6-27 名探偵真一の名推理だった
獣人キャンプに転移で戻った俺は、ポーラさんやヤロイさんのような各種族で残った中での代表や勇者など、主だった者を集めた。
当然だが全員を連れて行ったネコ系獣人の派閥は、ここにはいない……やっぱそういうことなんだろうな。
「帝国が来るって、どういうことだい?」
「帝国はミスリル鉱床に向かうんだろ!?」
しかしいきなり帝国が来ると言われても、みんな信じられないようだ。
「それは誤情報です。帝国の狙いはドワーフです」
「ですがマスター、さきほど話したように、帝国がドワーフを狙うのは割が合わないと思いますが……それを押してまで攻める理由があるのですか?」
急いで戻ったから、まだ三人にも説明していないのだ。
俺を抱えるニケに頷いてから、みんなを見渡した。
「僕たちの仕入れた情報によると、今帝国は新しい武器を作ろうとしているのです。その完成のためには、ドワーフの知識が必要なのだと気づいたのです」
「主殿、新しい武器というのは……」
ああ、そうだよルチア。
お前が教えてくれた、鉄砲の完成のためにだ。
俺も以前、銃を作ることを考えてみたことがある。
銃の仕組み自体はなんとなくわかる。もちろん細かい部分でベストな形状などは無理にしても、ある程度形にはなるだろう。
しかし、どうしても行き詰まるポイントがある。
それが火薬だ。
それらしいものを見たことはなかったし、こちらには火薬はまだないと思っていた。
俺が作れる粉末無属性魔石などでも代用はできるかもしれないが、大量生産が難しいしコストがかかりすぎる。
だから銃を使おうと思えば、自力で火薬を作らなければならない。
ただ、地球において現在銃火器には無煙火薬というのが使われているようだが、作り方など全く想像がつかない。なのでまず目指すべきものは黒色火薬になる。
だがそれも炭、硫黄、硝石を配合することで作られる……くらいしか知らないのだ。
調合方法や配分量を研究するのに時間はかかるし、失敗により多大な被害も出るだろう。
なにより、炭と硫黄はよしとしても硝石ってどんなの?
人や動物の糞尿で作ることができるので、日本でも白川郷などの隠れ里のようなところで作っていたと、世界遺産の番組で見たことはある。でもどうやって作ればいいのかまるでわからない。
それに偶然作れていたとしても、どれが硝石かわからなければどうしようもない。
こちらでも硝石はすでになにかに使われてたりするかもしれないが、どういう使われ方をされる物質なのか知らないので突き止められない。
それらの理由で火薬がネックとなったので、銃作りは断念せざるを得なかったのである。もともとそれほど本気でもなかったし。
そして帝国も今現在、火薬の問題で足踏みしているのではないだろうか。
鉄砲を教えたのは俺と同じ地球人勇者だろうが、よほどのマニアでもなければ詳しい火薬の作り方まで知っているとは思えない。
ルチアは鉄砲の試射を見たと言っていたが、火薬は実用に耐えられない質の低いものか、代用品だったのだろう。
ルチアが誘われたという、鉄砲を運用する試験部隊がいまだに活動している噂がないのも、そうであれば説明がつく。
しかし、ドワーフの知識を手に入れることができれば話は変わってくる。
彼らは花火を作ることができるのだから。
地球と同じであれば花火に使われているのは、どうにかして色を変えた黒色火薬だったはずだ。
しかも帝国には火山もないようだし、硫黄の採掘も難しいのかもしれない。それもドワーフが暮らす火山群にいけば、豊富にあると思われる。
それらを考えれば、わざわざ道まで切り拓いている理由になる。
この世界にはマジックバッグがあるが、定期的に幾度も往復することになるし、そのような重要物資を運ぶとなれば護衛も多くなるだろう。
「その武器さえ量産できるようになれば、冒険者に今ほどの価値はなくなります」
たとえレベルが一桁の者が使っても、ある程度の戦果が期待できる。それが銃の強みなのだから。
反面、高レベルの者が魔力を込めて銃の威力を強化する、というようなことは様々な観点から考えて難しいのではないかとも思っているが。
それはともかくとして、社会構造を変えかねない武器の存在を聞き、ヤロイさんたちは目を丸くしている。
「そこまでのものなのかね……」
「であれば、帝国は冒険者の顔色をうかがってドワーフへの手出しを控える必要もありませんわね……」
今帝国と共に進軍している冒険者は、目的を知らされていないのかもしれない。冒険者は口も軽そうだし。
もちろん知りつつ来ている可能性もあるだろう。水晶ダンジョンがなくなり、稼ぎの場が減ったからな。
「そんなこと急に言われても……シャニィ様たちは帝国はミスリル鉱床が狙いだと言ってたし」
「ああ、とてもじゃないけど信じられないよ」
予想できたことではあるが、俺たちと関わりの薄い獣人は信じようとしない。バカバカしいと言って、立ち去ろうとしている者もいる。
俺としてはそれならそれで構わない、と言いたいところだが……。
「主殿……」
……わかったから、そんな物言いたげにチラチラ見てくるなルチア。
大人ならまだしも、ここには子供たちが数多く残されている。それがどうしても引っかかるのだろう。
俺だって子供は苦手だが、別にみんな死んでしまえと思っているわけでもない。
もちろん父さんと同じ轍を踏むつもりはないけど。こっちの身を削るつもりはないし、ルチアもそれはわかっている。
ただ、この段階で放り出すのは目覚めが悪くなるかもしれない。
──アンタらはここで子守でもしときな。
ったく……シャニィさんもめんどくさいことを押しつけてくれたもんだ。
さてどうしようかと悩んでいたが、その前に去ろうとする者たちに待ったをかけたのはポーラさんだ。
「お待ち。アンタたち、急いで仲間に荷物をまとめさせな。これは命令だよ」
「ぽっ、ポーラ様!? こんなウソつきな人間の子供の言うことなどっ」
内通者探しのためのクレバーな策略を、まだ根に持っているようである。
「なにか文句あるかい? 今ここを任されてるのはアタシだ」
「シャニィらがイタチどもにダマされたという可能性もあるしのう」
「それは……」
ポーラさんとヤロイさんという長クラス二人に抗えるような者は、この場所に残っていないようだ。ただ言葉を詰まらせるばかり。
「間違ってたらアタシが全部責任を取る。いいから急ぎな!」
「はっはい!」
トドメの一喝で代表者たちは散っていき、それを見届けたポーラさんとヤロイさんも仲間をまとめに行った。二人には毎度感謝である。
そのあといちおう操には今すぐ退避するよう勧めたが、獣人を守らなければならないと拒否されてしまった。
とはいえ極めて危険な状況となれば、拉致して逃げればいいだろう。
そうこうしているうちに、集合場所である中央の集会所にダラダラと獣人たちが集まってきた。
しかし、彼らが文句を垂れ流すのもそこまでだった。
一人の獣人が、息せき切って飛び込んできたのだ。
「た……大変だっ! てっ、帝国……帝国が、こっちにきてる!」
彼は狩り中に獲物を追いすぎて、かなり北へと行ってしまったらしい。そこで帝国軍を見かけ、大慌てで戻ってきたそうだ。
「来ましたか……マスターが気づいたおかげで、少しは時間の猶予が生まれましたね」
「本当に少しだけだけどな」
うさんくさい俺たちではなく信用できる仲間の言葉を受けたことで、獣人たちの中を動揺が波のように伝播していく。
すかさずポーラさんやヤロイさんが声を張り上げて代表者たちを動かさなければ、散り散りになって逃げていたかもしれない。数多く生息する樹海の魔物の腹を満たすことにならなかったのは幸いだったろう。
とはいえ、落ち着いたとはとても言えないが。
「ど、どうすればいいのだ! どちらに逃げればいい!?」
「決まっている、とにかく早くトゥーブ様たちと合流しなければ!」
獣人本隊のいる東に向かおうと騒ぎたてる代表者たちに、セラが首を振る。
「ダメですわね、合流どころか伝えるにももう遅すぎますわ」
「遅い? どういうことだっ」
「イタチを尋問して情報を引き出したはずなのは、どなたかしら。帝国の狙いがミスリル鉱床だという誤った情報で、自分たちの縄張りに皆を引き連れていったのはどなたかしら」
「先ほどヤロイ殿はああ仰ったが、シャニィ殿から感じられた覚悟を思えば、イタチにダマされただけと考えるのは危険だろうな」
ここにいる獣人の多くは知らなかったかもしれないが、シャニィさんには改革の意思があった。それが一連の流れと無関係だとは到底思えない。きっとなにかを起こすつもりだ。
それはつまり──
「──シャニィさんたちネコ系獣人は、イタチや帝国とつながっている可能性があります……もしかしたら最初から。樹海の獣人社会に改革をもたらすために」
いくらなんでも帝国を放っておいて、場当たり的に事を起こしはしないはずだ。帝国となにかしら密約が交わされていると考えるのが自然だ。
派閥の獣人がここに誰一人として残っていないのも、帝国がここにくるのを知っていたから引かせたのだろう。
「初戦でイヌ系獣人の策に乗じて帝国に奇襲をかけさせたのも、シャニィの仕組んだことではないでしょうか」
ニケの言葉にルチアも続いた。
「改革するにあたり、イヌ系獣人が最大の障害だものな……だが勇者の奮闘のせいで期待したほどの成果は出なかった。だから今回は邪魔者抜きで、自分たちの手で決着をつけようといったところだろうか」
具体的な改革の内容など知る由もないが、いずれにせよそれに反対する勢力は叩かなければならない。今頃あちらは二つの派閥でぶつかり合っていることが予想できる。
もとからそのつもりで全戦力を投入するネコ系獣人と、不意を打たれる手負いのイヌ系獣人──戦いの行方は、火を見るより明らかだ。
初めは信じられない様子だった獣人たちも、二人の説明で表情からさらに色をなくしていく。
「そんな馬鹿な、シャニィ様が……」
「あの娘の気性を思えば、有り得ぬ話ではないのぉ。とはいえあれが獣人のためを思っているのは疑いようがない。あまりに無体なことはせぬじゃろうが……」
ヤロイさんの言う通り、シャニィさんが一族郎党皆殺しというようなことをするとは思えない。降伏すればそれでよしとするのではないか。
それでもなにがどうなっているかわからない以上、近づくべきではないだろう。
「決まりだね。西へ逃げるよ、アンタたち!」
ポーラさんの決定で、方針が決まる。
しかし──それは少し遅すぎた。
耳を澄ませば響いてくるのは、無数の軍靴の音。
まだ微かなものの、恐怖そのものといった足音は木々の合間を駆け巡り、すでに四方を囲まれているかのような錯覚を起こす。
「ああ、すぐそこまで……」
「もうおしまいだ……」
絶望する獣人を横目に、ルチアがポーラさんに訴えた。
「ここまで近いとなると直接西へ向かうのは危険だ。帝国は左右に部隊を突出させる、両翼包囲で進軍してきている可能性がある。そうだとすれば、恐らく足の速い冒険者たちだろうが」
「わかったよ、まずは北へ向かうけれど……」
その言葉が尻すぼみになったのは、わかっているからだ。
このままでは確実に追いつかれるということに。
なにせここに残っているのは、戦いにも駆り出されない非力な者たちだ。それでどれほどスピードが出せるかという話である。
特に問題なのが子供だ。俺より小さな子供すらかなりの数がいる。
ラボに詰め込むといっても全員は無理だし、多少のスピードアップにしかならないだろう。
「ルチア、帝国が追わずに見逃してくれるってことは」
その可能性は考えない方がいいということか。ルチアは眉間にシワを寄せ、首を振った。
やっぱそうだよな。
もちろんやり過ぎれば処罰などはあるだろうが、戦に勝てば略奪などごく普通に行われている世界だ。
こんなカモ集団を前にして、見逃すようなことはすまい。降伏しても、どうなるかわかったものではない。
となると──
「──残って時間を稼ぐ者が必要ですね」