6-31 復讐した 1
「こ、ここは…………っ!」
目覚めた騎士三人が辺りを見回す。
獣人テントで取り囲むのはカラーガードにニケにセラ、そして俺を抱くルチア。
自分たちの置かれている状況を理解し、慌てて腰に手を回した。しかし武器もマジックバッグも取り上げてある。
先ほどの戦いで実力差は理解しているだろうし、おまけに武器もない。諦めと怯えをその瞳に宿し、浮かせた腰を床に降ろした。
「ぼっ、僕たち獣人に捕まっちゃったんですか……」
「くそっ……軍はどうなったんだ」
ニケとセラが張り倒した二人は、相手がまだ誰かわかっていないようだ。
「帝国軍なら撤退した……会えてうれしいぞ、お前たち」
騎士たちを見下ろすルチアは、実はさっきまでどこか思い悩むような素振りを見せていた。思いもよらず仇を捕らえるという展開になったことに、気持ちが追いついていなかったのかもしれない。
だが今は実感が湧いてきたのか、少し気持ちが高ぶっているように見える。
「なっ、お前は……ルクレツィアか!?」
「えぇっ! ウソでしょ!?」
うろたえる二人とは異なり、初めに捕らえた騎士は知っていたぶん落ち着いている。
「本当に、ルクレツィアだったのか……」
以前ルチアに聞いたところによると、仇の一人は貴族の血を引く正規の騎士らしいが、こいつなのだろう。一番高そうな鎧を着ている。
あとの二人は両方平民上がりで、平民としては最高位の準騎士と、見習いである従騎士ということだ。
「ルクレツィア……どうして」
正規の騎士が発した『どうして』には、多くの意味が含まれていた。
どうしてここにいるのか。どうしてそんな力を持っているのか。どうして自分たちを捕らえたのか。
そしてなにより──どうしてまだ生きているのか。
俺と出会う前のルチアが置かれていた境遇を思えば、それが一番の疑問だろう。
ルチアの身代金が払われずに奴隷となったことは知っていたかもしれないが、とっくに使い潰されて死んでいると思っていたはずだ……自分たちがあれほど傷つけたのだから。
「なんだその亡者を見るような目は。久方振りの再会だというのに、悲しいじゃないかラッセル」
悲しみなど毛ほども感じさせず、ルチアは愉快そうに歯を見せた。
「フフッ、聞きたいことは山ほどあるかもしれないが、全てに対する答えは一つしかない。幸運なことに良い……たまにすごく悪い主に巡り会えた、それだけだ」
なぬ!? こんなにルチアのことを思っているのに、なぜ悪い主などと言われなければならないのだ。
「さっきあれほど困らせていたことを、もう忘れたのですか」
なにを言うんだニケ、あんなのただの愛情表現じゃないか。
「あんな面倒な愛情表現はお断りしたいのですけれど」
大丈夫わかっているよ、セラは素直じゃないところがあるようだからな。そんなこと言いつつ実際は喜ぶに決まっているのだ。
「絶対わかっていませんわ、この人……」
「……まあたまに殴りたくなる主だが、こいつのおかげでお前たちに斬られた腕もこの通りだ。目は少し変わってしまったがな」
ひどいことを言って右手だけで俺を抱え直したルチアは、左手をひらひらとさせた。
騎士たちはそれが本物のルチアの腕であることに、改めて衝撃を受けている。
「一体どうやって……まままさかエリクシルを使ったんですか!?」
尋ねたのはルチアと同じ位の歳の、一番若い騎士。こいつが見習いの従騎士だったヤツか。
オドオドとした態度から察するに、まだ準騎士にはなれていないのではないだろうか。
「いいや、主の力でだ」
別に構わないが、やたらあっさりとバラしたな。
そうして俺の頭に頬擦りするルチアを見て、騎士たちは理解に苦しむように眉を寄せている。
「その子供が主……なのか?」
「はっ、お前がそんな趣味だったとはな」
虚勢なのかなんなのか、薄ら笑いを浮かべる騎士に、ルチアも負けじと鼻で笑って返した。
「そうだ。お前たちなどより、よほど男として魅力的だからな。お前たちのように、保身しながら回りくどい気持ちの悪い誘い方もしてこないしな」
ああ、なんとなくわかる。
こいつらは女にフラれたときとか、本気で誘ったわけじゃないからとか言い出すタイプなのだろう。きっと無駄なプライドを守るために、言い訳がつく誘い方しかしないのだ。
ふっ、情けない。
やはり男たるもの、女性には俺のように真摯にストレートにぶつかっていくべきなのだ。
だからといって、欲望のままにセクハラするようなことは決してしてはならない。当然だよね。
「くっ、お前っ」
羞恥に顔を赤らめ立ち上がろうとした次の瞬間、騎士は鼻血をまき散らして床を転がった。
「わかっていますかしら、あなた方は虜囚。ご自分の立場をわきまえなさいませ」
騎士の顔面を蹴り飛ばしたセラが、そう言いながら長い脚をゆっくり収める。
セラは魔術師なのに、結構体術できるんだよな。日々荒くれダイバーの相手をしていた中で磨かれていったのかもしれない。体がなまらないように、たまに一人で水晶ダンジョンにも潜っていたそうだし。
「気をつけろ、私の仲間はみんな気が長くないからな。それにしてもお前呼ばわりか、ヤルス。もう私はオイデンラルド家でもないし、いまさら様づけで呼ばれても虫酸が走るがな」
ルチアにそう言われて憎々しげに鼻血を拭ったヤルスという男は、恐らく四十歳前後。三人の中では一番年上で、格好からしても準騎士か。
「さて、お前たちの疑問に答えてやったことだし、今度は私の質問に答えてもらおう」
ここからが本題だと、ルチアの声のトーンは低くなった。
「あの日、あの場所で、なぜお前たちは私を襲った。あれはお前たちの独断だったのか? それとも誰かの差し金か?」
ルチアが襲われたのは、グレイグブルク帝国がマリアルシア王国とたびたび繰り広げている領土争いのただ中だった。
その日ルチアたちの班は、作戦に携わっている騎士──実質的な上司から偵察を任ぜられた。
偵察専門の部隊もいるが、数が足りないときは馬を使える騎士が偵察を行うことはままあることで、特段おかしなことではない。
ただ上司の態度に、ルチアは不穏なものを感じたそうだ。
そしてその勘どおりに、仲間であるこいつらに偵察先で突然斬りかかられ、腕や目を奪われるという重傷を負わされた。
ある意味幸いだったのは、その場所に本当に王国の傭兵が進攻していたことだろう。そのおかげでこいつらは逃げ、傭兵は身代金のためにルチアを生かして捕らえるという結果になった。
もし傭兵がこなければ、ルチアはこいつらに殺されていた可能性が高い。
ああ……我慢してたがクソムカムカしてきた。
……まあ今は俺の感情は置いておいて、ルチアは家と関係が良くないとはいえ有力貴族の子女だったのだ。
大ごとになるかもしれないのに、そのような相手を短絡的に殺そうとするだろうか。なにか裏があるのではないかという疑念が浮かぶのは当然のことと言える。
もちろんこいつらがただのバカで、私怨により考えなしに引き起こした凶事だったということも大いに考えられる。
だが、ルチアは少なくともその上司が一枚噛んでいるのではないかと考えていたのだ。
そしてそれは、間違っていなかったようだ。
自分の潔白を示すように、大げさな手振りを添えてラッセルが答えた。
「あっ、あれは俺たちの独断なんかじゃない……ジミエンに命令されただけなんだっ」
ジミエンというのがルチアの言っていた上司なのだろう。
まるで自分たちはやりたくなかったとでもいうような物言いは信じるに値しないが、ジミエンに命令されたという話は信じてもよさそうだ。
そうされる心当たりがあるのか、ルチアはこいつらに呆れながらも得心してうなずいている。
「やはりそうか……奴なら十分に有り得る話だ。奴はここに来ているのか」
「いや、来ていない。本当だ」
ジミエンという上司をかばうような関係でもなさそうだし、ウソではないのだろう。
しかし気になるのは、準騎士ヤルスが含みのある笑みを浮かべていることだ。
セラもそのヤルスの態度を見咎め、眉根を寄せている。
「なにがおかしいのかしら」
「フッ、別に」
どうも三人の中では、ルチアに対してこいつが一番鬱屈した感情を抱えているように思えるな。気持ちはわからないでもないが。
貴族しかなれない正規の騎士には、ルチアのように見習いの従騎士を飛ばして就任する者もいる。しかし平民が準騎士になるには、必ず従騎士として下積み生活を送らなければならない。
こいつは従騎士を経て準騎士になれるほど、長いこと騎士団に所属しているのだ。それでも様づけで呼ばなければならなかったように、正規の騎士だったルチアより立場は弱かったのだ。
生まれが平民というだけで正規の騎士にはなれず、ぽっと出の、しかも男社会の騎士団では存在が少ない女に頭を下げなければならない。ルチアが優秀であることも、嫉妬をあおったかもしれない。おまけに口説いてフラれてるし。
それらを考えれば、セラの顔面キック程度では足りないのもうなずける。
「どうやらなにかありそうですけれど……」
「素直に喋る気はなさそうだな。仕方ない、ここは一つ俺に任せてもらおうか」
やむを得ず俺が立候補すると、なぜかうちの三人が表情を曇らせた。
「そんなうれしそうに笑って、なにが『仕方ない』ですか」
「こうならないように、彼らに立場をわきまえた方がいいと言いましたのに」
「トゥバイのときのようなのは勘弁してもらいたいのだが」
「えーっ、ムカムカしてるし仕方ないじゃない。トゥバイのときは実験も兼ねてたから時間をかけたけど、今はサクッと済ますから大丈夫だって」
「時間の話ではありませんのよ……」
時間ではない? だったら……なるほど、そういう話か。
「ちゃんとルチアの分も残しとくから、それも大丈夫だって」
「そういう話でもないのだが……ハァ、あまりやりすぎない内容で一つだけな」
「ええっ、一つだけ!?」
結局どういう話なのかよくわからなかったが、ルチアに厳しい制限をかけられてしまった。
独り占めされるよりマシと考えるしかないか……さて、どうしよう。