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6-32 復讐した 2




 こいつらに地獄を見せるための一度きりのチャンス。果たしてどう使うべきか。

 うむむむむーん……よし、これでいこう。


「……ともかく今は騎士の皆さんに素直になってもらわなければいけませんし、くすぐりの刑でもします?」


 やはり子供か、などと言ってホッとしている。くすぐりはくすぐりできついと思うが、ただの軽い冗談なのに。


「でもここは意趣返しということで、片腕でもサクッと斬り落としましょうか」


 想像しやすい痛みに、今度は騎士たちは大慌てである。


「なっ……ま、待て! こちらは戦う気も逆らう気もない捕虜だぞ! お前たちは知らないのかもしれないが、我々の進軍は有力な獣人種族とも話がついていると聞いている! そんなことをすればっ」

「へー、その話はちょっと興味がありますね」


 有力な獣人となると、やはりシャニィさんたちネコ系獣人か。彼女が大樹海の実権を握ったときに問題になるぞと言いたいのかな。


「でっ、でしょう? 知ってることは全部話しますからっ!」


 従騎士アヒムも懇願してくるが今さらすぎる。やっぱりこいつらは、なにか勘違いしているようだ。


「でも無理です無理無理、もう遅いです。というか皆さんは、ご自分を普通の捕虜だとでも思ってません? 五体満足で帰れるとでも思ってません? 言っておきますが僕たちは、獣人のために帝国と戦ったわけではないんですよ?」

「それは、どういう……」

「僕たちが戦ったのは、ただただ皆さんを捕まえるため。それ以外にはなにもありません」

「そっ、そんなことのために」


 自分たちを捕らえるためだけに何千もの大軍に突っ込んできたのだということに、三人が言葉を失う。


 こいつらにとってルチアを傷つけたことは、『そんなこと』でしかないのだ。


「やっぱりわかってませんね。ルチアの体の傷が癒えたからといって、皆さんの行いが消えたわけじゃないんですよ。なあルチア?」


 別に俺は裁判官を気取るつもりはなく、これが私刑だというのも理解している。

 それでもここには裁判官などいないし、俺たちでこいつらの行いに報いを受けさせなければならない。

 ルチアの心の傷も憎しみも、消えてなどいないのだから。


「ん……ああ、そうだな」


 ……あれ? なんか反応鈍いな。どうやってこいつらを処刑するか悩んでるのかな?

 ルチアが全部自分でやると言い出さないうちに取りかからないと。


「そもそも腕を斬られるなんて、ルチアにしたことをやり返されるだけじゃないですか。皆さんまるで悪びれていませんし、こんなの大したことじゃないんでしょう?」


 こいつらはもちろん謝罪なんてしていないし、罪悪感を持っている様子など微塵もない。それでも自分がやられるのは嫌なようだが。おかしいねえ。


「待って……待ってよ! ルクレツィア……様の腕を斬ったのはヤルスさんで、僕じゃないっ!」

「アヒム、てめぇ!」


 ためらいなく仲間を売ったアヒムに、ルチアが同意した──見下げ果てた表情で。


「そうだなアヒム。お前はそのあと笑いながら、私を馬から蹴り落としただけだ」

「そっ、それは…………お許しくださいルクレツィア様、あのときはどうかしていたんです!」


 恥も外聞もなく拝み倒すアヒム。

 この生き意地汚い感じ、嫌いではない。


「うーん、アヒムさんを見てたら少しかわいそうになってきました……仕方ないですね。ではこうしましょうか。刑として腕を切るのは一人だけ、ということで」


 ……せっかく慈悲を与えてあげたのに、騎士たちよりうちの子たちのリアクションの方が大きいのはなんなの。


「マスターがそのような情けを……正気ですか? 戦闘で頭でも打ったのでは」

「まさか私が我を忘れているときに……だとしたら、悔やんでも悔やみきれん」

「ルクレツィアさん、さっき殴りたいと言っていましたし、一発思い切りやってみたらいかがかしら。もしかしたら戻るかも……やっぱり戻さなくてもいいですわね」

「あのね、キミたちなんかひどいんだけど。特にセラ……でも言いたいことがわからなくはない。俺もこれまでの自分に思うところはあるしな」

「……本当に大丈夫ですか? マスター」


 本気で心配してるのがさらにひどい。


「いや、なんていうかほら、この知らない世界に連れてこられてから今まで、俺も気を張ってたんだろうなって。そのせいで必要以上に苛烈になっていた部分もあったと思うんだよ。だけどそれが日本に帰れるようになってさ、落ち着いたっていうか……心にゆとりが生まれたと自分でも感じてるんだよね。お前たちのおかげでな」


 きっと剣聖を一度は生かしておこうと思ったのも、そういう影響だろう。

 俺の素直な想いにニケたちは驚き、そして優しく微笑んだ。


「そうですか……少し寂しくも思いますが、マスターにとって良い変化なのでしょうね」

「ま、俺もいい歳だしな、丸くもなるってもんだ。誰かさんたちと違って」


 遥かに年上なのにまだまだ尖ってることを、誰かさんたちが目つきで表現してしまったのでここらでやめとこ。

 騎士たちに向き直ると、待ってましたとばかりにアヒムが口を開いた。


「そっそれで、その一人って」


 あからさまに安心しているのは、ルチアの腕を斬ったヤルスが選ばれると思っているからだろう。

 でも残念。公明正大な俺は、誰がやったとかやってないとかで刑を分け隔てるつもりなどないのだ。


 ただそれでも誰か一人を選ばなければならないので、こうすることにする。


「その一人は、そちらの三人で多数決で選んでください」

「えっ」


 なんでそうなるのかと戸惑う、平民で見習いの従騎士。

 意外そうに目を見開いた正規の騎士。

 安堵し、笑みを浮かべた平民トップの準騎士。


 三人のうち二人の視線が向かうのは当然──


「えっ……えっ?」


 ──最も立場の弱い、従騎士アヒムくんである。

 ごめんね、多数決だから許してね。


「じゃあニケ、俺じゃ上手くできなくて殺しちゃいそうだからよろしく。それともルチアがやるか?」


 腕斬り実績のあるニケに初めは頼んだものの、やはりルチアがやりたいだろうか。そう思って聞いてみたが、ルチアは首を振った。


「いや、それはいいのだが……」

「本当にこの者でいいのですか?」


 どうやらうちの子たちは、立場が弱いだけで選ばれたアヒムを斬ることが腑に落ちていないようだ。

 だが俺は構わずゴーサインを出す。


「うん、公平な(・・・)多数決の結果だからな」

「……わかりました」


 民主主義の縮図に顔をしかめながら、ニケが剣を抜く。


「やっ、待っ、こんなのっ──」


 顔色を失ったアヒムが抗議しようとするが、そこはニケである。やるとなればためらいなどない。

 あっさりと、いとも簡単にさほど太くない左腕は、獣の皮でできた敷物の上に転がった。


 防音性能の低いテントからあふれ出た悲鳴が、獣人も帝国も去ったキャンプ中に響く。

 男の悲鳴など聞いても楽しくもなんともないが、これでルチアの気が少しでも晴れてくれることを願うばかりである。


 しばらく血溜まりの中で悶えるアヒムを眺めていたが、少し落ち着いたところで俺はルチアから降りた。


「痛いですか? 苦しいですか?」


 フゥフゥと短い呼吸を繰り返すアヒムは、優しく語りかけた俺に涙を流しながらもにらみつけてくる。当たり前のことを聞くなと、血走った眼が雄弁に語る。

 それでも俺は質問を重ねる。腰のマジックバッグに手を回しながら。


「腕を失って悲しいですか? 不幸だと思いますか?」


 突然腕を奪われ、不幸だと思わぬ人もなかなかいないだろう。

 もちろんアヒムも殺意とともに見上げてくるが──俺が取り出した物を見て表情を一変させた。


「そ……それ、は」


 ガラスの小瓶に入った、澄んだ若葉色の液体を見て。


「おや、わかりましたか。騎士ともなると見たことがあるんですね。そうです、これは上級ポーションですよ」


 このチャプチャプと波打っている上級ポーションなら、キレイに斬られた腕くらいならつなげて治すことができる。アヒムもわかっているだろう。


「いくら多数決の結果とはいえ、アヒムさん一人が刑を受けてしまうというのも可愛そうですからね。不幸なのは嫌ですよね? 幸せになりたいですよね?」


 痛みをこらえ、媚びるような笑みを浮かべてアヒムは何度もうなずいた。

 そうこなくちゃね。ほんと嫌いじゃないな、こいつ。


「そうですか、幸せになりたいですか……アヒムさんがルチアの痛みと絶望を理解できたというのであれば」

「理解した! したからっ、だから!」


 俺の答えも待たず、アヒムは残された右腕をポーションに伸ばす。

 その必死の形相に、俺は慈愛の笑みを返す。


「わかりました、信じましょう」

「じゃ、じゃあっ」

「そうですね……あとは僕と友達になってくれるなら」

「とっ、友達!? ……なるっ、なるから!」


 やや面食らっていたが、アヒムは快く応じてくれた。

 やった、千冬から与えられたノルマが一人減ったぜ。


「友達は相手の腕を斬り落として作るものではないと思うのだが」

「なにを言ってるんだルチア、お前とニケだってそうやって仲良くなったじゃないか」

「む……言われてみれば」

「返す言葉がありませんね」

「返しなさいませ!? だいぶ違うと思いますわよ!」

「そ、そうだな、危うく言いくるめられるところだった。私はこいつら元同僚とは仲良くなっていないし、腕を斬ったからといって必ずしも仲良くなれるものではないぞ」

「だいぶ言いくるめられてますわ!?」

「セレーラ、少し落ち着きなさい」

「血を見て興奮しちゃったのかな?」

「あなたたちのせいですわ!」


 これ以上興奮させると本格的にキレそうなので、ここまでにしておこう。


「ともかくアヒムさん、あなたの願いを叶えてあげます。僕が頑張って幸せにしてあげますからね」


 そして俺は友達であるアヒムにポーションをかけた──マジックバッグから新たに取り出した、低級ポーションを。


「…………あ?」


 現状を把握できずに呆然とするアヒムの、半分ほど残っている左の二の腕。ポーションの効果でその断面が不自然な速度で盛り上がり、ピンク色をした組織に覆われていく。


 ただそれはデコボコでムラがあるし、出血すら完全には止まらないものでしかない。回復量がまるで足りていないし当然だろう。

 とりあえずのところ死ななきゃどうでもいいけど。


「なっ……なん……」

「あちゃー、これじゃもう二度とつながりそうにありませんね。そうなるとこの落ちてる左腕もいりませんよね? それでは──」


 頭が真っ白になっているアヒムを突き飛ばしてから、転がっている左腕の横に力強く踏み込む。軸となる左足が、獣の皮のグラウンドに溜まった青春の赤い汗を飛び散らせた。

 そこから前傾姿勢になり、右足を後方へダイナミックに振り上げる。


「あっ、やめっ」


 ここからどうなるかわかったアヒムが止めようとするが、もう遅い。


「ドライブッ、シューッ!」


 強く鋭く振り抜いた右足により、鎧ごとへし折られる左腕。

 一瞬右足に巻きつくようになった左腕は弾き飛ばされ、ゴールネット(テントの幕)を突き破る。最期に鎧がキラーンと光って森の中へと消えた。

 千冬がこの場にいれば二人でスカイラブハリケ◯ンをやりたかったが残念だ。


「なん、で……なにしてっ……なにしてんだよぉぉっ! なんで! なんでだよ!」


 渾身のガッツポーズを決めていると、アヒム君が文句をたれてきた。

 目の前で自分の左腕にトドメを刺されたのがショックだったのかな。もう治らないのにね。


「だって僕たちは友達じゃないですか。僕の産まれた国には、友達はこうやって蹴飛ばす風習があるので」

「めちゃくちゃですわこの人……」


 ホントなんだよセラ。ボールは友達。つまり友達はボール。今度セラたちにも負けないような頭身のキャラばかり出てくるあの漫画を読ませてあげよう。


「ウソだ、こんなの……腕が、僕の…………くそっ、くそくそくそ、だましやがって……治すって言ったのに! よくもだましやがってぇ!」


 アヒムはなにかブツブツ言っていると思ったら、激昂して低い姿勢で突っ込んできた。

 その顔面にちっちゃな十六文キックを入れて弾き返す。


「人聞きの悪いことを言わないでください。あなたの腕を治すなんて一言も言ってないじゃないですか。でも幸せにするという約束はちゃんと守りますよ」

「なっなに言って、ウグぅッ」


 仰向けで転がったアヒムの上に、カラーガードをドスンと乗っけて動きを封じる。

 アヒムくん、ほんと君のようなタイプ嫌いじゃなかったよ──とても扱いやすくて。


 もうアヒムは用済みなので、残る二人の騎士に顔を向けた。

 唖然とした様子で間抜け面を晒している二人に、俺はペコリと頭を下げた。


「ということですみません。決して僕の本意ではないのですが、お二人の腕も斬り落とすことになってしまいました」




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[一言] ボールは友達w お茶吹き出してしまった
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