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4-1 帰ってきた。ズポッた




「ソ□モンよ! 私は帰ってきた!」


 地上から再び戻ってきた四十一階層に、俺の渾身の雄叫びが響く。


「主殿、大袈裟すぎるぞ」

「つい先ほども来たばかりでしょうに」


 あれ? そうだっけ? なんか一年くらい振りのような気がするんだが。


「気のせいだ」


 いや、でも……。


「いいえ、気のせいです」


 そっか、二人がそう言うならそうなんだろう。


「にしても、すげーなここ」


 ニケに抱えられたまま、上下左右に首をグルリと一回転して、驚くべき景色と後頭部の柔らかさを堪能する。「んんっ」とニケから色っぽい吐息が漏れた。


 これから攻略していく四十階層台は、風属性のダンジョンなのだが……目の前に広がっているのは、でっっっかい土管である。

 つるっとしたグレー一色の大地は円筒状になっていて、幾何学的な障害物のようなものもちらほら。筒の中央部には空を飛べる魔物が行き交い、その向こうではダイバーが脳天を見せて戦ってたりする。

 有り体に言ってしまえば、小さいスペースコロニーかな? 残念ながら小惑星型の宇宙要塞(ソ□モン)ではない。

 ちなみに後方は全面が黒いもや、つまりゲートになっている。


「話には聞いていたが……確かに凄いな」


 装備を取り出したルチアも、しきりに辺りを見渡している。


「左右に素早く動くときなど、体勢を崩しやすかったと記憶しています。注意しておいてください」


 なるほど。確かに筒の直径は二、三百メートルしかないように見える。短い距離で重力の方向が変わってしまうのだから、ニケの言うことも頷ける。

 実際ニケに下ろしてもらってから走り回ってみたが、意識と重力に齟齬が生まれて何度もつんのめってしまった。


 うーん、慣れるまで大変そうだな、二人は。

 俺? 俺はどうせ二人に抱っこされるし。これに慣れてしまった今では、もう自分で歩きたくないでごさる。歩いたら負けTシャツでも作ろうかなあ。


「しかしここって、中央部はやっぱ無重力なのかな。ニケ、俺をおもいっきり投げたら中央近くまで届く?」

「さすがにそれは無理ですよ」


 まあ届いたところで下手したら帰ってこれなくなるが。無重力味わってみたかったけど……。


「むじゅうりょくとはなんなのだ、主殿」

「あー、無重力ってのはな━━」


 そんな話をしながら体を慣らしつつ、ゆっくりと進んでいった。





「なんか思ってたよりぬるいな」


 翌日には、俺達は四十三階層に入っていた。

 確かに魔物の強さは今までより上がっていたが、単体との戦闘ばかりで全く苦労もしていない。


「私の魔術やニケ殿の魔法でほとんど片付いているしな」


 やはり空中にいる敵には飛び道具で対処するのが一番楽だ。

 俺達は三人とも遠距離攻撃持ちなので、かなり有利だろう。もっとも、俺の遠距離攻撃は事情があって多用できないのだが。

 たまに見かける他のパーティーは、本職ではないだろう者にも弓を使わせて数を揃えてるようだ。さすがにB級パーティーだし魔術を使う者が一人は入っているが、その威力はニケとルチアには及んでいない。


 あまりに退屈なので、抱っこモード中は胸当てを外しているルチアに、コアラのように正面から抱きついている。なにも起こらなくても、これなら何日でも飽きることがない。


「厳しくなるのはここからです。そうですね……ちょうどいいのがありました、あれを見てください」


 ニケの方に顔を向けてみたが、おっぱいが邪魔で全然見えない。こいつめ、こいつめっ。


「あんっ、こらっ、暴れるな」


 コアラスタイルを解除させられてしまった。

 仕方なく改めてニケが指し示している地面を見てみた……が、なにもない。


「あそこになにがあるんだ?」

「少し待ってくださいね」


 二人に撫で撫でされながら待っていると、突然ニケが指差していた地面一帯が、ガコンッと両開きに開いた。そこから漆黒の闇が顔を覗かせている。


「うおっ、落とし穴か。でも誰も乗ってもないのに意味あんのか?」

「それだけではありませんよ。戦闘準備をしてください」


 言われた通り俺を下ろしたルチアがマジックバッグから装備を取り出し、俺もシータを起動させた。それからすぐ、穴からヒュゴーっと大きな音が聞こえてきた。


「これは……空気を吸っているのか?」


 そう言ったルチアの髪が、穴に向かってなびいている。ただ、音の割にはさほど強い風は感じない。


 ちなみに、ニケの長い髪は毎朝気分次第で俺が髪型を決めている。妹の髪をセットするのは俺の仕事だったから得意なのだ。今日は結ってまとめ上げているので風の影響がほとんどない。


「来ます」


 ニケに釣られて上を向くと、鳥形の魔物が三体猛スピードで降りてきている。これは、下降気流を利用して……というか、引きずり下ろされているのか?

 周囲には風はさほど発生していなかったが、魔法かなんかで指向性のある吸引力が働いているのかもしれない。


 すぐさまルチアがストーンブレットを発射し、一体の魔物の翼に穴を開けた。体勢を崩した魔物をニケがすかさず神雷で仕留める。

 残り二体はルチアが引き付け一体ずつ仕留める鉄板コースで、怪我もなく終えることができた。

 落とし穴はそれからすぐに閉じられ、魔物の増援がないことを確認して警戒を解いた。


「ふう、驚いたな。こんな仕掛けがあるなんて」

「んだな。これ他の魔物と戦ってるときにいきなり開いたりしたらしんどいぞ。それに……」


 落とし穴に近づいてよく見てみれば、一応地面に切れ目は入っている。注視していれば落とし穴の位置はわかるだろうが……。


「魔物が上にいる中で落とし穴とか、極悪すぎるだろ。これ落ちたらどうなるんだよ。餓死するまで落ち続けるのか? 聞いてたのと違くね?」


 水晶ダンジョンは致命的な罠があまり存在しないというのが、二人やセレーラさんから聞いた特徴でありメリットだった。理不尽な罠でいきなり全滅とか嫌すぎるし、その話で安心して挑む気にもなったのだが……。


 腕組みして足の爪先でたんたんと地面を叩いていると、ひょいっとニケに持ち上げられた。頭にきてる俺をなだめるように、後ろからほっぺにちゅっちゅされる。


「ふふっ、大丈夫ですよ。落とし穴や、これから先で出てきますが、初めから穴が空いていたりする場所に落ちても死にはしません」

「んん? じゃあどうなるんだ?」

「その層の入り口に転移させられるだけです。ただ所持品は全て失うので、全裸で、ということになりますが」


 それはまたなんというか……逆に甘すぎるような。ありがたいけど。

 いや、考えてみれば装備やマジックバッグごと持ち物を失うのは、通常であれば死活問題か。俺達はニケの《無限収納》と俺の《研究所(ラボ)》があるから、必要分しか物を持ち歩かないからな。


 しかし、そうなると……。


「主殿、まさか試しに落ちてみたいなどと言わないだろうな。水晶ダンジョンを破壊しようとしたみたいに」

「なに言ってんだ。こんな訳のわからないシステム信じるわけないだろ? それに考えてみろ。こんなとこに落ちて復活したやつは、本当にそいつそのものなのか? もしかしたら周りが気づかないだけで、中身だけが別人になっているかもしれないぞ」

「……怖いことを言わないでくれ。絶対に落ちたくなくなったぞ」


 まあそんなもの、ダンジョンのゲートくぐったりしてる時点で同じようなもんだけど。


「ではなにを考えていたのですか? マスター」

「それなんだが、この層のゲートくぐったら入り口でしばらく待機しようぜ。もしかしたら女性ダイバーが」


 めっちゃ噛まれた。





 ということで、そこからは素直にセレーラさんから買った地図を見ながら進むことにした。四十一、二が単純過ぎる作りだったので見ていなかったのだ。

 地図には一応おおよその位置に罠マークがついている。障害物の位置と照らし合わせながら、安全なルートを選択していく。

 ダンジョンの形状も水道管のように曲がりくねってきているせいで時間はかかっているが、危なげなく四十五階層にたどり着いた。


 そしてさっき一度地上に戻ってセレーラさんに挨拶してきた。でも心配はしてくれたもののなんだか機嫌が悪かった。なんでなんだろうか。


「セレーラ殿の心配を嘲笑うようなことをしたからだと思うが」

「うーん、確かに初めは逃げたけど、あれはしょうがなかったろ」

「いや、そのあとだ」

「そのあとって、ちゃんと気を使ってすぐに帰ったじゃん」

「そこでしょう。セレーラの気持ちのぶつけ所がないというか……合理的過ぎるのも考えものだということです」

「納得がいかん……お、あれなんだ? もしかして階層レアか?」


 割と低い中空に、卑猥な物体が漂っているのを見つけてしまった。大人が丸まったらすっぽり入りそうな大きさの、赤黒くてしわくちゃな球体だ。正直玉袋にしか見えない。


「いえ、あれはローパーの一種でフロートローパーですね。外界では珍しいですが、この先の階層でも出てきたはずです」

「さすがにそう都合よくレアは出てこないか……って、どうしたルチア」


 先を歩くルチアの足が止まってしまっている。眉を寄せて振り向いた顔でピンときた。


「さては昔ローパーにエロいことをされたな?」

「そんなことされるはずがないだろう! なぜ突然そうなるのだ……普通好きか嫌いか聞くのではないか?」

「嫌いなのは顔を見ればわかる。ていうかローパーってエロいことしてくる習性はないの?」

「そんなものはない!」


 そうなんだ……残念。


「とりあえず迂回してもいいだろうか」


 困り顔のルチアに、俺は無情にも首を振った。


「悪いが、あれがローパーなら素材は確実に手に入れときたい。ローパーの体液はかなり使えるからな」

「そうなのか?」

「ああ。俺達の体を作るときに使ってるし、増血剤にもなる」


 薬などの情報は、聖国にいたころ書庫でかなり勉強した。錬金術は一応色んな物を作れるから。


「私達の体に……増血剤も昔飲んだことがあるぞ……あんなものから作られていたのか」


 縮こまらせた体をぶるぶるっと震わせている。凛々しいルチアがたまに女の子女の子すると可愛くてずるい。


「ニケは平気なのか?」

「はい、特に苦手ということは」

「ふーん……ぐぅえっ、なぜ締めつけるっ」

「失礼なことを考えそうな気がしたので」


 考えそうって……フライングもいいとこだよ!


「しかしローパーという割に、代名詞とも言える触手が見当たらないが」

「戦闘になれば出てきますよ」


 ルチアが「ううっ」とか唸っている。女騎士と触手か……やはりここはあれだな。


「よし。ルチア、行ってこい!」

「なんで私だけ!?」

「正しいローパーの生態を解明するためだ。俺が昔読んだ文献によると、ローパーは女騎士にエロいことをする本能があるはずなんだ」

「絶対嘘だろう……というか本当だったらなおさら嫌だ。あんな魔物にこの身を汚されるなど耐えられん。わかっているだろう? その……私の体を好きにできるのは、お前だけだ」


 なんだこいつ……ヒロイン過ぎだろ……。


「ルチア……」

「主殿……」


 俺たちが見つめあってキュンキュンしていると、俺を抱えるニケが鼻で笑った。

 そして間違いなくドヤ顔で言い放った。


「マスター。私は創っていただいてから、貴方以外の男性に素肌を触れさせたことすらありませんよ」


 なんだこいつ……ヤンデレ過ぎだろ……。

 二人とも美人なので、街を歩いてると他の男によくちょっかいをかけられるのだが……思い返してみれば、ルチアが手で払いのけるのに対し、ニケは確かにいつも避けていたな。

 ちなみにあんまりしつこかったり悪質な相手は、ルチアは殴ってニケは蹴り飛ばす。


「お釣りとか商品もらうときはどうしてんだ?」

「手を触れずにもらっています」

「て、徹底しているのだな」

「この体は髪の一本にいたるまで、全てマスターのものですから」


 別にそこまでしなくても……って、あれ?


「やつはどこ行った?」


 さっきまでふよふよしていたローパーの姿が見えない。


「ローパーでしたら上に」

「上?」


 見上げてみれば、赤黒い玉袋が俺達の真上に浮かんでいる。

 なんかロックオンされてない!?

 シワの間からニョロニョロと、初心なピンクをした触手が生え始めたんだけど?

 それを見たルチアから、「ふあぁぁあぁ」と力ない悲鳴が漏れている。


「ニケ……なぜ言わない」

「そんなことよりも、私が無垢であることをマスターに知ってもらう方が大切ですから」

「そうかな!? 倒してからでも遅くないと思うよ!?」

「仕方ありませんね……ルクレツィア、ローパーの中心部を撃ち抜いてください。生命力が高いローパーは、核である魔石を破壊するのが一番です。私の神雷では損傷が激しくなってしまうので」

「わ、わかった。中心部だな。中心部、中心部……どこだ!?」


 すでにローパーはもにょもにょと蠢く触手に覆われ、本体はかなり見えづらいことになっている。

 ルクレツィアがまごついている間に、こちらに向いた触手が何本か()り集まり、ソプラノ音が鳴り始めた。


「風魔術が来ます。ルクレツィア、急いでください」

「くっ、こうなったら! ストーンブレット!」


 結局力業でいくことにしたらしい。真上に突き出した右手の先に、頭よりでかい岩塊が生まれる。

 勢いよく射出された岩塊は、触手をへし切りながら貫通。

 見事に倒せたのだろう。ぽっかりと穴が開いたローパーは、一度ビーンと全ての触手を伸ばしたあと弛緩した。


「どうだ! 見た……か…………」


 ローパーは俺達の真上にいた。当然死ねば落ちてくるわけで。


 俺を抱え逃げるニケ。

 勝利の余韻に浸るルチア。

 ()()()()()()穴が開いたローパー。


 ズポッ。


「んむーーーーーーーーーーっ!」







 その夜、「汚れてしまった」とさめざめと泣くルチアを、いっぱい励んで慰めた。

 それを見て爪を噛むニケも、やっぱり可愛かったです。




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