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2-5 嗅ぎすぎた



「どうやら私は、とんでもない人に買われてしまったようだな……」


 ルチアが眉間を押さえてしみじみと呟く。ニケが人になった経緯を聞き、ショックからなかなか立ち直れないようだ。


「褒められた」

(けな)されているのでしょう」

「ハハ、どちらだろうな。私にもよくわからない」

「ルチアはニケを人にすべきじゃなかったと思うか?」


 傷とは関係なくひきつった笑みを浮かべていたルチアは、俺の問いにしばらく沈黙してから口を開いた。


「正直に言えば、なんということをしてくれたんだという思いはある。だが、シュ……ニケ殿は今幸せなのだろう?」


 ルチアが視線を向けると、ニケははっきりと頷いた。


「これ以上ないほどに」

「ならば、主殿はきっと正しいことをしたのだろう。責めるわけにはいかないな。個人的には神剣シュバルニケーンを一目見てみたかったが」


 そう言ってルチアは柔らかく笑う。なんとも気持ちのいい女性だと思う。


(さや)ならあるけどな。そうだ、神鋼(オリハルコン)が手に入ったら、レプリカ作ってやるよ」

「ほ、本当か!」


 ルチアがすごい食いつきで、ぐっと体を寄せてきた。そんなに見たかったのか。

 というか……なんかルチアっていい匂いがする。


「任せとけ。当然形しか再現できないけどな」

「私の紛い物を使われるというのは、私としては微妙な気分になりそうですが……」


 確かに自分のそっくりさんが、自分の知り合いと話とかしてたら微妙な気分になるかもしれない。


「さて、これで俺たちのことについてはだいたいわかってもらえたと思うから、次はルチアのことを教えてくれないか。俺はルチアのことをもっと知りたい」

「それは構わないが……私の話など、二人に比べたら全く面白味がないと思うぞ」

「じゃあ面白おかしく脚色して話して」

「む、無茶を言わないでくれ。私はそんなに喋り上手ではないのだ」

「そこで真面目に答えるから、マスターにからかわれるのですよ」

「な、なるほど。ではどこから話したものか」

「胎児だったころからで」

「無理だから! ……くっ、またしても」


 この調子でからかい続ければ、いつか幻のクッコロまで披露してくれそうな女騎士ルチアは、咳を一つついて姿勢を正した。


「では改めて……ジルバル殿は私のことをルクレツィアとしか言わなかったが、実は私のフルネームはルクレツィア・オイデンラルドと言う。側室の子ではあるが、グレイグブルク帝国で伯爵位を授かるオイデンラルド家の、次女だ」

「おお。なんだ、なかなか面白そうじゃないか」


 隠しきれない上品さが出てたのは、貴族だったからか。


「そんな感想か……」


 がっくりと脱力するルチアから、またフワッといい匂いが漂ってくる。なんだろう、香水……というほど強くはないし、体臭なのかな。


「貴族の子女が騎士という危険な職に就いたのですか……私は今の帝国についてよく知らないのですが、珍しいことなのでは?」

「女の場合はまれだろうな。帝国は実力主義の面が他の国より強いと聞くが、貴族の娘が政略結婚の道具とされるのは似たようなものだ。だが私はこの髪と肌の色が少々問題があって、家から疎まれていたのだ」

「うんうん、褐色肌ってなんかエロいよね」


 ルチアはラテン系の褐色肌といった具合で、健康的でありつつも(あで)やかだと思うの。

 しかもほどよく筋肉がついていて体が引き締まっている。イメージとしては、腹筋とかきれいに縦線が入ってる感じ?

 そんな体がミルクチョコレートでコーティングされているのはたまらなくセクシーだ。


「えろ!? ええと、なんだがまた話が噛み合ってないのだが……まあそんなわけで私は好きなように生きられたのだ」

「深い紫の髪色と褐色の肌ですか……濃色の髪や肌は魔族に多いですから少し連想させはしますが、人間にもそういった者はいるでしょう?」

「その少しというのが問題でな。髪色は母譲りなのだが、父も母も肌の色は白いのだ。そのせいで私は気味悪がられ、母は魔族と不貞を犯したなどと言われ失意の内に亡くなってしまった」

「そうか……」


 ノースリーブから飛び出る、ルチアのむき出しの肩をツンツンしてみたい。ニケよりも少し筋肉量が多くて、いい感じにプリっとしてるのだ。


「だから私は自分の力で生きていこうと決心し、アドラスヒル様……」

「どうしました、私の顔になにかついていますか?」

「あ、いや、なんでもない。とにかく師のもとで一心不乱に稽古に明け暮れた。そして幸いにも私の重騎士は、守りに優れる比較的珍しい職業だったから、騎士団に入ることができた。だが騎士団でも私は疎まれてな。女の私を引き立ててくれた人もいるのだが、それがまた騎士たちのしゃくに障ったようだ。結局ハメられて傷つけられ、敵に捕まった。そのときにこの有り様になったのだ」

「そうか……」


 にしてもルチアはいい匂いだ……甘さと爽やかさのバランスがいい。ずっと嗅いでいられる。


「そして捕虜となった私の身代金をオイデンラルド家が払うことはなく、私は奴隷になった。実家にしても私をハメた騎士たちにしても、私が生きて帝国に戻ってしまっては都合が悪いだろう。だから私を連れて帝国に行けば、厄介事に巻き込む可能性がある、というわけだが……あの、主殿、私の話を聞いていたか? というか近い、近いっ」

「そうか……」


 もっと嗅ぎたい……この細く引き締まった首の辺りとかどうかな……あっ逃げないで。逃げられたら追ってまうやろー。


「聞いていませんね。どうやら発情しているようです」

「はつっ!? いやいやいやいやさすがにそれはないだろう、こんな体の女に。というか、私の話を聞きたいと言ったのは主殿で、しかもそこそこ重たい話をしていたと思うのだがひぁっ、鼻息が首筋にぃ」

「そうか……」


 むふぅ、たまりませぬ……舐めてもいいかな? ちょっとだけだから、ちょっと味見を──


「あばばばば! な、なんばしよっと!?」


 ビリビリきたすっごいビリビリきた!

 振り向けばそこにはニケの視線が絶対零度。


「マスター、ルクレツィアが怯えています。彼女を求めるなとは言いませんが、初日からジルバルの期待を裏切るやり方をしてどうするのですか」


 気がつけばルチアはソファーで横になり、俺はその上に覆い被さるような体勢だった。


 ふむふむ……俺は雇用主。ルチアは従業員。

 これはあれだ、まごうことなきセクハラである。

 だがこの世界ではセクハラという概念はない! ここは漢らしく強気でいけばいいのだ!


「すみませんごめんなさい! ルチアが色っぽくてつい魔が差したというか、いい匂いがしてふらふらーっとほんとにごめんなさい!」


 ソファーから飛び降りた俺は、強気で床に頭を叩きつけた。やはり土下座こそが漢の生き様であろう。


「いっいや、別に怯えていたわけではないが……困惑はしている。主殿は私をからかっているのか?」

「からかうというのはどういう意味でございましょうか」

「だからその、色っぽいとか……と、とにかく頭を上げてくれ、私は奴隷なんだぞ。私に何をしたところで、主殿が謝る必要などないのだ」


 俺は床に頭を擦りつけながら首を振った。


「無理っす。もともと奴隷とかいない国で産まれたから、奴隷だグヘヘ俺の好きに(もてあそ)んでやるぜみたいな清々しい思考にはなれないでござるにんにん」

「それなのにあんな迫り方をしてしまうのですね、マスターは」

「うあぁん、なけなしの良心が痛い!」


 なんだかんだでこの世界に俺も染まっているし、はっきり言って敵には何をしてもいいと思っている。

 でも奴隷であろうが、仲間……というか、うん、惚れた相手を傷つけてしまうのはつらい。


「この数ヶ月、私と(ただ)れた生活を送ってきて(かせ)が緩んでいた部分もあるのでしょう。それは私にも一因があります。許してあげてくれませんか、ルクレツィア」

「爛れた生活……神剣シュバルニケーンが……いっ、いや、本当に気にしていない。頼むから頭を上げてくれ」


 恐る恐る顔を上げると、ルチアは眉を寄せた可愛い困り顔をしていた。


「ほんとに怒ってない? 嫌いになってない?」

「なっていない。というかその、主殿……」


 一度なにかを覚悟するように息を吐き、ルチアがゆっくりと顔を寄せてきた。

 ぱっちりとした、丸いアーモンド型のルチアの右目。その中に輝く、茶色ベースに青が混じった神秘的で美しい虹彩が、俺を射抜きながら近づく。


 こ、これはあれだよね。

 俺はいつの間にフラグ立てに成功していたのだろう。よくわからんが、俺は目を閉じて唇を突き出した。


 唇に柔らかい感触が…………こない。いつまでじらされるのだろうか。


「主殿は、本気で私を女として見ているのか」


 目を開ければ、ルチアの顔はずいぶん離れた場所にあった。


「ひどい、騙したのね! アタチの純情を弄ぶなんて!」

「す、すまない。そんなつもりではなかったのだが、ちょっと信じられなくて……だって私を捕らえた傭兵たちですら手を出してこなかったのだぞ? 立ちんぼの方がまだマシだと言ってな。主殿は私を……醜いとは思わないのか? というかなぜハンカチを噛んでいるのだ」


 ニケものときもそうだったが、こちらにはハンカチを噛んで悔しさを表現する文化がないのか。カルチャーショックだ。俺が日本にいたころは、三日に一回はハンカチ噛んでたのに。


 それにしてもルチアが醜いか、か。

 初めに見たときは目を背けたくもなったが、すぐに気にならなくなった……などと馬鹿正直に言うのはなしだろう。

 たとえ今俺が気にしてなくても、女の子はそんなこと言われたくないはず。


 ここは褒めるべきだ。俺は童貞とは違うのだ。俺は配慮ができる男なのだ。ニケよ、見ておくがいい。ふふふ。


「思わない。はっきり言って、見た目すごくエロいと思う」

「マスター、それは褒めていません。欲望を吐露しているだけの言葉です」

「なんだって!? じゃ、じゃあルチアは基本凛々しくてかっこいいのに、ふとした拍子に女の子らしくなって可愛くなるよね。しかも柑橘系の匂いがするからずっと嗅いでたくなって、俺はもう(とりこ)だ」

「マスター」

「これもダメ!?」

「私の匂いはどうなのですか?」

「煮詰めた蜂蜜みたいに甘ぁい匂いで、俺は脳髄をやられて中毒になってる」

「ならいいです」

「張りあっただけ!?」


 しれっと俺からの褒め言葉(?)を引き出してご満悦な表情を浮かべているニケにがく然としていると、可愛らしい笑い声が響いた。


「ふふふっ、あなたたちは面白いな……一つ聞くが、ニケ殿は主殿が私を求めることをなんとも思わないのか?」

「ええ。マスターが私を必要としなくなることさえなければ、あとは全て些事(さじ)です」

「それはそれですごいな……本当のことを言えば、主殿がこんな私を女として扱ってくれることはむずがゆくもあるが、うれしく感じている」


 まさか俺のセクハラが高評価だったなんて……。

 いや、同意を得られたということは、セクハラはすでにセクハラではないということだ。


「ただ、私は今まで武に生きてきたせいで、色恋というものがよくわからない。健常であったころは女として見られることなど、鬱陶しいとしか思えなかったしな」


 やっぱりセクハラだったようだ。


「そうか。俺が言うのもなんだが、別に無理することは──んむっ!?」


 今度は目をつむる間すらなかった。


 ルチアの顔がスッと近づき、離れた。

 唇に柔らかな感触だけが残った。


「もし……」


 ただいま絶賛混乱中の俺をまっすぐに見つめて、


「もしあなたに身を委ねれば、私にも少しはわかるようになるのだろうか」


 そう言ってルチアがはにかむ。


「その……流されてみるのも悪くないのではないかと……今の私にはそう思えるのだ」


 それは己の力ではどうにもならない流れに飲み込まれ、その中でもジルバルさんに助けられて俺のもとに流れ着いたからこそ言えた言葉だったのかもしれない。

 ……そう思ったのはあとになってからだが。


 そのときは、俺の頭はショートしていたから。






 頭真っ白にはなったけど、優しくすることはできたと思う。三回ほど。

 でも二回戦が終わってから、治りきっていない怪我が少し痛んでいそうだったのでポーションを飲ませたら、バリアーまで復活してしまい申し訳ないことになった。


 飲んだのが上位ポーションだったことにルチアは目を白黒させていたが、傷がだいぶ目立たなくなっていることに気づきうれし涙をこぼしていた。

 いくら自分の状態を受け止めているとはいっても、つらくないわけじゃないよね。初めに飲ませてあげればよかった。


 ちなみにニケは今日は遠慮して、他の部屋で休んでいる。ただ、明日はたっぷり可愛がってもらいますと言っていたので、ちょっと明日が怖い。


 横になって一息ついたところで、薄暗い部屋の中でも汗に濡れて輪郭を際立たせる褐色ボディを引き寄せた。

 その腹筋は、やはりまっすぐな一本線。芸術的なくぼみを指でなぞると、光沢のある体をよじらせた。


「こら、くすぐったい……しかしよかったのか、私に上位ポーションなど飲ませて」

「いっぱいあるから問題ないぞ」

「こういうときはウソでも、お前のためなら惜しくはない、とでも言うべきではないのか」


 俺の肩に頭を乗せるルチアが、いたずらっぽく笑う。

 傷のひきつれも少なくなり、自然に笑えているおかげでより魅力的に見える。


「その言葉はエリクシル作ったときに言うわ」

「……本気で言っていそうだな」

「当然だ。それで、少しはわかった?」


 体を重ねたからといって、すぐに色恋マスターになれるわけではないとは思う。

 ただ少しでもなにか感じるものがあってくれるとうれしいので尋ねてみたら、


「いや、なにもわからない。今はあなたのことで頭が埋めつくされて、なにも考えられない」


 そんなことを言われてしまったのでもう二回励んで、そのあと抱き合って泥のように眠った。






「これがラボか……すごいな」


 昼に起きた俺は、ラボにルチアを招待した。

 ここで生活するにあたりなにが必要か考えてもらい、あとで買い物に行かなければならない。と言っても服とかちょっとした小物以外揃ってるけど。


「ルクレツィア。これが私の鞘だったものです」

「おお! これが……なんて気品のある(こしらえ)だ」

「これ自体にはなんの力もありませんし、私の記憶にある限り八代目になりますが」

「なるほど。それでも見事なものだと思う」


 二人が女同士、キャイキャイやっている……と言うには武骨な話をしているが。

 俺はその間に、ルチアの失われた左腕について考えておこう。


 やはり今のままでは不便だろうし、義手を作ってやりたいところだ。

 もちろん形だけを作ることは全く問題がない。人を丸々作れたわけだし。


 とはいえ生物的な義手を作ってもすぐに痛むだけだから、無機物にするのは規定路線だ。

 それで魔石を動力として、魔導具の要領で義手を動かすことは不可能じゃないとは思う。しかしあまり複雑な動きには対応できないだろうし、強度の問題もある。

 うーん、やっぱり試しに作ってみなきゃわからないか……。


 いっそのことルチアと義手を錬金でくっつけちゃえたりしないだろうか。そうすれば自由自在に動かせるかもしれない。

 なーんて無理か。

 そもそもそれができるなら、わざわざ義手を作らなくてもよさそう。その辺に転がってる素材とルチアを錬金して、新しい手を生やすことができる気がする。


 ニケの〈無限収納〉で保管してもらわなくても問題ない素材は保管部屋に置いてあるので、ちょっと覗いてみる。


 んー……例えばこのブレードタイガーブラックの黒い牙をベースに、所々ミスリルで装飾されているような左腕が生えていたらどうだろう。


 ちょっと錬金でそんな姿になったルチアを想像してみた。

 うん、なかなかかっこいいかもしれない。

 まあそれはさすがに………………






 ………………できるんかーい!




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