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3-13 ダンジョンに逃げた




「ご安心を。別にあなた方を捕らえようというわけではありませんわ。どうぞお入りになって」


 立ち上がったセレーラさんの呼び掛けで扉を開けて入ってきたのは、予想に違わず……いや、予想よりも悪く、立派な鎧を身につけた騎士たちだった。兵士さんって呼んだら絶対怒られる感じの。


 その中でもひときわ豪華な、水色の装飾が施された鎧を着た騎士が前に進み出た。

 三十代半ばで金髪の甘いマスクをした、世の九割五分の男が敵と見なすような優男だ。

 まあ俺にはニケとルチアがいるし? 全然まったくうらやましくなんてないけどね?


「セレーラ殿、通達感謝します。彼らが?」


 セレーラさんがうなずいたのを見て、優男騎士がこちらに一歩踏み出す。

 その分こちらが下がると、騎士は頬をかいた。


「はは、突然このような格好で現れれば、警戒されるのも当然ですね。失礼しました。皆様がルクレツィア殿にタチャーナ殿、ニケ殿ですね。私はフェルティス侯爵家騎士、クリーグ。どうぞお見知りおきを」


 一歩後退したクリーグさんは胸に手を当て、前髪をさらりと揺らしながら一礼した。いちいちサマになってやがるぜ……。

 ところで──


「フェルティス侯爵というのはどちらのお貴族様でしょうか」


 ピシリと部屋の空気が凍りついた。

 クリーグさんは爽やかスマイルをひきつらせ、セレーラさんは目まいでもしたのか、左手で目元を押さえて右手をテーブルについた。


「セレーラさん大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃありませんわ……まさかこの街の領主様のご家名を知らないなんて思ってもいませんでしたわ……」

「主殿、前に教えただろう……」


 ルチアが苦笑いしているが……そうだったっけ?


「そうでしたか?」


 ニケも覚えてなかったようだ。

 リースの街は水晶ダンジョンがある重要拠点なわけだから、侯爵という位の高い貴族が治めているのは納得だが。


 ややあってフリーズしていたクリーグさんがようやく再起動し、乾いた笑いを響かせた。


「は、ははは。話に聞いたとおり、個性的な方たちですね」

「これでも彼らに悪気はありませんのよ……たぶん」

「すみません。なにぶん僕たちは遠方からこの街に来たばかりでして」

「遠方というのは?」


 爽やかスマイルを取り戻したクリーグさんによる尋問が始まってしまった。そのために来たんだろうねえ。

 さてどうする……教えてあげようか。


「ニッポンという小さな国ですよ」

「ニッポン? 聞いたことがありませんが……どのようなところでしょうか」

「魔物のいない平和な国です。でも鉄でできた馬車がそこかしこを走っているので気をつけなければなりません。石と鉄と雷に囲まれ、人々は常に小さな板を片手に生活していて、それがなくなると発狂します。あと魚を生で食べます」

「……教えるつもりはないということですか」

「そう思います?」


 全部本当なんだけどね。

 クリーグさんとセレーラさんと騎士だけでなく、ニケとルチアもやれやれって感じで誰も信じてない。悲しい。


「それで、騎士様は僕たちにどのようなご用でしょうか」


 クリーグさんは渋い表情をしていたが、咳払いを一つついて爽やかスマイルに戻った。


「昨日の〈リースの明け星〉崩壊の件について伺わせていただきたいのです。セレーラ殿から話は聞きましたか?」

「ええ、ある程度は」

「そうですか。明け星崩壊が仲間割れ、もしくは何者かの……いえ、はっきり言えば皆さんによる報復であるというのであれば、こちらとしてはそれで構わないのです。ですが、もしそうではなかった場合……」

「明け星と関係性がない第三者であれば、危険な思想を持っている可能性があるので野放しにはできないということですか」


 そりゃそうか。人を操って未知の魔道具を使う者が無差別に街を破壊なんてしだしたら、目も当てられないことになる。


 とはいえ力を持つ者が暴れれば同じことはできるし、危険なスキルなんていくらでもある。結局は力なんて使い方次第だ。

 だから俺がそういった力を持っていても、そこまで過剰な反応をするつもりはないのだろう。要注意対象にはなるだろうが。


 うーん、どうしようかな……本当に捕らえる気はなさそうだし、これ以上ややこしいことになる前に俺がやったと白状した方がいいのかもしれない。

 などと考えてもいたのだが──


「そのとおりです。ですから、今回の件について明白にさせるためにもまず……セレーラ殿、お願いしていたあれはお持ちになっていますか?」

「ええ、もちろんですわ」


 あれとはなんだ? やな予感しかしない。


 その予感が的中したことは、すぐに知ることができた。

 腰のマジックバッグに回した、セレーラさんの手に現れた物を見て。


「鑑定スクロール……」


 丸まった厚みのある三枚の羊皮紙。


 それこそが使用すれば対象の能力が写し出されるという、B級ダイバーになったら使わされる鑑定スクロールである。

 超高額な素材などを買ったときに証明書としてついてくるので、何度か見たことがある。


「ご存知でしたか。まずはこの鑑定スクロールを使っていただきたいのです。ああ、別に皆さんが今回の事件の首謀者だったからといって、捕らえるようなことはしませんよ。そこは信じていただいて構いません」


 テーブル越しにセレーラさんからスクロールを受け取ったクリーグさんが、俺たちにそのまま差し出してくる。

 鑑定スクロールは、他人を勝手に鑑定できるような物ではないからだ。人を鑑定する場合、本人が魔力を流さなければならない。


 もちろんこれを受け取るわけにはいかない。

 どんな理由であろうと俺たちのステータスを晒すつもりはない。


 それに、その前に一つ尋ねなければならない。


「なぜでしょうか」

「ですから今回の件について明白にさせるため……」

「すみません、騎士様に聞いているわけではないのです。これを仕組んだのはあなたですよね、セレーラさん」


 セレーラさんがこれを出したということだけではない。そもそも順序がおかしいのだ。

 鑑定スクロールはダンジョンでしか手に入らない。それなりの頻度(ひんど)で出る物ではあるが、それでも貴重な物だ。


 それを犯人かどうか真偽も定かではない俺たちに、しかもわざわざセレーラさんに準備させてまでいきなりクリーグさんが使わせようというのは、どうにも腑に落ちない。

 ステータスを知りたいだけなら、まずは〈開示〉を求めるのが普通だと思える。


 そしてセレーラさんには俺たちにスクロールを使わせる動機がある。

 彼女は俺たちの力を見ているからだ。

 俺たちがこれからB級を飛び越えようとしていることに思い当たってもおかしくない。その力を俺たちが持っていることを知っているだけに。


「いや、これは……」

「もう結構ですわ、クリーグ」


 読みは当たっていたようで、諦めたセレーラさんは一度首をすくめ、投げやりな調子で口を開いた。


「あなたはときおり妙に鋭くなりますわね。そのとおりですわ。私が彼に頼んで、取り調べの際にあなた方にそれを使わせるようお願いしたのですわ」

「どうしてそんなことを?」

「あなた方がなさろうとしていることを、未然に防ぐためですわ」


 むう……やはりS級まで飛んでダダこね作戦はバレてしまっているようだ。

 これは参ったと頭をかいていると、セレーラさんはため息を一つついた。


「やはりそうなのですわね。鑑定されないために、四十階層どころではなく、五十……いえ、六十まで潜ろうとでもいうつもりですの? そうすれば一気にS級。そんな力を示されてしまえば、たしかにギルドとしてもあなた方の意向を無視できなくなりますわね。ですが、そのようなこと許すわけにはまいりませんわ」


 冷徹なセレーラさんの瞳には、確固たる意志が込められている──そんな裏道を抜けるようなことはさせない、と。

 さすが副ギルドマスターといったところか。

 こんなやり方をしたのは、普通に使えと言っても俺たちが応じるはずないからだろう。


 セレーラさんと俺たちの間に、緊迫した空気が流れる。


 ──それをぶち壊したのは、クリーグさんの能天気な笑い声。


「はははっ、もういいじゃないか姉さん。そこまでバラしてしまうんなら、素直に言ってしまえば」


 そしてクリーグさんは、セレーラさんに向けていた顔をこっちに向けた。


「あなた方が心配なんだ、ってね」

「クリーグ!」


 気安い雰囲気で語りかけたクリーグさんを、慌てるように怒ってるようにセレーラさんが呼び捨てる。


 さっきも呼び捨てていたし、セレーラさんが姉さんと呼ばれているってことは、クリーグさんも孤児だったのか? それが侯爵配下の騎士だなんて、ずいぶん上りつめたもんだ。


 にしても、心配ってどういうこと?


「姉さんはね、皆さんが無理をすることが心配なんですよ。一気に深くまで潜るような危険なことはさせられないってね。だから今回取り調べにかこつけて、皆さんに鑑定スクロールを使わせるように頼まれてしまいまして。そうすれば皆さんが無理をする必要なんてなくなるでしょう? あ、もちろん取り調べをしなければならないのは本当ですよ。それにしてもあの堅物の姉さんがこんなに気にかけるなんて、孤児の子たち以外では初めてなんじゃないかと思いますよ」


 キーキー叫びながらセレーラさんが投げつけるあれやこれやを、クリーグさんは目線を向けることなくひょいひょいとかわし、最後まで言い切った。

 ルチアが「ほう、直感スキルか」と感心していた。まずそこに目が行くところがルチアの戦闘狂たるゆえんである。


 壁に刺さったナイフやフォークやスプーンやまな板がビィーンと振動して音を立てる中、俺たちはセレーラさんに向き直る。

 肩で息をしているセレーラさんの顔は真っ赤になっている。興奮したせいなのか恥ずかしいせいなのか、はたまた両方か。

 セレーラさんは視線を逸らし、ロケット胸に手を当てて呼吸を整えた。


「……お話ししましたわよね。私はB級ダイバーだったと」


 そして観念したように、セレーラさんは静かに喋りだした。


「これでも当時は新進気鋭のパーティーとして、結構騒がれたりしましたのよ。破竹の勢いで潜り続けて、将来はS級も夢ではないとも言われて……でも、私たちのパーティーはB級で終わってしまいましたの。理由はいくつもあるのでしょうけれど、よくわかりませんわ。わかっているのは私を残して全滅した、それだけですわ」


 それはきついだろうな……一人残されてしまうというのは。

 その気持ちがよくわかるのか、ニケの腕に力がこもる。俺ともっと密着するように。


「あなた方がこれから進む階層はそういう場所ですわよ。この先一つ進む度に階層は広大となり、危険度は増していきますわ。いくら力があろうが、ステータスを隠すためだけに無理をしていい場所ではありませんわ」

「それは僕も同意見です。ダンジョンの中で寝泊まりすれば疲労は溜まるし、その分集中力を欠いていきます。浅い階層ならまだしも、四十階層以降で連泊するなんて自殺行為と言っていい。皆さんにどのような秘密があるかは知りませんが、命をどぶに捨てるようなことはしてはいけませんよ」


 そっかあ……正しく理解したよ。この人たちは本当にいい人だ。


「心配してくれてありがとうございます。セレーラさん、それとクリーグさん。お二人の言うことはよくわかりました。なので諦めようかと思います──」

「では……」


 セレーラさんは安堵の笑みを浮かべているけど、気が早いよ。ごめんね。


「──お二人を説得するのは」

「え?」


 よくわかったのだ。

 あなたたちは本当にいい人だから、今の俺たちにとって一番めんどくさい相手だと。

 さすがにこんな人たちのことを敵とまでは思わないが、だからこそめんどくさいのだ。


 害意とか悪意がある敵なら粉砕していけばいいだけなんだけど……俺たちに対する純粋な善意だからなあ。

 こっちの能力を明かせない以上、常識で判断されてしまうのは仕方ないし。


 でも俺たちは、常識も正論もぶっちぎって生きていくのだ。その力が俺たちにはあるはずだ。

 少くともその覚悟はある。

 優しさを踏みにじるようで心は痛いが、止まる気などない。


 それに俺たちにとって一番の危険とは、他の人とは違いすぎるステータスを知られることなのだ。絶対的な力を得るまでは、その秘密だけは死守せねばならない。

 だからこの場は逃げさせてもらおうかな。


「ニケ!」

「はい」

「なにをする気か知りませんが、無駄ですよ。こちらは騎士六名。手荒な真似をするつもりはありませんが、鑑定するまでこの部屋から出られるとは思わないでください。姉さんから絶対に逃がすなと言われていますからね」


 こちらの態度に不穏なものを感じたのか、クリーグさんと騎士たちは手早く盾をマジックバッグから取り出す。

 騎士たちはちょっと申し訳なさそうな表情をしているが、忠実に仕事をこなす気のようだ。

 ルチアもそれに呼応して盾を取り出し彼らを牽制しているが、多勢に無勢だろう。


 こっちが鑑定に応じるまでここにカンヅメにする気で、人数を揃えてきたのか……そこまでするかね。それほど心配してもらえていると思えば、ありがたいことだけど。


 たしかにこの狭い部屋の中で、ガチガチに装備を固めてる彼らを抜いて扉から出るのはきつい。できれば彼らを傷つけたくないし。

 とはいえ、扉から出る必要なんてまるでないわけで。


 俺はニケに攻撃対象を指し示す。それに従いニケがしなやかな手を突き出した先は、扉があるのとは反対側の壁。

 その壁面は内側にえぐる弧を描いている。

 それが意味するのはつまり──


「まさか!」


 セレーラさんが叫ぶのと、耳をつんざく轟雷が分厚い壁を破壊したのは同時だった。

 崩れた壁から光が射し込み、舞い上がった煙が照らされる。

 その向こうにあるのは──輝く水晶。

 この部屋は、ドーナツ型のギルドで一番内側に存在しているのだ。


「そんなっ、一撃で!?」


 きっと魔術的な加工で壁は強度を上げてあったのだろう、セレーラさんはニケの雷撃の威力に驚いている。


「なっ、雷魔術……いや、魔法!?」


 クリーグさんの方は、詠唱がない不可思議さに戸惑っているようだ。

 でもクリーグさんに正解は永遠に見つけられないと思うよ。まさか神剣シュバルニケーンが持つ〈神雷〉だとは思うまい。

 まあ悩んでいてくれたまえ。その間に俺たちは行かせてもらう。


「いくぞルチア!」

「了解した!」


 最後にニケが椅子を蹴り飛ばしてルチアの援護をして、俺たちは壁の穴へと向かう。


「お待ちなさい!」


 俺たちの背中にセレーラさんの声がかかるが、止まることなく外へと飛び出した。


「ごめんなさいセレーラさん! 帰ってきたら弁償するので!」

「っ……絶対……絶対帰ってくるんですのよ!」

「ええ、絶対です! それとクリーグさん、明け星は俺がやりましたー」

「ははっ、証言ありがとうございます……してやられてしまったのは悔しいですが。皆さん、お気をつけて」


 驚いている周囲のダイバーのあいだをすり抜け、水晶に触れる。

 振り返ると、崩れた壁の向こうからクリーグさんは手を振っていた。

 セレーラさんはその横で怒りを縦ロールにぶつけている。あんなに伸ばしてももとに戻るなんて……いつの日か思う存分この手でいじくり倒したいものである。


「それでは行ってきまーす。エントリー三十九階層!」





 水晶ダンジョン突入から突き進んで五時間。

 俺たちの前には、黒いもやが不安をあおるようにうごめいている。

 このゲートに飛び込めば、四十階層のボス部屋に跳ぶことになる。


「さて、ここに入ればあとには引けないが、覚悟はいいな?」


 装備とアイテムの最終確認を終えた二人と顔を向き合わせる。俺もすでにシータのピアッサーアームを新品に換装し終えている。


「なにを今さら。例え地獄への一本道であろうと、私はマスターにつき従うのみです」

「ふふっ、主殿といるのは楽しいな。毎日が刺激にあふれている」


 微笑む二人に気負いはない。頼もしい限りである。


「よっしゃ、じゃあ行くとするか!」

「ええ」

「ああ!」


 俺たちは、迷うことなく一歩を踏み出した。
















 そして三十分後、俺たちは地上にいた。


「セレーラさーん、四十階層越えましたー」


 水晶ダンジョンから出て、ギルドに入る手前の場所から手を振ってみれば、セレーラさんが超ダッシュでやってきた。


「なんでいますの…………」

「一応報告のためと、はい、弁償のお金」


 金貨を適当に十枚くらい手渡した。


「あ、どうもありがとうごさいます……って違いますわ! あれだけ大騒ぎして出ていって、なんでもう戻ってきていますの!」

「だってよく考えたら、街に出なければ潜層記録用の魔道具って確認される必要ないですよね? 僕たちこのまままた潜るので」


 これは他のダイバーもやっていて、とがめられるようなことではない。

 水晶ダンジョンはボスがすぐ復活するので、繰り返しボスを倒すパーティーなどがよくやっている。ボス階層に直接飛べはしないため、一つ前からにはなるが。


「そうですけれど……そうですけれど! 送り出したとき、私がどんな想いだったと……」


 金貨を握りしめたセレーラさんの手がプルプル震え、カチャカチャ音を立てて声がよく聞こえない。

 お金少なすぎたかな? 修理が終わったら、詳しい費用を聞くことにしよう。


「セレーラ……」

「セレーラ殿、心中お察しする」

「どしたの二人とも。まあいいや、じゃあまた行ってきます。数日起きには顔を出しますので、あまり心配しないでくださいね」


 これでセレーラさんも安心して心穏やかに過ごしてくれるだろう。我ながらいいことしたな。

 そして俺たちは再び、水晶ダンジョンへと向かった。


 でもダンジョン突入するときにに後ろでセレーラさんが、むきゃーーーーー! と叫んでいたけど、なにかあったのかな?





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