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4-5 翻弄された




「ルクレツィア、左です」

「わかってい、るっ!」


 真っ白いトンビのような巨大鳥型魔物の鉤爪を避けたルチアが、槍を突き出す。惜しくもクリーンヒットはせず、羽根が舞う。

 ルチアは鬱陶しそうにそれを払い、姿の消えた魔物の攻撃に備えた。


 四十九を無事に越え、現在五十階層。絶賛ボス戦中である。

 ボスは岩嵐鳥という、やはり鳥型の魔物だ。

 今でこそ白くてスリムな外観をしているが、現れた当初は全く違った。全身がゴツゴツした岩に覆われていて、出てくる階層間違えてね? と思った。

 攻撃方法は重さを生かした体当たりや翼ぶん回し、あとは石つぶて飛ばしくらいで動きも遅かった。

 それがこちらの攻撃や、自分の石つぶて飛ばしで岩が減ってくると一変。風魔術で相手を翻弄する高機動型になったのだ。


 しかも戦場がこれまたひどい。

 俺たちがいるのは、でっかい球の中である。

 重力は中央から放射状に発生していて、地面にはボコボコ穴が開いている。

 岩嵐鳥はその穴を自由に出入りして、隠れたり突然襲ってきたり……俺たちが落ちたら四十九階層の入り口に飛ばされるらしいのに、ずるくね?

 まあニケは《危機察知》、ルチアは《第六感》があるからなんとかなってるけど、俺ことシータはちょっとついていけてない。あ、もちろん俺本体は《研究所(ラボ)》内です。


「くっ、でかい図体の割に素早いな」


 また現れては消えた岩嵐鳥に、ルチアが槍をブンと振って歯噛みする。

 ルチアが槍を選んでいるのは、リーチの長さと突きの出の早さが理由だ。


「ルクレツィア、アーツは」

「いけるっ」

「ならば次出てきたとき動きを止めます」

「了解した!」


 僅かな静寂のあと、風切り音とともに岩嵐鳥が穴から飛び出す。それを待っていたとばかりに、ニケの雷撃が撃ち抜いた。

 ギュイィと悲鳴を上げる岩嵐鳥を前に、ルチアが大きく引き絞った上体を解放する。


「ピアーススラスト!」


 岩嵐鳥に真っ直ぐ突き出された槍先から、ジャイロ回転で謎の力がビームのように射出される。

 ……いや、まじでなんなんだろうね、あれ。生体エナジーとかそんな感じなのか? なんかこわっ。


 とにかく、謎エナジーが岩嵐鳥を貫く━━そう思った瞬間、岩嵐鳥は硬直が解け大きく羽ばたいた。

 そのせいで致命傷を与えることはできず、足を一本奪うだけにとどまった。


「すまない」

「いえ、私の魔法の溜めが足りませんでした。すみません」


 謝り合う二人をよそに、中央まで飛び上がった岩嵐鳥は怒ったように翼を広げ、高く大きな鳴き声を発し始めた。

 やがてその姿は時折歪み、周囲に風音が響く。

 何事か理解する前に、岩嵐鳥がお返しとばかりにきりもみ回転でルチアに突っ込む。

 体を逸らしながら盾で流したルチアだったが、その一瞬で服にいくつもの切り込みが入った。


「風をまとってんのか! 大丈夫かルチア!」

「問題ない、服だけだ!」


 見てみれば、確かに露出したセクシー褐色肌に傷はついていないようだ……よかった。さすが高VITだけある。

 でもあれニケが近づいたら、真珠のお肌に傷がついちゃうのでは……ってシータに向かって来た!?

 慌てて直撃は避けたが、シータの塗装が引っ掻き傷状に剥げてしまった。金属ボディもちょっと削られてるし。

 ていうかなんでこっち来たんだ。岩がなくなってから、ほとんど俺はなにもできてないのに。


 すぐにルチアが挑発アーツを入れる。だが、次に岩嵐鳥が標的にしたのはニケだった。

 ニケは大きくかわして事なきを得たが……。


「どうやら怒りで我を忘れているようですね」


 ぐう、なんて迷惑な。

 狂乱状態の岩嵐鳥は、目につく相手に突っ込んできている。

 でも、動きは単調になっているかもしれない。穴に入っても、近くからすぐ出てくるし。


「ならばこれはどうだ!」


 ルチアが地面に右手をついた。そしてタイミングを見計らい、魔術を発動。


「ストーンピラー!」


 動きを先読みし、地面から石柱を生やした。

 見事に岩嵐鳥は石柱に正面衝突し、


「うわあぁぁぁん!」


 俺が悲鳴を上げた。

 だって石柱がぶち壊されて、シータに岩が一杯降ってきたんだもの!

 岩嵐鳥にもダメージはあるようで、止まって首をフルフル振ってはいるけど。


「すっ、すまん主殿!」

「いや、面白いアイディアだった。でももう禁止ね?」


 ドタバタやっている俺たちを見かねたのか、ニケが前に進み出た。


「充分経験は積めましたし、もういいでしょう」


 その手には、俺が作った剣が握られている。

 一応諸刃ではないので分類上は刀なのだが、やっぱり刀って言ったら日本刀だもんなあ。こんだけ分厚くて太いと、刀と呼ぶ気にはなれない。


 今回のボス戦はそれなりに苦戦は予想されたのだが、それも経験ということで、初めはニケは格闘でいくことにしたのだ。神雷も全力では使ってないし。

 実際のところ直撃さえ食らわなければ岩嵐鳥の攻撃は大したことないし、あとは時間の問題だ。風魔術も補助的なものが多く、攻撃力はさほどない。

 ということでニケが終わらせる気になったのだろう。


「ニケ先輩おなしゃーす」

「はい。ルクレツィア、しっかり見ていなさい」


 剣を逆刃に持ち替え、ニケが悠然と歩いていく。

 岩嵐鳥はすでにダメージが抜け、穴へと消えていくが……正直勝利の絵しか思い浮かばない。

 それは前にニケと戦ったことがあるルチアも同じ、いやそれ以上だろう。ニケがどう倒すのか、一挙主一頭足を見逃さないよう観察している。


 散歩しているような気楽さで、ニケが岩嵐鳥の消えた穴に近づいていく。そのとき、後方の穴から白い影が飛び出た。

 ニケは振り向いてすらいない。

 え……気づいてない!?

 とかちょっと心配した俺がバカだった。


 激突する数瞬前にニケが動く。


「サークルエッジ」


 意外なアーツ選択。

 コマのように回ったと思ったニケの体が、岩嵐鳥を正面に捉えたときビタリと止まった。遅れて強く振り抜かれた謎エナジーつきの剣が、岩嵐鳥の横っ面をひっぱたく。

 ルチアの驚きの声が上がる中、体ごと横にずれた岩嵐鳥はすぐに落下。F1の衝突事故みたいに縦も横もわからないくらい回転しながら、地面に傷を残した。


 どうやらニケのアーツがルチアには衝撃的だったようで呆然としている。

 確かにサークルエッジって敵に囲まれたときとかに使う、威力が低めのアーツだったはずだけど。

 まあとりあえず岩嵐鳥に止めを刺しにいこ。だってこっちの方に転がってきたし、まだピクピク動いてるし、今回全然活躍してないし。

 ピアッサーアームでブスッとしてグリグリ。よし、勝利!


 褒めて褒めてー、と《研究所(ラボ)》から飛び出したのだが、ニケにルチアが詰め寄っていて相手にされなかった。ぐすん。


「ニケ殿、今のは一体」

「剣術スキルのレベル六で覚える、サークルエッジの派生技の一つです」

「それはわかっている。だがあれは締めに強烈な斬撃を繰り出すというものだったはずだ。途中で止まって発動なんて聞いたことがない」

「そうでしょうね。実は派生技には手を加える余地があるのですが、今ではほとんど知られていませんし。過去には派生技のひねった使い方というのが、上位者の間で流行ったこともあったのですが……それも結局廃れてしまいましたから」


 あー、なんかわかった気がするわ。

 ルチアは納得がいかないように首を傾げているが。


「なぜだ? 今のような使い方ができれば便利だと思うが。単に振り向いて攻撃するより、よほど素早く強い攻撃が出せていただろう」

「一番大きな理由は、単純に難しいからです。いざというときに、頼れない技など使う者はいないでしょう? 完璧に会得するためには、相当な鍛練が必要となります。しかもその割に使いどころは限られます。そんなことに時間を使うならば、少しでもレベルを上げる方が賢い選択だということになりました」


 電話とメールしかしない爺ちゃん婆ちゃんが持つスマホとか、年に一回食べるか食べないかっていう料理の専用調理機とか……使いこなせなかったり必要ない物に金かけるなら、高い炊飯器でも買おうぜってことだな。


「ですが、私たちには時間があります。そしてレベルはありません。ゆくゆくは派生技の応用を考えてもいいかもしれません。それに、そういった使い方をしてくる敵がもしかしたら現れるかもしれませんし」

「そうか、そのために見せてくれたのか」


 ニケがルチアに返事代わりに微笑む。

 金とやる気がたっぷりあるなら、スマホも調理機も買ってもいいかもしれない。カタログくらいは見ても悪くないだろう。ということだ。


「しかしよくニケ殿は使えるな。結局みな使いこなす前にやめたのだろう?」

「賢くない者もいたということです。そんな主の鍛練にずっと付き合わされましたので」


 アーツのアレンジにどはまりしたやつがいたってことか。

 爺ちゃん婆ちゃんがスマホ使いこなしてたらかっこいいし、友人が来たときに年一の料理を簡単に振る舞ったら驚かれるし、その気持ちはわからんでもない。うん、我ながら例えがしつこい。終わろ。


「誰なのだ? いや、別に無理に聞こうというつもりはないが」


 英雄譚好きのルチアが一歩引いたのは、ニケがあまり昔のことを話そうとしないからだ。聞けば必要な分答えるが、それ以上話すようなことはない。

 今も俺をちらちら見ているニケを見れば理由はわかる。俺に気を使ってるからだろう。

 別に俺は昔の男的な存在は気にしないんだけど。


 ……いや、でも待てよ。

 ニケが「元カレはー、イケイケでー、オラオラでー、ドラドラだったのにー、なんでマスターはー、メンタンピンなのー」とか言い出したらやっぱり切ないな。

 内心で比べるのはしょうがないにしても、やたら口に出すような女はダメだな。

 そうやって男を操れるなどと思ったら大間違いだ。むしろ男はうんざりするだけだ。


「もう。マスター、私はそもそも比べるようなことはしません。比べたこともありません」


 そう? それならいいんだけど……ほんとかなあ?


「本当です」


 ねえ……ケーンって念話持ってたけど、実はニケに残ってたりしない?


「ルクレツィア、無理ということはありませんよ。エルグレコです」

「おお! 冒険者ギルドの創始者の!」


 物凄く不自然にルチアとの会話に戻ったね。やっぱり残ってるんじゃ?


「ははっ、念話というのは相手の心の内を自在に読めるというものではないのだろう? 考えすぎだぞ、主殿」


 …………そだね。君たち念話より怖いことやってるけど、もう考えないことにするよ……。


「そうか、エルグレコか……やはり破天荒な人は他者とは違う道を行くものなのだな」

「あの人もなかなか面白い人でしたが、マスターには劣りますね」


 ニケそれ比べてない!?


 こっち見てクスリと笑う小悪魔ニケちゃんを、今日絶対お仕置きすると決めた。誰が一番かその体にきっちり叩き込んでやるのだ!


 ……あれ、なんか俺操られてる?




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