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3-3 しーた



 見渡せば、感情一つうかがえない目、目、目。


 角のようにせり出した頭部と巨大なアゴを持った、ホーンドアントの群れが波のように押し寄せる。

 俺と同じサイズのアリというだけでもなかなか怖いが、これほど集まるともはや笑えてくる。


 一階層に突入してから潜り続け十日目の現在、俺たちは水晶ダンジョン三十五階層にいる。


 十階層にいた層ボスはホブゴブリン三体で、三秒で終わった。


 十一階層からは草原と荒野が広がっていたが、どうということもなく進めた。

 二十階層の層ボスは大きな狼の魔物だった。開幕でニケの〈神雷〉を食らって怯んだ狼を二人が滅多打ちにして、十秒で終わった。


 二十一階層からは森林エリアで、三十階層の層ボスはマンドラゴラが成長した姿だというマンドラトレントという木の魔物だった。三十秒で終わった。

 というか土の上に出てる時点でマンドラゴラの個性死んでない?


 特筆すべきは、マンドラトレントの強烈な捕み攻撃を食らわないために、ルチアがついに俺の前でケモケモルチアになったことだろう。そのおかげで、なかなか強いはずのマンドラトレントはすぐに死んだ。

 そしてケモケモ化には時間制限があるらしいので、俺はすぐに〈研究所ラボ〉に連れ込んだ。

 もともと褐色肌に筋肉多めのルチアがさらに野性味を増したせいで、とんでもなく興奮した。「絶対主殿はおかしい」と、終わってから何度も言われた。


 ちなみに十一階層からは、入り口と出口のゲートの出現位置が何パターンもあるようになっている。

 それでも俺が〈第三の目〉による〈鷹の目〉を上空に飛ばして出口を見つけ、さくさく進むことができている。俺だって役に立っているのだ。

 三十一階層からは、剥き出しの岩肌に囲まれたアリの巣のようなダンジョンなのでそれは無理なのだが。


 どうやら三十から先は、十階層ごとに属性にちなんだ作りになっているらしい。

 一番手として出されてしまう土属性の地位の低さがあわれである。そう言ったらルチアが悲しんでいた。


 とはいえ突如として魔物が岩を掘り抜いて出てきたりするので、気を抜くとベテランダイバーなんかでもすぐ殺されてしまうらしい……のだが、ニケの〈危機察知〉とルチアの〈第六感〉で今のところ俺たちは危なげなく進めている。


 ……それにしてもおかしいな。

 四十階層から先は一気に行くとは言ったけど、三十九まで一気に行くなんて言ってない。なのにヤル気満々の二人に抱えられて気づけばここにいる。やっぱり二人は戦闘民族らしい。


 今も俺を背負ったニケが、楽しそうにアリを蹴り飛ばして他のアリにぶつけている。


「ルクレツィア。右端の柱が食い破られそうです」


 前方でアリの大群を防いでいるルチアの左右には、アリの進路をふさぐように四角い石の柱が二本ずつ立っている。


「わかった! ストーンピラー!」


 素早く駆け寄ったルチアが地面に手をつくと、崩れかけている柱の下からぶっとい石の柱がせり出す。

 もとからあった柱はアリを二匹潰しながら倒れた。


 ルチアが〈土魔術2〉で覚えたストーンピラーは、地面から石の柱を生えさせる魔術である。

 クールタイムの都合上アリの進行を完全に止めるほど乱立させることはできないが、後ろに流す数を制限させることによって楽に戦えている。


 もとの位置に戻ったルチアが、盾でアリの突進を防ぎながらもこちらに顔を向けてきたので褒めておく。


「いやー土魔術ってほんと便利だなー」


 顔を輝かせたルチアは、嬉々としてアリに斬りかかっていった。そんなに気にしなくてもいいのに。実際便利だし。


「〈神雷〉も便利ですよ」


 わかってるから張り合わなくていいの。こっちにはあんまりリアクションする余裕がないんだから。

 振り落とされないようにニケの背中にしがみついているのが余裕のない理由の一つ。


 もう一つの理由は右側にいるニケと俺の逆、通路の左側にいる。

 そこには俺たち三人の他に、アリの前に立ちふさがる影。


 突き出た前面から後部に向けて流線を描く頭部。

 腰は異常に細く、その上下は袖無しのミニスカ和服をモチーフとした装甲に覆われている。

 脚は不自然なほど凹凸がなく、足先はポックリ下駄のような形状になっている。

 黒を基調とする中、模様のように赤い光が走っているのは魔力が通っている証。


 球体関節をした女性型の人影は、俺が作り『シータ』と名づけた人形である。


 名前の由来は空から落ちてくる女の子じゃなくて、ギリシャ文字のΘ(シータ)からだ。

 そして顔から頭部にかけて、Θを落とし込んだデザインになっている。


 柱の合間から()い出てきたアリの横に回り込み、シータが腕をアリに突き立てる。

 その肘から先は千枚通しのように尖り、微かな駆動音と共に回転している。腕はアリの目を抉りながら侵入し、断末魔の悲鳴を上げさせた。

 地に伏して六本の脚を痙攣させるアリを踏み台にして飛び上がったシータは、もう一匹の頭に同じような穴を開けた。


 まるで己の意思を持っているかのように、シータは動き回る。

 それもそのはず、シータは俺が〈人形繰り〉によって動かしているのだ。


 そしてシータが人のように動ける秘密は〈人形繰り〉だけではない。


 〈人形繰り〉だけでも俺がしっかり見ていれば動かせるが、ニケの背中で振り回されている俺が自在にシータを動かせるのは、〈第三の目〉を併用しているからだ。

 俺が〈鷹の目〉をシータの顔にくっつけて操っているのだ。


 本来〈鷹の目〉は視点を指定位置に飛ばすだけで、このようなことはできない。〈第三の目〉に組み込まれたからこそ可能になったのだと思われる。

 俺はこれを、〈憑依眼〉と名づけた。


 この〈憑依眼〉は別に、シータだけにしかつけられないわけではない。他の物や人にだってつけられる。

 とはいえ、今は詳しくは省くが魔眼の弱点によって人につけるのは難しい。セレーラさんのあられもないプライベートを覗くのは無理ということだ。残念。


 そしてこの〈憑依眼〉を併用した〈人形繰り〉はとても難しくて、まだ自分も動きながら動かすようなことができない。頭が沸騰しそうになってしまう。

 今回ニケが〈神雷〉でアリたちを殲滅せず、俺がニケの背中に張りついているのは、少しでも過酷な状況で〈人形繰り〉の練習をするためだ。


 ああっ、ほら余計なことを考えてたらシータがアリに突き飛ばされちゃったじゃないか。


 とりあえず様式美としてこれは言っとかないと。


「シーターーー!」


 返事はない。

 いつの日か、パとズとーとバとルとスを発声できる機能をつけたいものである。





「むぐぐ、やっぱり強度不足か……」


 戦闘を終えると、シータのアタッチメント式の腕であるピアッサーアームはひん曲がって、先端も欠けていた。

 ほんとはドリルにしたいのに、強度の問題で不可能だった。理由は──


「こればかりは仕方ないでしょう。もう良質な素材があまり残っていませんから」


 そう、俺たち三人の体と武器防具、さらにシータの関節部などの重要部位にいい素材をつぎ込んだので、ろくなものが残ってないのだ。

 本当はシータもニケみたく本物の人みたいな美人に作りたかったが、それもあって無理になった。


 俺が〈人形繰り〉でスムーズに操るには、魔力経路と呼ばれるものが対象に必要であるということがわかっている。

 それは魔力が流れる目には見えない道であり、人を含めた多くの生物に存在していて、ニケのホムンクルスボディにも存在する。


 なので美人人形を作ろうと思ったのだが、素材不足とニケの反対にあってやめさせられた。

「そんなことをしたら、どうせすぐに意思を持たせたくなって、マスターはまた無茶をするに決まっています」というのが反対理由である。

 俺無茶なんて今までしただろうか。これはこれで気に入ってるからいいけど。


 それと実はもう一人二人奴隷を増やそうかなどという話もあったのだが、それも素材不足が理由で立ち消えとなった。

 俺としては別に、無理に錬成人にしなくてもいいんじゃないかと思ってるんだけど。戦闘で役に立たなくても、他にエロエロ……いろいろ役に立ってもらうこともあるだろうに。


 ちなみにルチアも戦える人であれば、ハーレムが増えても気にしないらしい。

 むしろ俺の安全性が増すということで大賛成だった。いい子である。


「今のところ、これといって良い素材を得られるような敵は出ていないな……私たちの強化も、もっと深く潜ってからになるだろうか」


 シータをしまうと、先に喉を潤していたルチアが俺のお手製水筒を渡してきた。

 酷使した体と脳に、爽やかな甘味と酸味の林檎ジュースが染み込んでいく。んんん~よみがえる。

 石に座って水筒を傾けてコクコクする俺を、ルチアは微笑ましげに、ニケはよだれ垂らしそうな顔で見ている。このショタコンどもめ。


「ぷはぁ。んー、そうでもないんじゃないかな。特化したステータスを持つ敵の素材でなら、そろそろ強化できそうな気がする」

「ですがそれでは、一つのステータス値が上がっても、他が下がることになりませんか?」

「〈アップグレード〉が言葉通りなら大丈夫だと思うんだけど……やってみないとわからないな。にしても……」


 ニケに水筒を渡した俺は、マジックバッグから地図を取り出す。


「まだこの階層半分くらいしか進んでないか。やっぱ水晶ダンジョン広いなー」


 マリスダンジョンなんかとは全く規模が違う。それが水晶ダンジョンの利点でもあるのだが。

 十日で俺たちがここまで来れたのは、地図見ながら高ステータス任せで突っ走ってきたからだ。


「そのぶん敵には事欠かないがな。人気のあるマリスダンジョンなどでは、敵の奪い合いがひどいからな。ここに潜っている者はみんな行儀が良くて助かる」


 ルチアの言うように、ここまで何度も他のパーティーと遭遇しているが、みんなこちらが戦っていれば離れていく。

 セレーラさんに聞いたダイバーのマナーどおり、わざわざ近くで戦ったりしないし関わってくるようなこともなかった。

 俺たちはひたすら深層を目指して突き進んでいるから、近くで戦われようがどうでもいいんだけど、そんなこと他のダイバーは知らないしね。


 ちなみにルチアの獣化やシータについては、ことさら隠すようなことはしていない。

 隠し通せるようなものではないし、ステータスという決定的なものさえ隠せればいいという方針だ。


「とは言え奪い合いが全くないわけではありませんが」


 そう言って、林檎ジュースを飲んだニケは水筒を〈無限収納〉にしまった。


「そうなん?」

「ええ。階層レアと呼ばれる珍しい魔物が、一桁に五がつく階層に湧くのです。おそらくそれを狙う者たちが、この階層にも多くいるでしょう」

「そう言えばここもそうだけど、十五と二十五もダイバー多かった気がするな。ここには何が出るんだろ」

「さあ、そこまでは」

「まあいっか。素材は欲しいけど、無理して狙うこともないな。もうじき夜になるだろうし、どっかいい場所見つけて休もう。うーん……ここにするか」


 地図を見ていたら、今いる近くに人が来なさそうな行き止まりの部屋を見つけた。

 立ち上がると、自然とルチアが後ろにきて俺を持ち上げる。もう慣れっこである。




 しばらく進んでいくと大部屋に出た。


「えっと、ここを左だな」


 地図を見ながら方向を指し示した先は、急いでいたら見逃してしまいそうな細い通路。


 その通路を進み、奥の部屋につくと──先客がいた。


「こ、子供?」

「なんでこんなとこに」


 俺の容姿に驚いたのは、六人組のパーティーだ。

 全員が立ち上がり、武器に手をかけようとしている。


「すみません、休憩中でしたか。すぐに去りますので」


 返事もせず警戒も解かないパーティーを置いて、俺たちは部屋を出ることにした。

 攻撃してくるようなことはなかったが、通路を戻るあいだ視線をびんびん感じた。


「なにをあれほど警戒しているのだろうか」

「さあねえ。仕方ない、他の場所に……って、おいあれ」


 大部屋に戻ってきた俺が指を差した方向には、色とりどりの光の粒が集まっている。ダンジョンの魔物が出現する兆候である。

 その粒は徐々に密度を増していき、なにかを形取っていく。


「ゴーレムでしょうか」


 たしかに人のような輪郭は、ここでたまに見る石とか鉄製のゴーレムに酷似しているのだが……。


「ちょっとでかくね?」


 アイアンゴーレムのでかいやつでも三メートル位だったのに、これは四メートルを越えてそうだ。

 光がおさまり、魔物が完全にその姿をあらわにしたとき、その理由がわかった。


 鉄の鈍い輝きをベースにした体に、多くはないものの部分部分に焦げ茶色の金属があしらわれている。

 角張った体はアイアンゴーレムなどよりも太くたくましく、断然強そうに見える。


「あれってダマスカス鋼か」


 茶色い金属には、木目調の模様が浮かび上がっている。魔力伝導率は低いが、ミスリルより硬くてしなやかな希少金属ダマスカス鋼の特徴だ。


「ええ。ダマスカスの割合から考えれば、あれはレッサーダマスカスゴーレムですね」


 レッサーとは劣種を表す言葉だから、本当のダマスカスゴーレムはもっとダマスカスがたっぷり使われているのだろう。それでも盾の一つ二つは作れそうだが。


 現れたレッサーダマスカスゴーレムに対し、俺を降ろしたルチアとニケが構えを取る。

 だが、ゴーレムは動こうとはしなかった。


「どうやら攻撃的な魔物ではないようだが……どうする主殿」

「愚問であるぞ、ルチアくん。当然やるさ、ダマスカス欲しいから。こいつって話してた階層レアってやつだろ」


 大部屋なのに魔物の一匹もいなかったのは、こいつが現れる前兆だったのかもしれない。


「間違いないだろう。さっきのパーティーは、このゴーレムを狙っていたのかもな」


 彼らはまだ来ていないが、この辺りが湧くポイントの一つと知っていて張っているのだろう。道理であれだけ敵意を剥き出しにしていたわけだ。


「ニケ、ステータスわかるか?」

「はい。STRとVIT、それとMNDは高いですが、あとは低いですね。多少時間はかかるかもしれませんが、十分倒せます」


 ニケの〈鑑定眼〉は問題なく通ったようだ。

 実は相手に作用するような魔眼は、仕掛けた相手に気づかれてしまうのだ。しかもステータス差がかなりないと、容易にレジストされてしまう。

 だから人や知能が高い魔物には、〈鑑定眼〉や俺の〈憑依眼〉などはあまり効かない。それが魔眼の弱点だ。


 俺も練習のためにニケに抜き打ちで魔眼をたまにかけられるが、〈鑑定眼〉ならかなりの確率でレジストできる。

 今回はゴーレムの頭が空っぽだから効いたようだけど。


「一撃は重いでしょうから、万が一を避けるためにもマスターはラボにいてください」

「わかった。二人とも気をつけろよ」


 うなずいた二人が装備を取り出す。

 ルチアが右手に持ったのは、ルチア用の金属バットである。アーツは使えなくなるが、極端に硬い相手には剣や槍よりマシだろうということで前に作った。


 俺はマジックバッグを触りながら念じて、シータを出す。

 膝を抱えて丸まるシータに触れ、〈人形繰り〉を発動。MPが流れ込み、リンクが完了して動き出した。


 腕をピアッサーアームから、手が鉄球のようになっているクラッシャーアームに換装する。これは動きが遅くなるからアリの群れには使わなかったが、このゴーレムが遅いというならいけるだろう。

 あとは〈憑依眼〉をシータの顔に張りつけて準備完了。

 俺たちが出てきた細い通路の横に、ラボを出して立てこもる。


 さあ、大物捕りといこうじゃないか。




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