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6-28 きっと二百デシベルくらいあった




 獣人本隊でも対処できるかわからない大群相手の時間稼ぎ。

 死ねと言うようなものである。

 顔を引きつらせ怯え、誰か手を挙げてくれと周りを見回す獣人たち。残っているのは戦いの不得意な者ばかりだ、さもありなん。


 そして案の定、声を上げたのは勇者たちだった。


「よっしゃ、殿(しんがり)は俺たちに任せとけ! 勇者の名が伊達じゃねえって見せてやるぜ!」

「うんうん、だから全員急いで逃げててねっ。帝国を引っ掻き回したら、全速力で追いかけるから」


 俺たちのいるなだらかな斜面から獣人たちを見渡し、ムードメーカーの吉田とカヨが努めて明るく振る舞う。

 確かに勇者たちなら、時間稼ぎしてから逃げられるかもしれない。だがそれも低い確率としか思えない。剣聖たち聖国相手のときは勝ち目すら多少はあっただろうが、今回は規模が違いすぎる。


 それをわかっているからこそ、カヨは共に戦う者を募るのではなく、獣人全員に逃げろと言っているのだ。

 そしてそれをわかっていても、他の勇者たちの口からも賛同する言葉しか出ない……もちろん操も同様だ。


 うーん、困ったな。これでは操がかなりの確率で死んでしまう。

 当たり前だが俺は、獣人を守るために三人に戦わせる気などないのは変わっていないし。

 帝国がどの程度のものかはわからないが、俺たちにとっても危険性のある相手だろう。そんな相手との戦いに参加するべきではない。

 これは俺たちの戦いではないのだから。


「ううむ……今回に関しては道理ではあるのだが、もう少し我々を使うことも覚えて欲しいものだ」

「それだけ大切にされているということは、うれしく思いますけれど」

「そうですね。そのあたりは今後の課題ということで」


 なんか三人はよくわからないことを言っているが、俺は間違っていないし三人も納得しているはずだ。

 しかしやはりこうなってしまうと、操と、ついでにティルを拉致して逃げるのが一番だろう。二人に恨まれるとは思うが。


 そう考えていると──


「だっ……ダメだよ、ミサオ、みんな! そんなのダメだ!」


 ──震える声。

 それでも、今まで聞いたことのない大きさと強さを持ったその声は、獣人たちが安堵で漏らしていた吐息を掻き消した。

 驚きと、そして幾分かの悲しみとともに、操が声の発信源であるティルに手を伸ばす。


「わかって、ティル。これが一番犠牲が少なくて済む」

「違うんだミサオ……そうじゃないんだ」


 しかし、ティルは掴まれたその手を払い除けた。


「僕は……僕は今までずっとわからなかったんだ。僕たちは、なんであんな場所で暮らさなければならなかったのか。人間に怯えながら、あんな場所で」


 チラリとだけ、ティルは勇者たちを見た。

 今は勇者たちは違うだろうが、きっとティルにとって人間全てが恐ろしいものだったのだ。だから森を出ることもできなかったのだろう。


「悔しかった……仲間たちがただ連れ去られていくのを、いつも隠れて見ていなければならなかったことが。だけど勇気がなくて、こっちで暮らす獣人に歯向かうこともできなかった」


 正直突っ込みたい気持ちもある。そんな語ってるあいだにも、どんどん帝国は近づいてきてるぞ、と。

 しかしこれはいい流れのような気がするし、止めるべきではないだろう。


「でも……今ミサオたちに全部任せてしまったら、それは彼らと同じことをすることになってしまう。そんなの許せないんだ……自分自身を。みんなは違うの?」


 いつも操の影に隠れていた男が、操の前に立ち皆に訴えている。

 その言葉はティルの仲間だけでなく、外樹海で暮らしてきた獣人にも響いたはずだ。

 自分たちが犠牲にしてきた者が、他の誰かを犠牲にすることを拒んでいるのだから。


「僕はこの前シャニィ様の話を聞いてから、ずっと考えていたんだ。僕たちも自分の力で立ち上がらなきゃならないって。だから……今がきっと……だから、えっと……」


 シャニィさんは面倒なことをしてくれたが、その思いに当てられて火がついた者もいたのだ。

 たださすがにティルも、みんなも自分と一緒に死んでくれとは言いづらいようだ。

 もう時間もないし……仕方ないな。


「ぷっ……くっくっく、無理無理。無理だってティル」

「シンイチ……」

「……橘くん」


 初めて見たであろう勇ましいティルの姿に口を挟めずにいた操が、俺にはキッとにらんでくる。俺がどうしたいかバレてるのかもしれない。

 止まってなどやらんが。


「見ろよこいつらのなっさけない(つら)。自分たちで子供や仲間を守る気なんてこれっぽっちもない。爪も牙もない。丸めるための尻尾しか持ってない腰抜けの面だ」


 わかっている。

 俺に一斉に向けられる瞳に映っているのが、(おび)えだけではなくなっていることは。

 そしてそこに映るのは、俺に(あお)られたことによる怒りだけでもない。


 ティルの火は、こいつらにももう燃え移っているのだ。

 だから、俺は(まき)をくべるだけでいい。


 ニケに向きを変えてもらい、獣人たちを見下ろして鼻で笑ってやる。


「ほら、言ってみ。人間様人間様、大っきらいな人間様、自分の子供を守る気もない僕たちを助けてくださいーって。私たち死にたくないんですーって。だからあなたたちが死んでくださいーって。そしたら哀れなお前らを、過保護なこいつらが命がけで助けてくれるよ。ククッ、笑えるよな。よくお前らは獣人の誇りがどうこう言うけどさ、そんなもんどこにあんのかねえ」


 さらに変顔でおちょくってやると、だいぶ火がついてきた。


「クソっ、バカにしやがって……!」

「ふざけんなっ! 俺たちは……俺たちだって!」


 逆に過保護と言われた勇者たちは、前にシャニィさんに言われたこともあって言葉に詰まっている。


 よしよし、この調子でもう一押し──と口を開こうとしたら、大きな手が頭にドスン。強制的に閉じさせられてしまった。

 手の持ち主のポーラさんも怒ったのかと思ったが、俺と目が合うとニカッと歯を見せた。

 そして次にティルの背中をバチンと叩き、つんのめらさせた。

 ……痛かったけど、俺たち褒められたのかな。


「アンタたちいいのかい。こんな若い子だけに覚悟させて、情けないとは思わないのかい。あんな子供に好き放題言われて、悔しいと思わないのかい」


 ポーラさんに問いかけられ、獣人たちは否を叫ぶ。

 それを聞き、ポーラさんは満足そうにうなずいた。


「そうかい、だったらわかるだろう。この場において、誇りを示す方法なんて一つしかないよ」


 目一杯息を吸い込む。

 そして──


「──戦え!」


 うひー、身も心も震えるようなすっげぇ咆哮。


「獣人の意地を! 覚悟を! 帝国の連中に思い知らせてやるんだよ! アタシらの爪と牙を、ヤツらに突き立ててやろうじゃないか!」


 数瞬の間──そして爆発した。


 大きくなってきた軍靴の音を吹き飛ばす雄叫び。

 きっと帝国にも届いているだろう。案外びっくりして本当に進軍が止まっているかもしれない。

 ちぇっ、おいしいとこポーラさんにもってかれたな。


 半ばヤケクソ状態で、やってやると口々に叫ぶ獣人を前に、ティルが操に振り向いた。


「ミサオ、子供たちのことをお願いできるかな」

「やだ……やだよ、ティル。私も」


 子供のようにイヤイヤをする操の頬に手を当て、ティルはその涙を拭った。


「ダメだよミサオ。これは僕たちの戦いなんだ。キミにもらった勇気で戦って、かならず生き残るから……だから、ね?」


 男が覚悟を決めた表情に、操はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。


「……ああやって涙を拭って殺害予告してきた誰かさんとは大違いですわね」


 セラはなぜ恨めしげに俺を見てくるのだろうか。


 ともかく、本当によく言ったよティル。

 お前の尊い犠牲のおかげで、操は円満に生かすことができるのだから。


「本当にいいのか? ティル殿を助けなくても」


 難しい顔をしてルチアが聞いてくるが、俺ははっきりと頷いた。


「いいんだよ。ここで言い出しっぺのティルだけ逃がしてみろ、全部ぶち壊しになるぞ」


 やはりなにより優先すべきは操の命だ。ティルもそれを望んでいるのだし、文句はないだろう。


 ……だがもし、もし生き残ることができたら、お前を義弟として認めてやることもやぶさかではない。

 だから…………頑張れよ。





 結局大人のうち半数近くが残って時間稼ぎすることになった。この中で生き残るのはどれほどいるだろうか。

 他の者はその姿を目に焼きつけ、唇を噛みながらも子供たちを守りながら北へと向かった。子供を託された勇者たちも同じだ。

 その全員が旅立ってもなかなか動こうとしない操を引きずるようにして、俺たちも北へと向かう。


 しばらく進むと小高い場所に出た。振り返ってみれば、集会所の開けた空間の北側にいるティルたちを見下ろすことができる。


 そしてティルたちとは巨大なあぐら岩を挟んだ、南側。

 暗い木々の合間から目に飛び込んでくるのは、金属の反射光。それらが数を増し、ジワジワと染み出すようにあふれ、陽の光を浴びて実像を成す。


 帝国軍の御到着である。


 ティルたちの姿を認め、どうやら一応は陣形を整えるようだ。そのまま戦いになだれ込むのではなく、出てきたところで留まっている。

 それなりの数の獣人が残ったことが幸いして時間稼ぎになっているが、それほど猶予はない。


「来たか。こっちも急がないと、あいつらの犠牲が無駄になる。おい操」

「……わかってる」


 同じように眺めていた操も、振り切るようにして(きびす)を返した。

 俺を抱えるニケが、そしてセラが続く。


 しかし──そこにルチアが続くことはなかった。


「そんな、なぜだ……」


 帝国軍を目にしたまま、ルチアは呆然と呟いている。


「どうしたルチア」

黒鉄(くろがね)だ……黒鉄が来ている」


 それってルチアが所属していた騎士団のことか。


 目を凝らせば、帝国が現れてきている林の奥には黒い旗が見え隠れしている。それが黒鉄の証なのだろう。


「国外にはほぼ出ないんじゃなかったのか?」

「考えてみれば必然かもしれません。テッポウをまず持たせるなら、要であり、守りに秀でた者の多い黒鉄となるのでしょうから」

「それに進軍の仕方も特殊ですものね。進んでは陣を敷き、伐採が終わるまでその陣や伐採部隊を守らなければなりませんもの」


 なるほどね。戦術的にも都合がいいし、鉄砲を使う黒鉄自身の手でその道を切り拓かせようってことか。


 俺たちはそう納得したが、ルチアはそれどころではないようだ。慌てた様子でマジックバッグに手を伸ばす。

 取り出したのは俺が作った望遠鏡。それもほとんど手につかないほど狼狽(うろた)えていたが、なんとか覗き込んでいる。


 そしてしばらくして、「あっ」と小さな声を出し地面にへたり込んだ。

 心配して声をかける前に、ルチアがゆっくり振り向いた。


「どうしよう、シンイチ……いるんだ」


 ……おい、まさか。


「私の所属していた隊が、いるんだ」


 マジか。


「お前の仇が来てるのか!?」


 まるで迷子の子ウサギのような雰囲気で、ルチアは弱々しく首を振った。


「そこまではわからない……隊の全員が来ているかも、私の班の者たちがまだその隊に所属しているかもわからない。だがその可能性が……ど、どうしよう。どうすればいい?」


 いやいやお前、どうすればってなに言ってんだ?

 そんなもん!


「三人とも──全武装の使用を許可する! あそこにいるのであれば、いかなる手段を用いても、必ずルチアの仇を生かして捕らえろ……必ずだ!」


 反意など微塵もなく、間髪入れずにニケとセラはうなずく。


「心得ました」

「お任せくださいませ」


 二人と俺を見上げ、ルチアが瞳を潤ませる。


「二人とも……シンイチ……」

「ほら、ルチアもシャキッとしろ。お前しか仇の顔を知らないんだからな。間違えて俺がわざと殺しちまうぞ」

「ふふっ……ああ、わかった」


 立ち上がったルチアは二人に続いて装備を取り出し、獣化して準備を整えた。

 俺もカラーガード隊とシータを出して、人形繰りと憑依眼を発動する。この前スキルレベルが五に上がったので、カラーガード隊は四体である。


 そんな俺たちを見て、操が怪訝な表情を浮かべている。


「どういうことかまるで話が見えない。戦うの、あなたたち」

「ああ、お前は先に行ってろ」


 説明する意味も時間もないのでただ親指で北を示したが、操は首を振った。


「だったら私はティルのところに行く」

「好きにしろ。邪魔だけはすんな」


 それ以上構うことなく、操を置いて跳ねるように俺たちは進む。

 あっという間に突撃の合図を待っている獣人の後方に出た。


 俺たちの先頭に並ぶのは、派手な旗つき槍を手にしたカラーガード隊。その異様さに気圧されたか、気づいた獣人たちが自然と道を空ける。

 最前列まで到達すると、ポーラさんやティルに見つかった。


「アンタたち、どうしてここに! ってアンタその(ひたい)の目はなんだい!? それにこの人形は……もしかして一緒に戦いに来たのかい?」

「シンイチ、なんで……キミたちが戦う必要なんて」


 困惑しながら寄ってこようとする二人を、手で制した。


「勝手だとは思いますが、この戦いは僕たちのものとさせてもらいます。皆さんは下がっていてください。無駄に命を散らす必要はありません」


 俺たちはなによりもルチアの仇を捕らえることを優先するので、獣人に気を使った戦い方をする気などない。

 乱戦になってしまえば、俺たちの攻撃に巻き込まれて獣人も数多く死ぬだろう。そうならないための忠告である。


「まさかアンタたちだけで突っ込む気かい!?」

「そんなっ、いくらなんでも無茶だよそんなの!」

「皆さんだって死ぬ気だったじゃないですか」

「それは……でもシンイチたちが命を賭ける理由なんて」

「理由ならあるんですよ」


 無茶とか無茶じゃないとか、そんなことは関係ない。やらなければならないのだ。

 きっと本当に無理だったら、誰か反対するだろうし。三人ともそんな素振りなど欠片(かけら)も見せないので、大丈夫だろう。


「ま、皆さんはここで大人しく見ていてください」


 もはや問答は無用と前を向くと、頭をガシガシかきながらポーラさんが大きく息を吐いた。


「ハァー、あんなにアタシらを煽ったくせになんなのさ……ったく、死ぬんじゃないよアンタたち!」


 そんなの当然とうなずいた俺たちは、立ち並ぶ帝国軍に向けまっすぐに駆け出した。




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