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3-4 作法を教えた



 レッサーダマスカスゴーレムとの戦闘は順調に進んでいる。二人と一体に、武器が傷んでいる以外の被害はない。

 だがゴーレムの攻撃は当たればでかいので、集中を切らすわけにはいかない。

 ゴーレムの真ん前で攻撃を引き受けているルチアは正直すごいと思う。


 今も巨体を揺らし、踏み込みながら左右の拳で殴りつけてくるゴーレムの攻撃を、必要最低限の動きでかわしている。

 締めの一発なのか、ゴーレムが上半身を大きくねじった。

 そこから横ぶりに放たれるゴーレムの右腕──


「バッシュ! ぐうっ!」


 ──破壊力満点のそれを、盾アーツで迎撃!

 いや、無理せんで避けてよ……。

 ゴーレムは体勢を崩したが、ルチアも薙ぎ倒されそうになってるし。


 VITというのは地面に根を張る力でもあるらしいのだが、高いVITを持つルチアがアーツの補助を受けてなお崩されるゴーレムの攻撃は脅威としか言いようがない。ニケとかまともに食らったら、どうなっちゃの……。

 ともかく今は、ルチアが作ったチャンスをムダにするわけにはいかない。


「衝破」


 ニケの格闘アーツが、攻撃を集中させていた左膝に大きな亀裂を入れた。

 そこにシータの鉄球パンチを叩き込む。

 いえぃ、粉砕っ。

 ガランガランと大きな音を立て、左膝から下がゴーレムから離れて転がった。


 ゴーレムは倒れはしなかったものの膝をつき、動き回ることができなくなった。これで一気に優位に立ったはず。

 そう思って一息ついていると、ゴーレムの腕が肩のところでぐるりと回転し、後ろにいる(シータ)に殴りつけてきた。


「うひぇっ」


 一人ラボの中で変な声を出しつつ、紙一重でシータにかわさせることができた。

 どうやら脚破壊でゴーレムの敵愾心(ヘイト)を稼いでしまったらしい。


 すぐにルチアが盾術の挑発アーツでターゲットを取ってくれたが、


「マスター、高位のゴーレムが人と同じ動きしかできないと思ってはいけません」


 大きくはないがよく通る声で、ニケにお叱りを受けた。肝に命じよう。


 にしてもすごくない? 俺戦ってるよ。オーク砦の襲撃から考えれば相当な進歩だと思うの。 

 悦に浸りながらポテチをパクリ、蜂蜜レモン水で流し込む。そんな俺の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。なんだかデジャヴュ。


 だが今回聞こえてきたのは、オークの声ではない。


「おー、やってるやってる」

「ん? あれってさっきガキと一緒にいた女じゃないか? 一人増えてるみたいだが」

「ガキがいないな」

「どっかで隠れてんだろ。つうかあの女、獣人だったか?」


 どうやら行き止まりの部屋にいたパーティーが、大部屋の手前まで出てきたようだが……態度がちょっと変だ。階層レアを取られたことを悔しがってる様子がない。


「うわ、強ぇなあの三人……どうするよ」

「やめた方が無難かもしれんな」


 とっても不穏な雰囲気。

 この部屋が広いから、シータが人形ということにはまだ気づいていないようだ。動きからしても人形とは思えないだろうし。

 だがそれも時間の問題だろう。


 案の定しばらくして気づいた。


「おい、あれ人じゃないぞ。人形だ」

「まさか魔導人形(マギドール)ってやつか……しかもあんなに動くなんて、間違いなくアーティファクトだな」


 アーティファクトというのは、ダンジョンや遺跡から見つかるとんでもないお宝全般のことを言う。シータは違うんだけどね。


「あれを売っぱらえば、ゴーレムどころじゃないぞ」

「やるか。相手は二人と一体。おまけのガキだしな」

「人形はどうやったら止まるんだ?」

「知らねぇが、命令を出してるやつを殺せば止まるだろ」

「もったいなくねぇか!? あの二人とんでもねえ上玉だぜ」

「バカか、あの強さだぞ。生かそうとしたらこっちが殺られる」

「クッソ、もったいねえ」


 ああ、やっぱりそういう人たちね。

 他のダイバーにゴーレムと戦わせて、漁夫の利を得ようとしているクソどもだ。しかもかなりやりなれてる。

 さて、どうしたものか。


 シータ目線ならわかるが、ニケとルチアもこのパーティーが来てるのは気づいていて、まれに視線を飛ばしている。

 しかもこいつらに襲いかかられても対応できるように、力をセーブしながらゴーレムと戦っているのはさすがである。この分なら大丈夫だろう。


 それでもこいつらは、この階層に滞在できる程度の能力はあるのだから油断はできない。

 ゴーレムを倒したら、一度仕切り直させてもらう。


 クソパーティーに見守られながら戦闘は進み、ついにゴーレムの胴が破壊され中の魔石が剥き出しになった。

 この魔石を壊すか取り出すかすれば、ゴーレムは動かなくなる。


 ここでクソどもが動き出すようだ。


「おぉし、行くぞ」


 だがさせんよ。


「ルチア! 通路ふさげ!」

「了解!」


 射程の問題からこっちにひと跳ねして近寄ったルチアが、地面に手をつく。


「ストーンピラー!」


 ラボのすぐ横に、音を立てて極太の石柱が生える。

 ルチアが作ったその柱は、細い通路の出口をふさいだ。


 こいつらが来てからルチアが魔術を使ってないのはわかっていたから、クールタイムやMPには問題がない。

 もっとも溜める時間はあまりなかったからMPはあまり使っていないかもしれないが、ルチアのINTであればこれくらい余裕だ。


『なっ、土魔術!?』


 わずかな隙間だけ残して通路をふさがれたクソどもの、くぐもった声が響く。


『クソッ、どこにガキがいやがったんだ!』


 キミたちのすぐ隣だよ。玄関ドアは現界させてたけど、斜め後ろからじゃ見えないのだ。


 やつらが騒いでいるうちに、ニケがゴーレムから魔石を引き抜く。そしてすぐに〈無限収納〉の中にゴーレム本体も消えた。


「お疲れさん。こいつら俺たちを襲おうとしてたみたい」

「やはりそうでしたか。敵意はずっと感じていましたので」


 ニケとルチアはマジックポーションを飲み干し、装備を新しいものに替えている。

 その間もクソどもは石柱をガンガンガリガリやっている。


『クソが! 出しやがれ!』


 ガンガンガリガリガリガリ。


「ちょっと待ってろや、今……って、ガリガリうるせーな」


 ガンガンガリガリガリガリガリガリガリガリ。


「マスター、この音はこの者たちが立てているわけでは」

『うぎゃああぁぁあ!』


 ニケの言葉をさえぎり、野太い悲鳴が上がった。


『ライディ! クッソ、湧きやがった!』

『クソアリがぁ、ライディを離しやがれ!』

『おい! 数がクソ多いぞ!』


 どうやらホーンドアントあたりが湧いて出たらしく、石柱の向こうでは悲鳴と怒号とクソが飛び交っている。

 っていうかまずい、クソッ。


「ニケ! 石柱ぶっ壊してくれ!」

「助けるのですか?」

「このような輩、助ける価値はないと思うが」


 二人は揃って顔をしかめている。


「いいから早く!」


 渋々ニケが〈神雷〉を柱の根本にぶち当てて壊してくれた。


「よし、アリを殲滅(せんめつ)するぞ!」




 アリを始末するのに、さほど時間はかからなかった。クソパーティーを取り囲んでいるのを、周りから排除していっただけだし。


 クソは一人減って五人になってしまっている。あそこでぶつ切りになっているのは、たぶんライディくんだろう。

 間に合わなかったか……。


「……礼は言わねえぞ」


 ライディくんの遺品をまとめ終わり、そう言って勝手に立ち去ろうとするクソパーティー。


 おやおや、どこへ行こうというのかね。

 その背中、スキだらけだよ?


「ヒャッハー!」


 世紀末的掛け声とともにシータを飛びかからせ、最後尾クソの脇腹に鉄球フック!


「ぐゲぼぇっ」


 うん、いい手応え。

 クソは吹き飛んで壁に激闘。死んではいないと思うが、もう動けまい。


「てめぇ! クソッ何をっ!」


 続けて二人目に殴りかかったが避けられてしまった。やっぱりクラッシャーアームだと動きが遅いなぁ。

 仕方ないので、血を吐いて倒れている一人目の首を俺本体で踏んづける。


「抵抗すんな、武器よこせや。こいつをぶっ殺されたくなければなぁ。クックックッ」


 クソどもが歯ぎしりしながら、武器を投げてよこす。仲間思いのやつらだと楽でいいな。

 というか、ニケとルチアはなにをしているのだ。


 二人に目を向けると、ニケは理解して動き出した。


「……そういえば貴方はそういうやり方でしたね」

「えっと、どういう……」


 そしてルチアがなんか戸惑っている間に、クソどもの脚を破壊していく。

 逃げようとしたやつもいたが、ニケからは逃げられなかった。


「死にたくなければ、マジックバッグの所有者登録を解除してもらおうか」


 マジックバッグは高価なものであり、C級くらいだとパーティーで一つしか使ってないところも多いが、こいつらはみんな持っている。

 所有者登録がなされているマジックバッグは、職人のところでめんどくさい手続きを踏まないと他人が開けられないのだ。

 なのでここでひと手間かけなければならない。


 悲鳴を上げるクソどもを暴力で黙らせつつ、持っていたマジックバッグに触らせる。そうして各々が決めたキーワードを口にさせれば、所有者登録の解除が完了。

 しっかり解除されて、マジックバッグが俺でも使えるようになったかもちゃんと確認した。


 失神していた一人目も、無理矢理起こして解除させた。確認をしてから、そいつの顔面に鉄球パンチを食らわせる。

 グシャッとなってビクンってなって死んだ。


「なっ、てめぇクソッ、話がゴベッ」


 わめこうとしたクソの首が、ニケキックで変な方向に曲がる。

 残り三人もシータとニケで仕留めた。


「生きて帰すわけないだろう。本当にクソなやつらだな」

「……あの、主殿」


 どういうわけか、ルチアの顔がひきつっている。ちょっとルチアが人間だったころを思い出した。


「ルチアは騎士のとき賊退治とかあんまりやってなかったのか?」

「いや、やってはいたが……」

「ああ、手っ取り早く殺すだけだったのか。これだからお役所仕事はなってないんだ。覚えておけ、これが賊狩りの正しい作法だからな」

「これでは一体どちらが賊なのか……」


 ニケがルチアの肩に手を置いて首を振っていた。どうしたん?




 クソどもを始末してから奥の小部屋に場所を移動し、ラボで夕飯を食った。

 そしてヤツらのマジックバッグの中身を引っ張り出しているのだが……。


「うーん、なんかあんまりいい物ないな」


 悪どいやり方でレッサーダマスカスゴーレムとダイバーを狩ってたわりに、目ぼしいものをあんまり持ってない。金はそこそこ持ってたけど。


「お、主殿。ゴーレムの手があったぞ」


 俺が作った親子丼を食べてすっかり元気になったルチアが、うれしそうに金属の塊を持ってきた。

 グーの状態でルチアの頭以上のサイズがあるのは、ゴーレムがでかいのかルチアの頭が小さいのか。


「ナイス。他の部位はなかった?」

「これだけのようだ」

「なんで手だけなんだろか。ニケの方はなんかあったか?」

「いえ、大した物はなさそうです」


 クソッ、せっかくアリから助けてやったのにほんとクソだったな。

 中身を確認できないライディくんのマジックバッグに、いい物まとめて入れてたのか?


 仕方ないので、ルチアがテーブルに置いたゴーレムの手を調べることにした。

 甲の部分がダマスカス綱になっていて、そこに触る。

 そして意識するのは──〈アップグレード〉。

 こうすれば自分のステータスが伸びるかどうかわかるのだ。


 とはいえこれはただの確認だ。

 これまでダマスカス綱を手に入れたことがなかったわけではない。ルチアの盾に使ったりして残ってないので、俺が〈アップグレード〉で調べたことがなかっただけだ。


 二人は前に調べたことがあって、あまりステータスが変化しそうになかったらしい。

 それなのに──


「あれ? なんか思ったよりステータス伸びそうなんだけど」


 ──手のひらから伝わる熱というか……喜びのような感覚は、今まで調べてきた中では得ることができなかったものだった。

 二人にも調べさせたが、同様の感触を得ていた。


「ちょっと待ってくれ、盾を出してみる」


 ルチアが出した盾のダマスカスを〈アップグレード〉で調べてみるも、ほとんどステータスが伸びる感触は得られない。


「どういうことでしょうか」

「わかんね……いや、もしかすると」


 今度はゴーレムの甲、ダマスカス綱だけ(・・)に集中して〈アップグレード〉で調べてみた。


 ……伸びる感触がない。


「なるほど。どうやらこの手全体がアップグレードの対象になってたから、伸びると感じたらしい」

「手全体か……甲の部分以外はただの鉄だと思うのだが」


 ルチアはそう言ってコンコンとゴーレムの太い指を叩いている。

 たしかに良い素材と悪い素材を混ぜたら伸びるなんて、奇妙な話である。


 アゴに指を当ててなにか考えていたニケが、テーブルの上に鉄の塊を出した。


「これは先ほど破壊したゴーレムの胸部ですが……これでも伸びそうですね。しかも受ける感じが違います」


 鉄塊に触れて発したニケの言葉に、俺は驚かされた。

 だってそれには、ダマスカス綱なんてこれっぽっちもついていないのだから。


 俺も試してみると、確かに伸びるし受ける感じが違う。感じの違いは上手く言い表せないのだが。

 一緒に試していたルチアが、なにかに気づいたようだ。


「これはもしや、伸びるステータス値の種類が違うのでは?」

「それだ! なんとなくわかってきたぞ。ニケ、ゴーレムの脚を出してくれ」


 ゴドンと置かれた左脚に触れてみる。調べても伸びる感じがない。

 そのあとゴーレムを部位ごとにバラバラにして調べてみて確信した。


「やっぱり魔物の体そのものだと、部位にちなんだステータスが上がるんじゃないか?」

「となると、攻撃の要である手はSTRで、守りの要である胸はVITやMNDということか」

「そうかもしれません。肩は手と胸が混ざったような感触でしたね」


 脚なんかはゴーレムがのろまでAGIが上がらないから、伸びそうに感じないのだろう。

 どの程度までバラしても魔物の体そのものと判断されるのかは、これから検証せねばなるまい。


「ふむ、これなら関係ないステータス値が下がることはなさそうじゃね?」

「では私が実験台に、きゃん!」


 ニケの肉づきのいいお尻をひっぱたいて却下する。

 マゾ気質のニケにはご褒美になってしまい、うれしそうな悲鳴が出た。


「実験台は俺に決まってるだろう。ステータスが下がったとしても、一番影響が少ないし」

「ですがただでさえ弱いマスターが、ああっ!」


 ひどい言葉で口ごたえするニケのお尻を掴んでガシガシ揉むと、もっとうれしそうな悲鳴が出てしまった。


「これは決定事項だからな」

「いえ、しかし、んあぁっ!」


 そのあともまだまだ言い返してきたので、全身にいっぱいお仕置きしてようやくうなずかせた。ついでにルチアにもいっぱいお仕置きした。

 なんかニケの思い通りにことを運ばれた気がしないでもない。ニケちゃん……恐ろしい子!




 結果として俺の〈アップグレード〉は、ステータスが下がることもなく上手くいった。

 STRとVIT、MNDが二百ほど伸びた。

 俺のあとにやった二人は、もっと伸びたけどね……職業格差いまだ健在なり。


 そして三日後、さらに快調に進めるようになった俺たちは三十九層に到達。

 やっと地上に戻ることになった。






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