく通る安全なルートでここまでほとんど来てるから、一度しか遺宝瘤を見つけてない。中身はちょっとした宝石と、誰かの落とし物の鎧と鑑定スクロールだった。鎧は汗くさそうだったので、当然すぐに錬金で溶かした。
「ニケ、氷魔術のスクロール出たときはどんくらい探したんだ?」
「……確かレベル上げをしながら四ヶ月ほど」
「だよね……」
もともとスキル習得スクロールというのは、そんなにポンポン出るもんじゃないのだ。むしろよく四ヶ月で見つかったな。
「どうする主殿。探すか勧誘するか、それともこのまま進むか?」
俺たちには《研究所》があるから、そのまま進むという手もなしではないだろう。
だが、怖い。
この間はルチアは怪我で済んだが、二人が取り返しのつかないことになってしまったら……。
もちろん戦ってるんだから、その可能性はいつでもついて回る。でも、確率の問題だ。危なすぎる手段は選べない。こんな狭い道で長い期間戦うのはごめんこうむる。
「このまま進むのはなしだ」
「そうだな、私もそれがいいと思う」
ルチアは俺の心配してるんだろう。一番危ないのはルチアなのに。
「勧誘するにせよ探すにせよ、ここでだいぶ足止めを食らいそうですね。なにか代替案があればいいのですが……」
「代替案ねえ。そう都合よくは見つからないと…………あ」
はっきり言って、思い出したことを物凄く後悔してるんだが…………あったな。あれが。




