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3-15 閑話 セレーラとリースの近状(ほぼ誰かのせい) 2



 ギルドの内偵──と言うのは大げさかもしれないが、ギルドや注意すべき冒険者の動向を監視し報告する。それが私に与えられている役目だ。

 この役目を引き受けギルド職員になったのは、もう何十年も前になる。


 当時の私は道を見失っていた。仲間を失ったということが最も大きな理由だが、それだけではなかった。

 それまで私の原動力となっていたのは、孤児というだけで馬鹿にし、見下してくる者たちを見返してやりたいという反骨心だった。

 だが私たちのパーティーは壊滅し、当然私は嘲笑の的になる……そう思っていた。


 その予想に反して、私が街を歩いているときに投げかけられたのは──同情と励ましの言葉。

 力を見せ、街を沸かせた者に住民は優しかった。

 この街は、良くも悪くも水晶ダンジョンの街なのだ。

 私はなんだか、力が抜けてしまっていた。


 そんな私に、先代の侯爵閣下から声がかかった。

 この街を良くするために協力してほしい、と。


 先々代の侯爵閣下は、街の統治に熱心ではなかった。実質的に街を牛耳っていたのは冒険者ギルドと、力のある冒険者だったと言っていい。

 街中で武器を持ち歩く冒険者が幅をきかせ、ギルドは恐喝まがいのやり方で貴重な土地を買収し、街の中に鍛練場まで作るような有り様だ。

 その名残が、先代の采配(さいはい)を妨げていたのだ。


 B級に上がった際、孤児であった私たちのパーティーを会食に呼び、さげすむことなく話をしてくださった先代の侯爵閣下に私は好感を抱いていた。

 それに街を良くすれば孤児院の子供たちも過ごしやすくなる。

 そう考えた私は、閣下を信じ、協力することにしたのだ。


 なぜ私などに閣下が声をかけてくださったのかはわからないし、どれほど力になれたかもわからない。

 だが今の街を考えれば、あのときの私の選択は間違っていなかったのではないかと思う。


 とは言え、まだまだ問題も多いのだが。

 その中でも目下の問題は、この街で好き放題している『リースの明け星』である。




 あのクランの近況を伝え終わると、閣下が大きなため息をついた。


「まだやつらは人員を増やしているのか。反乱でも起こすつもりか?」

「さすがにそこまでの度胸があるとは思いませんわ。あのリーダーはしょせん小悪党ですもの」

「それはわからんぞ。上からの指示があればな」

「塩侯爵ですか」


 シグル様の言う塩侯爵とは、マリアルシア王国の西部に大領地を持つソルティア侯爵のことである。

 その領地は海に面しており、代々持ち続ける塩の利権によりばく大な富を有している。


「あの業突く張りの耄碌(もうろく)ジジイめ。塩も水晶ダンジョンもなど、そんな愚かな妄想が実現するはずなかろうが」


 もともと明け星のリーダーなどは、ソルティア侯爵の部下だった者たちである。侯爵から現在も資金援助を受けていることは調べがついている。


 ソルティア侯爵としてはこの街に対しての影響力を強めることが狙いのようだが、どれだけ投資したところで無駄だろう。この街をソルティア侯爵が治めることは不可能だ。

 そんなことになれば国王陛下よりも力を持つことに繋がりかねないのだから、認められるわけがない。


「これ以上かき回される前に、さっさとあのクランは潰してしまいたいものだがな」


 苦虫を噛み潰したように顔をしかめる閣下を、クリーグが「まあまあ」とたしなめる。


「下手を打ってはソルティア侯爵との関係がさらに悪化しますからね。決定的な機会が訪れるまでは、我慢のしどころでしょう」


 簡単には動けない現状、そして動かない私自身に心がささくれ立つ。私はこんな女だっただろうか……。


「それに、あのクランが潰れればこの街の、ひいては閣下の収益が減りますわね」


 クリーグに続けて言った私の言葉は、純然たる事実ではある。

 彼らは派手に金をばらまいているし、クラン内で下位の者を馬車馬のように働かせている。金銭面での街への貢献度は高い。

 とはいえその中には相当悪どいやり方も含まれていると思われるが……尻尾をなかなか掴ませないのが歯がゆい。


 少し苛立ちを乗せてしまった私に対し、閣下は片眉を上げた。フンと鼻で笑って口角も片方上げる。


「私を試しているのかセレーラ。多少の金などより、安心して暮らせる街であった方が民のためになろう。それにやつらがいなくなれば、真っ当な者らが上がってきやすくもなる。(うみ)を出すのに傷を恐れてどうするというのだ」

「あら、大変失礼いたしました。御立派なお考えですわ」

「まったく……私にそんな態度を取れるのは、この国に何人もいないぞ」


 この館の中では、家令のサバスティアーノ様の次に付き合いが長いのだ。多少は気安くもなるというものだ。


「まあギルドとしても収益は減りますけれど。あのクランは常に一定量ギルドに素材を卸していますし、さすがにその辺りは抜け目ないですわ。ダンドン統括にもいろいろと貢いでいるようですし」


 ダンドン統括──正式な役職名は、リース冒険者ギルド統括支部長。

 この街のハンターズギルド、ダイバーズギルド、マーセナリーズギルドをまとめ頂点に立っている方だ。


 彼は明け星に積極的に(くみ)しているわけではない。

 しかし、いかんせん単純な上に我が強い人であり、自分を持ち上げている明け星のことを悪く扱うようなことはないだろう。


 その辺りの事情により、明け星が羽目を外してもギルドの腰がなかなか上がらない。


「あのジジイか……老いぼれがでしゃばるとろくなことがないといういい見本だな、二人とも。そういえば、ギルドのジジイは私と入れ違いに王都入りしていたぞ」

「オークキングの件の弁明ですわね」

「うむ、いい気味だ。オークキングを討伐して献上する、と陛下に文まで送っていたからな。面目丸潰れで、王国の統括本部長の座も遠のいただろうよ」


 お世継ぎを作ることは、王候貴族に課せられた義務である。

 そんな方々にとってオークキングから作られる強壮薬は、『薬欲しさに妻を売る』などという笑い話が生まれるほどの垂涎(すいぜん)の逸品だ。


 どこの誰が先にオークキングを狩ったのかはわかっていないが、ダンドン統括はさぞや恨んでいることだろう。

 頭皮まで真っ赤にして怒るダンドン統括を思い浮かべていたら、皮肉げな笑みを浮かべていた閣下が、純粋に顔をほころばせた。


「おお、そうだ。王都で思い出したが、あちらで面白い話を聞いたのでな、伝えておこうと思っていたのだ。少し前にケンネル周辺で話題になった山賊狩りのことは知っているか」


 山賊狩り? ああ、当時結構なウワサになったあれか。


「知っていますわ。珍しい雷魔術を使うという黒髪の青年ですわね。助けた女性たちに賊が貯めていた金品を全て分け与えたり、伯爵令嬢の危機に颯爽と現れ救出し、名前も告げずに去っていったりしたとか」

「ずいぶん詳しいな」

「ウワサ好きなギルドの子たちがキャアキャア言ってましたもの。その山賊狩りがどうかしまして?」

「それがな、どうやら……」


 私を驚かせたいらしく、閣下が身を乗り出して間をためる。

 しかし閣下より先に、上気した調子でシグル様が口を開いてしまった。


「魔術ではなかったんです! 神剣シュバルニケーンですよ、セレーラ殿!」


 大変無礼なことをしているが、それに気づけないほど興奮しているのだろう。

 閣下もやれやれと片手を上げてプランと振るだけで、とがめることはなかった。


 私は少し考え、シグル様がなにを言いたいか理解した。

 にわかには信じがたいが、黒髪の男が使っていたのは雷魔術ではなく、神剣が持つ能力──〈神雷〉だったという意味だろう。


 見ればクリーグと、どこかヴォードフ様も興奮した様子でうなずいている。

 なんというか、いくつになっても男は男の子なのだろう。純粋に神剣が近くにあるというだけで興奮しているのだと思う。

 特に武術に魂を捧げてきた者としては、憧れもひとしおか。


「気持ちはわかるが落ち着け。あくまでもウワサであり、確定してはいないのだしな。可能性が低くはないようだが」

「ちょっと信じられませんわ……まずもって神剣はリグリス聖国にあるはずですわよね」


 聖国はかなり厳重に神剣を保管しており、よほどのことがない限り他国に持ち出すなど考えられない。なにせ他国との衝突があっても、敗れて奪われることを警戒して用いられることがないというし。


 もっとも、神剣を使いこなせる者が滅多に現れないのだから、無駄に危険を冒さないのは当然の話ではあるけれど。


「それなのだが……どうも(くだん)の山賊狩りの正体は、『聖国の勇者』ではないかという話だ」

「勇者!? というと、あの?」


 何年か前にリグリス聖国が、異なる世界から喚び出したという少年少女たちだ。

 それ以来聖国が周辺諸国に対し、ずいぶん強気に出るようになったと聞いている。

 もっとも最近では様子が変わって、あまり景気も良くないという話も耳に入ってきているが。


「そうだ。これはかなり信頼できる情報なのだが、どうやら神剣を奪って聖国から逃げ出した勇者がいるらしい。その上で山賊から救出された者たちが見た剣の特徴が、かの神剣と酷似しているようでな」


 閣下の言葉を聞き、背筋がゾワリと震えた。

 それが事実だとすれば、神剣に選ばれた者がこの国に潜伏している可能性があるということだ。


 聖国が選んだのではなく、真の意味で神剣が選んだ者など、私が産まれてから今まで現れていなかった。

 はるか昔から存在しているという『意思持つ武具』の中でも、神剣シュバルニケーンは別格だと言われている。

 神剣に選ばれた者は例外なく歴史に名を残しているためだ。


 久方ぶりの選ばれし者の出現。

 しかもそれが異世界から来た者であるなど──


「時代が動くかもしれん」


 閣下の重く響いた言葉に、乾いていた喉がごくりと鳴った。

 しばらく言葉を失っていた私は、紅茶を飲み干し一息ついた。


「……それが本当なら、良い方向へ動くといいですわね」

「なにを他人事のように言っている。水晶ダンジョン目当てに、この街に来る可能性も大いにあるのだぞ。いや、もしかしたらすでに来ているかもしれん」

「確かにそうですけれど……たしか神剣は、生きているからこそマジックバッグには入らないのですわよね?」


 昔とは違い、今のこの街では武器を携帯して街中を出歩くことは禁じられている。許可なくそんなことをすれば目立つし、とがめられる。


「新しく来た黒髪の青年なども、私の知る限りいませんわ」


 最近見知った黒髪の者など女性が一人と、それこそタチャーナさんくらいだ。

 私の正論に、閣下はつまらなそうに椅子に背を預けた。


「そうか……勇者が明け星を潰してくれることを、密かに期待していたのだがな」

「つまらない冗談を言う暇があるなら、真面目に明け星をどうにかする策を考えてくださいませ」


 全くもってつまらない冗談だ。そんなものただの神頼みにも等しい。

 本当にこの国にいるのかもわからないし、たとえこの街に勇者がいたとしても、そうそう明け星に突っかかっていくようなことはないだろう。『マリアルシアの旗』すら正面切ってやりあうことを避けているクランなのだ。

 もし今あのクランに喧嘩を売る者がいるとすれば、それは勇者ではなく──


 あの可愛くて小憎らしい顔が思い浮かんだ瞬間の出来事だった。


『────────────』


 それは例えるなら数多の亡霊の断末魔。

 甲高い不協和音が、窓の外に広がる夜闇を切り裂く。


「なっ、なんですの!?」

「まさか魔物か!?」


 椅子で飛び上がった閣下と私に対し、さすがに騎士団長であるヴォードフ様は落ち着いていた。

 外を見るために素早く窓に向かいながら、「……クリーグ」と視線で扉を指し示す。


「了解しました」


 兵をまとめ情報を得るためだろう。クリーグが退出する。

 それからしばらくしても先ほどの奇怪な音はそれっきりで、二度目はない。魔物ではなかったのではないだろうか。


 だとすれば一体なんだったのか。

 静まり返った窓の外の景色に、不安が募る。


「安心してください! なにがあってもセレーラ殿は私が守ります!」

「ありがとうございます、シグル様。ですが私より閣下をお守りくださいませ」

「あ、いえ、もちろん閣下もお守りしますとも」

「なんだ、私はついでのような物言いだな」

「いっ、いえ、そんなことは」


 シグル様のおかげで少しなごんだ。


 しばらくして、ようやくクリーグが帰ってきた。


「星が墜ちました」


 開口一番に発された言葉。そしてそれに続く報告は、想像の斜め上にもほどがあった。


「明け星の幹部専用住居が襲撃された模様です。詳しくはわかりませんが、どうやら壊滅的な被害を受けたようで……」

「はあ!?」


 全員が口をあんぐりと開ける中、私の脳裏に浮かんだのは──


「…………花火」





 これを機と見た閣下の決断は早かった。

 多くの兵を向かわせ、有無を言わさずに調べ上げるつもりだ。


 私は急いでギルドに向かい、職員をまとめた。

 経過については、ギルドとの連携のためにクリーグが逐一報告に来てくれた。

 いろいろとわかっていく中で、私はクリーグに頼み事をする。


 あの危なっかしい人たちを罠にハメてやるのだ。








 ……が、あえなく失敗に終わった。


「行ってしまいましたね」

「そうですわね! 帰ってこなかったら絶対に許しませんわ!」


 タチャーナさんたちを飲み込んだ水晶ダンジョンを見ながら歯ぎしりする私に、クリーグの明るい声がかかる。


「大丈夫ですよ、姉さん。心配しなくても」

「あなただって昔は潜っていたのだから知っているでしょう!? なにを能天気に……」


 クリーグをにらみつけたとき、ようやくその様子に気づく。こめかみから伝い、アゴにまで到達するほどに汗を浮かべていることに。

 笑みを収め、連れてきてくれた他の騎士に聞こえないようにクリーグが声をひそめる。


「姉さんの言うとおりでした」

「……なにがですの?」

「彼らに下手に関わるのは危険です」

「彼女はそれほどでしたの?」


 対峙していたルクレツィアさんに感じるものがあったのだろうと考えた私に、クリーグは首を振って見せた。


「ルクレツィア殿ではありません。彼女もいいものを持っていますし、能力もかなり高いでしょう。ですが恐らく、彼女は見た目どおりにまだ若い。経験が足りない。抑える自信はあります」

「それなら……」

「ニケ殿です。初めはよくわかりませんでしたが、こちらが装備を出してからはっきりと気配が変わりました。彼女はその気になったら、眉一つ動かさずに相手の命を絶つことができる人です」


 それはわからなくはない。二人のタチャーナさんへの忠誠心は高いが、より狂信的なのはニケさんだと思える。

 あり得ない話だろうが、もしもタチャーナさんが望めば、相手がルクレツィアさんであろうと迷わず斬りつけるのではないだろうか。


「試しにニケ殿に仕掛ける姿勢を見せてみたのですが…………微笑まれてしまいましたよ。あの何もかも見通すような目……正直に言って、彼女は怖いです。捕縛命令が出なかったことに安堵しているくらいです」


 聞かされていなかったが、捕縛命令が出される可能性も十分にあったということか。

 しかしこの子にここまで言わせるなんて……まだ私は彼らを見くびっていたようだ。


「なにを弱気になってますの。侯爵閣下の騎士ともあろう者が」

「ははっ、そうですね。いざとなったら閣下が逃げるだけの時間は稼いでみせますよ」


 なんだか後ろ向きにも聞こえるが、この子はできないことは言わない。気落ちしているかとも思ったが、普段通りのようで安心した。


「あなたもまだ三十半ば。力はこれからでも伸びますわよ。それに一番怖い相手がわかってませんわね。いろんな意味でまだまだ若いですわ」

「タチャーナ殿ですか。たしかにあの二人を従えているのは彼ですし、敵に回さないよう応対するべきでしょうね」

「だから、それが難しいから怖いという話ですわ。あの人はなにを考えているのか、なにをしでかすのかわかりませんもの」

「な、なるほど」


 もしかしたら……いや、かなりの確率でこのまま彼らが帰って来ない方が、この街の平穏は保たれるのではないかと思う。


 それでもやっぱり──


「──必ず帰ってくるのですわよ」





 そのときの私には知るよしもなかったのだ──彼らが馬鹿みたいに早く帰ってくるなんて。

 本当にわけのわからない人!

 数日置きに顔を見せにくると言っていたけれど……もし無理している様子が少しでもあれば、首根っこ掴んででも引きずり出してやるんだから!




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