3-1 泣かせた
「いつか有名なダイバーになれるといいな。君たちに水晶の輝きがあらんことを」
「ありがとうございまーす」
衛兵さんの激励に送り出され、俺とニケとルチアは街に足を踏み入れる。
ということで、やってきましたリースの街!
この街の中に、難攻不落の水晶ダンジョンが存在している。
街の入り口は長蛇の列だったが、対応する衛兵の数も多かったので小一時間で入ることができた。
衛兵さんはニケとルチアを見て鼻の下を伸ばしてはいたが、ボディチェックしてくるようなこともなく、お金を払えば通してくれた。マジックバッグあるからボディチェックなんて意味ないしね。
それにしても入る前から見えていたが、この街に来て水晶ダンジョンの名前の由来がよくわかった。
「あれがダンジョンに行ける水晶か……」
大通りの先、真正面にそびえ立つ透き通った水晶の尖搭。街の規模が大きいのでまだまだ距離があるのに、存在感がハンパじゃない。
巨大な多面体の水晶が陽光を浴びて輝くのを見てしまうと、否が応にも神の存在を感じさせられる。
「あれって破壊できないんだっけ?」
「ああ、なにをしても欠けたことすらないらしい。というか、まずそこが気になるのか……」
俺の脇から両手を回して抱え上げているルチアが、ため息混じりに答えた。
ルチアの左腕はニケが保管していたので、それを使ったらわずかな時間で治療は終了した。他の素材で一から作るのであれば、もっと時間がかかるのかもしれない。
そんな機会はない方がいいけれど。
「あれが神の御業で存在しているなら、それに挑むのは人として当然だ」
「破壊ではなく普通にダンジョンに挑むべきではないだろうか」
「それに壊せたら水晶取り放題じゃないか。しかし壊せない水晶とか、それは水晶なのかねえ?」
水晶って、石英とかだった気がするんだが……パッと見で水晶っぽいから気にすまい。
「ルクレツィア、そろそろ交代です」
ニケは俺を抱っこしてないので従者ポジションで周りに目を光らせている。でも思っていたよりこの街の治安は良さそうだ。
もちろん冒険者らしき人はよく見かける。だが入るときに言われたが、街中での武器の携帯は禁止されており、みんなそれを守っている。
街の雰囲気も活気はあるが、剣呑としているわけではない。
正直もっと荒くれものたちが幅を利かせてるのかと思っていた。
「もう少しいいだろう。街に入る前に代わったばかりじゃないか」
「では仕立屋に着くまでですよ」
これは最近往々にして起こる、抱っこ係争奪戦である。愛されショタボディが憎い。
俺がなぜ抱えられているのかと言えば、靴がないからである。この街にも二人に交互に抱っこされて来た。せっかく強くなったのに。
錬金でその場しのぎの服は作ったのだが、靴に関しては「靴擦れが心配」と強固に反対されて作っていない。
そのせいで、今も通り行く人々が微笑ましそうに俺を見ている。
だが彼らは後頭部を挟み肩に乗っかるメロンやスイカのせいで、俺が肩こりになりそうで悩んでいることなど知るよしもないだろう。むふふ。
ただ、疑惑はある。
俺が靴を作らせてもらえないのは、君たちが抱っこしたいからじゃないよね……?
残念ながらその疑惑はすぐに確信へと変わるのだが。
「ニケさんや、子供服に金貨何十枚もかけるのは無駄遣いが過ぎるのではないだろうか」
見るからに高級そうな……というか実際高級だった仕立屋から出てきた俺の、率直な感想である。
「これは必要経費です。マスターもこれから戦闘に加わるのですから、可能な限り丈夫な衣服を用意するのは当然です」
「その割には君たち店員さんとデザインで揉めてたよね」
そのせいですっごい時間かかった。
おかげで俺もその間に、二人に夜着せたい服をこっそり注文することができたけど。
「まあいいや、じゃあ次は靴屋に」
「ダイバーズギルドはやはり水晶ダンジョンの根もとでしょうか」
「いや、そうじゃなくて靴屋」
「そうだろうな。帝国の水晶ダンジョンがある街でもそうだった」
「だから靴屋にだな」
ニケは俺を抱えたままスタスタと歩き、ルチアは斜め後ろをなに食わぬ顔でついてくる。
やっぱり抱っこしたいだけだこいつら!
「ほらあそこ。靴屋あったぞ! 聞こえてるよね? く~つ~や~!」
おかしいな、俺マスターで主なんだけど。
「しかしほんとでけーな……」
近づけば近づくほど存在感を増す水晶。
昔家族で富士山に行ったときのことを思い出した。大きいことはわかっていても、近くに行くと本当に大きくてびっくりすることってあるよね。
やはり大きいというだけで、人は惹かれてしまうものなのだ。
俺を惹きつけて離さない大きなものを肩で堪能していると、ふと気づいた。
「あれはなんなんだ?」
水晶の中ほどから、どういう仕掛けか内部に巨大な青い炎が揺らめいている。
炎は十個ほどが輪を成しており、それが幾段にも連なっている。
「あの炎は、これまでの攻略階層を示しているようです。炎の上にも黒い球体があるのが見えるでしょう? 攻略階層が更新されると、あの球に炎が灯るのです」
目を凝らせば、確かにゴマ粒みたいな物が見えた。ほんとは相当大きいんだろうけど。
そんな仕掛けが作ってあるのであれば、やっぱりこれは自然にできたものじゃなくて、神様みたいな存在が作った物なんだろう。
「えっと全部で……」
「百だな。だから百階層が最深階層だと言われている。そして百階層まで攻略した者には、神からの褒美が授けられるなどとウワサされているが……眉唾物だな。見てのとおり、まだ誰も到達していないのだから」
炎がついてないのが上に二段あるから、まだ八十にもたどり着いてないってことか。
「水晶ダンジョンって全部で五つあるんだよね? 楽なとことかないのか?」
「内部はそれぞれ独立しているが、構造としてはどこも同じらしい。あの炎も五つのダンジョンで共通だ。他の水晶ダンジョンが更新されれば、ここでも炎が灯るはずだ」
全部同じじゃなくて、どうせならご当地色を出せばいいのに。どうやら神様は地域振興には興味がないようだ。
「二人は入ったことあるんだよな?」
「ええ、遥か昔には七十階層付近まで行きました」
「さすがだな……私は五階層までだ。水晶ダンジョンの近くに任務で行ったときに暇を見つけて足を運んだのだが、なにぶん広いからな」
ルチアは騎士だったから仕方ないだろう。
水晶ダンジョンにはほっといても人が集まるし、スタンピードも起こらない。どうせ騎士を回すなら、マリスダンジョン攻略をさせた方が有益だ。
それにしてもケーンを持って挑んだ人でも、七十階層までしか行けなかったのか……これは骨が折れそうだ。
話をしたり屋台を巡ったりしつつ石畳の大通りをのんびり歩き、ようやく水晶に突き当たった。
水晶の周囲はロータリーというか、円形の広場のようになっていた。
見上げれば、平面を幾何学的に組み上げた塔が、先を細らせながら天を衝いている。
何十階建てかの高層ビルといった感じで、見たことがない高さではない。
でも壁も柱もなく、曇り一つない透明なぶっとい水晶がそそり立っているのは迫力がまるで違う。
その回りをまるで城壁のように、三階建ての建物がぐるりと取り囲んでいる。
この建物が丸ごとダイバーズギルドらしい。
正面に構えられた広いアーチをくぐると、内部は銀行のような作りだった。清潔感と解放感があり、荒くれ者の巣窟といったイメージは皆無だ。
建物を抜けた先には水晶の根もとが見えるが、監視の目が光っていて勝手には近づけない。
入って左手側にはカウンターが並んでいた。と言っても最多で十人くらいで対応できそうな広さのカウンターには、三人しかいなかった。
立ち話なんかをしてるのもちらほらいるが、昼過ぎだしほとんどのダイバーはダンジョンに潜っているのだろう。
ちょうど数少ないダイバーの相手が終わった受付嬢に手招きされたので、そこへ向かうことにした。
「ようこそダイバーズギルドへ! ボクはお姉さんたちとお使いかな?」
ピンクの髪をツインテールにしている若い女の子で、かわいい顔をコテンと傾けている。
「ダイバーズギルドに加入させてもらうつもりで来たのですが、いくつかお伺いしてもいいでしょうか」
ニケとルチアからダイバーズギルドについて色々聞いたのだが、俺としては引っかかる部分も多かった。大したことではないが、この際だしスッキリしておきたい。
「ダイバーになるって、お姉さんたちが?」
「僕もです」
「えっ、キミも!? うっそー、まだ子供でしょう? ちょっと早いんじゃないかなー」
ニケに抱えられている俺がダイバーになろうとしているせいなのはわかる。
わかるが──
「チェンジでお願いします」
「えっ?」
「他の方と代わってもらえませんか」
「ええっ! なんでなんで!?」
お前みたいな女が苦手だからだよ。
声がムダにでかくてうるせーし、仕草も自分のかわいさを知っているあざとさであふれている。
身振り手振りは大袈裟で、男の目を意識してわざとやってるのが見え見え。この新人アイドルのようなぶりっ子感……ほらほら男ってこういうのが好きなんでしょ? と、小馬鹿にされてるようにすら感じてああああ、イライラするっ。
ふとした瞬間についかわいくなってしまうルチアを見習えヘタクソめ。
しかし他の二人はまだダイバーの相手してるし、奥にいるギルド職員の人たちは忙しそうだ。代わってくれそうな人がいない。加入前に脱退したくなってきた。
「種族的な問題でこの容姿ですが、マスターは子供ではありません。そもそもダイバーになるのに年齢制限はなかったはずですが」
俺がうんざりしているのを感じたのか、ニケが助け船を出してくれた。
しかし受付嬢には効果がなかった!
「人間の子供じゃなかったの? エルフには見えないし、うーん……っていうかマスター!?」
「詮索は無用です」
ああもうっ。声がでかいせいで他のダイバーの注目も集まってきてるし、わざと情報まき散らしてるとしか思えない。
もうさっさと聞くこと聞こう。
「まず初めに言っておきたいのですが、僕はダイバーズギルドに反感などはもっていません。それを理解してもらった上で伺いたいのですが、ダイバーにならないと水晶ダンジョンには入れないのですよね?」
マリスダンジョンは潜るのに許可なんていらないが、水晶ダンジョンはそうではない。ギルドの建物で囲んでまで厳しく管理されているのだ。
俺たちは秘密が多いし、勝手に入らせてもらえた方が都合いいのでいちおう聞いてみたのだが、ピンク髪の受付嬢はケラケラ笑った。
「アハハハッ。そうだけど、ボク話し方が大人みたーい」
ニケの話聞いてなかったのかてめえは!
くっ、落ち着け俺。
「それはなぜでしょうか。マリスダンジョンは許可など必要ではありませんよね? 国からマリスダンジョン攻略の依頼があったときなどは、こちらで斡旋しているとは思いますが」
「それはそう決まってるからで」
「その理由を伺っているのですが」
「えっと……」
しどろもどろでピンクは後ろを振り返ったりするだけで、答えは返ってこない。
そしてついには、ちょっと不貞腐れた様子で開き直った。
「いいじゃん、そんなのどうでもー」
こいつ……。
「……もういいです。次の質問ですが、ダイバーになるには入会費が必要ですよね? それと年会費も。ではダイバーズギルドに加入すると、水晶ダンジョンに潜ることができる以外にどのような特典があるのでしょうか」
国にもよるが、その会費はだいぶ高いらしい。
ダイバー以外締め出してぼったくるとか、がめつすぎるんだよ。
別段金に困っているわけではないが、無意味に散財させられるのは腹が立つ。俺は小遣い制でなんとかやり繰りしてるのに……さすがにこれはニケちゃん払ってくれるかな?
「素材! 素材の買い取りをやってるよ!」
参ったかと言わんばかりに胸を張るピンク。そんなことは知ってるんだけど。
「買い取りなら商会などでもやっているでしょう。ここで売るメリットはあるのですか?」
「えっと……安定してる?」
「つまり高く売れることもないというわけですね」
「……はい」
さすがに水晶ダンジョンがある街だけあって、通りにはでかい商会がいくつも並んでいた。ギルドに売らなくても、売る相手に困ることはそうそうない気がする。
「他に特典はないのでしょうか」
「み、身分証」
「身分証として使えるのはC級以上でしたよね。D級以下は街の出入りにもお金を払わなければならない。合っていますか?」
ピンクは黙って頷いた。
優遇されるのは、力を持っていることが証明された者だけだ。
それは当然だし、とやかく言うつもりもない。聞いたのはただの確認だ。
「他に特典はありますか?」
ピンクは黙ったままうつむいている。
もう特典はないということだろうか? そんだけ金ぶんどるなら、レスキューサービスとかやってくれたらいいのに。
などと考えていたら、ピンクの目から涙がこぼれた。
……は? なんなのこいつ!? っていうか打たれ弱すぎだろ! 単に疑問に思ったことを聞いてただけなのに。
「泣かれても困るのですが。別に責めているわけではありませんし。そちらに対して何か思うところがあるわけではないと始めに言いましたよね?」
しかし聞く耳持たないピンクは、声を上げて泣き出してしまう。
他のダイバーたちの注目もさらに集まり、こっちを指さしているやつもいる。悪質クレーマーだとでも思われているのかもしれない。
仕方ないので、ピーナッツを取り出して親指で弾く。
見事に口の中に吸い込まれ、ビックリしたピンクは少し泣き止んだ。
よし、もういっちょ……あっ、鼻に入っちゃった。
さらに大声で泣いてしまった。
でもその拍子にポンとピーナッツが鼻から飛び出たので一安心していると、奥からツカツカと女性が歩いてきた。
「ピージさん、あなたは奥へ行っていなさい」
ピンクを女性が奥の部屋に追いやる展開に、ちょっとジルバルさんを思い出す。
だが、今回は期待できそうにない。
だってこの女の人、見るからにプライド高そうな金髪縦ロールなんだもの。
「皆様、大変失礼いたしました。話は聞かせていただいていましたので、彼女の代わりに私が答えさせていただきますわ」
まさか「ですわ」口調!? ほんとにいるんだ……しかもあの長い耳。めったに見ることがないエルフか? なんてキャラの濃さだ。
「まずダイバーにならなければ水晶ダンジョンに入れない理由ですが、一言で言ってしまえばそれがこの国からの依頼だからですわ」
どうしよう、「わ」が気になって話が頭に入ってきそうにない。




