6-24 筋肉では負けるが大きさは完勝だった 4
獣人がどうすればいいか、か。
この人は樹海にいながらも、ちゃんと外からの情報を仕入れているようだ。
今俺に尋ねてはいるが、それらから判断してすでに心に秘しているものがあるのだろう。ただでさえパッチリとした大きな眼は、力強く見開かれている。
一応聞かれたので答えるけども。
「そうですね……まずはやはり獣人同士、より強固に一つにまとまるべきでは?」
ここの獣人はいくつかの系統の種族でまとまり、独立性の高い部族を形成している。
長たちの会議を見ても思ったが、今回のような場合にはまとまることから仲間意識がないわけではないのだろうが、普段は対立することも多そうだ。
その独立性は本来尊重されるべきなのかもしれないが、残念ながら時代がそれを許さないように思う。
シャニィさんも感じているように、きっとこれから各国が動いていく。それも言わば帝国主義的な方向へ動いていくのではないだろうか。
その動きについていくことができなかったとき、果たしてどうなるのか。
帝国主義時代の地球を考えれば、答えは明らかだ。帝国主義の善悪について論ずるつもりはないが、自らの力を高めていかなければ飲み込まれていく。そういう時代がくるのだろう。
「これから各国が食い合うような時代がくるのかもしれません。周りに習ってよそに攻め入れとは言いませんが……いえ、自衛のためにもその必要が生まれる可能性は大いにありますが。いずれにせよ、その時代の流れの中にあって身内で争っているようでは先が暗いかと」
「そうだね……アンタの言う通りだ。バカバカしいしきたりなんか取っ払って、アタイらは一つにならなきゃいけない」
望む答えを得られたようで、シャニィさんは満足そうに頷く。
しかし、すぐにため息を吐き出した。
「だっていうのにね……アイツらは話を聞くことすらしない。オレたちはこのままでいい、なに一つ変えることは許さない、獣人の誇りがーってね。ほんとポーラの言う通り、頭が固いことこの上ないんだよ」
アイツラというのはイヌ系獣人とその一派のことだろう。
なるほど……簡単に自分たちの非を認めたりした、シャニィさんの不可解な発言の理由がわかった。
この人は樹海の獣人社会の現状に納得していないのだ。改革を望んでいるのだ。
ふむ……ならば。
「どうでしょうかシャニィさん、取り急ぎまとまろうと思えば、皆が担ぐべき御旗があった方がスムーズにことが運ぶとは思いませんか」
「それは……確かにそうだろうねえ」
「ではここは一つ、ピョンコン様を御旗として担ぎ上げてみるというのはンごごごごご」
「変なことを言うのはやめろお! この舌か? この舌が悪いのか!」
ごめんなさいわかったから主の口に手を突っ込んで舌を引き抜こうとするのはやめてください。
そんなことして舌が伸びちゃったら……もっと舌技が得意になるかもしれないな。そうかルチアめ、それが狙いか。なんていやらしい子。
「なははっ、それも凄く興味あったんだけどね。本当にそんな大それた存在がいるなら……アタイらの上に立つのに相応しい者がいるなら、それも悪くは」
「いや、そんな者はいないので!」
俺のヨダレを俺の服で拭き取ってブンブンとその手を振るルチアを見て、シャニィさんがくつくつと笑う。
「なはは、そうかい……やっぱり自分たちのことは、自分たちでなんとかするしかないねえ」
そう呟いたシャニィさんの、どこか達観した瞳は妙に印象的だった。
そのあとシャニィさんは、勇者たちに地球での暮らしとかあれこれ聞いていた。今までこちらで活動していた川端たちとも、ほとんど接点がなかったようだ。
そしてしばらく話し込んで満足したのか、「さて、と」と言って立ち上がった。
「そろそろお暇することにしようか。楽しかったよ坊や、ありがとね」
「もう帰られるのですか。面白い話をして差し上げられなくて申し訳なかったです」
全然大した話はしていないというか、シャニィさんにとっては耳が痛い話が多かったはずだ。
なので始めのときのような嫌味かと思ったが、今度は違ったようで笑って首を振った。
「なはは、ウソなんかじゃないさ。本当に話せてよかった……お陰で覚悟が決まったよ」
よくわからないが、改革する覚悟ということだろうか。帝国が来てる今の時分では、なにをできるわけでもないと思うが。
「ほらアンタ、寝てないで帰るよっ」
こんなにデカくてゴツいのに存在を忘れていたレノンさんは途中から目をつぶっていたが、寝てたようだ。べチッと頭を叩かれ、慌ててキョロキョロしている。
「ったく、のんきなんだから。どういう状況かわかってんのかねえ」
「……難しいことはお前に任す。そうすれば間違いはない」
はいはいと呆れたように応えたシャニィさんだったが、その顔は満更でもなさそうなのがコンチクショウである。
そしてレノンさんがノシノシと、シャニィさんがそのお尻を叩きながら去っていくのを、俺たちはテントから出て見送った。
「本当にちょっと話をして帰ってったなー。なにしに来たんだか」
「そうだな。それにしても素敵な夫婦だ。深いところで理解し合っていて……憧れてしまうな」
笑みをたたえて二人の後ろ姿を見つめるルチアに、セラとニケも頷いている。
俺だってああなりたいとは思うのだが……。
「そだなー……この前のセラもそうだが、ルチアもニケももっとホウレンソウを大切にしてくれれば、俺たちももっと理解し合えると思うんだが」
はいはいと呆れたように応えた三人だったが、その顔は……本当に呆れている。
「あら、昨日の本当の策も、問い詰めなければ私たちにも伝えなかったくせになにか言っていますわ」
「ミサオ殿とティル殿とこっそり話しているのに気づかなければ、我々も騙されていたからな」
「一体自分をどう見ているのでしょうね、この人は」
しかも不満そうに、なにやらヒソヒソ話し合っている。
やれやれ、忠言耳に逆らうとはよく言ったもんだ。俺が言ったような正論は時として腹が立つかもしれないが、反抗期の子供でもないのだし素直に受け止め成長してもらいたいものである。
もう何度も言ったのに……人の話ちゃんと聞いてるのかな?
とはいえこの話を引っ張ると多分なぜか俺が怒られるので、話題を変えよう。
「さ、さあ今日も暇だし、なにして過ごそうか」
「今日は鍛錬に時間を割きたいと今朝伝えたはずですが。人の話はちゃんと聞いておいてください」
そういえばそんなこと言ってたような気もする。最近実戦は弱い魔物の撃退くらいしかしてないから、三人でしっかり稽古したいとかなんとか。
「稽古はほとんど毎日やってんのになあ」
「短い時間しかしていないからな」
「私もまだまだこの力に慣れていませんもの」
そういうことなら俺も暇だし参加しようかとも考えたが、なぜかわからないが俺が戦闘訓練とかすることに三人ともいい顔をしないのだ。
それに、今はそれどころではないのでやはりやめておこう。三人の声とか態度がツーンとそっけないのである。さっきのを引っ張っているせいだろう……女心は難しい。
もっと理解し合えることを願いつつ、今はご機嫌取りをしとかなければ。
「なら俺は頑張る三人のために、気合入った飯でも作ってようかなー」
そっぽ向いてたルチアがバッとこっちを向いたものの、二人とアイコンタクトを取ってまたそっぽ向いた……謎すぎる。
とにかく、もう一押しが必要なようだ。
「よーし、ついでに甘いものも作っ──」
「洋で」
「和ですわ」
「和です」
超速の多数決はセラとニケに軍配が上がった。和洋の概念は教えてあるのだ。
「ん〜、じゃあ今日は……冷やし抹茶ぜんざいにするか」
残念ながら要望が通らなかったルチアも満面の笑みを浮かべているし、ご機嫌取りは成功したようだ。
俺に上手く操られていることも気づかず、三人とも可愛いものである。
「チクショウ……仲良いな橘たち」
「そうだねえ……理解し合ってるというより、橘くんが一方的に理解されてるというか、操られてる感じだけど。っていうか、私もぜんざい食べたい……」
吉田とカヨがなにか羨ましがっているようだが、君たちも恋人でも作ったらどうかね。できるものなら。ふふふ。
「さて、それじゃあ俺らも帰るわ」
「うん、それじゃ」
横にいた操たちに声をかけると、操からは返事がきたがティルは黙ったままだ。なにか言いたげに見つめてきている。
お互い多少は慣れてきて挨拶程度するようになったのだが、ティルのポジションはまだ操の斜め後ろである。
「なんです?」
「……シンイチは凄いね。シャニィ様とかとあんな堂々と」
やはりティルは昨日、長に囲まれてビビリちらかしていたんだろう。
「僕にとっては上の立場でもなんでもない相手なので気楽にやれるというのが大きいですけど、こんなのは慣れだと思いますよ。それになんでもそうですけど、いざというときにはどれほど怖くても腹をくくれなきゃ、大切な人は守れないでしょう」
一応こいつは義弟になるかもしれないからな。なにかあったときに足を引っ張らないよう、釘を刺しておかなければ。
……操、なんだその余計なこと言うなってツラは。
「腹をくくる、かぁ……僕もミサオを守れるようになるのかな」
思うところがあるのか、ティルが自分の手のひらに視線を落とす。
……こいつも変わろうとしているのかもしれないな。
そんなティルを見て、ルチアが微笑みながら声をかけた。
「よければティル殿も一緒に鍛錬するか?」
顔を上げたティルの口元は──
「…………ま、また今度」
──凄く引きつっていた。
うん、そう簡単に変われるもんでもないわな。
結局鍛錬は三人で行い、俺は食事と甘味と体洗いとマッサージを提供してご機嫌メーターをマックスにすることに成功。ハーレム王としてだいぶ板についてきた気がする……王ってなんだっけ。
そして明けて翌日、帝国の狙いが判明した。イタチ獣人が口を割ったのである。