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4-2 ルチアが上がった




「狙い撃つ……ストーンブレット」


 冷徹なスナイパーと化したルチアにより、まだ触手も出していないフロートローパーは儚く命を散らした。

 落下するローパーを、ニケが俺の作ったクリアケースで受け止めに行く。


「ニケー、もうわざと転んだりしないようにー」

「……わざとではありませんが、わかりました」


 今回は普通に受け止めたニケが、そのまま《無限収納》にしまう。


 あれ以来、ルチアはローパーと対峙すると心を凍らせ、機械のように処理するようになってしまった。そしてニケはローパーの真下で転んだりして、体で受け止めるようになってしまった。

 ローパーは二人の心に深い傷を作ってしまったのだ。


 俺はやさぐれたルチアと、嘘泣きをするニケを夜毎慰める日々を送っていたが、それもこれで終わりだ。


「ローパーはこんなもんで十分だな」

「そうですね、だいぶ貯蔵することができましたから」


 現在四十八階層にいるが、ここまでフロートローパーを見かける度に遠回りしてでも倒してきた。

 というのも、ローパーの素材でステータスが上がったからだ。

 俺達の《アップグレード》は再生治療ができるが、新しく部位を作るとなるとそのとき使った素材によってステータスが変動してしまう可能性がある。戦力低下を避けるために、できれば良質な素材はストックしておきたい。ローパーは増血剤にもなるし。


 ちなみにローパーの素材ではMPと、地味に重要なDEXが上がった。他には鳥の魔物でAGIも上がり、遂に俺達の成長期が到来したことが予感される。ここから先、五十階層以降からは力がどんどん伸びていくだろう。

 それはつまり戦いも厳しくなるということだが、行けるところまで突き進むのみだ。


「そうか、終わったのか……うううっ」


 俺の前にひざまずき、癒しを求めてぎゅっと抱き締めてくるルチアをいい子いい子してあげた。

 そんな俺を、戻ってきたニケが容赦なくひっぺがす。


「ああぁ、もうちょっと……」

「ローパーごときがなんだというのですか。情けないですよ、ルクレツィア」


 ローパー狩りが終わったので嘘泣きを自白するニケに、ルチアが唇を尖らせた。


「そうは言ってもな……生理的な嫌悪感というのはどうしようもないと思うのだが」


 でも俺の股間についてるローパーのことは嫌っているようには……うん、下品過ぎるね。

 でも言っちゃう。


「だが俺のローパーは嫌いじゃないんだろう? うひひ」

「ニケ殿は苦手な物などはないのか?」


 だよねー。

 ローパーのことは嫌いでも、私のローパーのことは嫌いにならないでください!


「特に思い当たりませんね」

「え? あるじゃん」

「おお! それは一体なんなのだ、主殿」

「乗り物」

「そうなのか?」

「勝手なことを言わないでください。別に苦手になどしていません」


 ふーん、俺が「乗り物」って言った瞬間ビクッとなったけどね。


「逃避行してるとき、魔獣馬車とかに乗ってるとやたら静かだったのは?」

「あれは……私が念話すると、貴方が口に出して喋るからです。他の客が乗っていましたから」

「俺が自動車作ったとき、試乗するの絶対嫌だって言って乗らなかったのは?」

「あんな得体の知れないものに乗りたいと思う方がどうかしています」

「自動車というのはなんだ?」

「ああ、ルチアには見せたことなかったな。馬も魔獣もなしで動く馬車だ」

「そんなものがあるのか!? それは面白そうだな」


 うんうん、やっぱりルチアのように目を輝かせるのが普通の反応だよな。


「そういえばリースに来るとき、馬車ではなく走ることをニケ殿が有無を言わさず決めていたな」

「それは単純に走った方が早かったからです」

「なんでニケはそんなに乗り物が嫌いなんだ?」

「ですから違うと言っているでしょう? もう無駄話はおしまいです。さっさと行きますよ」


 話を勝手に切り上げ、ニケはスタスタと歩き出す。


「逃げたな」

「私もそう思う」

「違います!」





 そんなこんなで、四十八階層も半ばを越えた。


「四十九に入ったら、一度セレーラさんに報告しに行くか」

「それがいいだろう。彼女のパーティーはB級で終わったそうだからな……心配もひとしおだろう」


 そうなんだよな……。

 俺たちはスキルが優秀でステータス値的にもゆとりがあるから、今のところ危機らしい危機はない。

 だがこのトリッキーな空間といい、空を飛ぶ魔物といい、通常であれば簡単には攻略できないだろう。壊滅するパーティーが多くても不思議ではない。


「あいつとか結構強かったもんな」


 ちょうど向こうから、巨大な魔物がゆったりと飛んできている。周囲の魔物も恐れるように近づかないケージバードという魔物だ。

 フクロウのようにずんぐりむっくりとした鳥形の魔物だが、こいつが奇妙なやつなのだ。


 まずクチバシのような形状のものは顔についているが、これがクチバシではない。というか口がない。

 ではどうやって獲物を補食しているかといえば、まず胸から腹にかけてがパカーンと開く。その胸の中には釣り針のような形の硬い骨が何本か飛び出ていて、それで獲物を引っかける。そして引っかけたら胸を閉じ、そのまま消化液で溶かして吸収するのだ。

 三日前、他の魔物と戦闘中に上空からあいつに急襲されて、なかなか手こずった。


「どうやら仕掛けてくる気はないようですね」


 こちらが見えているだろうが、ケージバードは羽ばたくこともなく無重力の中を漂っている。ニケの言うとおり、戦闘にはならないだろう。

 ルチアはじっと見ていたが、ふとなにかに気づいたように呟いた。


「……なあ、なんだかあのケージバードは妙に胸の辺りが膨らんでいるように見えるのだが」


 言われてみれば、そんな気がしないでもない。でもきっと気のせいだろう。

 土管の中央で、ゆったりと自転しながら飛ぶケージバードをよーく見てみる。


「……胸の中心から人の手が飛び出ていますね」


 ……うん、俺もそんな気がしてる。


「どうする、主殿」


 ルチアがどこか窺うような表情なのは、助けたいからだろうな。

 でも「もう死んでるんじゃないか?」と思って言ってみたのだが、


「ケージバードを叩いたり、拳を握り締めたりしているのが見受けられます」


 つまり、風の影響とかで動いてるわけではないと。

 ちなみにニケの声色は平常運転だ。いつも通り、俺がどっちを選んでも気にしないのだろう。

 俺は少し考え、結論を出した。


「助けるぞ」

「えっ」

「えっ」

「えっ?」


 なんでそんな意外そうにしてるの? 助けたいんじゃないの? 気にしないんじゃないの?


「あ、いや、了解した……本当に助けていいのか?」

「マスター、具合が悪いときはすぐに言ってくださいね」


 お前らなんだその反応は……。


「しかし距離があるな……とりあえず私がやってみよう」

「下手なとこ当てないように気をつけてな。こっちに引きつけられればそれでいいから」


「任せろ」と頷いたルチアが右手を上げる。


「ストーンブレット」


 生成された大人の拳二つ分ほどの岩塊が、ケージバード目掛けて一直線に飛んで行く。魔力の減衰で徐々に欠けてサイズを小さくしながらも、ケージバードに届く…………ものの当たらなかった。

 どうやらロックオンモードは対ローパーだけらしい。


「も、もう一回だ! ストーンブレット」


 汚名返上とばかりに、左手(・・)を上げたルチアが魔術を発動する。岩塊はケージバード目掛けて一直線に飛んで…………途中で跡形もなく崩壊した。

 それもそうだろう。発射された岩塊は、俺の拳より小さかったのだから。


 静寂に支配された空気の中、パラパラと砂が降る音が響く。


「ダブルキャストはまだまだですね」


 ニケの批評に、ルチアは黙って肩を落とした。


 この世界にはダブルキャスターと呼ばれる者がいる。通常、人は利き腕でしか魔法や魔術を行使できないが、利き腕ではない腕でも魔法や魔術を行使できる大変珍しい者のことだ。

 その才能の有無は、完全に先天的に決まる。詳しく説明するとややこしいのだが、簡単に言えば出力の高い魔力経路を利き腕以外にも持っているか否か、ということである。


 持っていなくても、利き腕以外で魔道具の使用や、魔力を流して装備の性能強化(これはみんなほとんど自然にやっている)程度はできる。だが魔術や魔法の行使は不可能である。


 ━━ということを、俺は最近知った。

 ニケとルチアが右手でしか魔法魔術を使わないから、なんで左手で使わないか聞いてみたのがきっかけだ。

 それでダブルキャスターについて教えてもらったのだが、正直驚いた。

 だって俺は両手どころか、聖国にいて暇過ぎたときは両足でも錬金やってたから。


 錬金術というのはほとんど魔法みたいなもんらしい。二人は俺が錬金しているのを見て、普通に『ダブルキャスターなんだな』くらいにしか思っていなかったそうだ。だからそのことには触れなかった。どうせ魔術も使えないから。

 で、なにも知らない俺は俺達の体を作るとき、無意識的に自分と同じように作ったみたいなのだ。


 つまり俺達は全員、ダブルどころかクアドラプルキャスターだったのである。


 このダブル……というかクアドラプルキャスターの強みはなにか。

 それは単純に、MPさえあれば魔法を四倍使える、ということに尽きる。


 実はクールタイムによる発動制限は、発動した部位に掛かっている。つまりさっきのルチアのように、右手で魔術を使っても、左手であればまたすぐに魔術を使えるということだ。

 もっともルチアは人間だったころ、いざというとき武器に魔力をたくさん流すことはあっても、盾には流さない……というか流せなかった。それが染みついてしまっているせいで、まだ左手すら練習中なのだが。


 ちなみにクールタイムの仕様は、戦闘スキルで覚えるアーツも同様である。

 ただちょっと違うのは、アーツは片手アーツや両手アーツ、片足アーツ、両足アーツ、両手両足アーツといった分類があることだろう。

 例えばニケの《衝破》は両手アーツであり、クールタイムが終わるまで手用アーツは使えないが足用アーツは使える、ということになる。

 その組み合わせでコンボを狙うのか、はたまた単発でいくのか、そういったところが戦士として腕の見せ所なのである。


 それと、魔術とアーツのクールタイムは別物なので、右手で魔術とアーツを立て続けに放つことは可能だ。


 ……どうせ俺は魔術もアーツも使えませんがなにか?


「仕方ありませんね。私がやりましょう」


 俺を抱えたままのニケが、見せつけるように左手を上げた。

 ニケはほとんど癖がついていなかったので、ルチアより左手での魔法発動が上手い。足で使うのはまだまだだけど。

 でもなあ……。


 ニケの左手の先に光が集まり、次の瞬間ゴバッと豪雷が放たれる。

 うん、豪雷がね。

 ニケが「あっ」て言ったときにはすでに着弾。ケージバードは背を反らせ、広げた翼を激しく痙攣させた。

 同時に上空から「グぎガががガ」って、くぐもった悶絶声も聞こえてきた。


 ニケのダブルキャストはルチアより上手いが、別に完璧なわけではないのだ。


「ほんとに生きてるみたいだな。生きて()になったかもしれんが」

「ニケ殿……」


 突き刺さるルチアのジト目を、ニケは俺という盾を持ち上げ防いでいる。

 いや、どうしてくれるんだよあれ……。

 ケージバードを見ていると、煙を上げながら僅かずつ重力に引かれ落ち始めた。ちょうど俺たちの進行方向にある大きな穴に入ってしまいそうだ。

 しょうがないから諦めようと思ったそのとき、ケージバードが態勢を立て直した。気絶してただけだったのか。


「見てください。きっと中の人も生きていますよ」


 それはどうかなあ? まあ生きてるといいね。

 辺りを見渡したケージバードが、俺たちを捉えた。怒り心頭といった様子で目を見開いている。

 そして大きく羽ばたきながら、真っ直ぐにこちらに向かってきた。


「こっちだ! タウント!」


 ルチアが俺たちと距離を取りながら、右手で挑発アーツを放つ。釣られたケージバードはそのままの勢いでルチアに突き進む。

 盾を右手から左手に持ち替えたルチアは、その場で迎撃するつもりのようだ。


「大丈夫か!?」


 迫り来る巨体を見て不安になった俺に、ルチアは視線だけこちらに向けて不敵に笑う。


「今度こそ任せろ!」


 腹に食事を抱えているため、ケージバードはクチバシ状の突起でルチアを貫くつもりだ。頭から突っ込んでくる。

 軽ワゴン車のようなケージバードが、ルチアをはねようとした瞬間、


「バッシュ!」


 ルチアの声と鈍い音が響き渡る。

 そして━━はねられたのは軽ワゴンだった。


 衝突の勢いをダイレクトに受け止めた顔面は潰れ、首は有り得ない方向に曲がり、ケージバードは海老ぞりして縦に半回転。

 スローモーションのようにゆっくりと、ルチアの上を越えていく。

 重い音を立て、ケージバードはルチアの後方に背中から墜ちた。


 緊張から解き放たれ、俺はぶはーと大きく息をはいた。

 すんごい冷や冷やさせられた……でも、かっこよかった。


 俺がパチパチと拍手する中、ケージバードの首に剣を突き立ててとどめを刺し、ルチアが戻ってくる。


「どうだ? 我ながら会心の当たりだったと思うが」

「うん、心臓に悪い」

「はははっ、それはすまなかった」


 嬉しそうに歯を見せるルチアに、それまで黙ってなにか考えていたニケが口を開いた。


「ルクレツィア、ステータスを見てみてください」

「なぜだ? まあ構わないが。《ステータス》」


 不思議そうにしながらも、ルチアはステータスを開く。そしてパッチリお目々を更に丸く開いて固まった。


「やはりそうでしたか。これで貴女も一人前の盾職ですね」

「んー、それって……あっ! もしかして」

「上がった……《盾術》が五に上がったぞ!」


 大体どの職業でも、職業の基本スキルのレベルが五で一人前と認められる目安となるらしい。錬金術も五にならないと儲からないし。

 例えば勤めの職人であれば、独立を視野に入れ始めるころだろうか。

 そういう一つの区切りに到達したルチアは、満面の笑みを浮かべている。


「おめでと、ルチア。にしてもよくニケはわかったな」

「《盾術》のスキルレベル五はバッシュ性能の向上ですから。防御性能や威力にクールタイム、スタン効果など全てが一段上がります」


 新スキルではないので地味なようにも聞こえるが、盾使いにとってバッシュというのは生命線らしい。威力もVIT依存だし。バッシュに始まりバッシュに終わる的な?

 その使い勝手がよくなれば、ルチアはより安定するだろう。


「しかし驚いたな……私はもう何年かかかると思っていたのだが」

「強い相手と戦った方が、スキルレベルは上がりやすいですからね。それでもその若さでたどり着いたのは、貴女の才能と努力の成果でしょう」

「ありがとう、ニケ殿」

「へー、強敵の方が上がるのか。それなら水晶ダンジョンを完全攻略するころには、七くらいにはなっちゃいそうだな」


 俺がそう言うと、なぜかルチアはきょとんとし、ニケも言葉を途切れさせてしまった。


「俺なんか変なこと言ったか?」

「ああ、いや、極自然に攻略すると言うから驚いてな」


 言われてみれば、水晶ダンジョンを完全攻略しようなんて言ったことはなかったか。


「別になにがなんでも攻略する、ってことじゃないぞ? 無理だったら普通に諦めるし」

「いえ、そういうことではないのです。なんというか……恐らく私たちは、『水晶ダンジョンは攻略できない』という意識を持っているのだと思います」


 なるほどね。

 確かに水晶ダンジョンは遥か昔から存在していて、攻略されないのが当たり前だとこの世界の人は思っているのかもしれない。まだ最高到達階層は七十八らしいし。

 俺は余所者だから簡単に言えちゃうんだろう。


「攻略か……うん、そうだな。どうせ潜るなら攻略を目指すべきだな!」

「ふふっ、そうですね。マスターが成し遂げる偉業の手始めとしては、それくらいが手頃かもしれません」


 偉業うんぬんは冗談だろうが、なんか二人に変に火が点いてしまった気がする。ニケの手には力がこもったし、ルチアの目は爛々と……。

 言わなきゃよかった。

 まあいっか。どうにも無理だったら二人も諦めるだろう。


「とにかく今日はルチアのお祝いだな。夕飯は好きなもん作ってやるよ」

「カレーで! あとは唐揚げ……いや、ハンバーグも捨てがたい」

「たまには上等なワインでも開けましょうか」

「お前ら酔うとどエロくなるからなあ……望むところだ! はっはっはっ」









「誰か……助け…………」




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