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3-9 実験した 1



 息せききって偵察から戻ってきたぺーぺーくん二人は、残りのパーティーメンバーを集めてわちゃわちゃやっている。こっちにも情報よこせや。


 一応今回はぺーぺーパーティーに経験を積ませるために、仕切りは任せてあげてくれとセレーラさんからお願いされてはいる。彼らはダイバーとしてレベルを上げたら、ハンターやマーセナリーのギルドにも入る予定らしい。

 それでも問題があったなら情報は共有すべきだろう。ほうれんそうがなってないな、プンプン。


 結局見かねたセレーラさんが、ニケとルチアも含め全員集合させた。

 話を聞くと、どうやらセボンバッファローという魔物の群れがこの先にいるらしい。

 なかなか手強い魔物らしいが気性は大人しく、こちらがなにもしなければ襲ってきたりはしない。

 だから討伐隊は無理せず手を出さなかったのかもしれない。


 だがそれがどうやら、怪我をして動けない個体が何匹かいるらしい。

 ハンターが中途半端に手を出して逃げたのではないか、とぺーぺーくんは言っていた。

 そしてそうなると、近づけば襲ってくる可能性が高いとのことだ。


「迂回したいけど、果樹園の目と鼻の先なんだ」


 ぺーぺーリーダーが舌打ちして頭を掻いているが、迂回はないだろう。セボンバッファローって……。


「あのうまいやつだよな?」

「ええ、そのまま焼いてもおいしいですし、干し肉にしてもいいですね。以前まとめ買いしたものが残っていますよ」


 そう言ってニケが干し肉のでっかい袋を出してくれたので、一つ取り出してかじってみる。やっぱりうまい。

 そのままニケは、全員に配り始めた。


「こっ、高級品じゃないか!」

「それをこんなにどっさり……」


 ぺーぺーくんたちは恐縮しながらかじり、子供たちは大喜びでかじっていた。


「ではやるのだな、主殿」


 とうに武器も取り出していて、ルチアはヤル気満々。

 ニケの手足にも、すでに籠手とすね当てがはめられ鈍い光を放っている。〈無限収納〉であればダイレクトに装備できるが、マジックバッグを装うため畑を抜けた辺りで自分で装備していた。


 しかし俺がうなずく前に、ぺーぺーくんたちから待ったがかかってしまう。


「なに言ってんだ!? 二十はいるんだぞ!」

「俺たちのパーティーでさえ、たぶん一、二匹で精一杯だと思う。ダイバーになりたてのキミたちじゃ、かなう魔物じゃない」


 えっと……たしかに初めの紹介のときに、ダイバーになって二週間です、とは言ったけど。


 セレーラさんに目を向けると、苦笑いで縦ロールをいじっていた。どうやら守秘義務は守ってくれているらしい。

 やっぱり『マリアルシアの旗』に俺たちの到達階層を教えたのは、彼女じゃないだろう。


「皆さんは水晶ダンジョンどこまで潜ってるんですか?」

「十四階層だ」


 胸を張って答えてくれた。

 この年齢で半年でそこまで行ってるならきっと優秀なのだろう。よく知らないけど。


「そうですか、僕たちは三十九です。だから安心してくれていいですよ」

「…………え?」


 フリーズするぺーぺーくんたち。

 別にセレーラさんの後輩の心を折るつもりもないので、フォローは入れておく。


「僕たちはリースに来る前から強かったので早く進めただけですよ」


 いまいち効果なかった。彼らは目を見開いて、俺たち三人の間で何往復も視線を走らせている。

 ニケと俺なんかは特に、見た目弱そうだからなあ。

 とはいえ装備品に良い素材使ってるしシータはいるし、本来なら察すべきとは思うが、まだペーペーだし仕方ないのだろう。


「でも二十匹ですのよ? やれますの?」


 不安からか少し顔をしかめたセレーラさんは、取り出した杖を握りしめている。魔術使い系の職業なのかな。


「セボンバッファローならどの程度の強さかはわかっている。我々であれば問題ない」


 ルチアの言葉にニケもうなずく。

 子供がいるし撤退がきかない以上、危ない橋であれば渡るつもりはないけど、二人揃ってやれるという判断なら大丈夫だろう。


「それでは手早く済ませて……いえ、すみません。私は少し小用が」


 少し離れた場所にある林に、ニケが目を向ける。


「小用って……ああ、おしっこか」

「マスター、もう少し配慮というものを知ってください」

「ほいほい。じゃあどうする? 待ってるか?」

「すぐに行きますので先にやっていてください」


 そう言ってニケは林に歩いていった。


「ふむ……では主殿、行くとしようか」

「おう。あ、ちょっと待った。どうせなら──」





 戦闘は二十分もしないうちに終わった。

 だが特殊な能力はないものの頑丈だったし、巨体を活かした突進攻撃はなかなか迫力があった……のかもしれない。

 俺は警護という名目で、丘の上で子供たちと観戦しながらシータを操ってただけだからよくわからない。


 ニケもしばらくして戦闘に加わったし、もっと早く終わらせようと思えば終わらせられたのだが、俺が注文をつけたせいで時間がかかってしまった。


「ウソだろ……あの数をまるでものともしないなんて……」

「一体レベルいくつなんだ……」

「少なくとも五十には到達してんじゃないか!?」


 ぺーぺーくんたちはあーだこーだ言っているが、俺たちにレベルとかないんだ。強化システムが違う異端種族だから。

 にしても彼らが直接聞いてきたりしないのは、セレーラさんの教育の賜物(たまもの)だろうか。みだりに人のステータスを聞くようなことはマナー違反だしな。


「どうですかセレーラさん、我がパーティーは」


 最大限のどや顔してみたのに、セレーラさんはこちらを見てくれずに、ニケたちを見て難しい顔をしている。


「A級クラスの能力はあるのではと思っていましたけれど、その程度ではありませんわね。間違いなくS級……それにあの魔導人形(マギドール)はやはりおかしいですわ。あんな動きをするなんて、ありえませんわ」


 人生経験豊富なセレーラさんがこの反応になるのも当然か。

 前にニケに聞いたことがある。

 かつて剣だったころのケーンを振るい歴史に名を残した、いわゆる英雄と呼ばれた者たちのステータス値はいくつだったのか。


 平均三千。もしくはそれ以下。

 特に(あるじ)に強さなど求めてはいなかったと前置きはあったが、それがニケの答えだった。


 レッサーダマスカスゴーレムでアップグレードしたニケのSTRやルチアのVITは、三千近くまで上がっている。

 二人はもう、英雄の域に片足を踏み入れているのだ。

 全開で二人は戦ってはいなかったが、セレーラさんならその力は感じ取っただろう。魔導人形(マギドール)も見たことがあるようだし。

 

 難しい顔をしたまま、セレーラさんはこちらを向いた。


「あなた方は何者なんですの」


 ステータス上の話ではないだろう。B級になったら俺たちは鑑定されると思っているだろうし。


「僕たちの仲間になれば、一から十まで全部教えちゃいますよ」


 森を出るエルフは、好奇心旺盛な変わり者が多いという。

 セレーラさんがその血をひいているのであれば、好奇心に負けるのではないかとも思ったのだが──


「やめておきますわ。やっぱり少し聞くのも怖いですもの」


 クスクス笑って流されてしまった。無念。


「いやいや、全然怖くないですよ。人畜無害さには定評がありますから」

「全く信用できませんわね。あなたを無害と表現できるのであれば、この世はすでに世紀末ですわ」


 そんなに毎日ヒャッハーしてないよ! するのは賊に対してだけなのに……。


「仕方ないですね、今は引いておきます。じゃ、行きましょっか」


 うなずいたセレーラさんや子供たちを引き連れ、丘を下っていく。

 ルチアたちに近づくにつれ、ウーウーとうなり声のハーモニーが聞こえてくる。


「……まだ生きてますの?」

「ええ。実験とレベル上げをしようかと」

「実験……子供たちの前で変なことはしないでくださいましね」

「しませんよ。僕をなんだと思ってるんですか」


 怪訝な顔をするだけで、答えてもらえなかった。

 ひどいものである。

 子供たちの前でやるんじゃなくて、子供たちにも手伝ってもらうだけなのになー。




 丘から下りて魔物に近づけば、キャッキャ言いながら歩いていた子供たちも徐々に口数が減っていく。


 おっかなびっくりになるのも当然だ。

 横たわっていても俺や子供たちより高さのある、筋骨隆々とした魔物がゴロゴロしているのだ。

 それらが脚を斬り落とされたりへし折られて、恨みがましい目と鳴き声でモゾモゾ動いてるのはちょっとした恐怖映像である。


 といってもこっちの子は生き物の生き死にには慣れている。繊細な日本人である俺よりたくましいから、トラウマになったりはしないだろう。


「お疲れ様、怪我はない?」


 近くまで行くと、ルチアとニケが寄ってくる。

 二人はシータをまねて、蹴り転がしてセボンバッファローをひとまとめにしてくれていた。


「ああ、私は問題ない」

「私は一撃食らいましたが、もうポーションで治療しました」


 よくよく見れば、ニケのシャツは新しいものに替わっていた。


「大丈夫か?」

「ええ、問題ありません」


 ニコリとかすかに笑ったその顔は無理してるようにも見えないし、本当に大丈夫なのだろう。一安心だ。


「それで主殿、これらをどうするのだ?」

「んーと……今なら大丈夫か。ルチア、ちょっと離れたとこででっかい柱立ててくれ。四角くて高いやつ」


 子供やぺーぺーパーティーは魔物にクギづけである。ちょっとくらい獣人化してもバレないだろう。

 バレてもそういう珍しいスキルを持っていると押し通すだけだからどうでもいいんだけど、めんどくさいからな。


「了解した。〈獣化〉。ストーンピラー。〈人化〉」


 ニケの背中に隠れ獣化したルチアは、魔術を使うとさっさと元に戻った。

 子供たちが振り向いたときには生えてきた柱でほぼ隠れていたし、気づかれていないだろう。


 ちなみにルチアの身長はニケより七、八センチくらい低い、百七十弱といったところだろうか。ウサ耳を含めると、ニケより二十センチ以上高くなるけど。


「うわー魔法だー」

「ばっか、魔術だよ」

「えー、どっちでもおんなじじゃん」


 子供たちは突然生えてきた石の柱に、魔物の怖さも忘れて大はしゃぎだ。

 横幅は大人が手を広げたくらいで、高さは三階建ての建物くらいある大きな柱に体当たりしている。


「魔術まで……しかもこのサイズ……INTは……」


 セレーラさんは顎に手を当て、ちょっと興奮気味に分析している。やっぱり好奇心は強そうな気がするな。


「お前ら危ないから離れとけー。もっともっと……うん、そんなもん。ニケ、これを魔物と水平になるように倒してくれ」

「はい。衝破」


 ニケが両拳を柱にぶち当てると、対面側が石の(つぶて)を吐き出し大きくえぐれた。衝撃貫通技って便利だね。

 ぐらりと傾いた柱は重力に従い、地響きと共にその巨体を横たえた。


 位置的には魔物から五十メートルくらいか。

 地面に多少埋まって俺と同じくらいの高さになってるし、これならちょっとやそっとでは動かない。


「よし、お前らこっちおいで」


 子供たちを連れ、柱よりもずっと魔物に近づく。


「ボール投げは得意か?」


 魔物にもすっかり慣れた子供たちは、元気一杯で肯定の返事を聞かせてくれた……多分。バラバラに言うからよくわからんが、大丈夫だろ。


「魔道具の使い方はわかる?」

「うん。孤児院の明かりで使ってるよ」


 今度は代表して一人に聞いたので、わかりやすく教えてくれた。


「使えない子はいないな? じゃあ全員並ぶんだ」


 素直に並んだ子供たちに、子供の拳と同じくらいの大きさの白いボールを渡す。このくらいの年齢だと聞き分けがよくて助かるな。


「主殿、それを子供たちに使わせるのか」

「俺もデータ欲しかったし、ちょうどいいかと思って」


 マジックバッグから出したボールを渡す俺の横で、腕を組んでうーんと唸るルチアにニケが声をかけた。


「私はいいことだと思いますよ。ある程度の強さは必要でしょう」

「……それもそうだな」


 まだちょっと心配そうに子供たちを見ているが、ルチアも納得してくれたようだ。

 二人にも手伝ってもらい、一人に一つずつ、二十個くらいのボールを渡し終えた。


「あの、これはなんですの?」


 子供たちが軽く上に投げて遊んでいるボールを見て、セレーラさんが小首を傾げている。


「魔道具ですよ」


 びっくりして何人かがボールを落としてしまい、慌てて拾ってこっちを恐る恐る見てくる。魔道具とは魔物から取れる魔石を利用した道具のことだが、総じて高いからな。

 でもこれはゴムのようなスライム樹脂で覆ってあるし、それくらいじゃなんともならないから大丈夫。


「これが? こんな魔道具見たことありませんけれど、なんに使いますの?」

「さっき言ったじゃないですか。レベル上げですけど」

「えっ?」


 セレーラさんは口を開けて驚いている。

 俺たちのレベル上げでもすると思ってたのかな? レベル上げは俺たちには必要ないなんて知らないからしょうがないか。 




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