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6-34 幸せにしてしまった




「シンイチさん……あなたの言うとおりでしたわ。これはろくでもないなんて言えませんわね……ろくでもないどころじゃありませんもの。心の底から聞きたくありませんでしたわ」

「なんでよセラちゃん、これならたった一人だけでとてつもなく効果ありそうなのに。ねえ帝国に忠誠を誓っている騎士の皆さん、どうですか? 帝国の象徴たる皇帝陛下が自分たちと同じ境遇になれば、ぐっと幸せに近づけると思いませんか?」


 なにその帰宅したら得体の知れない醜悪で恐ろしいモンスターが料理作って待ってたみたいな面白い顔。こんなに可愛い俺が可愛く聞いてみたのに、失礼な奴らだ。

 そして次に騎士三人は、こめかみを押さえているルチアにその顔を向けた。


「こっ、こいつは……本気なのか!?」

「ああ、残念ながら」

「狂ってる……そんなことできるはずが……」

「さあどうだろうな。いずれにせよ、こいつがどうしてもやると言うのであれば私は従うが……できればそんなことはしたくない。お前たちの賢明な返答を期待する。それがお前たちの大切な者を守ることにもなる」


 冷たく言い放ったルチアの言葉に、三人は揃って泣き笑いのような情けない顔を浮かべてうなだれた。


 むーん、どうやら答えは決まってしまったようなので、代表して一番反発していたヤルスに聞いてみる。


「ヤルスさん、どうでしょうか。あなたは今不幸ですよね? 幸せになりたいですよね?」

「俺……し……せだ」

「なんです? 聞こえませんよ」


 右手を床について体を起こし、膝立ちになったヤルスは肩を震わせている。

 踏み潰された左腕に視線を落とし、泣き笑いの表情のまま呟いた。


「俺は……俺は…………しあ……せ、だ……」

「はて? 聞こえませんけど」

「俺は……幸せだ」

「あ、ごめんなさい聞いてませんでした。もう一回お願いします」


 ガバっと顔を上げたヤルスは、大きく口を開いた。


「俺は今! 幸せだっ! うっ、ううっ……なんなんだ、なんなんだよこれ! こんなっ……あんまりだ……こんな、こんなのっ……」


 そしてそのまま、うああうああと俺たちの目もはばからずに情けなく泣き出してしまった。


「チッ、つまんねえ奴……もとい奇特な方ですね。腕を斬られて幸せになって、歓喜の涙まで流すなんて。まさかとは思いますが、残るお二人も幸せだったりするんですか?」


 二人はうなだれたまま力なく、カクンカクンと頷いた。

 うーん、もう終わりか。まあいいけどさ。


「そうですか……腕の振るい甲斐がありませんが、皆さんが幸せになれたというなら僕にとっても幸せなことです。いやあ、よかったよかった──ってうわあ、なんてこった!」


 頭を抱えてのけぞってから、ルチアに振り返る。


「すまないルチア……刑を執行したはずが、ついうっかり幸せにしちゃった。でも大丈夫、今のは幸せにしちゃったからノーカンとして、次こそしっかり不幸のドン底に叩き落としてやるから任せてくれ!」


 さーて次はどうしよっかなーと考えていたら、ルチアが前かがみになった。

 ブラウスからこぼれ出そうな胸元に釘づけになっていると、眉間をつつかれる。


「そのためにあんな回りくどいことをしたのか、まったく……もう十分だろう、やめておけ。ほら、可愛い顔が台無しだぞ」


 そのまま眉間を中指でグリグリほぐされる。

 ……気づいていなかったが、どうやらずっと可愛い顔をしていなかったようだ。

 そんなの……仕方ないじゃないか、だって……。


「だってさ……ルチアはすごいんだ。凛々しくてカッコよくて、綺麗で可愛くて。それが──」


 それが、なんと言えばいいのか……たぶん近い言葉を当てはめるとすれば、悔しい。

 すごいルチアが傷つけられたのがこんなくだらない奴らだということが歯がゆく、悔しくてたまらないのだ。


 なんだか俺まで泣きたいような気分になっていると、どこか困りながら笑うルチアに引き寄せられた。

 包みこまれるように、でものしかかられるようにしてルチアの腕が俺の背中に回される。


「ありがとう……でも、もういいんだ。あとは自分でケリをつけるから」


 チクショウ、こんな温かく柔らかなものに顔面を挟まれたら、物理的にも精神的にもなにも言えないじゃないか。


 おっぱい安定剤で強制的に鎮められた俺が逆に興奮してしまう前に、挟み込みを解除したルチアは俺をセラに引き渡した。

 そうしてルチアは騎士たちに向き直る。


「さて、もう素直に話す気になったな? それで? 私を襲ったことは他に裏があるのか? お前たちが知っていることを全て話せ」

「そ、それは……」


 三人ともすっかり心は折れているだろう。

 しかし、それでもなぜか言い淀んでいる。


「ほらルチア、やっぱりもう二、三本腕スパンといっといた方がよくない?」

「わ、わかった、言うっ、言うから!」


 三人を代表して正規の騎士ラッセルが、ルチアの様子をうかがうようにしながら口を開いた。


「お前を殺すよう、俺たちに直接命令を下したのはジミエンだが……ジミエンにその命令を下したのは……アドラスヒル様だ──」


 言い終えるか言い終えないか──次の瞬間にはラッセルは床に打ち据えられていた。


 ルチアお得意の、打ち下ろしの右である。

 いきなりでびっくり。


「でっ、でたらめを……でたらめを言うなっ!」


 よくわからないがノータイムで手を出すなんて、かなりトサカにきてしまったようだ。

 怒りで呂律すら上手く回っていない。ここまで激昂するルチアを見るのは初めてだ。


 そして突然の右拳だけでは収まらずに、ラッセルの首を掴んで持ち上げた。

 鎧を着てて胸ぐらをつかめないせいか、ダイレクトに首である。


「ぐっ、でたらめじゃ……アっが」


 ステータスが高いおかげで言葉すら発せていたが、さらにミチミチと首に食い込んでいく指にラッセルがもがく。

 だが、ルチアは意にも介さない。


「嘘だっ、嘘だ! そんなはずがないっ! あの方が私をっ!」


 多分ラッセルをにらみながらも、ラッセルが見えていない。首を掴む指に、ますます力が込められていく。

 あの方……アドラスヒル? とかいう奴のことで頭が一杯になってしまっているのだ。

 激しくジェラシーだが、それよりこのままラッセル殺しちゃいそうだな……まいっか。


 爪先立ちをして、片腕でルチアの腕をどうにかほどこうとしているラッセルの赤黒い顔が苦悶を越え、力を失い目が裏返る。

 完全にその首が握りつぶされる──寸前に、セラが動いた。


 左足一閃。

 しかしそこはルチア、ヤルスとは違う。すんでのところでセラの蹴りをかわした。


「セレーラ殿っ、なにを──」


 しかしラッセルを放してセラに振り返ったルチアの背後から、追撃の右足が放たれた。

 今度は本職、ニケである。


 これにはさすがのルチアも反応しきれず。背中を蹴り飛ばされ、テントを突き破って外に転がり出ていった。

 しかし、すぐさま破れたテントの穴から顔を出した。


「なにをするのだ二人とも!」


 いまだ激情が収まらぬルチアに、セラは視線でまだ咳き込んでいるラッセルを指し示した。

 そこでルチアはようやくラッセルを殺しかけていたことに気づいたようだ。


「あ……」

「己で望まぬまま、ただ力を制御できずに人を殺めるようなことをすれば、どのような相手であれ必ず後悔しますわよ」

「マスターに仕える者がそのような無様を晒すことなど許しません。仕置きです」


 俺に仕えてるからとかそういうのは別にいいのだが、なるほど……二人の言う通りなんだろう。

 俺はどうせこいつらは殺すだろうから、どう殺しても同じだと思ってしまった。


 でも自分の意志で覚悟を持ってなにかを成すのと、覚悟を持たずになにかを成してしまうのでは、例え同じことを成したとしても自分自身での受け止め方がだいぶ変わってくる。

 己の力を磨き、自在に操ることを目指している武芸者が力を制御できないなんていうのはなおのことだ。

 それはやはり、ニケの言う通り無様でしかないのだ。


 もし今そのまま殺してしまっていれば、それは決してルチアのためにならなかっただろう。

 やはり年配……年長者は頼りになるものである。


「……頭を冷やしてくる」


 しゅんとしてしまったルチアは、そう言ってテントの穴から顔を引っ込めた。

 それを見てニケとセラがフフッと笑う。


「ルクレツィアもまだアレですね」

「でもわかっているとは思いますけれど、アレの割には大したものですわよ」


 ……素直に若いって言ったら?




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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直になれない年頃なんですねーきっと。 [一言] 面白いです!
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