3-14 閑話 セレーラとリースの近状(ほぼ誰かのせい) 1
「花火を上げるんです」
「花火?」
「ええ。では失礼しますね」
そう別れを告げて、子供たちに手を振りながらタチャーナさんたちが去っていく……タチャーナさんの視線は、私に固定されていたが。
いろいろあったが無事に収穫を終えられたわけだし、彼らに護衛を頼んだのは正解だったのだろう。
それにしても──
「花火って一体なんのことかしら……」
「花火といえば『ドワーフの秘術』ですよね。彼らはドワーフというわけではないでしょうし……」
私の呟きに、ナディアも首を傾げている。
あれほどスリムなドワーフなどいるはずもないし、なにかの暗喩なのだろうが……夕闇に消え行くタチャーナさんたち三人の後ろ姿を見ていると、不安しか湧いてこない。
気持ちを切り替えて、子供たちを家の中に押し込む。
まだ興奮の冷めやらない子供たちは、今日の出来事を自慢気に他の子に話して聞かせている。
それも仕方ないだろう。街の外に出るなど、特に子供の時分ではそうそうあることではない。
年に一度の大冒険。しかも今年はイレギュラーまで起こった。
落ち着くまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。
セボンバッファローの肉を簡単に仕分けたので少し遅くなってしまったが、大人数での夕食を済ませた。
そのあと椅子に座って子供たちを眺める私の前に、ナディアが紅茶の入ったカップを置いた。
「ありがとう。最近はどう? なにか困ったことはありますかしら」
私の問いかけに、ナディアが呆れたように笑う。
「姉さんったら心配性なんだから。なにも問題はありませんよ。強いて言うなら、子供たちが元気すぎることくらいかしら」
それは結構なことだ。私や、五つ下のナディアがいたころと比べれば雲泥の差である。
「ああ、でも一つだけ心配なことがあるわ」
「なにかしら」
「姉さんがいつになったらいい人を連れてきてくれるのか」
……またその話か。
うんざりとした気持ちが表れてしまったのか、私の顔を見てナディアがため息をついた。
「いつも仕事仕事で、たまの休みにはここにきて……心配にもなるに決まってるでしょう? 姉さんもいい加減自分の幸せを追いかけてもいいと思うわ。大体昔から姉さんは──」
……ナディアのお小言が始まってしまった。
孤児院の院長になる以前、夫と死別するまでは普通の家庭を持ち、ナディアは二人の子供を育て上げた。
彼女にとって、幸せとはつまりそういうことなのだ。
私は今の生活に不満はないし充実しているのだが……そんなことを言えば、お小言が長引くのは火を見るより明らかである。
こんなときは逃げるに限る。
「あっ、そろそろ侯爵閣下のところに行かなければいけませんわ」
なにも知らない人の前では領主様と呼んでいるが、ナディアは私と侯爵閣下の関係を知っているし、その必要はない。
少し早いが、ゆっくり歩いていけばいいだろう。
立ち上がった私を物言いたげな視線で追いかけたものの、またため息をついてナディアは諦めてくれた。
……と思ったのも束の間、
「わかりました……そうだわ姉さん、侯爵様に誰かいい人を紹介してもらったらいいんじゃないかしら」
何を言い出しているの、この子は……。
「あなたね……」
「だって姉さんが忙しくて出会いがないのは、侯爵様にも一因があるでしょう?」
違うとは言い切れない。だが、それは自分で選んだ道だ。
「馬鹿なことを言うものじゃありませんわ。そんなこと閣下にお頼みできるわけないでしょう」
「姉さんが言い出しづらいなら、私が直談判しに行ってもいいわ」
「ちょっと!」
この子のお転婆気質はいつになったら抜けるの……本当に直談判しに行きそうで恐ろしい。なんとか思いとどまらせなければ。
「私だってなにも考えてないわけじゃありませんわ。出会いだってありますわよ」
「本当に?」
「え、ええ。ついこの間も殿方に言い寄られましたし」
うん、嘘はついていない。ただちょっと見た目が殿方と言うには幼いが。
「そういうことですから私の心配は結構ですわ。 余計なことはしないでちょうだい」
「あら、あらあらあら。それはつまりその方との関係に前向きというとことなのかしら?」
「それは……」
ここで違うなどと言えば、また話が振り出しに戻ってしまう。
だから……このように言うのは仕方がないことなのだ。
「……前向きに考えていますわ」
なんとかナディアを言いくるめてフェルティス侯爵閣下のもとに向かった私は、いつものように侯爵邸のエントランスに通される。
そんな私にいつものように青年の声がかかる。
「セレーラ殿、お待たせしました!」
息をはずませてやってきたのは、茶色い短髪の凛々しい青年。
フェルティス侯爵派の筆頭であるモンドリア伯爵の長男シグル様だ。
優秀な戦闘職を持つ彼は、侯爵家の騎士団に属している。それと同時に侯爵閣下のもとで、政治のいろはを叩き込まれている。
モンドリア伯爵はシグル様を後継とすることを明言されており、孤児の私とは身分が違いすぎる方なのだが……。
「いえ、これといって待ってなど……あの、いつも言っていますけれど、わざわざシグル様が私などを迎えにこなくとも」
なぜなのかはわからないが、私が侯爵邸に赴くと必ずシグル様が案内役として迎えにくるのだ。執務室に向かうだけだし、使用人で十分だと思うのだが。
「いえ、いえっ! セレーラ殿は大切なお客人ですから! 万が一があってはいけませんから!」
必死ささえも漂わせながら毎回そう言ってくるが、侯爵邸内でどんな万が一が起こるというのか……。
「あ、あの、セレーラ殿!」
「なんでしょう」
「あー、えっと……その……そう、弟! 弟はしっかりやっていますか?」
「ゼキル様ですか……」
モンドリア伯爵の次男であるゼキル様は、昨年からダイバーズギルドのギルドマスターの任に就いている。
これについてはこの街を統べている侯爵閣下の意向によるところも大きいが、彼の持つ『眼』も大きな理由である。
たしかに『眼』は役立っているのだが……。
「あいつは母が甘やかしてきたので、迷惑をかけているとは思いますが……父から厳しく躾けてほしいと伝えるように頼まれていますし、私も同意見です。なんだったらぶん殴っても構いません」
「さすがに殴ったりはしませんけれど、厳しくはしていますし、仕事も少しずつ覚えてくださっていますわ」
実際のところ実務に関してはまだまだお飾りではあるが、やる気が見えるようにはなってきた。ここまでくるのは大変だったが。
「そうですか……愚弟ではありますが、どうかよろしくお願いします」
「お任せくださいませ。では侯爵閣下がお待ちかねでしょうし、行きましょう」
「あ、そ、そうですね。急ぎましょう」
そう言ってシグル様は歩きだすものの、その速度は非常に遅い。ダンジョンで罠を警戒して進んでいるかのようだ。
本当に罠が仕掛けられていて、それを回避するために毎回シグル様がきているのではないか……などと益体もないことを考えてしまう。
もっとも後ろにいる私に幾度も振り向いて歩くシグル様からは、警戒している様子などこれっぽっちもうかがえないが。
なにか口を開こうとしてはその度に口をつぐむシグル様に連れられ、ようやく執務室にたどり着く。
なぜか肩を落としているシグル様がノックすると、扉が開いて家令のサバスティアーノ様が顔を見せた。どこかすまなそうな顔をしているサバスティアーノ様と互いに頭を下げる。
「閣下、セレーラ殿をお連れしました……」
よくわからないがしょぼんぼりとしたシグル様に呼びかけられ、執務椅子に鷹揚と腰かけていた侯爵閣下が立ち上がる。
先代の急逝により若くして侯爵を継いだ当初は、正直どうなることかと思っていた。だがそれからのこの方の奮闘ぶりには、感服せざるを得ない。
五十近くになり髪もだいぶ白くなってきた今では、細身でありながら大貴族の貫禄も十二分に感じさせるようになった。
「よくぞきた、セレーラ。相も変わらぬ美しさだな。いや、むしろ会うたびに美しくなっているのではないか? これ以上美しくなってしまっては、お前が見つめるだけで花もつぼみに戻ってしまうぞ」
……尊敬できる方ではあるのだが、女性に対しての軽薄な言動は若い頃から変わらない。
女性と見れば誰彼構わずそんなことを言っているので、対処に困るだけで心に響くはずもない。
「それはどうも。お久しぶりですわね、閣下」
「さすが『氷姫』……クリーグ、相変わらずお前の姉はつれないな」
懐かしい呼び名だ。私が数の多いC級でしかなかった頃、なぜかつけられた二つ名である。
「姉さんですから」
「ヴォードフ様もお久しぶりですわ。クリーグも」
部屋に控えていた二人にも声をかけた。
騎士団長であるヴォードフ様は寡黙な方だ。微かな笑みと、大きな手を軽く挙げて返事の代わりとしている。
「お久しぶりです、姉さん」
朗らかな笑みを浮かべるクリーグは、副騎士団長を任されている。
まだ若く、それも孤児であるクリーグがそのような大役を任されているなど、いくら国ではなく侯爵家お抱えの騎士団とはいえ異例中の異例と言える。
たしかにクリーグの能力は非常に高い。
だが、それ以上に己の行動によって閣下やヴォードフ様から信頼を勝ち得てきたクリーグを、私は心底誇らしく思う。
「ふむ、先月は私が王都に行っていたからな。二月ぶりになるか」
歩み寄ってきた侯爵閣下に促され、ソファーに腰掛ける。
向かい合った椅子に閣下が座ると騎士の三人は後ろに並び、すかさずサバスティアーノ様が二人分の紅茶を置いた。
「この二月のことはあとで聞くとして、今日は孤児院の収穫日だったか」
「ええ。今年は豊作で大量に収穫できましたわ」
情報としては豊作であることは知っていただろうが、私の口から直接報告を聞いて、特にクリーグは顔を綻ばせている。
「そうか、それはよかった。昨年はあまり採れなかったようだからな。今年の護衛は孤児の子らの新米と、ダンダリアンのパーティーだったか?」
「それがダンダリアンのパーティーはキャンセルになってしまって……怪我人が二人出てしまったそうなので、仕方ありませんわね」
「なに!? ううむ……あのパーティーには期待していたのだが、最近どうにも伸び悩んでいるな」
ダンダリアンのパーティーは、ダイバーとハンターを掛け持ちしているまだ結成三年目のパーティーである。
閣下がそれを気にかけているのは、ダイバーの街であるリースを治める者として、冒険者の動向に気を配っている……ということだけではない。
それ以上に純粋に水晶ダンジョンが、そしてダンジョンに挑み、心を沸き立たせてくれる冒険者が好きなのだ。この街に住むほとんどの者と同じように。
なにせ今日のように閣下とは定期的に会談を行っているが、大概始めに聞かれるのが「なにか面白いパーティーはいるか」なのだから。
「それで代理はどのパーティーに頼んだのだ。私が知っている者たちか?」
「彼らのことを閣下のお耳に入れたことはありませんわ。なにせ彼らはダイバーになって二十日も経っていませんから」
「なんだと!?」
いかに本来は危険性が低い仕事だったとはいえ、孤児の新人たちよりも経験が浅い者に私が依頼したことに、閣下だけでなく全員が驚いている。
「なぜそのような者らに……問題はなかったのか?」
「いろいろと事情がありましたの。問題は…………ありますわね」
収穫に行った際の出来事だけではない。
おそらくタチャーナさんたち自体が問題の塊なのではないか。私はそんな気がしている。実際問題ばかり起こしているし……。
冷静に考えれば、力があることはわかっていてもキャリアもないし得体も知れない彼らに頼んだのは自分でもどうかと思う。だが、不思議と彼らを信じることができたのも事実だ。
それに、彼らのことをもっとよく知る必要もあった。
「ふむ、詳しく聞かせてもらおうか」
情報を横流しすることに罪悪感はある。
だが、それが私の役目なのだ。鋭くなった閣下の視線に促されるまま、私は口を開いた。
「馬鹿なことを……一体どういうつもりだ、ハンターどもめ。孤児たちが収穫しに行くことはわかっていたはずだ。私に対する嫌がらせか!?」
「この時期にわざわざ果樹園の付近でセボンバッファローに……しかも中途半端に手を出して放置するなど、なにかしらの意図があったとしか思えませんね」
「ハンターズギルドに抗議したうえで、ハンターの特定をさせましょう!」
私の説明を聞き眉をひそめた三人の言葉に、ヴォードフ様もうなずいている。
何事もなく終わったせいで考えが至っていなかったが、言われてみれば偶然にしてはできすぎているような気がする。
「ですが、なにかの意図があったのであればハンターの仕業とは限らないのではありませんかしら」
「たしかにそうですね……姉さん、そのタチャーナ殿のパーティーは、リースの明け星とトラブルがあったのですよね?」
「ええ、けれど……」
「……詰めが甘い」
ヴォードフ様がボソッと呟いた通り、明け星がやることにしてはせせこましすぎる。本当にただの嫌がらせで終わるようなことを彼らがするとは思えない。
やるとすれば、そこからさらになにか仕掛けて──。
そういえば、あのときニケさんが林に向かって行ったが……あのタイミングで用を足しに行ったことに疑問符が浮かんだのを覚えている。
まさか彼女がなにか……いや、それはないか。ニケさんは本当にすぐに用を済ませていたし、あのあとも三人は普通にしていた。考えすぎだろう。
「ともあれまずはハンターズギルドからだな。サバスティアーノ、あとで手配しておけ」
「かしこまりました」
「そういえばサバスティアーノ様、マジックバッグは……持っていらっしゃいますわね。ではこれを」
私は自分のマジックバッグから取り出した、中身がパンパンに詰まった大ぶりの袋を手渡した。
「セレーラ様、これは?」
「お裾分けですわ」
中には大きな葉でくるんだセボンバッファローの肉が入っている。もちろん特に美味しい部位を選んで持ってきたつもりだ。
「おお、セボンバッファローか! 私の大好物だ!」
「……同じく」
「それはよかったですわ。たんと召し上がってくださいませ」
さらに袋をマジックバッグから取り出す。
驚いているサバスティアーノ様に、全部で四つの袋を渡し終えた。
「これほどの量……よろしいのですか?」
「多すぎて孤児院の方で困っていますの。塩漬けや干し肉にするにしても捌ききれませんもの。気がとがめましたけれど、結局かなりの量を肉屋に卸してしまいましたわ」
「なるほどな。しかしセレーラ、血抜きはできているのか?」
ふと気づいたように閣下が問いかけてくるが、それについては問題ない。
「ええ……私たちが収穫しているあいだに、彼らが首を落としてブンブン振り回して……」
「あの巨体をか……な、なかなか豪快な方法だな。そういうことであればありがたく貰っておこう。明日は騎士も使用人も総出で肉を食わねばならんな」
「みな喜ぶでしょう」
サバスティアーノ様の言葉に、全員が笑いながらうなずいていた。
そのあと、昼にタチャーナさんに勧められてセボンバッファローの舌を食べた(食べさせられた……たしかにおいしかったが)話をして驚かれた。
そして閣下が舌を食べたいと言い出して、サバスティアーノ様にたしなめられることになった。
「にしても……一体何者だ? そのタチャーナという者らは。それほどの力を持ち、目立つ容姿でありながら今まで全く聞いたことがないぞ」
いったん紅茶を飲んで落ち着いた閣下が、仕切り直して腕を組む。
「隠れ住んでいた希少種族が、なんらかの理由で表に出てきたのでは?」
現実的に考えれば、シグル様の言うような線が濃厚かもしれない。
既知の種族では、それがたとえエルフのような長命種であろうと、成体になるまでの期間はほぼ一定である。タチャーナさんのように幼少期が長い種族などは存在していないのだ。
もちろん彼が本当に見た目どおりの年齢でないのであれば、の話だが。まあそれに関しては疑う余地はないだろう。あんな子供がいてたまるものか。
しかし隠れ住んでいた、という部分には疑問が残る。その割には、彼らはあまりに世間慣れしすぎているのではないだろうか……。
考え込んでいた私に、閣下の声が掛かった。
「そうであれば、出てきた理由が、ダンジョンに潜る目的が気になるところだが……セレーラ、その者らをどう見る?」
善なのか悪なのか──彼らの本質について、為政者としての問い掛けに私は言葉を詰まらせた。
なぜなら、結局わからなかったからだ。
彼らをけん引しているのは、間違いようもなくタチャーナさんだ。
その肝心要の彼のことを、まだ理解できていないのだ。
例えば子供たちに高価な魔道具を使わせたこと一つ取っても結論がでない。
結果から見ればたしかにあれは子供たちのためになった。だが彼はなにかの実験のために子供を使ったのだ。
でも、あの程度のこと彼ら自身でも十分にやれたのではないだろうか。あんな魔道具を所持しているのを晒してまで使わせたのは、やはり子供のため? それとも本当に実験? はたまたただの考えなし?
堂々巡りである。
一体彼はどういう人なのだろうか……。
初めてタチャーナさんを見たのは、小用で街を歩いているときだった。
高級な仕立て屋に入っていく彼らに目を引かれ、タチャーナさんに目を惹かれた。込み上げてきたのは懐かしさ……そして切なさだった。
あの珍しい髪色のせいだ。
私たちのパーティーをまとめ、引っ張っていたあの人と同じ漆黒の髪に、面影を重ねてしまった。
そのせいでタチャーナさんたちがギルドにきた際には、つい聞き耳を立ててしまった。
さらにはピージさんが泣いたときに、わざわざ私が介入もしてしまったが……タチャーナさんの中身はあの人とは全くの別物だった。
彼はいつも穏やかで、みなを包むような優しさを持っていた。タチャーナさんがピージさんに向けたような冷たい眼差しをしたことはなかったし、タチャーナさんのように無邪気に笑うこともなかった。子供は好きだったし、露骨に異性に好意を示すようなこともしなかった。
大体タチャーナさんは失礼な人だし、あんな人についていったら、ことあるごとに振り回されるに決まっている。
それはきっと、たまらなく──
「おい、セレーラ。大丈夫かセレーラ」
閣下の声でハッと我に返る。
気づけばみんなが奇妙なものを見ているように、目をパチクリとさせていた。
「ど、どうかされまして?」
「いや、お前こそどうした。急に黙りこくったと思えば、百面相しだして」
慌てて顔を押さえたが、後の祭りにもほどがある。まさかそんなに顔に出ていたなど思いもしなかった。
なんだかすでにタチャーナさんに振り回されてしまっているようで腹立たしい。
とりあえず咳払いを一つついて、気を取り直す。まだ顔が赤い自覚はあるが。
「な、なんでもありませんわ。彼らについてですが……正直に言えば、よくわかりませんわね。いろんな意味で目が離せない方々なのは間違いありませんけれど」
「ほう、これはまた珍しいな。セレーラの人を見る目は確かだと思っているが」
「買いかぶりですわ。ただ、彼らについてあえて表現するとすれば、白でも黒でもなく……マーブル模様、かしら」
我ながら上手い表現ではないかと思う。
不可思議で混沌としていて、切り取り方によって白と黒の面がくっきりと写り人を惑わせる。そんな印象の彼らにはびったりだ。
「灰色ではなく、か?」
私がうなずくと、閣下は声を出して笑った。
「はっはっは、俄然興味が湧いてきたぞ。一度会ってみたいものだな」
「関わるのはやめた方がよろしいですわ。下手に関わって、敵視されては危険ですし。彼らは敵と認めた相手には躊躇せずに牙をむく人たちですもの、間違いなく」
「私であろうとか?」
「誰であろうと、ですわ。きっと首から上だけになっても噛みついてきますわよ」
「セレーラが言うと説得力があるな……あ、いや、なんでもない」
どういう意味かわからず首をかしげる私に対し、ごまかすように閣下はフルフルと首を振った。
「セレーラ殿。団長と副団長、それに私がいればそのような心配は無用ですよ。閣下には毛ほどの傷もつけさせません」
そう言って、シグル様が張った胸を拳で叩く。
たしかに正面切って戦えば、この三人が敗れることなど想像できない。
だが、タチャーナさんたちはなにをしでかすかわからない怖さがある。まだまだ力を隠し持っているような不気味さもある。
「ふふ、頼もしいことだ。いずれにせよ、その者らは既に三十九階層まで到達しているのだろう? ステータスもすぐに知れよう。そうすれば諸々のことが見えてくるであろうな」
「そうですわね。彼らの力であれば四十階層でつまづくようなことも考えられませんし、すぐに……」
……本当に? あれほどステータスを知られることを嫌がっていたあのタチャーナさんが、素直にステータスの開示に応じるの?
「三人というのがネックではあるが、『旗』にでも加入すればすぐにでもS級まで上がってしまうかもしれんな」
すぐにでもS級……?
そう……そうだ。タチャーナさんたちは今の時点で、六十階層以降でも戦っていけるだけの力があるように思う。
そして彼らには、一階層から三十九階層まで一息に潜った実積がある。
まさか、彼らは……。
「さて、楽しみが一つ増えたところでそろそろ本題に入ろうか。この二月でなにか変わったことはあったか?」
完全に貴族の顔へと変わった閣下を前に、私も気持ちを切り替えた。
タチャーナさんたちのことを考えるのはあとでもいいだろう。ここに来た本来の用件を果たさなければならない。
 




