6-30 ピョンでコンは称えられた
「とにかく二人とも、急いでルチアのフォローだ!」
ルチアはかなりの距離を跳んだので、慌てて合流する。
その俺たちを一瞥したルチアは、踏んでいた騎士をこちらに任せてすぐにまた飛びかかっていきそうだった。
ギリギリその前に俺はルチアに飛びつく。
「落ち着けルチア!」
正面から腕ごと抱き締めると、ハッとしたルチアが険しかった表情を萎れさせた。
「あ……すまない、盾の私がこんな……」
「んなことはいい、けど一人で無茶すんなよな。それで他にもいるのか?」
「あっああ、あっちの二人だ」
ルチアが指し示した馬にまたがっている騎士二人を目にし、一回まばたき。
目を開いてびっくりした。
蹴られ、杖で殴られた二人がこっちに飛んできてたから。
そしてこっちに飛んでくる途中に空中で激突。俺とルチアの前に転がってきたときには、騎士二人は気を失っていた。
なんでニケとセラまで突撃しちゃうんですかね……ルチアのこと好きすぎでしょ。
ともかく急いで周りの兵を遠ざけさせ、カラーガードで騎士たちを捕まえる。初めの一人も雷撃で気絶させられ、同じようにガッチリ脇に抱え上げた。
「よっしゃ目標確保! じゃあラボに──」
転移が再使用できるまでラボに籠もろうと思ったのだが、それを止めたのはルチアだった。
「待ってくれ。率直に言って、こいつらをラボの中に入れたくない」
なるほど……確かにラボは俺たちの愛の巣だからな。俺も可能な限り他者は入れたくない。しかもこいつらはルチアにとって仇なわけだし、その気持ちもひとしおだろう。
こいつらの血で汚すなんてもっとイヤだろう。
「まあ……いい気分はしませんわね」
「同感です。転移できるまで、まだ丸一日近くありますし」
ということで、普通に離脱することになった。
距離的には真っ直ぐ抜けてしまうのが短かったが、後方には精鋭の騎士や魔術師が多数いるはずなので素直に引き返す。
「うわあっ、バケモンどもが戻ってきたぞ!?」
「くそっ、なんでだよ! だっ、誰かいけよぉ!」
後方からの圧は多少あったが、通ってきたところの兵は道を空けてくれたので、行きより楽だったかもしれない。
最後にセラがド派手に放った氷魔術のせいで冷気漂う帝国陣営を、問題なく突き抜けた。
これにてミッションコンプリート。
思ってたより、遥かに楽でよかった。
あとはもうどうでもいいので、獣人になすりつけようと思ってそっちに向かうと大きな声が上がる。
それは俺たちと、俺たちが引き起こした事象に向けられた獣人たちの歓声。
帝国が、撤退を開始したのだ。
グズグズになった陣形をこの場で立て直すことを諦め、森の中へと消えていく帝国軍。
それを見届けていると、獣人たちに取り囲まれてしまった。
「アンタたち……なんてヤツラだい! まさかアンタたちだけで、帝国を倒しちまうなんてね!」
バチンバチンとポーラさんが肩を叩いて感謝を伝えてくるが、俺の今のステータスでも普通に痛い。この人やっぱりめちゃくちゃ強いんじゃないだろうか。
操と、大泣きしているティルも前に出てくる。
「橘くん……ありがとう」
「スゴイ……スゴイよみんな! うぅっ、ありがとう、ありがとう!」
ただの成り行きなので、感謝されても困るのだが。
泣きすぎてむせるティルの背中をさする操を見ていると、カラーガードが運ぶ騎士をポーラさんが指差す。
「ところでそいつらは? なんで連れてきたんだい?」
「これは戦利品です」
首を傾げたポーラさんはさらに詮索してきそうだったが、その前に周りから思わぬ声が漏れ聞こえてきた。
「ピョンコン……ピョンコン様だ」
「ピョンコン様は本当にいたんだ……」
どうやら彼らのあいだにも、俺が長たちに伝えた(捏造した)ピョンコン様の話は広まっていたようだ。
勇ましくも先頭に立ち、俺たちを率いて帝国に向かっていった見たこともない種族の獣人。
彼らの目には伝説の種族(嘘)であるルチアの姿が、救世主のように映っていたのだろう。キラキラとした瞳でルチアを見つめている。
エルフや人間に見える俺たちよりも、知らない種族でも獣人に見えるルチアが救ってくれたと考える方が、彼らの中でつじつまが合うだろうし。
「い、いやっ待て違う、違うぞ!」
慌ててルチアが人化して耳と二本の尻尾を消すが、そんなことではこの小火は消せそうにない。
ふむ、これは……薪くべとこうね。
「皆さんもついに理解したようですね、ピョンコン様が実在しているということを。そして見届けましたか、ピョンコン様の勇姿を。感じましたか、ピョンコン様の想いを」
「ピョンコン様の想い? それは一体……」
伝道者である俺にも、熱っぽい視線が集まる。
「お教えしましょう。なにを隠そう僕たちが帝国と戦ったのは、勇敢な皆さんを死なせたくないというピョンコン様の想いに従ったゆえなのです。僕は危険だからとお止めしたのですが、どうしてもと」
「なんと、ピョンコン様が……」
「まさか生きて戻れるとは思っていませんでしたが、結果はこのとおり……おわかりいただけますか、あれもこれもそれも、全てはピョンコン様の憐れみ深い御心が生んだ奇跡なのです!」
諦めかけていた命を救われた獣人たちが、瞳を潤わせる。
さらに温度と湿度を上げて放たれる視線を一身に受け、ルチアの首絞めにも力がこもる。
「お前はっ! 余計なことをっ! 言うんじゃないっ!」
一語一語強まっていく首絞め……あと五語くらいで死んじゃうよ? でも負けないっ。
殺意あふれる妨害にもめげず、俺は声を張り上げる。
ただただルチアを困らせたい。その一心で。
「さあ皆さんっ、感謝の気持ちを込めピョンコン様を称えるのです! あそーれピョ・ン・コン! ピョ・ン・コン! どうしました? ほら、お腹の底から声を出して!」
初めはみんな戸惑っていたが、一人、また一人とその名を高らかに空へと響かせ始める。
そして巻き起こるピョンコンコール。
うむうむ、凛々しいルチアもいいが、ヒィと情けない声を漏らして後ずさるルチアもまた可愛いものである。
やっぱり好きな相手をイジメたく……もとい、様々な表情を見たくなるのは自然なことだと思うのだ。
「まったく、歪んでますわねえ」
「笑っている場合ではありませんよ。明日は我が身……決して他人事ではないのですから」
「……私たちは助け合っていくべきですわね」
目を白黒させて困るルチアをもっと堪能していたかったのだが、すぐにセラが助け舟を出してしまった。帝国の冒険者はこちらにこなかったが、先に逃げた獣人たちを追っているのではないかと言って。チクショウ。
ただ、たしかにその可能性は高く、ポーラさんやティルたちは慌てて出発していった。
あっちと合流したらそのまま西へと向かうそうなので、俺たちはあとから追いかけることにした。
操のことは多少心配だが、人数は多いし勇者もいる。なにより俺たちには、他にやるべきことがあるのだ。
放置されている獣人のテントに入り、カラーガードで運んでいた騎士を転がす。
その衝撃で三人とも目が覚めそうだ。
さあ、ここからは楽しい復讐の時間だ。