4-6 強い子に会えて帰ってきてよかった
カポーンとししおどしの音が浴室に響く。
ドボドボドボとお湯が天狗の鼻先から湯船に注がれている。
「いいお湯ですね」
「ああ、全くだ」
《研究所》の自慢のお風呂に美女二人。
瑞々しい肌はお湯を弾き、上気して赤みが増して色気も増す。
俺は隣あって座る二人の片ももずつの上に座り、ムニムニに背中を預けている。
「極楽極楽。もうずっとこのままでいたいわ」
「そうですね」
「そうだな」
…………。
カポーン。
ドボドボドボ。
「もうずっとこのままでいたいわ……」
「そうですね……」
「そうだな……」
……このやり取りは何度目だろうか。
さすがにもうのぼせてきてるのだが、誰も風呂から上がろうとしない。
なぜ俺たちが無限ループに陥ったのか。
それは幾分か前に遡らなければならない━━
━━岩嵐鳥を倒し、五十階層台に突入した俺たち。
そこは情報通り、雪原地帯だった。
ていうか水属性で雪ってなんだよ……どうせなら常夏の海辺とかにしてくれよ。そうしたら二人とキャッキャウフフできたのに。
ニケやギネビアさんや誰かからしっかり情報を得ていたので、防寒グッズはしっかり集めてある。
とはいえ買ったのは寒さに強い魔物の革で作られたツナギと手袋くらいだ。ダウンジャケットに、帽子耳当てネックウォーマー他小物などは俺が地球知識を使って錬金した。
だから他のパーティーなんかよりはよほど暖かいのが揃ってるはず。ルチアとニケもそれらに感心したり喜んでたりしていた。ダウンとか羽毛が片寄らないよう、二人を夜にノックアウトしてから夜なべして手縫いした甲斐があるというものだ。
それらを着込んで、実際攻略自体はスムーズに進んでいるのではないだろうか。
まず五十一、二は四十一、二と同じようにとても楽だった。というか、その前とかも一、二階層は楽だった気がする。
ここを作った神様とやらが、まずは慣らさせようとしているような、そんな意図を感じるね。
で、やっぱり五十三階層から厳しくなってくる。
雪は深く、地形は起伏が激しく。雪が降るときは吹雪に。
ただ、救済措置もある。
ずっとではないが洞窟を通るルートがあるのだ。なので基本洞窟を出たり入ったりで進んで行き、いくつかある出口のゲートを目指すことになる。
それとあんまり道から外れると入り口に戻されるのも救済措置と言えるだろう。もう地図はないので、俺たちも二回ほどその救済措置にお世話になってしまった。持ち物を失うようなことはないが、なんとなく嫌な気分にはなった。
そうやって、俺たちはなんとか五十七階層までやってきた。
現在心休まる洞窟を抜け、氷雪吹きすさぶ山岳地帯ど真ん中である。
「さぶい……さぶいよお」
どんだけ着こんでも、やっぱり寒いものは寒い!
子供の体のせいもあるかもしれない……体薄いし。
「頑張ってくだささささい、マスター。あと三階層ですすすす」
俺を抱えて震えるニケもかなりやばい。今の体になってから、寒さとかほとんど味わったことなかったから。
そのせいで敵が出ても、剣と神雷でそっこー倒しに行っている。楽ではあるけど。
出てくる敵は雪の上を滑るウサギとか、雪の中を泳ぐ魚とか、丸まって転がり落ちてくる氷のゴーレムとか結構レパートリーが豊富だ。洞窟の中では憎き狼男の上位種もでてきたのでこてんぱんにした(ニケが)。
「確かにこの寒さは堪えるな……次洞窟に入ったら休憩にしようか、主殿」
俺たちの中で一番寒さに強いのはルチアだ。なんでも昔師事していた人に、雪山訓練とかやらされていたらしい。
それにVITも多少は影響があるようだ。普段の体感温度とかは大体みんな一緒だけど、一定を越えるとVITというのは効果を発揮するらしいよ。高VIT職ずるい……。
それでもきつそうではあるが。
そのルチアを先頭に、もっそもっそと雪を掻き分けながら進む。
ふいにルチアが立ち止まり、帽子の穴から飛び出ているウサギ耳がピンと立った。《第六感》が早めに仕事をしたのか、なにかを感知したようだ。
ルチアが「来るぞ」と振り向くが、ニケもすでに気づいてるようで山の上の方を見ている。
当然こんなところで来るのは敵しかいない。
二人は装備を取り出すが、ニケから降ろされた俺はシータは出さない。残念ながら重さのせいで雪に埋もれて使い物にならないのだ。
すぐに遠くから音が聞こえてきた。雪の中を進むような音は魚の魔物かと思ったが、他にも音がする。ピキンパキンと、氷がひび割れるような音だ。
「これは……マスター、すぐに《研究所》にっ」
音がこちらに向かってくる中、ニケが慌てて俺に指示を出す。
普段俺は雑魚との戦闘では《研究所》に逃げ込むまではしていない。これはただごとではないと《研究所》を出す。
《研究所》の性質状、周りの雪のせいで入り口は狭くなってしまったが、急いで飛び込んだ。
その瞬間、俺の立っていた場所から槍が突き出た。よく見てみると、その槍は透き通った氷でできている。
そして、ニケは大きく飛び退いていて、ルチアは盾を下に向けている。二人の下からも槍が突き出たのだ。
「あっぶねー……って、やば」
ボケッと見ていたら、槍の穂先がパキパキと音を立てて曲がった。蛇のようにゆっくりとこちらを向いたのだ。
急ぎ扉を閉める。ギリギリ間に合って、扉に当たった穂先は砕けた。
あっ………………。
「面倒な相手に捕まってしまいましたね」
「ニケ殿、これが言っていたアイシングリバティか」
「ええっ」
ルチアに返事しながら、ニケが剣を振った。再び生えてきた氷槍が粉砕される。
二人がアイシングリバティとかいう魔物の攻撃を凌いでいるあいだ、俺は怒りにうち震えていた。
なぜなら、人差し指で扉の開閉スイッチを押してしまったからだ!
ここは《研究所》なのだ……俺は指紋認証的なイメージを大切にして、初めて《研究所》を出したときから今までずっと、親指でスイッチを押してきた。聖国から逃げる際、狼男に殺されかけたときですら。
それを、こいつのせいで……絶対に許さん!
二人はいまだ無傷だ。それに業を煮やしたのか、魔物の本体が雪の中から現れる。
その姿はまるで超巨大な神経細胞のようだ。
白い氷属性の魔石を核とし、氷が触手のように広がっている。ただし、魔石の数は……おそらく五つ。
氷触手同士は結合していて、群れで一つの生命のように行動しているのだろう。
それが雪上で立体的に絡み合いながら、ドーム型のコテージのようになったり人型になったり、刻一刻と形状を変えている。
問答無用でニケとルチアが雷撃と岩塊を放つが、氷が手のように広がって阻まれる。
近接攻撃をしようにも、突きや払いが浴びせられなかなか近寄れない。足場も悪いし。
多分二人はアーツを出す隙を探っていると思うが、下手に出したら生き残りに反撃を食らうだろう。慎重になるのはしょうがない。
ふふ……そうか。
人任せではダメだということだな。この怒りを静めるためには自分でやれと、天は俺にそう言っているんだな。
へたりこんでいた俺は立ち上がり、《研究所》のスイッチを薬指で押す。もう押す指はどうでもよくなった。
「主殿!?」
「マスター!?」
《研究所》の扉が開いたことに二人が驚いている。
俺はそれを尻目に、《研究所》の入り口に立ち《第三の目》を発動する!
見よ! 本邦初公開!
「《熱線眼》んんん!」
魔力を代償に、額の先に熱が生まれる。怒りに任せて魔力を注ぎ、熱が遂に臨界を越えた。
「URYYYYYYY!」
例の掛け声とともに、極太レーザー発射! どう考えても、アニメじゃないアニメのMSの方が近いけど。
正直視界は悪いが、なんとなくで当たりをつけて凪ぎ払う。
「溶けろ砕けろ! 弾けて消えろ! ふはははは!」
ひたすら首をフリフリ。雪煙や蒸気で、周囲一体が白い煙幕に包まれる。
だがこれにてドロンなどさせてたまるか。
二人がなにか言っているがよく聞こえないので、結局MPが切れるまで撃ち続けた。
「マスター!」
撃ち終えると白煙の向こうから、ニケの声がしっかりと届いた。
「ニケ、敵は!」
「もうとっくに終わっています!」
そうか、勝ったか……。
ふぅと一息吐くと、
「……んぎゃああああああ! あちぃ! あぢゅぃ! ACHYYYYYYY!」
一気に熱さっていうか痛さっていうかが、どばっと来た! 額を大根おろしで何回もおろされたような痛みだ! いや、やられたことないけど!
たまらず射線外にあった雪に、顔面からダイブ。ショタオデコを中心にジュワーと雪が溶ける音がする。
俺に錬金した《熱線眼》。
この眼は熱に強い特性を持つ魔物についていた目玉だ。自らの放つ熱線眼に耐えられる体を持っていたからこそ眼を持っていたのだろう。
これ一応ほとんどのエネルギーは前方に向かうのだが、漏れてるのか自分の方にも熱がくるのだ。もしくは熱された周囲の空気のせいなのかもしれない。
この魔眼を俺が持っているのはイレギュラーであり、これはもともと人が使うことなど考慮されていないのだ。
要するに俺の熱線眼は、自爆技なのだ。
「マスター! 大丈夫ですか!」
大丈夫じゃないの! 返事もできないくらい痛いの!
駆けつけたニケが俺を雪から引き抜き、ポーションをかけてくれた。あぁー、癒される……これ上位ポーションかな? かなり酷いことになってたのかもしれない。
「マスター……無茶をしないでください」
「悪い、巻き込んだか?」
「そういうことではありません。そんなになるまで使って……やりすぎです」
確かに、俺のバカみたいな量のMPが切れるまで使うことはなかったかもしれない。
ルチアも側にきて俺のオデコを撫でている。
「よかった。痕は残っていないようだな」
残ってても多分、《アップグレード》で素材をちょっと使えば治ると思うが、めんどくさいからやらずにすんだのはありがたい。
俺をお姫様抱っこしてニケが立ち上がる。周りを見て確かにやりすぎだと自分でも思った。
アイシングリバティがいた周辺には雪など全くなく、抉れた地面に小川までできている。
そして熱線眼が通った跡だろう。山の遥か向こうまで、巨体迷路のように雪が溶けてできた道が入り組んでいた。
それでも貴重な氷属性の魔石は五つとも無事だったようで、ルチアが拾って持ってきてくれていた。熱線眼は物理的な破壊力はさほど高くないのがよかったのかもしれない。
「すまなかったな。私たちが苦戦していたから……助けてくれたのだろう? そんなになってまで」
……………………ゴゴ。
「いや、違うけど。ちょっとムカついて」
…………ゴゴゴゴゴ。
「……マスター。そういうときは、そういうことにしておけばいいのです」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「なんで二人してガッカリしてんの? ていうかなんの音?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! ってうるさいので山の方を見上げてみれば、まだ距離はあるが雪煙が一列になってこっちに向かってきている。
「あれは……雪崩でしょうか」
「雪崩っぽいな」
「雪崩だろうな」
そっか、雪崩かー。
「………………撤収! てっしゅーーー!」
━━進むも戻るも間に合わないということで、俺たちは《研究所》に逃げ込んだ。
雪崩が押し寄せてくるまでは距離も時間もあったので、ニケの《危機察知》も反応が遅れたようだ。あんな広範囲では仕方ない。
相当な規模だったので、《研究所》の扉は完全に雪に埋まってしまっている。
ここから出るには地獄の雪かき作業が待っているのだ。
現実逃避した俺たちは、とりあえず風呂に入ることにして今に至る。
カポーン。
ドボドボドボ。
「今日はもうよしとするか……」
「そうですね……」
「そうだな……」
二人はまだ無限ループを引きずっているが、風呂を出ようと立ち上がる。
そんな俺に、二人の(ちゃんと聞こえる)小声が届いた。
「こうなったのは全部マスターのせいで……いえ、なんでもありません」
「主殿の熱線眼であればあの雪も……いや、なんでもない」
ひどくない!?
結局、丸々三日間《研究所》にとじ込もってゴロゴロウダウダイチャイチャした。




