4-4 ゲットした
「なるほど、そういうことでしたの。噂を聞いただけだったので知りませんでしたわ。効率のいい人助けだったというなら褒めても……いいのかしら……?」
「どうでしょう……」
「どうだろうか……」
「どうなのかしらね……なんだかなにが正しいのか、よくわからなくなってきましたわ」
俺をのけ者にして、三人で楽しそうにお喋りしている。俺も混ざりたい。ニケちゃん俺の口から手を離してくれないかなー。
「私たちもあのとき、そんな思いきった判断が早くできていれば、結果は違ったのかもしれませんわ…………変なことを言って、ごめんなさいませ」
セレーラさんのパーティーが壊滅したときのことだろう。しんみりとしかけた空気に、慌ててセレーラさんは謝った。
やばくなったら穴に飛び込んで逃げればいいと思うんだが、普通はやらないようだ。まあ持ち物全部失うし、この世界の冒険者って、大体のやつらがヤンキーみたいな感じだしな。無意味に突っ張ってるというか、変にプライド高いというか。後ろ指を指されて嗤われるのが嫌なのかもしれない。
セレーラさんも昔はそういうところがあったのかな。金髪だし。
ロングスカートのセーラー服で、木刀片手にガム噛んでいる姿のセレーラさんを想像していると、
「それでセレーラはどのような噂を聞いたのですか?」
という空気を変えるためのニケの問いに、セレーラさんが顔をしかめた。
「……貴女たちが、『リースの明け星』の次は『マリアルシアの旗』に喧嘩を売った、という噂ですわ」
『マリアルシアの旗』といえば『魔女』のギネビアさんがいる、現在この街で最深まで水晶ダンジョンまで潜ってるクランだ。
「セレーラ、それはつまり……」
「ええ。旗のクランメンバーだったということですわ。貴方が穴に放り込んだのは。次から次へと問題ばかり……感心すらしますわね」
セレーラさん必殺のジト目炸裂。
でも四十八階層だったわけだし、そこに行ってるパーティーは限られてきている。旗は力のあるクランだから、強いやつらも集まってるだろう。旗に当たっちゃったのは、確率的に仕方ないことだと思うんだけど。
そう弁解させるためか、俺の口からニケが手を離した。
「ぷはっ。なるほど、では今度こそ先制攻撃で『マリアルシアの旗』を潰しにむぐっ」
また口を塞がれてしまった。
「本当にやめてくださいませ……いくらなんでも今そんなことをすれば、領主様もギルドも黙っていませんわよ」
「マスター、私は貴方が旗を邪魔に思い潰したいのであれば反対はしません。ですが、ただ敵となりそうだからという理由であれば、まだその結論は早いのではありませんか?」
「そうだな。今回は明け星のときとは違い、一応は助けたのだからな。いきなりこちらから突っかかって敵に回さなくても、話せばわかるのではないだろうか」
あの、えっと、さすがに冗談だよ?
そんなに真顔で説教しなくても……。
俺だって別にわざわざ敵を作りたいわけじゃないし、意味なく戦いたくもない。
むしろ俺はニケやルチアのような戦闘狂とは違って、日々を平穏無事かつ面白おかしく過ごしたいのだ。
ただそんな日々を妨害する敵は潰しとこうというだけの、ごくごく一般的な思考しか持っていない。
そりゃあちょっとはね、力あるクランとか鬱陶しいから消えればいいのにとかは思うけど、それこそ普通の考えじゃないだろうか。
なのにまるで聞き分けのない子供に道理を説いて聞かせたかのように、ルチアは手応えのなさそうな表情をしたあと話題を変えた。
「しかしセレーラ殿、我々が明け星を潰したことはそんなに広まっているのか?」
「それはそうですわよ。おおごとでしたし、貴方たちが壁を壊して逃げたとき、見て聞いていたダイバーたちがいましたもの」
そういえば俺がクリーグさんに自白したとき、周りにダイバー結構いたな。そいつらが広めたのか。
「そうか……それは危険だな」
ほう、ルチアも気づいたか。これはかなり危険な状況だ。
もしかしたら、変な二つ名とかついちゃうかもしれない。どうせつくならかっこいいのがいいんだけど……。
てか二つ名ってどうやって決まるんだろ? 自分で申請できたりしないのかな。
「貴方たちは今この街で注目の的ですもの。まあ潜り続けている間は、周りがどうしようと影響はないかもしれませんけれど」
それはいかんと、俺は慌ててニケの手を振りほどいた。
「そんなことないです! ここは是非、理性の王と書いて『理王』でお願いします!」
「…………なんの話ですの」
「え? だから二つ名の話ですけど」
頭痛でもしたのか、セレーラさんは眉のつけ根を押さえてしまった。
「どう思考が飛べばそんな話になりますの……」
「違うんですか? ルチアも二つ名の話してたろ?」
「いや、違うぞ……これからは色んな輩が、色んな目的を持って我々に接触してくるだろうという話だ」
なんだ、そんなことか。
「そんなのそれこそ敵だったら潰せばいい。俺たちはまだまだ強くなってくんだから」
「まあ確かに能力は伸びてきている。だが……」
「わかってる。わざわざ敵を作るつもりはない。穏便に済ませられるときは穏便にいくさ」
「それならいい」
ルチアはようやく納得して頷いているが、セレーラさんは顔をひきつらせてなにかモゴモゴ言っている。
「クリーグ……次はルクレツィアさんにも勝てないかもしれませんわよ……」
「どうしました?」
「な、なんでもありませんわ。とにかく、旗の方には貴方たちが純粋に助けたつもりだったと説明しておきますわ。余計なことはしないようにしてくださいませ。それと、貴方の二つ名ですけれど━━」
セレーラさんがとてもとても重要っぽいことを言いかけたとき、外から数名がギルドに入ってきた。
こんな時間からダンジョン行くのかと思ったのだが、振り向いたセレーラさんがそいつらを見て「まずいですわ」と呟いた。
入ってきたやつらはすぐにこっちに気づき、なぜか向かってくる。
「セレーラさんの知り合いですか?」
「知り合いというか、彼らは……はぁ、なぜこんなタイミングで」
はてなと思っていると、先頭にいる男が軽く手を上げた。いかつい野郎三人に囲まれた、二十代半ばの淡い緑髪の男だ。
ていうか手を上げている相手がセレーラさんじゃなくて、俺たちなのはなんで?
「やあ、初めまして。君たちが噂のタチャーナ君たちだね。まさか会えるなんて思ってもいなかったよ。僕は…………」
話の最中で、男は突然俺の頭の上を見てフリーズした。ニケを見てるんだろう。
「美しい……」
「なんだ、ただのナンパか。悪いが俺の婚約者だ。しっしっ」
その辺によくいるヤツだと思って追い払おうとすると、横にいる一番いかついオッサンが首を振った。
「違う。坊っちゃん、しっかりしろ」
その五十くらいのオッサンに肘で小突かれ、坊っちゃんが再起動する。
「こ、婚約者……あ、いや、すまない。僕はクラン『マリアルシアの旗』リーダー、オシリス。君たちに━━」
「うわ、しまった! ダンジョンに家の鍵を忘れてきちゃいました。すいませんが失礼しますね。ニケ、ルチア、行くぞ。セレーラさん、あとはお任せします。ではまた」
俺を抱っこするニケにタプンタプンポヨンポヨン合図すると、「わかりました」ときびすを返した。
こいつらが『マリアルシアの旗』だというなら、セレーラさんに言われた通り余計なことはせずに俺たちが去ることにする。
決して面倒臭いからではない。セレーラさんに任せた方が揉めごとを回避できるだろうという、極めて理性的な判断からだ。「逆に感じが悪すぎて揉めますわよ……」とセレーラさんが言ってるが気にしてはいけない。
それと、ニケのおっぱいを持ち上げたり叩いたりしたのは、別にニケから目を離さないオシリス君に見せつけたわけじゃない。ニケが回れ右する前にオシリス君に俺がニヤッとしてやったのも、こいつが爽やかイケメンだということとは全く関係ない。貴公子キャラはクリーグさん一人でお腹一杯とかは思ってない。温厚な俺にはこいつを挑発するつもりなどサラサラないのだ。
「家の鍵って絶対嘘だろう! 待つんだ。待て! 待てと言っている!」
「オシリスさん。ここから先は、記録用魔道具を見せていただいてからでなければ通せませんわ」
ナイスです、セレーラさん。
「くっ…………わかった、決闘だ! タチャーナ君、僕はその女性を賭けて君に決闘を申し込む!」
「あん?」
いきなりわけわかんないことを言い出したせいで、ニケが立ち止まり振り向いてしまった。
オシリス君はニケと俺を交互に指差している。その女性ってのがニケのことなのは間違いない。
一体どうしちゃったんだろうなー。そんな顔真っ赤にしちゃってさー。
というか普通に、突然決闘とかなんだこいつ? 貴族じゃあるまいし。
そもそもニケを賭けて決闘とか話にならん。ニケやルチアと釣り合うものなど、この世にはない。ヤツがなにを出したところで賭けにならない。
さすがに自分がなにも出さずに人の婚約者を奪おうなんてバカじゃない……よね?
当然ここは━━
「天地が逆転しても貴方のものにはなりませんので断ります」
えっと、俺じゃないよ。
先にニケが断ったんだよ。感情の一切こもってない声色で。
まあそうだよね。物じゃないんだから、本人の気持ちが一番大事だ。
「え…………」と呆然とするオシリス君の両腕を、取り巻き二人がそれぞれ脇に抱えた。
「ちょ、なにをするんだ! お前たち!」
「はーい、坊っちゃんいきますよー。おうちに帰りましょうねー」
「離せ! 僕は! あいつを! 彼女を!」
オシリス君はわめきながら二人に引きずられ、ドナドナされていった。一体なにしに来たんだか。
残ったのは五十くらいのオッサンだけだ。
「……面目ない」
「ではそういうことで」
「待ってくれ。勘違いしないでほしいのだが、我々はお前たちに礼を告げにきただけだ」
「礼?」
「ああ。なにやら関係のないダイバーが騒いでいるようだが、こちらは仲間を助けてもらったことはわかっている。やり方はどうかと思うが……感謝している。ありがとう」
そう言って頭を下げたあと、オッサンは続けた。
「もちろんお前たちと敵対するつもりもない。そのことをギルドを通じてお前たちに伝えてもらおうと思って来たのだ。まさか本人たちに会えるとは思っていなかったが」
「そんなことのために連れ立って来たんですか?」
「……リーダーがどうしても自分で行くと言うのでな」
オシリス君は一応義理堅い人間のようだ。
まあなんでそんな何人もで来たのかという質問の答えにはなってないが、坊っちゃんとか呼ばれてたし色々あるんだろう。これっぽっちも興味ないが。
「僕たちもそちらと敵対する気はありません。礼は受けとりましたので、どうぞお引き取りを」
「そうか……そうだな。今ここでこれ以上の話をするのは蛇足だな。では失礼する」
なにか他にも話があったみたいだが、どうせ前のギネビアさんみたいな勧誘だろう。旗に加わる気なんてないからほっとこ。
おっと、忘れるところだった。これだけは言っとかないと。
帰ろうとしているオッサンを呼び止める。
「あ、すみません。今後もしこちらになにか話があるようなことがあれば、使者はギネビアさんにしてください」
オッサンは立ち止まってポカンとしたあとふっと笑い、「了解した。ではな」とギルドを出ていった。
それを見届け、セレーラさんが大きく息を吐く。
「はー、冷や冷やしましたわ」
「ご助力ありがとうございます。お陰で無事和解できました」
「別になにもしてませんけれど……あれを和解できたと言っていいのかしら」
「ああ、あのワガママそうなクランリーダーですか」
「それを貴方が言いますの」
そう言うセレーラさんの冷え冷え視線を遮り、護衛ポジションだったルチアが腰をかがめて詰め寄ってきた。
セレーラさんを越える凍え凍え視線で。
「主殿、敵を作るつもりはないのではなかったか? ん?」
「はて、なんのことかね。それよりそろそろ行こうじゃないか。ダンジョンに家の鍵取りに帰らなくちゃ」
「こら待て、そんなものはない。さっきあの男を挑発しただろう」
食い下がるルチアに、ニケがくるりと背中を向けた。
「いいではありませんか、あの程度のこと。相手の度量が狭かっただけにすぎません」
「ニケ殿ずいぶん嬉しそうだな。そんなに主殿に自分のものだと主張されたのが嬉しかったか?」
「なんのことでしょうか。さあ、ダンジョンに行きましょう。今日は貴女のお祝いですよ」
「全く…………カレーに、唐揚げとハンバーグ両方だ。それで今回は許す」
「おう、任せとけ」
ルチアは本気で怒っていたわけじゃない。あんまり敵を作ると心配だから、一応釘を刺しておこう程度の考えなのはわかってる。その証拠にもうにっこり笑ってるし。
ルチアだけじゃなくニケもだが、喜怒哀楽の表現が豊かになっていく二人を見ると、より心を開いていってもらえてるようで嬉しい。
そんな俺たちを見ていたセレーラさんが呟いた。
「いつも楽しそうですわね、貴方たちは」
「すみませんセレーラさん。今回は誘えないんですが、俺たちがダンジョンから出たら一緒にお祝いしましょう」
「そういう意味じゃありませんけれど……考えておきますわ」
おお! 言ってみるもんだ。是非前向きに考えておいてもらいたい。いや、むしろ了承したととらえて、既成事実と化してしまおうではないか。
「絶対ですよ、約束しましたからね。それじゃあ行ってきまーす」
「ちょっと、まだ私は……もう。お気をつけて。皆様に水晶の輝きがあらんことを」
言い逃げする俺にセレーラさんは頬を膨らませたが、最後はやれやれと笑って送り出してくれた。
セレーラさんとのお食事ゲットだぜ!




