6-22 筋肉では負けるが大きさは完勝だった 2
「さっきからブツブツとなんですか? 言いたいことがあるならはっきりどうぞ」
構ってほしくてたまらないのに独り言を装ってる感じがウザすぎるので仕方なく話を振ってあげると、嬉々として泰秀は食いついてきた。
「別になにもないよ。でも言えというなら言わせてもらうけど……なんで橘はそんなに他人事なんだ」
「なんでと言われても他人事ですし」
「お前だって聖国のために働いてただろう。そのことが獣人が苦しむことに繋がっていたんだぞ」
「そうですね。でも僕は最終的に聖国に痛い目見せたつもりですが」
そう返されることは想定済みだったか、すぐに泰秀は鼻で笑った。
「それだよ……お前はわかってないんだ。そのせいでさらに聖国は森を荒らしたり、獣人に対しても苛烈になったんだぞ」
「でしょうね。それがなにか?」
「なっ……わかっててその態度なのか⁉」
当時は復讐に専念していたので獣人のことなんか気にしなかったが、少し考えればわかる話だ。損害を被った聖国が、その補填に躍起になったであろうことは。
きっと品薄になった薬草を森で漁ったり、奴隷を増やすために獣人を襲う頻度が高くなったりしたのだろう。
だからといって、それを俺のせいと言われても困ってしまう。
「例えば僕が喧嘩売られて倒した相手が、腹いせに他の相手に喧嘩売ったら、悪いのは僕になりますか?」
「それは、違うけど…………でも結果としてそうなったんだ、少しは罪悪感とか持たないのかよ」
もしその矛先が自分の大切な存在に向かったのであれば後悔はしただろう。倒し方を考えるべきだったとか、負けるべきだったとか、息の根を止めとくべきだったとか。
でも俺は獣人に対して特に思い入れはないのだ。
「ないですね。正直に言って、僕が獣人の方々に対して思うことは一つだけ──がっかり、です」
「はぁ⁉ なんだよそれ⁉ 詫びるどころか、言うに事欠いてそんなっ」
「だって今は絶好の機会じゃないですか、聖国に反撃するなら。それを活かさないなんて考えられます? 本来なら、その機会を演出した僕は感謝されてもいいと思うんですよ」
……なぜ勇者たちは、死んだカマキリのお尻から出てきたハリガネムシを見るような、得体の知れないものを見る目で俺を見るのか。
うーん、まだこいつらも日本にいる感覚が抜けてないのかな。どうも聖国を敵だと認知しきれていないような感覚がある。泰秀は剣聖との戦いも加減していたようだし。
まあ泰秀は置いておくとしても、それは多分相手がどうとかではなく、徹底的に敵対し合う関係というものが受け入れ難いのではないかという気がする。
どんな相手でも話せばわかるとまでは思っていないだろうが、それに近いような……悪い言葉で言えば平和ボケである。
それが実際に悪いことかどうかはわからないが、俺の考えは違うし、生粋のこちら育ち(しかも戦闘狂)の三人も違う。
「そうですね。獣人はこの機に攻め込んで、聖国の町の一つでも奪えばよいのです」
「いやいやニケ殿、そこまでやってしまえば引き返せなくなるぞ。全面的に戦う覚悟がなければそれはなかなか……とりあえず戦力を集めて、聖国が攻めてきたところをきっちり返り討ちにするくらいがいいのではないか。そうすれば少なくともしばらくは、ちょっかいをかけてこなくなると思うが」
「聖国も苦しい状況ですものね。これ以上傷口を広げるようなことは極力避けたいでしょうし。いずれにせよ獣人の方たちは、もっとやりようがあるのではないかと思いますわ。さすがにこの人に感謝しろとは言いませんけれど」
今獣人への攻勢が強まっているのは、聖国が苦しんでいるからだ。
苦しんでいるものを見たら誰であろうととりあえず叩くなどというのは鬼畜の所業だが、現状において聖国と獣人は敵なのだ。それも塩を送るような好敵手ではなく、まるで理解し合えない不倶戴天の敵だ。
そんな敵が苦しんでいるのだから、獣人はここで優位に立てるよう上手く立ち回るべきなのだ。きっと帝国や他の近隣諸国は色々やっている。
ただそういったことをやろうにもティルの集落だけでは土台無理な話であり、外樹海の獣人の協力が不可欠なのだが──
「ま、こちらの獣人の方たちはなにもやらないでしょうけど。もちろん今は帝国への対処が最優先ですが、それがなくても。だってティルたちなんてしょせんは盾というか、もっと言えば──」
その先を引き継いだのは、まさにその外樹海の獣人。
「生贄──そう言いたいんだろう?」
渋い表情のレノンさんの隣で、苦い笑みをこぼすシャニィさんだった。
ここにもテレパスが、と思ったがそうではなかった。
「ヤロイから聞いたよ。アタイらがここでのうのうと暮らしていられるのは、人間に生贄を捧げてるからだと言われたって。耳が痛すぎてなにも言い返せなかったってね」
昨日の滝からの帰り道、シカ獣人のヤロイさんを一人で帰すのは心配だから(とルチアとセラが言い出して)一緒に帰ることになった。転移して帰ろうと思ってたのに、足腰が衰えないように散歩しにきたヤロイさんにつきあって歩きで。
その道中で、最近周りの国々の動きが活発化しているという話になった。
そして、自分たちはこれまでどおり静かに暮らしていきたいだけだから放っておいてほしいものだとぼやくヤロイさんに、つい言ってしまった。
ティルたちを生贄にして得ている静かな暮らしを、そんなに続けたいですか、と。
「あれはマスターが話題をそらすために言った要素が強かったと思いますが」
「国々の活発化は、水晶ダンジョンの消失から繋がっている部分も大きいですものね」
そ、そんなことないからボソッと言わないで二人とも。
いや、でもこれだけ広い外樹海からわざわざティルたちを締め出すなんて、どう見たってそうじゃないか。内樹海の獣人は好きにしていいから外樹海までは来るなと、そういうことなんじゃないの。
そしてそれを聖国などもわかっているから、狩りつくさない。やろうと思えば内樹海の獣人を根絶やしにできても、継続的に狩り続けていくためにやらない。
戦果を自国民に向けて大きくアピールしたいときには外樹海まで追って数多く捕らえたりすることはあるが、それも稀なことだ。
「獣人の方々の内情を知らないので好き勝手言えるだけですが、やっぱりはたから見たら生贄としか思えないです」
「いや……実際そのとおりさね」
一度横目にティルを見たシャニィさんは、苦い笑みのまま視線を落とした。まさかこんなあっさりと認めるとは驚きだ。
獣人社会の体制側の、それもほぼトップに立つ者として、たとえ自分たちの非をわかっていようと否定するかと思ったのだが。というかティルもいるわけだし、否定しなきゃいけないんじゃないのかな……。
不可解ではあるが、シャニィさんは顔を上げて続けた。
「ただ……言い訳させてもらえば、こっちの樹海から一部の獣人を締め出したのは、始めは懲罰のためだったらしいんだけどね」
「懲罰?」
尋ねた吉田や、周りの勇者をシャニィさんは見回す。
「ああ。アンタらは聖国にいたんだから、聞いたことくらいあるだろ? あっちで『ファマース村の惨劇』って言われてるやつさ」
その物語なら間違いなく全員知っている。
獣人がいかに邪悪な存在であるかを説くために、何度も聞かされた話だ。
俺を抱っこするニケには確認するまでもないとして、左にいるルチアもその話を知っているようで勇者同様表情を曇らせている。だが逆隣のセラに顔を向けると、首を振られた。
「ほとんど名称だけしか知りませんわ」
「そうか、じゃあ聖人まっしぐらだった俺が教えてあげようか」
「……変に脚色せず、あなたが聞いたままを教えてくださいませ」
「えー、それじゃつまらないけど……しょうがないな。おほん……もう何百年も昔の話だ。聖国に一人の男がいたんだ──」