3-11 あの人はやっぱり天才だった
リースの街北東は、ダイバーとして財を成した者が住む閑静な住宅街である。
その中に、一際高い壁に囲まれた区画がある。
高い壁はどこまでも続いており、土地面積は相当なものだろう。
間違いない。ここが街の人から聞いた、〈リースの明け星〉幹部専用住居だ。
俺たちも子供の護衛をするまでの三日間、ウサギさんごっこをして遊んでいただけではない。
地道な聞き込みによって、仮想敵であった〈リースの明け星〉のアジトを突き止めたのだ。
「二、三人に聞いたらすぐに教えてくれましたが」
「どうやら有名なようだしな」
……いいんだよ。聞き込み自体が地道な行為なんだから。
仮想が取れ、明確な敵となった明け星の本拠地。その周囲を取り囲む壁づたいにとことこ歩く。
壁の上には何かしらトラップが仕掛けられているだろうから、ジャンプして飛び込むようなことはやらない。その必要もないし。
歩くことしばし、ようやく門が見えてきた。
華美な装飾が施された、鉄格子の門。その左右と内側には、屈強そうな男たちが立っている。
臆することなく近づいていけば、門番は少し驚いた顔をしながらも門を押し開いた。
内側の一人は、俺の来訪を告げにでも行ったのか、奥へと走っていった。
軽く手を挙げるのを礼の代わりとした俺が中へ入ろうとすると、門番が一人近づいてくる。スキンヘッドで頬にハートマークみたいなタトゥーを入れてるイカツイ男だ。
ゲイがそんなタトゥーを入れる風習があると聞いたことがあったような気がしないでもない。お尻を一撫でしてあげて中に入った。
なにか言っていたような気もするが、今日一発どうですかとか言っているに違いない。聞こえないから無視した。
というのも今中へ入ったのは、俺が〈人形繰り〉で操っているただの死体だからだ。〈憑依眼〉で視界は確保できるが、聴覚はどうしようもないからなあ。
〈人形繰り〉は、レジストされなければなんだって操れる。魔物だっていける。ただ、魔力が流れる道である魔力経路が存在しないと、上手く動かせないという弱点はある。
とはいえ人には魔力経路があるから、死体なんて余裕だ。
そして通常は人は死ねばその体は似たり寄ったりの強度になるのだが、〈人形繰り〉を使えば生前のステータス値で操ることができる。きっとステータスというのは、MPというよくわからない存在によって支えられているのだろう。
高い能力を持つ対象や、巨大な対象を操ろうとするとMPの消費が激しくなるが、俺の馬鹿げたMP量は簡単に尽きることはない。
ということで今回、ニケが首ちょんぱした男を使って潜入することにしたのだ。
初夏の今なら夜でも冷え込んだりしない。早々死後硬直によって動けなくなることもないはずだ。
首は両方に返しがついた鉄の棒を三本ぶっ刺して固定している。ちょっとずれたけど、包帯でぐるぐる巻きにしたから問題ない。
上着は血まみれだったから、俺のお古を着せた。
首ちょんぱ男はニケが手強かったと言うだけあって、やはり幹部の一人なのだろう。この幹部専用住居にすんなり入れたし。
それとどうでもいいことだが、この男はすごく地味な見た目だった。
茶色の髪で、いかつくもなくどこにでもいそうな町民って感じだ。
その個性のなさを生かして、これまで汚れ仕事をやってきたんじゃないだろうか。よかったね。最後は派手に散ることができるよ。
そして俺の本体がどこにいるかと言えば、近場に空き家を見つけたのでその屋根の上にいる。
隣りにいるルチアとニケはお手製望遠鏡を片手に、幹部専用住居を覗き見中である。
野球グラウンドくらいありそうなむやみに広い敷地を、腰にくくりつけた袋をぶらぶらさせながら、建物に向かってまっすぐ歩く。
建物は意外にも平屋である。と言ってもあれだ。無駄に土地をぜいたくに使った、中庭とかついてるセレブ感満載なやつ。
「悔しいが建物のセンスはいいようだな」
ルチアが望遠鏡を覗きながら、むむむとうなっている。
「将来はあのように広々としたところで子育てをしたいものです」
ニケちゃん、それ独り言のように言ってるけど、俺に聞こえるように計算した小声だよね?
ラボじゃダメなのか……コンパクトにまとまりつつも高機能で、この上なく安全で手入れもいらないという夢の住居なのに。
悩みながらも建物に近づくと、扉が開いて中から二人の男が出てきた。
一人はさっき走っていった門番の男。
もう一人は──見つけた。
名前忘れたけど、ヘビ顔の副クランリーダーだ。
ヘビ顔は神経質そうな顔を険しく歪めている。
こいつが俺たちへの襲撃に一枚噛んでるのは間違いないな。噛んでなかったところでやることは変わらないが。
襲撃を失敗したことはわかっているのだろう。ヘビ顔は口をパクパクさせて、絶対イヤミとか言ってる。首に巻いた包帯について心配してるような様子はまるでない。
というかイヤミ言うためにわざわざ家の外にまで出てくんなよ。
こっちとしては好都合だけどね。
くどくどとなにか言い続けているヘビ顔と、こっそり離れようか悩んでいる門番の二人。
俺は二人に向かってダッシュ! たちまちトップスピードになった勢いそのままに、殴りつけるようにダブルラリアットォ!
唖然とした顔で突っ立っている二人の喉元に、バチーンとはまった。
ぎんもぢいぃぃ! 二人が空中で二回転くらいしたよ!
やっぱりステータスが高いと技が派手になっていいわー。でも地味顔が持っていたスキルとかは使えないので、そこは残念だ。
ぶっ倒れた門番の男は邪魔なので思い切り蹴りを入れたら、建物の壁に頭から突き刺さった。
あとできっとゲイの門番が壁尻として有効活用してくれるだろう。
ヘビ顔は四つんばいで喉を押さえ、咳き込んでいる。その後頭部に、組んだ両手を叩きつけるダブルスレッジハンマーをお見舞いする。
石畳と熱烈なキッス。
興奮したヘビ顔が、鮮血をまき散らす。
どうやら石畳が大好きなようだから、髪を掴んでガツンガツン何度もキスさせてあげる。
鼻とか潰れてぺちゃんこになり、顔の凹凸が少なくなった。蛇界での男前ランクが上がったんじゃないかな?
こいつも高ステータスだし、朦朧としつつもまだ意識があるようだ。髪の毛を掴んで引っ張り上げると、ヨロヨロと自分の足で立った。
うんうん、そうこなくちゃね。
キミには最恐のフィニッシュホールドをプレゼントしてあげよう。
まず対面しているヘビ顔を前屈みにさせる。
その背中側で両腕を掴んで、がっちりロックする。そのまま持ち上げれば、ぐるんと回ってヘビ顔は天地が逆さまに。
そうやって頭上高くまで担ぎ上げた。高ステータスにより、本家よりも高く担ぐことができる。
意識がはっきりしたのか、逆さまのヘビ顔が足をバタつかせる。
これから自分がどうなるかわかったのかな。腕も外そうともがいているが、力の入りづらい体勢だし外れやしない。
怖いか? 怖いだろうねえ。
ま、俺たちとセレーラさん、ついでに子供たちにも手を出そうとした己の不明を恥じるがいいよ。
しばらくそのままで懺悔の時間を与えてあげようかと思ったけど、こいつにあまり時間を使うのももったいない。
では、さよならヘビ顔くん。短い付き合いだったね。
高いVITの効果で、俺が操る地味顔の足はがっしり大地に根を張っている。
その足を基点に、後ろに反らせた体全体を鞭のようにしならせ、ヘビ顔を振り下ろす。
腕をロックしたままなので、ヘビ顔は受け身一つ取れるはずもない。
脳天から垂直に墜落。
石畳を粉砕し、顔の半ばまでめり込んだ。
閑静な住宅地に響いた重く鈍い合体音が、少し遅れて俺本体の耳にまで届く。
大好きな石畳と一つになれた喜びでイッちゃったのかな。天に向けてピンと伸びた足先が、ビクビク震えている。
やがてヘビ顔は脱力して萎れた。
「うわっ、なんだあの技は! 危険すぎる!」
ルチアが望遠鏡を片手に大興奮している。プロレスの魅力が異世界に通用した瞬間である。
「あれは一人の天才が生み出してしまった悪魔の技だ。その名もタイガ◯ドライバー91」
「タイ◯ードライバー91……か。なんて恐ろしい技なんだ」
ほんとにね。あれ食らって死んだ人がいないのが不思議。プロレスラーってすごい。
「腕をこうして……こうして……」
ニケさん、なにをイメトレしてるのかな? 使う気なの? 死んじゃうよ? こいつみたいに。
ヘビ顔を引き抜いてみれば、首は陥没して短くなり、脳天も平らになってしまっている。
顔中の穴や、穴と呼んではいけないところからいろいろ飛び出ちゃってて、間違いなく即死だね。
さあ時間もないしガンガン行こうか。
まだ痙攣しているヘビ顔の足を掴み、引きずって建物に入る。
そして壁や調度品などに、蛇腹剣ならぬ蛇顔剣を叩きつけながら適当に進む。
出くわした使用人たちは、慌てふためいて建物の外に逃げていった。
クランメンバー以外はなるべく傷つけたくないし、そうしてもらえるのは助かる。
たまに警備中の下っ端メンバーらしいのが出てきて、両手を突き出して静止を訴えてくるが、それは容赦なく蛇顔剣の餌食にした。
伸びたりはしないが、蛇顔剣なかなか使えるじゃないか。
目につく物を破壊しつつ、中庭を回る通路を奥へと進んでいけば、一際大きな扉があった。
蹴り破って入ってみると、リビングっぽい大部屋だった。
中では十名以上の男女が、ソファーに座ってローテーブルを囲んでいる。
テーブルの上にはカードと金貨。賭け事でもしていたようだ。
こんだけ騒いでいるのに、ほとんどの者が悠々とした態度で座っている。
「幹部っぽいやつらはっけーん。強そうなのが十人くらいいる」
「リーダーパーティーがいればいいのだが」
「水晶ダンジョンから戻っているかどうかですね」
水晶ダンジョンがいくら攻略階層に飛べるといっても、一層一層が広大なのだ。一日二日、ダンジョン内に泊まりになることも珍しくはない。
ヘビ顔は第二パーティーだったはずだから、第二はいるだろう。問題はリーダーパーティーだ。
リーダーが帰ってきてることを期待して観察すると──
「……お、あれだわ」
すぐにわかった。
王様席で、女二人をはべらせている男だ。
たしかギルドのピンク髪受付嬢は、明け星リーダーに目をかけられているとセレーラさんが言ってた。
そのピンク髪に、はべらせている女の雰囲気がよく似ているのだ。ピンク髪同様貧乳だし。
リーダーは四十絡みでオールバックのワイルド系イケメンだが、キャピキャピしたギャルっぽいのが好きとか……中身はしょせんおっさんか。
彼とは趣味が合わないが、だからこそテリトリーが違うので本来ぶつかることなどなかっただろうに。
幹部たちは現れた地味顔を見て、片眉を上げて怪訝そうな表情を浮かべている。
仲間だったはずの地味顔の、突然の凶行に見えてるだろうから当然かな。顔を見合わせて首を傾げたりなんかしている。
アテレコするとすれば、「どこの馬鹿が殴り込んできたかと思えば、なんで地味顔が暴れてんだ?」みたいな感じか。
俺が握る血まみれの蛇顔剣が元ヘビ顔だったとは、まだ気づいてないようだ。
彼らの心情など知ったことではないけど。
大きく跳ねて飛び込んだ俺は、必殺の蛇顔剣でソファーごと戸惑う幹部たちを吹き飛ばした。
受け身を取られてダメージを与えられはしなかったが別に構わない。今の俺は気持ちよく暴れたいだけなのだ。
今度は蛇顔剣ですくい上げるように、テーブルをちゃぶ台返し。金貨をまき散らしながら、テーブルがグルングルン回って飛んでいく。
お、やったね。対面にいた幹部が避け損なって顔面に食らい、ぶっ倒れた。
しかし悲しいことに、蛇顔剣にもとうとう寿命がきてしまった。
色んなところが折れ曲がりしんなりしている。本当の蛇腹剣みたいだが、こいつはもう真っ直ぐにはならないからなあ。
仕方なく飛びかかってこようとしていたやつに蛇顔剣を投げたところで、味わったのは浮遊感。地味顔の体が宙を舞う。
なにが起きたかわからないが、ゴロゴロ転がって床を舐めた。
起き上がろうとしたら、肩に水の塊が突き刺さる。
初歩の水魔術だろうか。その衝撃でまた転がされてしまう。
仰向けのままで水の塊を引き抜けば、ただの水へと還った。
腕は……まだ動くな。
手をグーパーしていると、髪を掴まれ引き起こされてしまう。掴んでいたのは、こめかみに青筋を走らせたリーダーだった。
女たちが怖がって逃げていったのがお気に召さなかったようだね。
俺は最初こいつに蹴り飛ばされたりしたのかな?
人形繰りは絶妙に触感はあるのだが、痛みまでは感じないのでよくわかんない。
でもリーダーがプロレス好きなのはわかったから、髪を掴むのはやめて欲しい。首が抜けちゃう。
首抜けしないようにムンクの叫びポーズで立ち上がる俺を見て、リーダーが怒りと困惑の混じった顔を浮かべてなにか言っている。ちょっと首が伸びちゃったのかもしれない。
ともあれ髪を掴む手も緩んだし、リーダーが手の届く距離にいる今がチャンス。
髪が抜けようが首が伸びようが構わずに振りほどき、リーダーに低空タックル。床に倒したら、簡単にマウントポジションが取れた。
顔面めがけて二度三度、拳を振り下ろす。
しかしそれはガムシャラな動きで防がれてしまった。さすがの反応速度だ。
だが、リーダーは殴られるのを嫌がったのか、頭を抱えて背中を向けてくれた。
「ふはははは。バカめ、それは悪手だぞ」
「ふふっ、一体なにをしているのか」
「楽しんでいるようですし、結構なことです」
建物の中だから、二人に俺の活躍が見せられないのが残念。
それにしても、どうやらこっちの世界は寝技は発達してないようだ。魔物相手に寝技使う機会なんてなかなかないだろうし、当然かもしれないが。
俺は別に格闘技とかやってたわけじゃないが、テレビではよく見ていた。ニケとルチアにも寝技への対処法を、今日の夜にでもベッドの上で教え込まなければ。
さて、本来ならこのままリーダーの後頭部を殴り続けたいところだが……他のやつに邪魔されそう。
ということで、ここは裸絞めだ。
後ろから首に腕を回し、脚で腰を挟む。
地味顔の腕は太くないので、リーダーの首にがっちり食い込む。気道も頸動脈もお構いなしに絞め上げる。
幹部の一人が向かってきたので、ゴロンと回ってリーダーを上にした。
これならなかなか手も出せまい。リーダーも手足を振り回して暴れているから近寄れないし。
暴れたところで、ここまでがっちり決まってしまえば逃げられなどしないけど。腕や顔をかきむしられているが、こっちは痛みなんて感じない。
幹部たちは手を出しあぐねていたが、クールダウンが終わったらしい魔術使いが水魔術を放つ。
しかしそれも、リーダーに気を使ったものでしかない。吹き飛ばされはしたが、リーダーを離さずにすんだ。
やがてもがいていたリーダーの手が、ストンと床に落ちた。体から力が抜け、ぐたりとなる。
完全に落ちた。
そろそろ頃合いか。これ以上続けたら、他の幹部もなにしてくるかわからない。
俺はリーダーの首から手を離し、急いで腰につけた袋から茶色いボールを取り出す。大人の拳二つ分くらいのサイズのこれは、例のアレだ。
えっと、黒丸黒丸……あった。
黒丸に触れて魔力を流す。〈人形繰り〉中の対象でもこれくらいは問題なくできる。
あとはこのボールをリーダーの口に……むむむ、大きすぎてなかなか入らないな。
リーダーの鼻の穴に指を突っ込み、鼻フックで無理やり口を開かせてみる。
ぐいぐいボールを押し込んでやれば、突然大きく開いた口がボールを飲み込んだ。アゴでも外れたかな?
そのショックでリーダーは目を覚ましたが、ここまでくれば捕まえておく必要もない。解放してやった。
俺が突き飛ばしたリーダーに何名か駆け寄り、こっちにはでかいハンマーを持った、筋肉ムキムキの女が向かってくる。
仲間に支えられて起き上がったリーダーは、一生懸命ボールを吐き出そうとしている。
でもたぶん、もう時間だよ?
それは俺にハンマーが振り下ろされる直前だった。
一瞬のことではあるが、リーダーの頭がほらあれだ。ライフルでスイカ撃った映像みたいな感じ。
「たーまやー」




