6-29 無双でもなかった
帝国は大方出揃って、隊列を整えている状況だ。
その数は〈鷹の目〉で上から見ればもっとわかるだろうが、五千以上はいそうだが万には届いていないように思える。
それでも視界を埋め尽くすほどの陣容は、なかなかに壮観である。
もっともこっちとしては相手の数なんて関係ないし、臆するどころか一人で突撃しそうな者さえいる。
「ルチア、逸るなよ。お前らはまず温存だ」
カラーガード隊も抜かし、先頭を走っていたルチアは大きく息を吐いて速度を緩めた。
「フーッ……了解した」
待ち焦がれていた仇がいるのかもしれないのだ、気が急くのも無理はない。
だがだからこそ冷静に、万全を尽くして必ず捕らえなければならない。
「それでお前の隊は、どの辺にいたんだ」
「中央のやや左翼よりだ」
「じゃ、このままど真ん中ぶち抜くか」
帝国兵は俺たちの姿を認めて、口々にはやし立てて笑っている。降伏するための使者かなにかだと思っているようで、無駄だなんだと。
さらには馬に乗った、騎士らしき鎧を身に着けた男二人が前に出てきた。
大樹海は木の密集度もそれほど高くなく、獣人が使う道もあるので、馬での移動も不可能ではないのだ。
「そこで止まれ! 我らは交渉など受けつけぬ!」
問答無用で攻撃されるかと思っていたが、案外律儀なところもあるな。
「ルチア、あれは?」
「違う」
「そうか」
ならばと俺は、カラーガード隊を加速させる。
金属ボディを支える足が、一歩ごとにくるぶしまで埋まる。馬などよりも遥かに大きな足音が、その重量を物語っている。
近づいた距離とその音で、カラーガード隊が人ではないことは理解しただろう。
「あれは……なんだ!? おっおい! 止まれと言っている!」
無視して加速し続ける。
槍を横に持って等間隔に広がったカラーガード隊は、恐怖に悲鳴といななきを響かせる人馬と衝突。一切を跳ね飛ばす。
派手な衝突音を響かせても揺らぐことなく、そのまま兵たちをなぎ倒し、踏み潰し、一体が転ぶまで直進し続けた。
「うわあああああっ! なんだこいつら!」
「こっこれぁ人じゃねえ! 人形だ!」
その突進力に兵が腰を抜かしているあいだに、カラーガード隊を前と左右に配置。槍を振り回させ、ジョギング程度の速度で進む。
一体ごとに敵を狙わせるようなことはできないが、大柄なカラーガード隊より更に長い槍を勢いよく振り回しているので、帝国兵は近づくのも容易ではない。
「こっ、こんな人数で突撃してくるなんてなに考えてんだヤツラ! おいっ、なんとかしろぉ!」
「くっそ、オレがやってやる!」
稀にタイミングを見計らって槍で突いてくる兵もいたが、
「かっ硬ぇ!? しまっ、ぐわぁ!」
アダマントの体には傷一つつけることもできず、体勢が崩れたところを槍で打ちのめされている。
「ふははははは! 無敵無敵! 我が隊は無敵ではないか!」
兵たちを薙ぎ倒すカラーガード隊に悦に浸っていたのだが、俺を抱えるニケから戒められてしまった。
「マスター、これらは募兵か徴兵で集められた農兵でしょう。あまり調子に乗らないことです」
「なんと、そうだったの」
要するに一般人に毛が生えた程度ってことか。
それを裏づけるように、ある程度深くまで進むと急に攻撃が当たりづらくなった。
さらには何人かで息を合わせて槍で突いてきて、カラーガードがグラつかされることも増えてきた。
「早くも無敵終了ですわね」
別に転がされるようなことはないし当たれば倒せてもいるが、思うようには進めていない。これでは、とても無敵などとは言えない。
「ムキィ、おのぉれぇ!」
冷静さをかなぐり捨ててシータで兵にイライラをぶつけていると、進軍が遅くなったせいで後方からも敵が攻撃してくる。
「まったく、マスターが冷静さを失ってどうするのですか」
三人が撃退したので問題はなかったが、四方を見回したルチアは驚きの声を漏らした。
「信じられない……まさかこれほど正規兵の割合が高いとは」
今現在の地点は、帝国軍を半分突破したくらいだろうか。それはつまり農兵が半分くらいしかいなかったということだ。
農兵なんて正規兵の五倍十倍集めるイメージがあるし、この正規兵の多さは異常なのだろう。
「地の利もなく、樹海は進軍にも難しいですからね。足手まといとなり得る要素を極力減らして、正規兵で固めてきたのでしょう」
「それでもこの数を揃えてくるなんて……帝国の本気のほどがうかがえますわね。このまま無駄に時間をかけても消耗するばかりですし、そろそろ私たちも」
両手持ちで物理攻撃していた怒りん棒を、セラは右手一本で持ち直した。
杖先の青い宝玉が、敵を見据える。
「シルフズクラップ」
すべてを一拍で吹き飛ばす、精霊の柏手。
不可視の爆弾といったそれは、兵士たちを飛ばし、転がし、誰もいない空白地帯を作り上げた。
風魔術は元の威力が低いものが多く、シルフズクラップもその例に漏れないが、INTの高さによりここまでの影響力を生み出せるのだ。
だがセラはそれだけでは満足しないようで、クルクルッと器用に杖を回し、今度は左手で構えた。
「もういっちょ、ですわ」
そして同魔術を詠唱。
空白地帯が前方へと、倍に広がった。
さすが本職魔術師と言うべきか、錬成人になってダブルキャスターとなったばかりなのに、左手での魔術はニケとルチアと比べても遜色ないほどだろう。足の方は三人ともまだまだだけど。
「さあ今のうちに進みますわよ……なんですのあなたたち、その目は」
ただ……セラにはまだ他にも弾数があるのだ。全然使おうとしないけど。
「いや、もう打ち止めなのかなーっと」
「な、なにか問題ありますかしら」
「全武装を用いろという話だったはずですが」
「ひ、必要があればもちろん使いますわ。でも使わなくても問題ありませんでしょう? ほら、それより急ぎませんと」
逃げるように駆け出したセラを笑いながら追いかけ、空白地帯を駆け抜ける。
そこからは適宜魔術やアーツを使いつつ、押し寄せる兵を停滞することなくかきわけていく。
俺本体もニケに抱えられながら、たまに兵を殴ったりした。
そして特に詰まることもなく騎兵……つまり騎士が点在するゾーンへ。
恐らく本来なら部隊ごとに兵と、それを指揮する騎士が整然と並んでいるのだろう。だが、俺たちのせいでぐちゃぐちゃにかき回され、騎士たちは怒声を張り上げている。
「なにをしているのだ! 相手は指で数えるほどしかおらんのだぞ! さっさとガフッ」
あーぁ、そうやって偉そうにして目立つから、狙われてしまうんだよ。
氷の塊が突き刺さって落馬した騎士を横目に、仲間の騎士が指示を飛ばす。
「くっ、魔術師隊構え! 射線を開けろ!」
どうやら魔術師を抱えている部隊だったようだ。
訓練された動きで兵たちが左右に割れると、ローブを着た十人ほどの魔術師の姿が御目見得だ。
「放てぇ!」
横一列に並んだ魔術師たちから、各種魔術が放たれる。シンプルなブレット系でまとめられているのは、互いの魔術が干渉し合わないようにしているからだろう。
魔術はある程度分散して放たれていて、通常であればかわすのは至難の業だ。さすがの練度と言うべきか。
「守護者の大盾!」
だがそれらも、淡い緑の障壁によって遮断され俺たちに届くことはない。
「馬鹿な! 一人で全て防ぎきっただと!?」
「お返ししましょう」
うろたえる魔術師たちに向け、ニケが魔法を放つ。
ゆったりフワリと放物線を描くのは、バレーボールほどの雷球。兵たちの注目を集めたそれは、地面に落ちた瞬間弾けた。
どこにどう詰まっていたのか。
分裂し、地を走る幾つもの雷。不規則な動きで触れるものすべてを焦がし、煙を上げさせる。
もれなく巻き込まれた頼みの綱である魔術師隊の姿に、囲んでいた兵たちもひるんだ。その隙に進路を確認する。
「どっちだルチア!」
「あっちだったはずだが……あった!」
目標となる旗を見つけ、ルチアが盾を突き出して突撃していく。俺たちもそれに続く。
殴り、蹴り、兵たちに宙を舞わせて突き進んでいると、ピタリとルチアが立ち止まった──かと思いきや、突如として高く跳躍した。
俺たちを置いて突貫したルチアが狙ったのは、馬上の騎士。
騎士が驚きながらも槍で突きを繰り出したのは、褒めるべきだったのだろう。
もちろんそんなもの楽々と盾で弾いたルチアが、そのまま剣の柄頭で側頭部を殴る。
たまらず落馬した騎士とともにルチアは地面を転がったが、すぐに立ち上がった。
「サークルエッジ!」
アーツで周囲の兵を薙ぎ倒し、殴られた衝撃が抜けきらずに転がっている騎士の背中を、踏み潰すように押さえつける。
息を詰まらせる騎士を見下ろし、放ったのは底冷えのする低い声。
「……見つけたぞ」
首をよじり、自分の肩越しにルチアを見上げる騎士の顔が驚愕に染まる。
「ぐぅっ、お前は……そんな、まさかっ…………ル、ルクレツィアか!?」
騎士の様子と、激情に駆られたルチアを見れば確認する必要もない。
いたのだ──仇が。