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6-33 復讐した 3



 俺の腕斬り宣言に、自分たちは刑を免れたと思っていたラッセルとアヒムが慌てふためく。


「…………は? なっ……ふっ、ふざけんな!」

「なっ、なぜ! 腕を斬るのは一人だけだと!」

「刑としてはそうですね。でもこれは僕の友達であるアヒムさんを幸せにするためですから」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げる二人。

 仕方ないなあ、優しい俺が教えてあげることにしよう。


「お二人は幸せってなんなのか考えたことありますか? 僕、思うんです。幸せの形は千差万別人それぞれ……そういう部分はたしかにあるでしょう。でも一般的に幸と不幸の判断において大きな部分を占めるのは、結局他者との比較なんだろうなって」


 人がせっかく説明しているのにスキを見て逃げようとキョロキョロしている二人も、カラーガードで床に押さえつける。

 うつ伏せでうめく二人を見下ろして続けた。


「例えば周りの人がごちそうをたらふく食べているのに、自分には食べるものがカビたパンと泥水だけしかなかったら、なんて不幸なんだと思いますよね? でも、周りの人が食べるものがなくてバタバタ死んでいたらどうです? 食べるものがある自分は、なんて幸せなんだと思いますよね?」


 そのパンと泥水を赤の他人にあげて幸せを感じながら死ねる聖人も世界にはいるのだろうが、そんなもの統計に含める必要もないほど極わずかだろう。


 ……子供を助けて死んだ父さんだって、そこまでではなかったはずだ。正義感は強かったが聖人かというと違うし、死ぬ気なんてさらさらなかったに決まっている。きっと後先考える前に体が動いてしまっただけだ。


 だからこそそういう聖人は美談になるし、物語でも描かれるのだ。

 しかし普通はそうではない。アヒムなんて聖人のせの字も当てはまらない。


「わかります? つまり速やかにアヒムさんに幸せを感じてもらうためには、比較対象である周りの人に、少なくともアヒムさんと同じ境遇になってもらわなければならないんです」


 もちろん比較が全てではないし、片腕がなくともいずれは幸せだと思える日がくるのかもしれない。

 しかしルチアのように自力で早い段階で前を向けるような者など、そうはいない。幸せだとまで思えるようになるには、もっと時間がかかるだろう。


「ですから張り裂けそうなほど胸が痛いのですが、僕は涙を飲んでお二人の腕を斬らねばならないのです。僕がアヒムさんを幸せにするためにできることは、それだけしかないのですから」


 俺の完璧な理論にみんな納得せざるをえなかったようだ。誰も反論の声を上げることなく、しばしの静寂が流れた。

 それを破ったのはうちの子たちだ。


「……だ、ダメだこいつ、心のゆとりはどこにいった!? 全然丸くなっていないのだがっ」

「この人が丸かったら、針すら真円ですわね……それにしても、なぜこんな回りくどいマネを」

「わかりませんが……フフッ、やはりマスターはこうでなくては」


 なにを言っているのかなあ。これはアヒムを幸せにするためであり、決して俺の望みではないのである。である。

 それに本当なら生かしたままつま先から千切りにしていきたいところを、とりあえず(・・・・・)これで我慢しているのだ。十分丸くなっただろう。


「じゃあわかってもらえたようだし、ニケちゃんよろしく」

「はいっ」


 なんだかうれしそうに剣を抜きかけたニケだったが、なにを思ったかそのまま鞘に納めた。そして次の瞬間には違う剣がその手に握られていた。


 それは稽古用の、頑丈さだけが取り柄の剣だ。しかも素材と刃こぼれ具合からして、何代か前のものだと思われる。

 素材に戻して作り直すか、その素材も大したものじゃないのでそのまま処分するかして構わないのだが、ニケは頑なに拒んで保管しているのだ。それは剣に限ったことではなく、俺が作ってニケにあげた様々な物は全部残している。


 なぜなんだろう……ニケって意外と貧乏性なのかな。無限収納の中がゴミだらけになっているんじゃないか心配。


「ゴミはちゃんと処分しています……本当に貴方は人の気持ちがわかりませんね」

「なんで? っていうかどしたん、そんなの取り出して」

「こちらの方が斬れ味が悪いですし、痛いのではないかと思いまして」


 なるほど、それはいいね!

 立場の弱いアヒムを恥ずかしげもなく犠牲にするような奴らには、アヒムを幸せにするためにもよりきつい刑を与えないと。


 騎士二人はやめさせようとわめき散らしていたが効果はなく、その声は悲鳴に転じる。

 その声量は、間違いなくアヒムよりも勝っていた。


 カラーガードが解放してやると、腕を抑えてうずくまる二人。

 その目の前で、転がっている腕を踏み潰す。友達じゃないので蹴りはしないのだ。


「あ……あああぁ……」

「腕……俺の……」


 果たしてその痛みと絶望はどれほどか。

 俺には想像もつかないが、お前たちがルチアに為した行いを、自らの体で味わえ。


 しばらくうめいている二人を堪能してから、低級ポーションをかけつつ俺は優しく語りかけた。


「痛いですよね? 苦しいですよね? アヒムさんを幸せにするためにやったのですが……お二人のことも可愛そうになってきてしまいました」


 悶えていた二人がギクリと固まり、錆びたロボットのような動きで俺を見上げる。


「やっぱりお二人も自分を不幸だと思いますよね? 幸せになりたいですよね? アヒムさんはどうです? たった二人じゃまだ幸せにはなれてませんよね?」


 どうしたのかな? 騎士三人の目から、痛みとか怒りがスコンと抜け落ちてしまっているんだけど。

 半開きで戦慄(わなな)かせている三人の唇が動くのを待っていると、セラが割り込んだ。


「わかっていますわね、あなたたち。よくよく考えてからお答えあそばせ」


 釘を差すような強い口調のセラに、ルチアまでが続いた。一人一人に顔を向け、話しかけていく。


「ラッセル、お前の妻が妊娠していたのは知っているが、もう子供は産まれたのだろう? さぞ可愛がっているのだろうな。ヤルスのところは子供が二人だったか? アヒムは可愛い幼なじみとはどうなったのだ。お前たちの返答次第では、愛する子供や伴侶がどうなるか……わかるな? 親兄弟、親戚、友人、しっかりとその顔を思い浮かべろ。次はその者たちだぞ」


 なんだこいつら、それぞれ相手がいるのにルチアを口説こうとしていたのか。なんてフザけた奴らだ。

 ルチアが匂い嗅いだだけで押し倒したくなるほどいい女なのは認めるが、常識的に考えて一人だけで満足しとけや。


 こいつらの強欲さに怒り心頭激おこプンプンブラック三郎丸していると、うんざりとした様子でニケが呟く。


「それだけで済めばいいのですが。帝国民の端から端まで腕を斬っていくようなことは、御免こうむりたいものです」

「ええっ、意外……腕斬り大好きなニケの言葉とは思えん」

「別に好きで腕を斬っているわけではありません」

「ま、さすがにそこまで面倒なことはやんないって。いくら慈愛に満ちた俺でも、全ての人を幸せにしてあげる気はないし」

「……幸せってなんなのか、わからなくなってきましたわ」


 お笑い怪獣の人もそんなの歌ってたな。

 でもニケが危惧するように、この三人を幸せにするのでも身近な人だけじゃ足りないかもしれないな……と考えていたら、ピキューンときた。


「あっ、いいこと考えた」


 我ながら素晴らしい案が思いついた俺の顔を見たセラが、夏の暑い日に冷蔵庫に入れ忘れた味噌汁を飲んでしまったときの顔をしている。


「聞きたくありませんわ。どうせろくでもないですもの」

「ふふ、これを聞いてもそんなこと言えるかな?」


 姿勢を正し、ゴホンと咳払いを一つ。


「では発表します。こいつらの身近な人が終わったあとに追加する、腕を斬る相手が決定しました! そのたった一人の相手は、なんと!」


 気まぐれでこっそりドラムセットを日本で買っていたので、スネアドラムを取り出してシータに叩かせる。

 デケデケデケデケ〜ってドラムロールしてたら、ニケに「早く言いなさい」と怒られた。


「はいはいわかったわかったこうていこうてい」

「なんですかその不貞腐れた態度は。しつこく引っ張る貴方が悪い……こうてい?」

「えー、あれくらいの引っ張りなら可愛いもんだろ」


 とあるゴチソウ食べる番組のやつなんて、やりすぎてただただ腹立つからな。

 正直なんであんなに長年続いてるのか理解できないでいると、ルチアもちょっと引きつった顔で首を傾げていた。


「主殿、そんなことよりこうていというのは……肯定のことだよな? な?」

「なに言ってんだ、腕斬り相手を発表したんだぞ? 帝国皇帝に決まってるじゃないか。どうよこれ? よくない?」


 ……あれ? おかしいな。すごくいい案なのに、なぜみんな頭を抱えてるの。



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