6-26 やっぱり浴びるなら深蒸し茶に限ると思った
…………花火?
セラの口から突然出たそれは、こちらの言葉で花と火を組み合わせた、花火としか訳せない言葉だった。
「うん? なんの話?」
「言われてみれば疑問ですね。聖国を出てからマスターと常に一緒にいましたが、花火を見たことはありませんでした。ですから見たことはないはずですが……文献かなにかで知っていたのですか?」
「だからなんの話よ。ドワーフから話が突然飛んだんだけど……花火って、火の粉が花みたいに広がるあれじゃないよな?」
地球で言う花火をこっちで見たことなんてないし、別物だろう。
そう思ったのだが──
「他に花火があるのか? 私は三度ほど見たことがある。夜空に大きく力強く咲き誇るのに、すぐに闇に溶けてしまう火の粉が儚く幻想的で……だけど音はものすごいんだ。体の芯まで響いてくるんだぞ」
そう言って、ルチアが俺のショタっ腹を軽く押さえてくる。
どうも俺の知る花火と同じものっぽい? しかも打ち上げ式だと!? もし本当に花火だとしても、せいぜい手持ち式程度だと思ったのに。
正直驚きだが、そんな俺を見てセラが怪訝な表情を浮かべているのはなぜだろう。
「なにか噛み合いませんわね。シンイチさんは花火を知っていましたのよね? 明け星のとき、言っていましたし」
「今度は星の話に飛んだ!?」
「もうっ、そうじゃなくて『リースの明け星』ですわ。あなたが潰したクランの」
「そういえばそんなこともあったか。でもそのときに花火なんて………………あ、言った」
明け星を潰しに行く前に、ノリで言ったわ。みんなが今言ってるみたいに、こっちの言葉で花と火を組み合わせて。
よくセラはそんなの覚えてたな。
「あのときはセラもニケもルチアもわかってなさそうな反応してたから、まさか通じてるなんて思ってなかったんだけど」
「突然花火を上げに行くなどと言われても、困惑するに決まっていますわよ。できるはずありませんし」
たしかに花火を上げるのは難しいが、できるはずないと断言したことに少し引っかかる。
しかし俺がそれを聞く前に、ニケが尋ねてきた。
「ではマスターはこちらの花火を知らなかったのですか? それでいて通じていると思わなかったということは、つまり……」
「うん、あっちの世界にもあるんだよ。似たようなやつが」
同じ花火という言葉だったのには驚くが、あれをなにかに例えるなら花以外には思いつかないかもしれない。
三人も初めは驚いていたが、すぐに不思議そうに小首を傾げた。
「主殿がいた世界には、ドワーフはいないだろう?」
「今度はまたドワーフの話に戻ったし……あのなぁキミたち、人と話をするときは自分本位に脈絡のない話をするのは控えたまえ」
なぜ三人して目を吊り上げているのだろうか。
「あなたに言われたくありませんわ! それに脈絡はありますわよ。花火といえばドワーフの秘術……こちらではそうなっていますもの」
「ドワーフの秘術?」
「ああ。ドワーフが巡業で訪れたときに各街で花火を上げるのが恒例となっているんだが、どうやっているのか誰も知らないんだ」
ルチアたちはそのときに見たってことか。
花火の仕組みについてはニケすら知らないようで、ルチアの言葉にうなずいてからつけ加えた。
「ドワーフの中でも限られた血筋の者しか使えない魔法かスキルだと言われていますが、ドワーフは決して口外しないのです。その昔、拷問して聞き出そうとした愚かな領主がいましたが、ドワーフは死ぬまで秘密を漏らさなかったそうです。そしてそれに激怒したドワーフなどにより、領主は悲惨な末路を迎えたと」
なるほど、さっき言ってたようにたしかに頑固で連帯感が強そうだ。
「けれどあちらの世界にも本当に同じものがあるというなら、魔法やスキルではないということになりますわね」
「同じものだと思うぞ。ドワーフが秘匿しているからこそ確信した。あれは下手に広めるとクソほど人が死ぬ、危険なものだからな」
ドワーフがその危険性に気づいていないってことはないだろう。
それでも花火を披露している理由はわからないが、みんなを喜ばせることを我慢できないだけなのかもしれない。職人なんて基本みんな、エンターテイナーだしな。
「そうなのか……あんなにキレイなものなのに」
「なんでもそうですが、使い方次第ということでしょう」
年若いルチアがちょっと夢から冷めてしまったようにションボリ感を出しているので、元気にしてやらないと。
「夏になったら日本でキレイな使い方を見に行くか。あっちこっちで何千発、何万発って競うようにやってるからな」
「そんなに!? ぜひ見たいですわっ」
ふむ、セラが一番に元気になったか。
エルフのような長命種は精神も比較的若く保たれるという話だが、それは本当なんだろうな。セラはルチアより若々しい反応をすることも多い。実年齢はあれなのに。
「……なんですの? すごく失礼なことを考えていそうですけれど」
「セラは見た目も中身もピチピチだと思ってただけでございます。じ、じゃあそんときはみんなでカキ氷でも食いながら見物でも──」
「カキ氷!? 聞いたことがないが、それは美味しい食べものなのか?」
そうか、ルチアはこっちだったな。
「細かく砕いた氷に甘いシロップをかけて食う、夏の定番甘味だ。うちにはセラがいるからいつでも食えるけどな。ヨッ製氷婚約者!」
「それ褒めてますの……? 全然嬉しくありませんわ」
目一杯褒めてるのになんでだろう。
「マスター」
そんなにおねだりしなくても大丈夫。セラとルチアだけでなく、ニケも元気にしてあげるのはハーレムマスターとして当然である。
「ニケには花火の数だけお尻叩いてあげる」
「なんですのその罰。なぜあなたもそれで喜べますの」
そのときを想像してうっとりするニケに、ツッコむセラ。それを見て、ルチアが笑う。
大樹海に来てから周囲の動きを待ってばかりで暇なことも多いが、こうやって穏やかな時間を過ごせたのは悪くなかったかもしれないな。
少しして、笑っていたルチアが俺の頭を撫でた。
「あちらでの夏が楽しみだな。それでどうする? まだ登るか?」
「んー……どっちでもいいけど、どうせなら頂上まで行っとくか」
「そうだな、もうそんなに時間はかからないだろうし。では体が冷える前に出発するとしよう」
たしかに結構話し込んでしまったからな。
うなずき合った三人は、残りのお茶を飲み干そうと湯呑みに口をつけた。
それにしてもドワーフの秘術か。こっちにも花火があったなんてな。そんなの作れる知識があるなら……あるなら…………んん? んんんんん?
………………あっ。
「あああああああああああああああっ!」
大空に響き渡る俺の叫びに驚き、むせた三人がお茶を吹き出す。
名も知らぬ鳥が飛び去る中、柔らかな春の陽射しに輝く、三方から降りかかる緑のシャワー……期せずしてもたらされた恵みの雫を、俺は手を広げ顔を上げ、全身で受け止める。うーん、これぞ甘露。
「ゲホッ、ゴホッ……なんなのだいきなり!」
「わざとやりましたわね!」
「悪い悪い。でも決してわざとじゃ」
ちょっとだけ大げさにリアクションしてしまったのは黙っておこう。
「なにも不意を打たなくとも、この程度のこと望めばいつでもやりますが」
「そうか、じゃあまた今度……って違う! それどころじゃないんだって!」
ルチアから降りて立ち上がり、〈研究所〉を出す。
「転移して帰るぞ、今すぐにだ。わかったんだ」
「わかった? なにがだ?」
「帝国の狙いがだ」
「なにを言ってますの? だって帝国は」
東に、ミスリル鉱床に向かっている。
そう言おうとするセラに、俺は首を振った。
「違う……帝国はまっすぐ北上してくる。ドワーフを狙って」
そしてそうなればもちろん、まず踏み潰されるのは──操たちがいる集会所のキャンプだ。