6-39 愛憎渦巻く宮廷ものになるところだった
ちょっとシャニィさんに話があったので転移してきたのだが、ちょうどネコ陣営の獣人の長たちが集まっていたので全員転がしてみたのだ。
「アンタたち、よくもこんな……」
シャーっと牙をむいたものの、シャニィさんは観念したようですぐに唇をかんだ。
さっきまでは他の長もムームーうなっていたが、だいぶ大人しくなっている。
「アンタ、大丈夫かいアンタっ」
このアンタは、夫であるレノンさんのことだ。
立ち向かってきたレノンさんはニケのかかと落としを食らって、木の床を上半身が突き破った状態で枷がつけられている。
ニケが結構容赦なくいったことからして、強かったんだと思う。
「気を失っているだけです。これがどの程度頑丈なのかは、貴女の方が知っているのでは?」
ニケの言葉にホッとしているシャニィさんに、再び尋ねてみる。
「で、なぜ帝国と共に戦わなかったんですか?」
「ハァ……アンタたちはそんなことを聞きにきたのかい?」
「違いますけど、単に興味本位で」
「ああそうかい……始めはね、アンタたちの言う通り帝国と一緒に戦うつもりだったのさ。だけど前にアンタたちと話して改めて思ったけどね……やっぱり情けないだろう? 初めから終わりまで帝国にすがってちゃ。それに国として可能な限り対等になるためにも、自分たちのことは自分たちでやろうと思ったのさ。ピョンコン様もなんとかしてくれないようだし?」
こんな状況でも冗談めかして笑うシャニィさんに、ルチアが渋い顔をしている。
ピョンコン様のことは置いとくとして、そういえば自分たちのことは自分たちでみたいな話を前にしたっけな。
結果として、その判断は正しかったと思う。
シャニィさんたちネコ一派は、なんの苦もなく決戦に勝利した。
それは戦力差が大きかったのが一番の理由だ。
帝国軍がおらずとも必ず勝つために、自分たちの縄張りに引き込み、老いも若きも総動員したのだから。
それを卑怯と見るか覚悟と見るか、人によって意見が分かれるところだろう。
しかし、もしそれが帝国を引き連れていたらどうだったろうか?
だいぶ卑怯寄りに傾くのではないだろうか。
実は戦闘前のシャニィさんの降伏勧告で降った種族や、建国宣言を一考する価値があると考え中立となった種族も多かった。
ポーラさんのところのクマ獣人なんかも、中立となったそうだ。
だがそれが帝国の武力を笠に着ての発言に見えていれば、彼らの反応が違うものになっていた可能性は高い。そうなれば戦いはもっと激化し、傷跡も大きなものになっていただろう。
それでも結局イヌ一派と戦うことにはなったが、そもそも獣人は種族同士でちょくちょくぶつかっている。イヌネコは特に。
だから俺たちが思うより後々に引きずることはなさそうなのだが、帝国が混ざっていればそれもどうなったことか。
ちなみに、側近のイヌ獣人すら投降していく中でも徹底抗戦を叫び続けたトゥーブさんは、レノンさんに討たれたらしい。
「ま、アンタたちや勇者の存在が怖かったってのもあるけどね。しっかし子供くらいは助けてもらうことは期待してたけど、まさかアンタたちだけで帝国を追い払うなんてねえ……自分たちでケリつけることにして正解だったよ」
たしかにルチアの仇が帝国にいた以上、俺たちは間違いなく介入していたからな。
シャニィさんが帝国と行動を共にしていれば、なにがどうなったかわからない。
これもちなみにだが、帝国軍は現在集会所の広場の一角にいるようだ。
ただここには帝国人は誰もおらず、シャニィさんたちがこんな状況になっているのも気づいていない。
「子供くらいは、か。つまりあの場に残っていたティル殿たちは、犠牲になってもよかったということか。辛苦を強いてきた彼らを救いたいのではなかったのか」
「よくはないし、救いたかったさ。ただ、それでもやらなきゃいけないと思ったって話さ」
ルチアは腹に据えかねているようだが、時として為政者が大を生かすために小を殺す決断をしなければならないのはわかっているだろう。
前に話した限りでは、シャニィさんも今まで生贄とされてきたティルたちを不憫に思ってたみたいだし、これは本意ではなかったはずだ。
俺としてはシャニィさんがティルたちを切り捨てた決断自体については、思うところはなにもない。もともと今回の騒動に関与する気がなかったのだから。
ただね……。
「それで? アタイらをどうする気だい? 言っとくけど、アタイらを殺したところで建国の動きが止まることはないよ」
「ははは、殺すだなんてまさか。建国を止める気なんてないですし、僕は一言文句を言いに来ただけですよ。関与する気なかったのに、思うように動かされちゃったんで」
「要するに、ただのマスターの逆恨みです」
「ちょっと悔しかっただけだよ!」
「主殿、それを逆恨みと言うのでは?」
「違うよ! 逆恨みっていうのは──」
逆恨みの定義について言い合っていると、シャニィさんが噴き出した。
「なははははっ! そのためにわざわざ来たのかい。ったくさあ、なにが思うように動かされただい。こっちが帝国の連中とどんだけ気まずくなってるのかわかってんのかねえ」
「知りませんよそんなの。ほらニケ、ルチア、こういうのを逆恨みって言うんだよ」
「はいはい」
「大差ないだろう……」
「もうっ、どうでもいいですわそんなの! それより、こちらにお邪魔した理由はそれだけではありませんわよ」
そういえばそうだったね。
しかし首をかしげるシャニィさんたちにセラが話をする前に、ニケがカットイン。
「マスター、いいことを考えました」
「どうした突然」
「新しい国で王となるのは、シャニィかレノンなのでしょう」
「きっとそうだろな」
「ですからここでレノンを仕留め、二人に子がいるならそれらも仕留め、マスターがシャニィを身籠らせてしまえばどうでしょうか」
……なんかえげつないこと言い出した⁉
「なるほど、そうすればいずれは主殿の子が国の王となるのか……検討に値するな」
ルチアまで⁉
「じょっ、冗談はおよしよ……そんなのっ」
これにはさすがのシャニィさんも青い顔をしている。
「そっ、そうだぜ。そんなの……」
いくらこっちの世界の王侯貴族が血で血を洗い、昼ドラ真っ青ドロドロヘドロに爛れたことをやっているからといって、俺が美人で姉御肌で筋肉ナイスバディのシャニィさんを身籠らせるなんてそんなの……。
「……ダメ、だよね?」
「聞くんじゃありません! ダメに決まっていますわ! ニケさんもルクレツィアさんも、気持ちはわかりますけれど変な冗談はおよしなさい!」
「すまない。だがこれで少しは気が晴れた」
「そうですね、シャニィの面白い顔が見られましたし」
…………。
「……し、知ってたさそんな非人道的な行為やるわけないよもちろん冗談に決まってるじゃない見損なってもらっちゃ困るよなんてったって俺は聖人候補で小さい頃は近所の奥様方にも器量よしと大評判だった橘真一だよ…………いや、冗談抜きに本当に、これは嫌よ嫌よも好きのうちというレベルじゃないし、ここまで無理やり女性を手籠めにして喜べるタイプじゃないといういことは声を大にして言っておかなければならん。やっぱりそういうのはお互い楽しく気持ちよくやりたいし、俺はいつでも女性に敬意と憧れをもってして」
「マスター、言葉を重ねれば重ねるほど疑わしさが増していくと昔言ったはずですが」
お口にチャック。セラちゃん、あとは任せた。
「そうしてもらえると助かりますわ、あなたが黙っていた方が話がスムーズに進みますもの」
「ほ、本当に冗談なんだろうね」
「もちろんですわ。ただ……」
セラの口元が柔らかな弧を描く。
だが、その目はどこまでも冷徹。
「もしあなたが、悪意をもって私たちを動かそうとしていたのであれば、そのようなことも選択肢に入りましたけれど」
芯まで凍えさせる視線に射抜かれ、シャニィさんが顔を引きつらせる。
それを見て満足そうにうなずくセラに、ニケとルチアがジト目していた。
「さて、では本題に入りますわ。シャニィさんにお尋ねします。帝国の承認を得て国を立ち上げるとのことですが、そのような関係では対等どころか属国と言っても過言ではないと思いますけれど、いかがお考えかしら」
「それは……だったらどうしろって言うんだい! 他に手なんてっ」
「ですから──」
シャニィさんが声を荒げるのをさえぎり、今度こそちゃんとセラは微笑む。
「──承認を得る相手が、他にもいた方がいいのではありません?」