3-10 実験した 2
「じゃあお前らよく聞け、これから俺が言った通りにするんだぞ。まず、ボールに丸く黒い部分があるのはわかるな? 俺が合図したら、そこに普段魔道具使うみたいに魔力を流す。そしたら魔物のところに投げる。それだけだ」
「なんだか嫌な予感がしますわよ!? これはいったい──」
セレーラさんが声を張り上げるさなか、その後ろから放たれたなにかが俺たちの頭上を越えていく。
丸くて白い……うん、俺が渡したボール型魔道具だね。
全員の視線を集めたボールは、見事に魔物の群れの真ん中に落ちた。
ボールの出所を見てみれば、一人の子が投げ終わったポーズのまま周りをキョロキョロしていた。
「あれ? なんでみんな投げないの」
「バカー! 合図したらって言ったろ! くっ、仕方ない。全員魔力流せ! んで投げろ!」
ばらばらとボールが投げ込まれ、全員が投げ終わった。もっとタイミングを合わせて欲しかったのだが、まあいいだろう。
でもなにが起こるのかワクワクしながら見ている子供たちよ、そんな余裕はないんだよ?
「全員急いで逃げろ! 逃げなきゃ死ぬぞ!」
「死っ!? あれはなんなんですの!?」
「魔石爆弾! 爆発するの!」
あのボールは俺が作ったオリジナルの攻撃アイテムなのだが、原理としては非常に単純。ボールの中に入っている魔石が抱えている魔力を無理やり解放して、暴走させるというだけだ。
実は聖国にいるときから同じ原理の物は作ってはあったが、欠陥があってほとんど使ってこなかったのだ。
しかも素材や魔石を買って揃えようと思えば一個作るのにもかなり金がかかるし、ラボなしでは作るのに手間や時間もかかる。
だから他の人でも作れるかもしれないが、作ろうなんて思わないだろう。普通の錬金術師なんて、ポーション以外作らないし。
始めは全員ポカンとしていたが、言葉の意味が染み込むにつれ蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「柱の後ろだ! 早く!」
悲鳴を上げながら、ルチアの言葉に従って子供たちは柱の方へ向かう。しかし中にはパニックで真横に逃げていく子なんかもいる。
そういう子は、ニケとルチアとセレーラさんが捕まえて連れていく。俺もシータで転んだ子供を拾って連れていった。
ぺーぺーパーティー? 先頭で走り抜け、とっくにゴールインしている。彼らもまだ子供だしね……。
彼らに続いて、滑り込むようにして柱の陰に全員が入っていく。
「しゃがめ! 耳をふさげ! 口を開けろ!」
さすがに口開けたりまですることもないかなとは思うが、ノリで言っておいた。
全員が耳をふさいだのを確認した瞬間、ドンッと大気が震えた。
飛んできた砂利などが柱に当たる音と、子供たちの悲鳴が重なる。
ややあってから立て続けに爆発音が鳴り響き、そのたびに揺れる大地。
魔石には一から十までの等級があり、数が大きい方が位が高い。そして、属性つきのものと無属性のものがある。
今回使ったのは水晶ダンジョンで出てきたホーンドアントの魔石だ。無属性で、おそらく三等級程度のグレードが低い魔石である。
無属性の魔石爆弾だと単に爆発するだけで、低等級だから一つ一つの威力もそこまでではない。だが数があれだけあると、さすがにすごい。
その音に負けないよう、みんな好き好きに叫び散らかしている。
「ひあぁぁあ!」
セレーラさんの可愛らしい悲鳴いただきました!
エルフは耳がいいからきついのかもしれない。長い耳を折り畳んで、思いっきり手で押さえていた。
最後に一発炸裂してパラパラと土の雨が降り、辺りは静まり返った。
しばらく待ってもなにも起こらない。今のがラストだったのだろう。
「あーあー。うん、耳も大丈夫だな。全員無事かー?」
子供たちは血の気が引いた半泣き顔だが、痛がってる子もいないし問題ないな。
ということで実験結果の考察に移ろう。
柱の上に飛び乗ってみたが、まだ土煙でよく見えない。とはいえ威力を知りたかったのではないから、セボンバッファローがどうなったかとかはどうでもいい。
「ニケ、ルチア、どう思う?」
同じく柱に乗った二人は、俺の体をはたいて土を落としてくれていた。
「投げられてからのタイミングを考えれば、発動までの時間は一定だったと思う」
「そうですね、やはり同種族だったからでしょう。個体差が薄かったのも今回の結果に繋がったのかもしれません」
魔石爆弾の欠陥。
それは、起動から発動までの時間が安定しないことである。たとえ同じ等級で同じくらいの大きさの魔石を使っていてもだ。
いつ爆発するかわからない時限爆弾ほど怖いものはない。そのせいで使う機会がほぼなかった。
安定しない理由としては、種族差や個体差が原因ではないかと考えていた。
それを検証するため、没個性の塊であるアリさんたちの魔石を使って試してみようと思っていたのだ。
今回都合よくその機会が訪れたわけだが、結果は上々と言えるだろう。
「けどそうなると、同じ魔物の魔石を大量に手に入れないと実用品としては……」
思い悩んでいるとシャツの襟首を掴まれて引っ張り上げられ、足が柱から離れた。
ぐるっと半回転した俺の目に飛び込んできたのは、セレーラさんの笑顔だ。
般若を背負った満面の笑顔にときめいてしまいます。
「なにか言うことはありますかしら」
「お礼ならいりませんよ。どうぞお気になさらず」
「なぜ礼を言わなければなりませんの! 子供たちにあんなことをさせておいて!」
「えー、でも……お前らステータスどうなった?」
子供たちに問いかけると、平然として立ち上がっていた子がステータスを開いた。
というかあいつ、初めに投げちゃった子じゃないか。大物になりそうだな。
「うわっ、五つも上がってる!」
「そうか、よかったな。だがその前になにか言うことがあるんじゃないか?」
「あっ、先に投げちゃってごめんなさい!」
子供はペコリと頭を下げた。素直でいい子だった。投げちゃったのはイタズラとかじゃなくて早とちりだったのだろう。
「うむ、許してしんぜよう。俺は縦ロールの人とは違って寛大な心を持っているからな」
つい口が滑って、般若オーラが強大になってしまった。縦ロールもこちらに噛みつかんと、ヘビのようにウネウネと……。
カエルのように縮こまった俺を救ったのは子供たちだった。
五つ上がったと聞いて、他の子供たちも我先にとステータスを確認しだしたのだ。
「三つ上がったー」
「俺六つだ!」
「いいなー、私一つ……」
泣いたカラスがなんとやら。大きくレベルが上がった子たちは大喜びしている。
なかなか強い魔物だったらしいから、大きく上がるのもうなずける。子供たちはレベルなんてほとんど上げたことなかっただろうし。
経験値配分は戦闘でどれほど活躍したかによる。あまり上がらなかった子の投げた爆弾は、効果的にダメージを与えられなかったのだろう。
中には全く上がらなかった子もいたが、その理由は土煙が晴れて明らかになった。
魔物の群れから外れたところにいくつか爆発の跡があったのだ。おそらく先に爆発した物のせいで魔石爆弾が飛ばされたのだろう。こっちに飛んで来なくてよかったね。
セボンバッファローはミンチになったのも何匹かいるが、ほとんどのは食えそうだ。
まだ生きているのもいるから、レベルがあんまり上がらなかった子たちはそれに止めを刺させればいいだろう。
「セレーラ。この子たちの今後を考えれば、強さを持つことは無駄ではないはずです」
ぶら下げられていた俺を、ニケが抱っこに移行した。
「それはそうかもしれませんけれど……でもあんな危険なこと」
「あれが危険だと言うのであれば、あの子たちがレベルを上げる機会などこの先ありませんよ。貴女も戦いに身を置いていたのであればわかっているでしょう」
セレーラさんが元ダイバーと言っていたのが、ニケにも聞こえていたのだろう。
ニケの言うとおり、ちょっとした手違いはあったがお膳立ては完璧だったのだ。動けない魔物を高価な魔道具で仕留めてレベル上げなんて、どこの王候貴族かという話だよ。
俺でさえ弱い魔物を槍でつついてレベル上げしたのに。檻の中にいたやつだけど。
「……たしかにそうかもしれませんわね。今回は全員無事でしたし、不問ということにしておきますわ。ですが事前にもっとしっかりとした説明が欲しかったですわ」
セボンバッファローなど目じゃないほどの、恨みがましい視線が突き刺さる。
「いや、あれは説明途中で投げられてしまったので」
「子供たちに魔道具を渡す前に、保護者である私にきちんと教えて欲しかったですわ」
「すまない。てっきり我々が戦闘している間に、セレーラ殿には伝えたとばかり……」
「そこはさすがマスターですね。独断専行はお手の物というしか」
「なにを言うんだニケ。俺ほどほうれんそうを大事にしている者など、そうはいないと思うぞ?」
誰もなにも答えてくれなかった。なんでなのかしら。
生き残っていたセボンバッファローに止めを刺させたあとは、なにも問題なくライチ果樹園についた。というかすぐそこだったし。
魔石爆弾についてはセレーラさんとぺーぺーパーティーにいろいろ聞かれたが、実家から持ってきた家宝の品であり、もう残っていないと伝えた。これ以上ないほどの疑いの眼差しで見られた。快・感。
果樹園については、どうやら今年は豊作のようで子供たちは大量に収穫できていた。
それでもまだまだ残っているので、他の孤児院が取りに来ても問題ないだろう。
ライチは野生の物だし期待していなかったのだが、結構美味しかったのでたくさん売ってもらうことにした。
セレーラさんは安くしてくれようとしたけど、金には困ってないしちゃんと適正価格で買った。
もちろん昼飯は肉ざんまい。
帰りはほとんど何事もなく、一度だけ出会った魔物もぺーぺーパーティーが簡単に倒していた。
そして陽が落ちる前に、街へと帰り着くことができた。
「皆さんありがとうございました。おかげで助かりましたわ」
「本当にありがとうございました」
孤児院の前で、セレーラさんとナディア院長が頭を下げる。子供たちもめいめいに頭を下げたりお礼を言っている。
「いえいえ、僕らは課せられた罰を果たしただけですから」
「ですが、なんでも子供たちのレベルも上げてくださったそうではないですか。お肉もあんなにいただいてしまって」
ナディア院長は、こっちが申し訳ないほど恐縮した表情をしている。セボンバッファローの肉が、二頭分くらいもらって残りは全部孤児院の物になったからだ。
ニケと特にルチアはかなり食う方だが、一頭でもでかいし俺たちだけじゃ食べきれるのがいつになるかわからない。
ニケの〈無限収納〉なら痛むことはないが、二頭もあれば十分過ぎる。
「レベル上げはこちらにも益があったことですし、肉はそもそも子供たちが仕留めたものです。礼には及びませんよ」
「まあ、本当にできた子……方ですのね」
ふふ、そうでしょうとも。なのになんで三人は首を振っているのかな。ニケは俺を抱っこしてるけど、それくらいわかるよ?
「ではせめて夕飯でも一緒に」
「すみません。お言葉に甘えたいところですが、僕たちはこれからやらなければならないことがありまして」
「そうなのですか……ではご無理を言ってはいけませんね」
「今からですの? いったいなにをされるんですの」
残念そうな顔を浮かべる院長とは対照的に、セレーラさんは怪訝そうに眉を寄せている。なぜこんなに信用を失ってしまったのか。
まあ今回は、セレーラさんのある意味での信用に応える予定だけど。
「花火を上げるんです」
「花火?」
「ええ。では失礼しますね」
首を傾げるセレーラさんや院長に別れを告げ、孤児院をあとにする。
俺たちの背中には長い間子供たちの声がかけられていた。ニケもルチアも子供たちとすっかり仲良くなったようで、見えなくなるまで手を振っていた。
俺? 別に子供とかどうでもいい。セレーラさんとは仲良くなれたし。仲良くなったよね?
「で、ニケ。どうだったんだ?」
人気のない路地を進みながら聞いてみれば、俺を抱っこするニケの手に力がこもった。
「やはり魔物の群れは〈リースの明け星〉の仕業でした。尋問は少ししかしませんでしたが、魔物への対処にルクレツィアが当たっている間に、私とマスターを人質にするつもりだったそうです。そうしてルクレツィアの動きを封じてから殺すつもりだったと」
あのタイミングでニケがトイレに行くはずなどないのはわかっていた。敵が林にいるのを〈危機察知〉で感じ取ってニケは動いたのだろう、と思っていた。
そして俺たちに対して敵対行為を取るとすれば〈リースの明け星〉の線が濃厚だと考えていたが、どうやらビンゴだったようだ。
殺そうとまでしてくるのは少し驚いたが、納得はできる。
このあいだは計らずも勧誘されている最中に逃亡したし、ギルドで揉め事はあったし、俺たちは〈マリアルシアの旗〉からも興味を持たれている。
明け星の面子やらなにやらを考えれば、殺しに踏み切ってもおかしくはない。あまりお上品なクランではないようだし。
果樹園が街道から離れていることもあり、仕掛けるにはいい場所だったのだろう。
にしてもやつらは俺たちが三十九階層まで行ったと知っても、まだルチアのワンマンパーティーだと思ってるのか。普通は俺とニケにも力があるのではないかと考えると思うんだけど。
名前忘れたけど、蛇顔の彼も案外思慮深くないんだな。
それともそれを考慮した上で仕掛けられるほど自信があったのかな?
そう考えていると、ルチアが感情を押し殺すようにして口を開いた。
「となると子供たちは……」
「そこまで聞いてはいませんが、目撃者を生かしておく理由はないでしょう」
「だろうな……クズ共が」
もう我慢ならんと、ルチアがはっきりと顔を怒りに染めて罵る。珍しいことだが、ルチアは子供好きみたいだしなあ。
俺としてはセレーラさんまで殺そうとしてただろうことに腹立つが。
しかしこっちの世界だと残念ながら孤児の場合どこまで調べられるかわからないが、ダイバーズギルドの副マスターが行方不明になんてなったら、さすがに問題になるだろうに……明け星はセレーラさんがいることを知らなかったのか?
いや、もしかしたらセレーラさんも狙いだったのかもしれないな。狂犬くんのときのこととか思えば、関係が良くなさそうだったし。
「ニケ、一発食らったって言ってたけど、そんな強かったのか?」
「いたのはルクレツィアがギルドで殴りつけた者たちと、初見の一人でした。その一人がなかなかの腕前で不覚を取りました」
なるほど、そいつが自信の源だったのか。
「ケガはほんとに大丈夫なんだな?」
「ええ、全く問題ありません」
一応あとでひんむいて、傷が残っていないか全身くまなく舌で調べなくては。
「上の者が出てきたということは、ギルドで関わった者の私怨だけではないのだろうな。どうする、主殿。このまま乗り込むか?」
「殺る気満々のルチアには悪いが、俺たちが乗り込むつもりはないぞ。手強いのも多そうだし」
「む、ではどうするのだ? 憲兵に言ったところで未然に防いだわけだし、逆にこちらが悪とされる可能性もあるぞ」
たしかにそのとおりだろう。ナンバーツークランは伊達じゃないだろうし、そっち方面へのコネも持ってる可能性も高い。
だからといって泣き寝入りする気などさらさらない。
それはルチアもわかっているようで、少し口角を上げたワクワク顔で俺の作戦を聞きたがっている。
「ニケ、全員始末したんだよね?」
「もちろんです」
「体は持ってる? できれば綺麗に残ってるやつが欲しいんだけど」
「そうですね……首をはねた者の体は綺麗と言えば綺麗ですが」
「剣を使ったのか」
「急いでいましたので」
剣を使って首ちょんぱしたのは、手強かった初見の相手だろう。その体が残っているなら、俺がやりたいことにちょうどいい。
「じゃあ今回は俺が全部やるぞ」
「主殿が? どうするのだ?」
「セレーラさんに言ったとおり、花火を上げるんだ」
とびきり汚いやつを。




