3-12 ハメられた
リーダーが花火になった次の瞬間、唐突に〈人形繰り〉も〈憑依眼〉も強制的に解除され、俺は本体で目を開いた。
強制解除の理由は地味顔の頭を潰されたからじゃなく、ボール──魔石爆弾が発動したからだと思われる。
そして鳴り響いたのは、解除の理由を考察する気も失せるほどの、けたたましい音。
鉄板を何十枚も力ずくで引き裂けばこんな音が出るんじゃないだろうか。
それと同時に無数の破砕音も聞こえてくる。
音の発生源はもちろん〈リースの明け星〉の本拠地である。
望遠鏡をのぞくニケとルチアが感嘆の声を漏らしているので、俺も〈鷹の目〉で見てみることにした。
一言で言えば、超巨大なイガグリだろうか。そこまで本数は多くないが。
それでも多数のぶっとい岩のトゲが、リビングの屋根やら壁やらを突き破って飛び出している。
中心であるリーダーの口内だったであろう位置から放射状に……直径十五から二十メートルくらい?
密度が高いのか岩には光沢があり、月明かりを淡く反射している。
けたたましい音は、あの岩のイガグリが生成されるときの音だったのだろう。
お、三人くらいトゲに刺さってブラブラしてる。
背中側から刺さってる女は、ハンマーで地味顔の頭を潰したやつかな? 腹にでっかい穴空いてるし、もう助からないだろう。
あの場の全員が死んだとは思わないが、みんな大怪我くらいはしてそうだ。
今回リーダーの口に突っ込んだ魔石爆弾に使ったのは、レッサーダマスカスゴーレムの魔石である。
土属性で、おそらく六等級くらいだろう。そもそも属性がつくのは等級が高い魔石のみであり、属性がついてる分値段も上がる。買ったらアホクソ高い。
今まで属性つきの魔石爆弾を使ったことがなかったので、実験をかねて大盤振る舞いしてみたのだが……土属性だとあんな風になるんだねえ。
「さすが六等級の魔石だけあって、大した威力ですね。上手く使えるようになればいいのですが」
「いずれにせよ、これでリースの明け星もガタガタだな。リーダーも仕留めたのだろう?」
「おうよ。汚く咲かせてやったぜ」
ガッツポーズした拳をパッと開いてみせると、二人は若干あきれたようにしながらも微笑んだ。
活躍の場は与えてあげられなかったが、気は晴れてくれたようでなによりだ。
「じゃあとっとと撤収するか。だいぶ騒がしくなってきたし」
周りの家から人も出てきているし、すぐに衛兵も飛んでくるだろう。
うなずいた二人と共に、俺は夜の闇に溶け込んだ。
リースの明け星襲撃から明けて翌日、俺たちはダイバーズギルドに行った。俺たちのもとまで捜査の手が伸びてこないうちに、ダンジョンに逃げることにしたのだ。
そうしたらセレーラさんに光の速さで説教部屋に連れ込まれた。
「……あなた方ですの?」
ギロリとにらむ目は少し充血していて、その下にはうっすらとクマが見て取れる。
副ギルマスだし、巨大クランの崩壊ということで眠ることもできないほど忙しかったのだろう。昨日はセレーラさんは休みだったはずなのに、申し訳ないことをした。
目が赤いのはもしかしたら泣いていたからなのかもしれない。明け星幹部に孤児院出身の人がいたとか。
そういった可能性を考えなかったわけではないが、そこまでは気を使えない。やつらは俺たちの敵だったのだから。
「なにがですか?」
俺がそう答えるのはわかっていたのだろう。椅子の背もたれに背中を預けて、セレーラさんは一度天を仰いだ。
「……昨晩、リースの明け星のリーダーパーティーと第二パーティーが壊滅しましたわ。原因は仲間割れ。その末に未知の魔道具の効果か、魔道具の暴走かによってリーダー副リーダーを含む六名が亡くなりましたの。残りも重症を負い、ほとんどがダイバーとしての復帰が困難となりましたわ」
おお、結構殺れたね。あんなに至近距離であれを食らったら当然か。
「魔道具ですか。怖いですねえ」
「そうですわね。魔道具は球形をしていたらしいですわ。あなたが子供たちに使わせた物より大きな物のようですが」
「僕が持っていた物と似たような魔道具が他にもあったんですね……あの、もしかして僕たち疑われてますか? 仲間割れだったのでしょう?」
「ええ。実行したのはリーダーパーティーの一員ですわ」
「ではなぜ僕たちをここに? 僕たちはセレーラさんとの約束を守っていますよ」
こちらからは手を出さない。その約束は守った。
ただ向こうから手を出してきただけだ。俺たちは悪くないよね?
ところがセレーラさんは、その言葉を待ってましたとばかりに机に身を乗り出した。
「生き残った者が取り調べで打ち明けましたわ。乱心したメンバーは、昨日私たちが果樹園に行くところを襲撃しに行ったのだと。そして戻ってきたら狂ってしまっていた、と。当然狙いはあなた方ですわ」
ダメじゃないか、悪事をそんな簡単にゲロってしまっては。悪人の風上にも置けないな、プンプン。善人の俺だってこうやって口をつぐんでいるのに。
「そうだったんですか、襲われなくてよかったですねえ。きっと狂ってしまった方は良心の呵責に耐えきれなくなったのではないですか?」
すっとぼけるとセレーラさんはため息をつき、鋭い視線を俺の頭の上に向けた。俺を膝に乗っけているニケを見たのだろう。
ひょっとして、果樹園に行ったときニケが始末したことに感づいているのか?
なんだかもう俺たちがやったことを確信してそうだ。
明け星襲撃からすぐに、あんな夜ふけにダンジョンに潜ったら怪しすぎるから朝まで待ったのだが、意味なかったか。
これならバレてもいいから、ほとぼりが冷めるのを期待して潜った方がよかったな……ちょっとまずいだろうか。
そう思ったのもつかの間、セレーラさんは表情をやわらげ、ゆるゆると首を振った。
「……別にあなた方を責めるつもりはありせんわ。今回は証言によって、あなた方に仕返しをされただけということはわかっていますし。どのような方法で明け星のメンバーを操ったかまではわかりませんけれど」
ほほう? だからといって認めはしないけどね。断定されちゃってるけど。
「昔から、ダイバー同士の抗争や決闘は多くありましたもの。それに巻き込まれないように、ギルドも行政も極力関わらないというのが不文律なのですわ。もちろんよほど悪質な場合は、断固とした処置を取りますわよ?」
けん制するように言わないで欲しい。今回は上の連中を狙い打ちという、善良な方法で潰したのに。
「そんな中でも、あのクランは行きすぎではないかと言われていましたの」
俺たちを迅速に始末しようと動いたことからも、ろくでもないクランだということはわかる。
「街での恐喝恫喝は日常行為でしたし、ダンジョン内で営利目的の殺人までしているのではないかというウワサもありましたわ。ですがこれまで決定的な証拠を掴むことができず、また大きなクランでしたので領主様も簡単には動くことができませんでしたの。他家の貴族様ともつながりがありましたし」
そういえばギネビアさんがヘビ顔に、ダマスカスがどうこう言ってた気がするな。
俺たちがゴーレム戦のあとヒャッハーしたやつらも、明け星メンバーだったのかもしれない。それなら大していい物持ってなかった理由になる。上のやつらに吸い上げられてたんだろう。
どうでもいいことだけど。
「ですが今回、事件のすぐあとに調査を名目に、リースの明け星の拠点に領主様は兵を送り込まれましたの。そうしてみれば、出るわ出るわですわ」
……やめてくれニケ。「出るわ出るわですわ……出るわですわ出るわですわ……出るわ出るわですわですわ……」って呟いて体を震わせないで。俺まで変なツボに入ってしまいそう。
「中には領主様のところから盗み出された物までありましたの。それが決め手となり、領主様は徹底的に調べることを決められましたわ。まだ始まったばかりですが、私たちも明け星に襲われたダイバーの遺品と思われる物品の確認にてんやわんやですわ」
やめろぉ! 「てんやわんやですわ……」って呟くな! そこは普通だから! 全然おかしくないのにおかしく思えてきちゃうだろ!
「……あなた方は本当に人の話を真面目に聞きませんわね」
二人でプルプル震えているのを、見とがめられてしまった。
あきれたセレーラさんがため息をつく。
「ハァ……やはりあなた方はこんな話に興味ありませんわよね」
「そうですね。僕たちには関係ありませんから」
そう、全く関係ないのだ。
相手が悪人であろうが善人であろうが。
敵は潰す。それだけだ。
セレーラさんは、怒りともあきれとも笑いとも言えない名状しがたい表情をしていた。が、すぐに顔と肩の力を抜いた。
「あなた方のそういうところは、正直な話うらやましく思いますわね。己の感情を是として、迷わず行動できるというのは」
副ギルマスだし、いろいろ悩ましいことも多いだろうが、セレーラさんは身勝手な行動を取ることができないのだ。俺たちとは立場が違う。
その重役の苦労に思いを巡らせていると、ルチアが心外だとでもいった風に口を開いた。
「期待に応えられなくて悪いが、私たちは主殿には遠く及ばないぞ」
それにニケまで追従して大きくうなずいている。
「ふふ、お二人も苦労していそうですわね」
なぜ俺一人だけお気楽に生きているみたいな空気に……こう見えて俺にだって悩みくらいあるんだよ? えっと例えば………………あるんだよ?
「では最後に一つだけ」
俺が悩みのなさに悩んでいると、セレーラさんが折り目正しく姿勢を正した。
「明け星が所持していた遺品の中に、孤児院出身の子たちの物もありましたの」
セレーラさんのつり目が、じんわりと潤む。
そうか……それでセレーラさんの目は赤かったのか。
「どうせあなた方はギルドとして礼を伝えても受け取りはしないでしょうけれど、これは彼らの姉としての私個人からの言葉ですので受け取っていただきますわ」
セレーラさんは深々と頭を下げた。
「あの子たちの仇を取ってくれて、ありがとうございました」
セレーラさんが見えないあいだに、俺たちは無言でうなずいた。
誰かのためにやったわけではないが、他ならぬセレーラさんが喜んでくれたならそれに越したことはない。
しばらくして顔を上げたセレーラさんはまだ悲しみも含んではいたが、とても優しい笑顔をしていた。
なにかかけてあげられる言葉がないか探していたのだが──唐突にニケが立ち上がる。
「セレーラ。私たちを嵌めましたね」
「ほあっ!? どゆこと?」
なんかいい感じになってたのに、急になんで?
驚いたがニケが適当なことを言うはずない。セレーラさんに目を向けると、彼女もまた目もとを拭いながら驚いていた。
「すごいですわね……まだ来ていないのに気づくことができるんですのね。なるほど、その能力で襲撃を未然に防ぎましたのね」
うわー、なにが起こってるのかよくわからないがマジなのか……。
ニケが俺を抱えたまま、扉から離れるように移動する。ルチアも何事かわかっていないようだったが、すぐに俺たちを背に庇うようにしながらついてきた。
やがて俺にもどういうことかわかった。
近づいてくるいくつもの靴音と、鎧が鳴らす金属音。それらが部屋の扉の前で止まる。
そして意外にも礼儀正しいノックの音が聞こえた。
「セレーラ殿、これは……」
俺たちがギルドに来ればセレーラさんがここで俺たちを引き留め、その間に衛兵かなにかが来る手はずになっていたとしか思えない。
俺たちの鋭い視線を浴びるセレーラさんは、どこ吹く風とにこりと笑った。




