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6-41 しんどかった



「しかし、いい加減フェルティス侯爵がかわいそうになってきた。倒れたりしないだろうか」


 自分を待ち受けるピョンコン教祖としての運命も知らず、ルチアは侯爵の心配なんかをしていた。


「貸しもあるし、いいのではありませんか」

「なにを言っていますのニケさん、米作り経験者が大勢ですわよ。これも貸しでいいですわ」


 さすがスパルタセレーラ先生。

 実際稲作をやってるなら村ぐるみでやってるだろうし、経験者はかなりの割合になるだろう。

 ティルのところは痕跡なかったし、やってなかったようだが。


 そう思ってティルを見てみると、ヒツジ少年と初めに飛び出してきたイヌ少年たちが仲良さそうにしているのをうらやましそうに見ていた。


「ボクたち米作りなんてやったことないよ……」

「大丈夫だって、俺が教えてやるから!」


 この二つの種族で仲がいいなんて珍しいこともあるものだが、お前も混ざって教えてもらったら? 頼もしさレベルでは、その子らといい勝負なんだし。


 その勝負にも負けて子供たちにアゴで使われるティルを想像していたら、ピンときた。


「あ、そうだ。こいつら獣人から派遣する、王国への技術支援者ということにしよう」


 帝国は大樹海に道まで作って交流がなされるのに、王国が獣人国家を承認するだけでは弱すぎるという話はしていた。

 ポーラさんは他にも関係性を強める手を探すための特使でもあるのだ。

 その一端として、こいつらを技術支援者ということにすればいいだろう。


「王国に人質を差し出している形にもなりますし、いいのではないですか」

「なるほどねえ。帝国が王国と戦えってうちに要請してきても、断る口実にできるってことかい」


 いらんもんでも、どうせなら有効活用しないとね。リースが安全であればセラも喜ぶんだから。


「王国で稲作かあ。俺たちもそこでしばらく世話になって、これからのこと考えることにするか」


 獣人たちがそれぞれ今後について盛り上がっている中、吉田がそう言って福本とカヨに顔を向けた。


「そだね。王国行ったことないから楽しみだけど、忙しくなりそ。だからその前にちゃんとお父さんに顔見せに行ってあげなよ、操。私たちのこと気にしてないでさ」

「カヨちゃん……」


 あん? …………お父さんに顔見せ?


「操! こいつらに話したのか!?」

「うん」

「うんてお前」

「やっぱりみんなに黙ってるなんてできなかった。ごめん」


 話したきゃ話せと言ったのは俺だし、謝る必要はない。

 だが勇者たちが自分も帰らせろと言ってくるようであれば……。


 俺たちが少しピリッとした空気をまとったことに気づいたか、吉田が苦笑いしている。


「ははは、別に心配しなくても、俺たちも帰せなんて言わねえよ。そりゃ帰りたくないわけじゃないけど、帰せない理由は納得できたしな」

「帰してなんて言う資格、私たちにはないし。だけど操は自分だけ帰るの悪いと思ってるみたいだからさ、無理やりにでも連れて帰っちゃってよ」


 カヨに背中を押された操が振り返ると、勇者たち全員が笑ってうなずいた。


「みんな……」

「ミサオ殿、いい仲間を持ったな」

「……うん」


 微笑むルチアに、操がうなずいてみせる。

 その瞳から零れ落ちそうな涙が、陽光に輝く。


 んー……しかし、あとになってやっぱり俺たちも帰せなどと言ってきたり、操を人質にして脅してきたりするかもしれないので、勇者たちは今始末しといた方がいいのかもしれない。


「もうっ、そんな台無しにするようなことを考えないでくださいませ」


 わかったわかったセラちゃん、ちょっと冗談半分に考えてみただけだから。

 ……ちょっと考えたことすらテレパスされて否定される俺の人権はどうなっているの。


 頭に銅板でも巻いてたらテレパスを防げないだろうかと考えていると、勇者が一人前に出てきた。


「橘」


 犯人でお馴染みの泰秀だ。


「なんですか。言っときますが、なに言われても帰しませんよ?」

「そうじゃなくて……その」


 一度ぐっと拳を握りしめた泰秀は、ガバッと腰を折り曲げた。


「悪かった。俺が昔お前にしてしまったこと、ちゃんと謝らせてくれ」


 昔剣聖と一緒に、俺を馬鹿にしてたことについてだろうか。

 深々と頭を下げる泰秀に、俺は優しく語りかける。


「謝罪なんてしなくていいんですよ、泰秀くん」

「橘……」

「そんな態度見せられても、地球には帰しませんから」


 ペッとツバを足元に吐いてやると、泰秀はうがぁと頭をかきむしった。


「違うって! 俺は……俺はお前が嫌いだ! 健吾のことも許せそうにない! それでも……自分がやったことにケジメをつけないと、前に進めないんだ!」


 なんかヤケクソで叫んでいる泰秀を、ニケがボソリと刺す。


「真剣味を感じませんね。ニホンには、もっと謝罪に適した姿勢があったはずでは」

「うっ……そ、それは」


 操ほど人ができていない泰秀が土下座にためらいを見せていると、ニケは「冗談です」とププッと笑った。


「……ニケ殿の冗談も、和まないことが多いと思うのだが。わかりづらいし」

「シッ、黙っていてあげなさいませ。またイジケますわよ」


 ……俺ならイジケてもいいのかな。

 とにかく、泰秀なんてどうでもいいし終わらせよう。


「はい泰秀くんわかりました。許しますよ」

「なんかおざなりすぎるけど……ありがとう」


 もう一度頭を下げた泰秀は、頭を戻してから続けた。


「俺はこれから、聖国の方でも活動するつもりだ」


 お前のこれからなんて興味ないんだよ。聞いてないんだよ。

 というか公然と敵対宣言を発したが、勇者たちは……知っていたようで驚いてないな。


「当たり前だけど、獣人に害を成すためにじゃない。前にシャニィさんに言われてからずっと考えてたんだ。ここで獣人を背中に隠して守ってるだけじゃダメなんだろうなって。だから川端たちと協力しながら、今の獣人や亜人に対してのやり方に疑問を持っている人を聖国で探して、接触してみるつもりだ。そういう人たちを集めて、少しでもあの国を変えられるように。それがきっと獣人だけじゃなく、聖国の人たちのためにもなると思うから」


 俺たちがこの世界に連れてこられたのは、上層部だけではなく聖国全体の責任も多少なりともあると思うのだが……物好きなやつだな。


「そうですか、目指せ第二の『ファマース村の惨劇』というわけですか」

「惨劇は目指さねえよ! ほんっとヤな奴だな!」

「まあ頑張ってください。破壊活動なら、気が向いたとき手伝ってあげますよ」

「だからそういうんじゃないんだって! ああもう!」


 せっかく人が手伝ってやると言ったのに、ぷんすかしながら下がっていった。情緒不安定すぎだろ。ほんとめんどくせーやつ。


 ま、泰秀はどうでもいいとして、操を帰る気にさせてくれたようなので勇者たちには一応感謝しておくとしよう。


「じゃあ獣人たちが移動の準備しているあいだに、まずは帰るか。日本に」


 操に顔を向けると、普段がウソのように愛想のいい返事がきた。


「うんっ、お兄ちゃん」


 ……。


「こんな子供にそんなこと言うの恥ずかしくない?」

「せっかく頑張ったのに、言わないで……」


 サービスのつもりだったのか? 両手で顔を隠して恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに。

 ……実はちょっと兄心がときめいたのは内緒だ。


「ティルも行くんだよな?」


 家からは出せないが、晴彦さんに合わせるだけだしそれでいいだろう。

 フードでも被らせれば、少しくらいなら外を歩かせてもいいかなあと考えていたら──


「…………ま、また今度」


 ──お前、変わんなかったな。


 恋人の親への顔見せからビビッて逃げたティルを見て、ニケが操に目を向ける。


「ミサオ、本当にあれで」

「いいの、それも言わないで……」


 さすがに操もちょっとがっかりしていた。


 というか、さっきから視界の端っこで気づいて欲し気にちょろちょろしている奴がいる。

 あまりのうざさに目を向けると、ちょろちょろラグビー部吉田はえへへと頭をかいた。そのガタイでくねくねすんな気持ち悪い。


「橘、連れて帰ってくれとは言わないけど……お土産くらい頼んでもいいよな?」

「仕方ないですね……カップ麺なら買ってきてあげますよ。銀貨二枚で」

「言うと思ったよ! 高ぇし! 買うけど!」


 そうこうして、今後のことやその準備について語り合いながら、ようやく獣人や勇者たちは散っていった。


「ハァ、しんど」


 大勢の相手をしてやって疲れたので、ルチアのお胸様に顔を埋めて癒されていると、ニケが意味のわからんことを言っていた。


「よかったですねマスター、お友達ができそうで」

「なにを言ってるんだニケ、俺の友達は死んだだろう。えっと、あ……アヘンくん?」

「アヒムだ主殿……」

「その人のことじゃありませんわよ……というか友達なら名前くらい覚えておいてあげなさいませ」

「いい友達は死んだ友達だけだ。そして墓の前でだけその名を思い出す。それでいい」


 世紀の名言を残したのに、なんでセラとニケはお手上げポーズしてんのさ。


 それにしても、予想外に長い寄り道になってしまったな。収穫もあったけど。

 スイカに挟まれたまま目をつぶると、まぶたの裏に浮かぶ一連の出来事。


 ──聖国で破壊活動して、金歯取って、剣聖殺して、リンコ殺して、ルチアの仇殺して。


「なぜそんなことばかり思い出すのだ……もっと他にもあっただろう」


 そうだっけ?






長かった第六章はこんな感じの終わり方です。


読んでいただきありがとうございました。

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