6-40 たかられた
イヌネコ頂上決戦が終わってから、ひと月半が経過した。
建国に向け、獣人全体が少しずつ動き始めている。
不承不承ではあるが、イヌ系獣人一派もシャニィさんの作る国に参画していくことになりそうだ。
死んでもそんなもの受け入れないという者たちは、すでにあらかた戦いで死んでいるので当然かもしれない。
集会所に新たに作る街に住まなければいけないわけではないので、イヌ系獣人たちは今まで通り西側で暮らしつつ、時間をかけて新たな体制に馴染んでいくことになる。
獣人が完全に二つに割れるようなことがなかっただけでも、シャニィさんとしては万々歳だろう。
しかし、時代の潮流からあぶれてしまう者がいるのは、世の常であって──
「……なんだこいつら」
朝飯食ってイチャイチャして、昼飯食ってイチャイチャしていたら、ラボの外が騒がしいことに気づいた。
なにかと思ってルチアに抱っこされて外に出たら、獣人が大勢集まっている。雑多な種族が、二、三百人くらいいそうだ。
「私たちと一緒にここに来た方々ですわね」
操がうだうだ言ってなかなか日本に帰ろうとしないので、俺たちはまだイヌ系獣人の村にいるのだが、身の振り方を決定できずにあの日から留まっている者も多いのだ。
「おい操、どういうことだ」
勇者やティルと並んで先頭にいた操に尋ねると、アハハと困った様子で笑った。
「あのね、ここのみんなは新しい国に参加する気が起きないみたいで。ネコ獣人との戦いで家族を亡くしちゃった人もいるし」
「そうか……気の毒にな。家族を亡くすつらさはよくわかる。それに国作りのためとはいえシャニィさんに切り捨てられて帝国に差し出されたんだから、不信感が強くて当然だな」
結局切り捨てられた者たちにはほとんど死者も出なかったし、あまり遺恨が残らないかと思っていた。
しかしティルたちなんかは元から生贄とされてきた経緯があるし、仕方ないかもしれない。
「それでね、みんな橘くんたちについていきたいんだって」
「断る。散れ」
当たり前の返事をすると、中学生くらいの子供が飛び出してきた。
「おっ、オレたちはオマエなんかについていきたいんじゃない! ピョンコン様についていきたいんだ!」
「はあ?」
それに続き、周りの獣人からも声が上がる。
「どうかお役に立たせてください、ピョンコン様!」
「ピョンコン様に救われたこの命、なんなりと好きにお使いください!」
「なっ……」
その熱量は、どんな強敵にも怯まず戦ってきたルチアを後ずさらせるほど。
つうか、こいつらまだそのノリなの。
「どうすんだルチア、すげぇ迷惑なんだけどグぎギギギィ」
「誰のっ! せいだとぉ!」
なんで首絞めてくるん?
そうこうしているうちに獣人たちはますます盛り上がり、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「お、落ち着いてくれお前たち。気持ちはうれしいのだが、私にはやるべきことがあって……ミサオ殿、ティル殿、皆を止めてくれ!」
「あー、えっと、それが」
「シンイチ、みんな、僕もキミたちの役に立ちたい!」
顔を輝かせるティルの短い尻尾が、ピコピコ左右に振れている。ヒツジってそういうのだっけ?
「ティルまでピョンコン教に入信してんのか」
「そういうわけじゃないけど、ティルはどうしても橘くんたちに恩返しがしたいんだって」
「いらん。ここで大人しくしてろ」
それが俺にとって一番助かるのだが、カヨと吉田と喋らないくせに福本までずいっと出てきた。
「私たちもみんなが心配だからついてくよー。あんまりそういうこと言うとまた過保護って思われちゃうけど、心配なものは心配だし」
「大樹海には川端たちがいるしな。それに俺たちも外に出て、獣人のことだけじゃなくてもっとこの世界のこと知らないと」
「そうですか、僕と関係ないところで好きに出てってください」
こんなのただのたかりじゃねぇか、なにが悲しくてお前らの面倒をみなければいけんのだ。どこの参勤交代だよ、こんな人数をあちこちに連れていくなど無理に決まっている。あまりに馬鹿すぎる。バーカバーカバーーーカ。
しかし、何度そう伝えても、めげずに連れていけと訴えてくる。
もうめんどくさいから三人に頼んで全員森の肥やしにしてもらおうかと思っていたら、よく通る声が。
「なんだか大変なことになってるねえ、坊や」
「ポーラさん、もう戻ってきたんですか」
クマ系の偉い獣人であるポーラさんは、諸々のことを話し合うためにシャニィさんのいる集会所に行っていたのだ。
「王国への特使に決まったからね。坊やが連れてってくれるんだろう?」
「そうですけど、特使はポーラさんになったんですね」
独立性を保つために、グレイグブルク帝国からだけではなく、早い段階でマリアルシア王国からも新しく作る国の承認を得る──セラが考え、シャニィさんに提示した案だ。
これはなにもシャニィさんたちのためだけの案ではなく、王国のための案でもある。
獣人国家が帝国だけと密接になりすぎたり属国状態となれば、二つと接している王国は危険になってしまうからだ。特に大樹海と隣接している、リースのあるフェルティス侯爵領が。
そのような事態を防ぐためにも、獣人国家にはできるだけ中立でいてもらおうということだ。
帝国が承認する以上、国として成立するのは止められないわけだし、どうせなら王国も早く認めて恩を売った方がいい。
そしてそうとなれば同じように帝国も承認の撤回はできなくなるので、その面でもシャニィさんたちにはメリットがある。
この提案をして、俺たちには王国に太いコネがあるぞと話したら、シャニィさんは是非にでもと頭を下げてきた。
そこで翌日に転移で話をしにいったら、フェルティス侯爵は「また面倒ごとを持ってきおって……」とブツブツ言いながらも感謝していた。
これも俺たちが引き起こしたわけではないので文句言われても腹立つが、今頃王都との意見調整でてんてこ舞いだろうからざまあみろである。
ちなみに帝国は獣人の集会所を越え、北上を再開している。
俺たちが負かしてしまったせいでシャニィさんたちとの関係は一時悪化したが、ご破産とまではいかなかった。
なにより優先すべきはルート開通だし、帝国にもプライドがある。
狩るはずだった相手に、しかもたった四人に負けたことをグチグチ言っていたら恥の上塗りだからだろう。
実際、俺たちはティルたちの協力者でもう樹海にはいないことになっているのだが、帝国は詮索しようとしてきたらしい。
そこをシャニィさんが、「そんなにその四人が怖いのか」と問うと、顔を真っ赤にしながらも引き下がったそうだ。
「特使はアタシだけじゃないんだけどね。アタシは頼み込んで入れてもらったのさ」
「そうなんですの? ポーラさんのような方がいらっしゃるのはありがたいですけれど、なんでまたわざわざ」
「アンタたち前に言ってたじゃないか、王国で米作りをやろうとしてるって。しかも水の中で育てるんだろう? そんなの聞いたことないからすごく興味があるんだよ。用件が終わったらお願いして、あっちに家族で住んで米作りに関わらせてもらえないかと思ってさ」
「そういうことでしたの……家族で移住だなんて、ずいぶんと思い切りますわね」
「いいやり方ならこっちでも広めたいしね。アタシなんかが新しくできる国で出しゃばってもしょうがないし、そういう面で協力していこうかとね」
ポーラさんだって切り捨てられたうちの一人だ、複雑な気持ちもあるだろう。それでもそう言って快活に笑う姿は、すごくかっこよかった。
ポーラさんがフリーであれば、普通にイケたかもしれないニケちゃん後ろからお尻の穴ツンツンつついてくるのやめてちょうだい。
それと実は長だったシカ獣人のヤロイさんも長の立場は退いたものの、建国に不満を持つ者たちとの調整役としてあちこち回っているそうだ。前に会ったとき、足腰を鍛えていた甲斐があると笑っていた。
それにしても、ポーラさんと米の話なんかしたっけ?
「マスターが子供たちをイジメているときの話です」
「ポーラ殿が出してくれたオヤツは美味しかったな」
(イジメじゃないけど)あのときか。(俺は食べてないけど)オヤツに蜂蜜きりたんぽが出てたくらいだし、ポーラさんのところは稲作やってるんだな。興味あるのも納得だ。
俺としても良質の米を作ってもらいたいし、どんどん学んで広めてもらいたいものである。
あ、なるほど……そうすりゃいいか。
俺は大きな咳ばらいを一つつき、みんなの注目を集めた。
「皆さーん。皆さんには穏やかに、幸せに暮らして欲しいというピョンコン様の御意思に従ったがゆえに先ほどは口汚く罵ってしまい、申し訳ありませんでした。ですが皆さんのピョンコン様への一途な思いに、考えを改めました。ただ、やはり僕たちの明日をも知れぬ危険な旅路に皆さんを巻き込むのは、ピョンコン様の本意ではありません……そこでっ!」
カメラを指差しながらの唐突な大声にみんながびっくりしているあいだに、ルチアが俺の耳に口を寄せてきた。
「おい、これ以上妙なことにはするなよ」
大丈夫だって、任せとけ。
「実は僕たちはピョンコン様の偉大さを世に知らしめる旅をしつつ、水田稲作という新しい米作りの方法の普及活動を行っています。人々を飢えから救い、笑顔で生きてもらおうというピョンコン様の思いと共に。その栄えある第一歩目として、マリアルシア王国において大々的にその方法で作付けされることになっているのです」
「な、なんと……あの王国で……」
「ああ、なんて素晴らしいお考えかしら……」
感嘆のざわめきが収まってから続けた。
「ですがまだ、その第一歩目すら始まったばかり。これから数多の困難が待ち受けていることでしょう。ですから皆さん、僕たちを、ピョンコン様をお助け願えませんか。皆さんの中にも、米作りをしてきた方は多いかと思います。どうかその知識と経験を、王国での米作りにお貸しください……ピョンコン様の目指す、理想の世界のために!」
言い終えるや否や、わあっと沸いた。
俺たちについていくなどと言っていても、不安はあったのだろう。安定した生活の口実を作ってやれば、そりゃ喜んで行くよな。
「ってことで、こいつら侯爵に投げよう。これでどうだ、ルチア」
「あまりピョンコンピョンコン言わないで欲しいのだが、まあ……」
ついてくるよりよっぽどマシだということで、ルチアからも了解を得たが……ふふふ、こいつらの様子なら、リースでもピョンコン教を布教してくれるだろう。
これでリースに行くたびルチアの困った顔を見られるはずだぜ、いえぃ。