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3-7 「もっ、申し訳ありませんお客様」「なんてことをしてくれたんだ……悪い兎さんにはお仕置きが必要だなあ」「そんなっ、いけませんお客様! ああっ!」みたいなことをした



 ニケが振り向けばそこには、二十代後半くらいに見えるステキな赤髪のお姉さんがいた。

 なにがステキってドレスから覗く深い谷間様ですよ。ニケには及ばないが、ルチアといい勝負であろう。


 お姉さんは黒い三角帽子に黒いドレスという格好で、後ろにはジョルジと同じように何人かのダイバーを連れていた。


「……旗の『魔女』が我々になんのご用でしょう」


 声を一段低くしたジョルジの言う『旗』とは、今一番深くまで水晶ダンジョンに潜っているという『マリアルシアの旗』のことだろう。

 んで『魔女』が二つ名か。まんまだな。


 二大クランのメンバーに挟まれたままなのはまずいので、俺たちは通りのはしっこに移動。

 野次馬もいっぱい集まってきたし、このまま紛れて逃げ出してもいいんだけど……魔女さんとはお近づきになりたいかもしれぬ。


「別にアンタらに用はないさ。アタシらが用があるのは、アンタらがつまんない嫌がらせをしてるっていうこっちの子たち」


 魔女さんは俺たちがいた場所を埋めるように進んできて一度ジョルジに睨み飛ばすと、こちらに向き直った。


「初めまして、坊っちゃんとお嬢ちゃん方。アタシは『マリアルシアの旗』の『魔女』、ギネビア」


 ドレスを摘まんで、ギネビアさんはカーテシーのようにして優雅に頭を下げた。おおう、絶景。

 おっと、そんなものには惑わされないぜ。クールにいこうじゃないか。


「どうも初めまして! 僕はタチャーナと言います!」


 クールに無邪気な男の子を演じると、ギネビアさんが微笑んだ。


「ふふっ、元気がいい子だね。本当にキミみたいな子が三十九階層まで行ったのかい?」


 どういう訳かギネビアさんは俺たちが三十九まで潜ったことを知っていた。

 まあどういう訳もなにもないか。ギルド職員から情報を得たとしか思えない。そのへんはさすが大手クランだけあって、コネやらなにやらあるのだろう。

 セレーラさんが俺たちの情報を漏らしたのではないと思うのだが。


「なっ、三十九だと!?」


 ジョルジの方は知らなかったようだ。

 ピンク髪のアホ女から聞いてるかとも思ったが、よく考えたら個人情報を閲覧できるような地位を、セレーラさんがあのアホに与えるはずがなかった。


「ちっ、知らなかったのかい。余計なこと言うんじゃなかった」

「どうやら本当のようですね……彼らは二週間ほど前に登録したばかりのはずですが」

「だからわざわざアタシがスカウトに来たのさ」


 ほほう、『マリアルシアの旗』も俺たちに興味があると。

 俺としても『リースの明け星』なんかよりもよっぽどギネビアさんに興味が痛い! ニケ首噛まないで!


「あなた方もですか……ですが今は我々が彼らと交渉している最中です。あなた方の出る幕ではありません」

「あら、アンタらもそうなの。プライドばっか高いアンタらのことだから、てっきり狂犬をぶっ飛ばしたこの子らを潰しにでも来たのかと思ってたけど。それに……交渉、ねえ。どうせ追い詰めて無理やり入れようって腹じゃないのかい」

「人聞きの悪いことを言うのはやめてもらいましょうか」


 どうやら二人は犬猿の仲のようで、言い争いを始めてしまった。

 お付きの人たちがやれやれと首を振っているのを見るに、毎度のことなのだろう。


「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」


 とりあえず仲裁してみれば、二人は我に返ってフンとお互いそっぽを向いた。

 そうしてからギネビアさんは、気まずそうに頬をかきながら歩み寄ってくる。


「ごめんね坊や、変なところを見せちゃったね」

「いえいえ、トップ争いをしてる二大クランの方々ですから、ライバル視するのも当然ですよね。それとすみません。僕はまだこの街に来たばかりなのでよく知らないのですが、ギネビアお姉さんは有名な方なのですか?」


 後ろのクランメンバーは若干ムッとしているようだが、ギネビアさんはなぜか頬を緩め、恍惚とした顔になった。


「も、もう一回。もう一回アタシを呼んでみて」


 キュピーン! ショタ好きの気配! 

 ならばここはさらに攻める!


「ギネビアお姉ちゃんっ」

「ぶっは…………やだなにこの子かわいい!」


 きゃーと黄色い声を上げながらギネビアさんが迫ってくる。

 よっしゃこいと俺は手を広げて受け止めようとして……ひょいっ、とニケがギネビアさんを避けた。


「ねえ、ちょっと」ひょい「少しだけ」ひょい「アタシにも抱っこ」ひょい。


 華麗なステップワークで、ニケは見事に避けきってしまった。


「えっとニケさんや、ちょっとくらいなら」

「駄目です。マスターの抱っこ権はそう容易く渡せるようなものではありませんので」


 ピシャリと打ち切るニケにギネビアさんは口を尖らせていたが、ずれた三角帽子を整えて気を取り直したようだ。


「坊やを是が非でもうちに欲しくなっちゃったよ。で、アタシのこと? まあそれなりに有名よ? 一応リーダーパーティーのメンバーだし」

「じゃあ六十五階層まで行ってるんですね! すごいなー。ってことは後ろの方々はパーティーメンバーの方々ですか?」


 その割には全然前に出てこないが。


「ああ、違う違う。アタシは今日はお休みなのよ。他のメンバーは素材を取りに行っててね」

「そんなことを言って、本当は第二パーティーに降格でもしたのでは」


 イヤミったらしいジョルジの呟きを、ギネビアさんが笑い飛ばす。


「ハン、そんなわけないでしょ。アタシはどっかの万年第二とは違うのよ。アンタはまだ五十八だっけ? 副クランリーダーのくせにねえ」


 ジョルジ的に痛いところなのだろう。歯が折れるのではないかと心配になるくらい、歯ぎしりの音を響かせている。


 また言い合いになられても面倒だが……この関係性は使えるかもな。


「五十八ですか! それでもすごいじゃないですか! 五十一階層からは雪原地帯ですよね? 防寒対策はどのようなことをやっているんですか? 敵はどんなのが出るんでしょうか?」


 ニケから軽く聞いてはいるが、それは剣のときの体験だ。

 そこまで行っている人なんてほとんどいないし、貴重な現在攻略している人の生の声は聞いておきたい。


 しかし褒められて少し気を良くした様子のジョルジは、それでもフンッと鼻を鳴らした。


「それを知りたければ我々のクランに入りたまえ」

「そうですか……残念ですが仕方ないです。ギネビアお姉ちゃんたちに負けているようですし、他人に教えてるような余裕はありませんよね」

「ぐっ……」


 言葉を詰まらせるジョルジから向き直ると、ギネビアさんがジョルジに見せつけるようにニヤリと笑う。


「アタシはなんだって教えてあげるよ。あんなケチ臭い男とは違うからね」

「わあっ、ギネビアお姉ちゃんは優しいんですね。やっぱり入れさせてもらうなら余裕があるクランの方がいいのかなあ」

「……いいでしょう。少しくらいならこちらも教えて差し上げます」


 それから煽りつつおだてつつ根掘り葉掘り聞いてみれば、二人は競うように情報を吐き出してくれた。

 きっと単独じゃこうはいかなかっただろう。ややこしいのに挟まれたかと思ったが、案外お得なセットだったな。





 五十階層以降の情報をあれこれ仕入れることはできたが、しまいにはまた二人の喧嘩になってしまった。


「はん。なにが『智謀』のジョルジだか。アンタのはただの臆病って言うのよ」

「あなたのような猪魔女に言われたくないですね。そんなことだから『鮮烈』が死ぬことになったのでしょうに」

「あんだって! アンタ言っていいことと悪いことが──」


 グスン、ギネビアお姉ちゃんがジョルジに取られちゃった。


「と、ところで主殿」


 エキサイトして揺れるギネビアさんのプルプルを見物していたら、つつつっとルチアが寄ってきた。


「ん? なに?」

「そ、その……さっき言ったことは、その、本当だろうか」

「さっきって?」

「マスターが私たちを婚約者と紹介したことです」


 ルチアを見ればカクカクと頷いている。

 ギネビアジョルジタッグから情報を得ているときも二人は落ち着かない様子だったが、それが気になっていたのか。


「あー、すまん。勝手に口走ってしまったけど、不服だろうか」

「不服です。大いに不服です」

「えっ!?」

「なっ…………なななな、なしてぇ!?」


 ルチアが大きな目を見開いて驚いているが、俺は目ん玉飛び出てそれに引っ張られて背骨まで飛び出そうなくらい驚いてるよ!

 どうしよう、将来設計が根本から崩れていくんだけど……ウソだろ……ニケは俺の子供産んでくれるって言ったじゃない…………嫌われた? 愛想尽かされた? 目の前が真っ暗だ……泣きそう。


 ギネビアさんがジョルジに向かって、ダマスカスを後ろ暗いやり方でうんたらかんたら糾弾してるのも耳に入ってこない。


「ルクレツィア。私たちはまだマスターから、大切な言葉をいただいていないと思いませんか」

「……なるほど。それはたしかにそうだな」


 …………あれ? なんだかルチアが意地悪な笑顔してる。ニケは隙あらば俺の頭をちゅっちゅしてるし。


「主殿は口数は多いが、大切なことは秘して語らないことが多いからな、うん。そういうところは直してもらいたいと常々思っていた、うんうん」

「ええ、全くです。このように至極重要な議題をなんの断りもなく勝手に決めるなど、言語道断です。まずはしっかりと私たちに告げるべきです」


 これは……わかるぞ。俺にだってこれくらいわかる。

 つまりちゃんとプロポーズの言葉を言えと、そういうことだね?


 えっと……うーんと…………やばい、なにも浮かばない。

 なんか気の利いた言葉を捻り出さないと。


 …………。

 …………無理無理無理。

 こういうときは漱石先生、お借りします!


「月は出ているか?」

「いえ、出ていませんが」


 ジャミルお前じゃない! 間違えた! そもそも、月が綺麗ですねってプロポーズの言葉じゃないんじゃない? 仮にそうだったとしても、いきなり二人に言っても絶対通じない気がするよ!

 えっと……じゃあこれだ!


「二人が作った味噌汁が飲みたい」

「主殿、ミソシルとはなんだろうか」


 そういえばこの世界には味噌がなかった! しかも二人は料理が苦手だった!


 ……もういい。

 こんな遠回しな伝え方は俺には向いてない。

 スパーンといこうじゃないか。


「ニケ、ルチア。俺とけっゴムッ」


 ニケの手でスパーンと口をふさがれた。


「マスター……まさか今告げる気ではないでしょうね」

「さすがにそれはどうかと思うぞ。もっとこう、ムードというものを大切にしてもらいたいものだ」


 どうせいっちゅうねん!


「すぐに聞けないのも残念ではありますが、しかるべき時にしかるべき(ところ)で私たちを腰砕けにさせるような言葉を聞かせていただきたいですね」


 やめて、ハードル上げないで! しかるべき時っていつなの! しかるべき処ってどこなの! 今日帰ってからじゃダメってこと!?

 既婚男性はみんなこの悩みを乗り越えているのか……尊敬するしかない。


 ……とはいえルチアは頬とかゆるっゆるにトロけちゃってるし、ニケは俺の頭皮がしっとりするくらいまだちゅっちゅしてるし、断られることはなさそうでよかったよ。


 だが、ホッと安心したのも束の間──ニケの一言で冷や汗が吹き出ることになった。


「それはそうとマスター。仕立て屋になにを注文していたのですか」


 バレてた……。


「そういえば店員とコソコソやっていたな。なんとなくろくでもないもののような気がするが」

「えっと、あれはだな、その」

「見せてください」


 まずいぞ。夜にひんむいた勢いで着せてしまおうと思っていたのに……シラフの二人にあれを見せたら、灰にされてしまうかもしれん。


「それはほら、一身上の都合で」

「いいから見せなさい」

「はい……」


 ガックリうなだれた俺は、マジックバッグから仕立て屋で渡された袋を二つ取り出す。

 俺を下ろしたニケとルチアは中から取り出した服を広げて、しばし押し黙った。


「……主殿、これはなんだ」

「ルチア用の黒バニースーツとタイツです」

「マスター、これは?」

「ニケ用の白バニーセットです」


 ルチアの方にはスーツのお尻には穴が空いていて、ウサ耳カチューシャもない。自前で対応してもらうのだ。

 タイツは残念ながら網タイツではない。こっちにはそんな布地がないから仕方がない。

 だから自分でスライム素材をベースにした、透けて伸びる布を作って持ち込んだ。


 これを着た自分の姿が想像できてきたのか、ルチアの手がぷるぷる震えだした。


「こっ、こんなの……破廉恥(はれんち)すぎるだろう!」


 裸は惜しげもなくさらしてくれるのに、これはダメらしい。こっちの世界は女性をエロく飾る習慣がないからなあ。

 下着もコルセット崩れとカボチャパンツみたいなのだし、ビキニアーマーなんて当然どこにもないのだ。自作するしかないじゃない。


 真っ赤な顔でルチアが叫んだせいで周りの視線が集まっているが、そんなことより二人への対処に全力を注がねばならぬ。


「いいですかルチアくん。これは私の故郷で用いられる、女性の正統な給仕服です。破廉恥のハの字もありはしないのです」

「こんなものを着て給仕をするのか!?」

「ルクレツィア、マスターの言うことです。話し半分以下に聞いておきなさい」

「ほっ、ほんとだよ?」


 間違いなく給仕服として使われているはずである。極一部の店では。

 ニケはため息をついて、〈無限収納〉にバニーセットをしまった。


「こんなものに無駄遣いをして……これは没収します」

「うあぁあん!」

「……と言いたいところですが、もう作ってしまったものは仕方がありません。許しましょう」


 えっ! それってつまり……。


「着ていただけるということでよろしいのでしょうか?」

「ええ。そもそも黙って作らずに初めから言ってもらえれば、私はマスターの望みを断るようなことはしませんよ」


 それはどうだろう。

 今はご機嫌ニケだから笑っているが、普段のお財布係ニケだったら作らせてとおねだりしても許されるビジョンが見えない。婚約者と紹介して本当によかった。


 ともあれニケの許可は得た。あとはルチアだ。

 ショタピュアアイを発動させ、ジッとルチアを見つめる。


「うっ…………わかった。わかったから、そんなねっとりとなめ回すようないやらしい目でみないでくれ」


 あれ、おかしいな。無垢な子供の目をしてたはずなのに……欲望が漏れ出てしまったのだろうか。


 兎にも角にも、これで目的は達成した。


「よし、じゃあ帰ろうすぐ帰ろう」


 ピョーンと飛び上がって建物の上に着地する。今のステータスならこれくらい朝飯前だ。


「ちょっ、アンタたち!」

「待ちたまえ君たち!」


 なんか雑音が聞こえるが、今はそれどころではないのだ。もうバニーのことしか考えられない。

 さらに二回ほど跳んで、付近で一番高い建物の屋上についた。

 えっと、宿はあっちか。


「勝手に動いてはだめだろう」


 ついてきたルチアにひょいっと抱き上げられる。ニケもすでに後ろにいる。


「ルチア号よ超特急だ。このまま全速力で真っ直ぐ宿に向かいたまえ。そして即着替えるのだ」

「まったく、仕方がないな……頼むから手加減してくれよ?」


 そのままウサギのようにピョンピョンと屋根の上を渡って宿に帰った。


 そこからは朝までノンストップ。お尻を振って誘惑してくるニケも、内股で恥ずかしがるルチアも最高でした。

 バニー効果しゅごい。

 え? なにも忘れてないですよ?

 お客様にお酒をこぼしてしまったウサギちゃんへの折檻プレイもちゃんとやり遂げたし。




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