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6-35 裏切られた



 しばらくして、ルチアが帰ってきた。

 頭もしっかり冷えたようで、破れた穴からではなくちゃんと玄関から入ってきて申し訳なさそうにしている。


「すまなかった。止めてくれて助かった」


 気にするなと、二人が首を振る。

 その光景を見て思う。


「やっぱり俺は間違ってなかったな」

「なにがだ?」

「友達とは蹴るものなのだ」

「返す言葉がありませんね」

「くっ……足ではなく手を出せばよかったですわ」


 ズレた悔しがりかたをしているセラを見て、ルチアは笑っている。もう大丈夫そうだ。


「それでルチアよ、アドなんちゃらってのは誰だ?」


 ルチアをあそこまで動揺させた相手。

 これまでのルチアの帝国関連の言動を思えば予想はつくが、念の為聞いておく。


「あー、えっとそれは……」


 言い淀んだルチアはなぜかニケの様子をうかがっていたが、観念したように口を開いた。


「アドラスヒル様は、私の……師だ」


 やはりそうか。その師というのはルチアの帝国での記憶の中で、ポジティブに語れる数少ない存在だったはずだ。

 だからこそショックだったのだ。

 その存在が、自分の命を奪うよう指令を出していたなんて。

 

「帝国には……私の居場所など、どこにもないようだ」


 寂しさと虚しさを呟きに込め、なにも乗っていない己の手を見つめている。

 そのルチアに、セラから降りた俺は飛びついた。


「別にいいだろ。お前の居るべき場所は、これからもずっと俺のところだ」

「シンイチ……ああ、そうだな」


 たとえルチアが他になにも持っていなくても、俺が与えてやればいい。それだけの話だ。

 もちろんルチアが望むもの全てを俺が与えてやることは難しいだろう。でも、その手に満足できるだけの重みを与えることはできるはずだ。

 それができなければ、ルチアの伴侶として失格だ。


 ルチアの柑橘系の香りに包まれながらきつく抱き合っていると、ニケに呼ばれる。


「マスター」


 振り向くと、一生懸命こちらに手のひらを見せてアピールしていた。

 ……そうね、ニケも他に居場所と言えるようなものははないね。


「まったく、ニケ殿ももう少し待ってくれてもいいものを」


 苦笑するルチアに放られ、スポンと顔面をダイレクトにニケに挟まれる。はうん、幸せ。

 やはり与える量よりみんなから貰ってる量の方が圧倒的に多くて、申し訳なくなるな。


「それにしても……」


 熱烈に抱きしめられている俺を横目に、セラが呟く。ちょっと羨ましそうに見ていたから、あとでめちゃくちゃに抱きしめてめちゃくちゃにしてみようと思う。

 以前ルチアが黒鉄騎士団であると知ったとき以上に、セラは大きく息を吐いた。


「まさかあなたの師が、そんな大物だったなんて」

「知ってんの?」

「彼らが様づけで呼ぶアドラスヒルなど、一人しか思い浮かびませんわ。その方で合っているかしら?」


 ルチアがまたニケをうかがいながら、気まずそうにうなずく。

 それを見たセラは、再びため息をついてから続けた。


「ギュンター・アドラスヒル……その守りを貫ける者なし。金城鉄壁と称される、帝国の元将軍ですわ」


 将軍って、軍のほぼトップじゃないか。


「へー、その弟子だったなんて、すごいことなんだろうな」

「どうやら元将軍というのは、人を育てる才もあったようですね」


 ニケと二人で感心していると、セラがガックリとしていた。


「もうっ、元将軍の直弟子ですわよ? ほんとあなたたちは、こういったことに反応薄いですわね……でもニケさんは、これを聞いても澄ましていられるかしら」

「まっ、待ってくれセレーラ殿、それは……」


 ルチアが待ったをかけるも、意地悪そうに笑ったセラは止まらず。


「ギュンター・アドラスヒルは、ゲボルグゲイスの元装着者でもありますのよ」


 ニケの動きがピキッと止まる。そしてセラに向けられていた顔だけが、ウィーンと動いてルチアを捉えた。


「……るくれつぃあ、ナズェ黙ッテイタノデスカ」


 あっ、ちょっとおんどぅる入った。


「ほらぁ! そういう反応になるから言えなかったんだっ」


 ゲボルグゲイスって……帝国にある、忠鎧とか呼ばれてる意志持つ鎧か。ケーンと仲が悪かったんだっけな。


「これでは義兄のことなどとても……」


 なにか呟いているルチアにも気づかず、ニケは苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「くっ……そうですか、ルクレツィアの師はアレの装着者でしたか。まさか貴女がそんなつまらない者の弟子だったとは、実に嘆かわしいことです」


 元将軍の評価を一転させたニケに、ルチアが唇を尖らせる。


「む、あの方はつまらないような者ではない。それにゲボルグゲイスの装着者だったのも、わずかな期間だけだったしな……反りが合わなかったとのことで」

「……それならば少しは見どころがある者なのかもしれません」


 ルチアもフォローしたのは師匠だけだったし、ゲボルグゲイスってのはややこしい性格なのかもしれない。


「ま、その師匠ってのがどんな奴かなんてどうでもいい。どっちみち敵なんだからな」


 ルチアを傷つけ悲しませた元将軍に怒りをたぎらせていると、ルチアが肩を落とした。


「敵、か……あの方が」

「ルクレツィアさん……彼らが勘違いしているという可能性もありますし、事実を確かめる価値はあると思いますわよ」


 うーん、どうなんだろうか。

 こいつらがウソをついているようには見えないが、事実誤認をしていることは有り得るだろう。


 ただ、ルチアが捕虜となったにも関わらず、元将軍ともあろう者が動かなかったというのはな……。

 とはいえ一線を退いているのだろうし、情報が入るのが遅かったりしたのかもしれないが。


「そうだな……ありがとうセレーラ殿。よしっ」


 思うところはあるだろうが、ルチアは気合を入れるようにパンパンと両手で頬を軽く叩いた。表情に活力が戻り、背筋が伸びる。

 そうやってしっかりと切り替えられるのがルチアのすごいところだ。

 それでももちろん今日の夕飯はルチアの好物にして、夜も目一杯優しくするつもりだ。


「それで、これらはどうするのですか?」


 ニケが視線を向けると、忘れられることを期待して息を殺していた三人がビクリと震える。


「言ったとおり、あとは私がケジメをつける」


 俺としてはまるでやり足りてないが仕方ない。ルチアがどうこいつらを苦しめるか、楽しませてもらおう。


 そう思っていたら──


「ただ……悪いがこいつらと私だけにしてもらっていいか」


 ──ん?


「ハハハ、面白いなルクレツィアくん。なかなか冗談が上手くなったじゃないか。え? 冗談じゃない? またまたぁ。ここからがクライマックスなのにそれを一人で楽しもうなんてそんなことキミが言うはず……嘘だよね? 嘘だといってよ、ルーツィ!」




 そして……どれだけわめいても、泣いてすがっても、ルチアは(がん)として譲らず……俺はニケとセラによって、ラボに連行されてしまった。


「ひどい……ひどいよぉ、結局おいしいところ独り占めだなんて」


 初めから懸念していたことが、現実のものとなったのである。

 ソファーに座るセラをめちゃくちゃに抱きしめながらその胸もとを涙で濡らしていると、ニケに怒られた。


「積もる話もあるのでしょう、諦めなさい」

「フゥ……それにそういう姿をあなたに見せたくないというルクレツィアさんの気持ちもわかりますわ……というか鼻水まで拭うのやめていただけませんかしら!」


 顔を上げたら、うっとりと熱い吐息を漏らしていたはずのセラにも怒られた。


「うぅ、わからないけどわかった……ちょっとトイレ行ってくる」


 ……だが俺は諦めない! 完璧な口実で二人を欺き、こっそりラボを出た。

 そして抜き足差し足テントに近づき、破れた穴から中を覗いてみると──


「ぎゃあ!」


 ──ギラン。

 至近距離に二つの大粒アーモンド。その中で赤と茶が光っている。

 ハッキリ二重のパッチリお目々でジッと見つめてくるルチアに、ごめんなさいするしかできなかった。


「……ハァ、二人もなにをしているんだ」


 ルチアの嘆息混じりの呆れ声に土下座をやめて振り向くと、すぐ後ろにセラとニケがいた。いつの間に……。


「マスターを止めにきただけです」

「ええ、もちろんそうですわよ」


 そう言って、二人はウフフオホホと笑う……まさか俺は泳がされてダシにされたの!?


 結局そそくさと立ち去る二人にまた連行されて、今度こそ終わるのを待つハメになった。

 うわーん、ルチアの裏切り者ぉ!




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