6-19 ピョンでコンは呆れられた
とっぷりと日が暮れ、獣人の集合場所にはそこかしこで松明の明かりが揺らめいている。
その中央、あぐら大岩に抱かれた集会所での話し合いは紛糾していた。
「トゥーブ、今回の大失態どう落とし前をつける気だい。アタイらが道をふさいどけば、自分らが帝国を引き裂いてくれるとか大きなこと言ってたくせに。それがまさかこっちが本隊との戦闘になる前に、小勢に叩きのめされて尻尾巻いて逃げただなんてねえ」
「ぐっ……き、貴様らこそ、ろくに戦いもせず逃げ出したのだろうが、シャニィ!」
「当たり前だろう? アンタの策のせいで部隊を分けて、数も少なかったんだから。通さないように守るだけならまだしも、まともにやりあったら犠牲が増えただけさね」
各種族の長たちが集う大広間。その外にまではっきりと漏れ聞こえてくる声。
察するにトゥーブというのがイヌ系獣人の長で、それを責めているシャニィという女性がネコ系獣人なのかな。
そのシャニィさんに便乗して、ここぞとばかりに嘲笑の声がいくつか上がる。
「簡単に不意打ちを許すなど、本物の犬ほどには鼻も利かなかったようで」
「次期族長候補だった甥御の後を追わずにすんで良かったですなあ」
トゥーブさんは甥を最近亡くしたようだが、死者をネタにいじるのは品がいいとはとても言えない。普段からイヌ系獣人に大きな顔をされていて鬱憤も溜まっているのかもしれないが……ネコ系獣人の派閥なのかもな。
「おのれ、貴様らぁ!」
「トゥーブ殿、どうか、ここはどうか落ち着いてくだされ。そなたらも大概にしておけ、今は内輪で揉めている場合ではない。これからどう戦っていくか、しかと考えねばならぬのだぞ」
声を荒らげるトゥーブさんをなだめたのはイヌ派閥だろうか。いずれにせよ、その言葉によって部屋の中が静まった──重苦しく。
皆わかっているのだ。自分たちが、いかに不利な状況に陥っているか。
ややあってこぼれるのは、弱々しい呟きばかり。
「どう戦っていくと言ってもな……」
「帝国の狙いすら掴めていない状況で、どうすればいいというのだ……」
「いずれも我らが聖地、どうあっても守らねばならんが……」
帝国側から外樹海に入って少し北上すると、東にも西にも進むことができる分岐点があるそうだ。帝国軍はもうその辺りまでは進んでしまっているだろう。
帝国軍は内樹海でもまず進軍して陣を構え、それから通ってきた道を開拓部隊に逆走させて道を整えている。なので多少の猶予はあるかもしれないが、道の開拓が終わればどちらかに進むことになると思われる──東のミスリル鉱床か、西の生命の泉かに。
獣人もそれまで打つ手なしと諦めてるみたいだし、そろそろ頃合いかな……では、いざ行かん。
「そこでっ!」
バーンと扉を開けて俺が放った唐突な大声に、部屋内の長たちがビクッとなった。
俺たちは部屋の前で盗み聞きしていたのだ。
「マスター、どこを指差しているのですか。そちらには誰もいませんが」
カメラに決まってるじゃないか。
「な、なんだ貴様らはっ、なぜここに人間が入っている⁉ 警護はなにをやっているのだ! シャニィ、今日の役目は貴様のところだろう!」
部屋内にいるのは、十名ほどの有力種族の長たち。
頭についている獣耳などだけで種族を判別するのは難しいが、声からすると一番に怒鳴った男がイヌ系獣人のトゥーブさんか。大型狩猟犬のようにシュッとした体つきをしていて、いかにも狩りが得意そうだ。特徴的な群青色の髪はどこかで見たような気もするが……気のせいだな。
「警護の方たちでしたら、お休みになってもらいました。どうしても通すわけにはいかないと駄々をこねて、襲いかかってきたので」
「駄々っ……」
トゥーブさんのみならず、一同が言葉を詰まらせる。
そんな中、思い切り吹き出したのが一人。
「なはははははっ、うちの選りすぐりを子供扱いとはね。アンタたちが聖国を追い払った協力者だね? 豪胆な子じゃないか」
我が家の筋肉担当であるルチアよりも筋肉質な、この茶髪の女性がシャニィさんか。
三十前後に見える美しいお姉様だが、獣人は若く見えることが多いので実際はもっと年上なのかもしれない。ポーラさんも実年齢よりだいぶ若く見えたし。
それと全然発言しないので外から聞いてても気づかなかったが、その傍らにはこれぞ筋肉ダルマといった風貌の男性が寄り添って座っていた。猫耳が埋もれるラフで長い金髪は、ライオンのたてがみを連想させる。シャニィさんの旦那さんだろうか……ちょっと残念。
「笑いごとではないぞ。この神聖な場所に人間が足を踏み入れるなど、あってはならぬことだ!」
「然り然り!」
トゥーブさんの怒声に、何人かが同調して声を張り上げている。彼らがポーラさんが言っていた、ここを神聖視する連中か。以前からこっちで活動していた勇者も、ここに入らせてもらえたことはないらしい。だから今回も勇者は誰もついてこなかった。
俺とて風習を否定し踏みにじりたいたいわけではないが、こんな状況なので許してもらいたいものである。
「そう言わずにお聞きになってくださいませんか。帝国に対する策について、皆さんに耳寄りなご提案をお持ちしましたので」
「黙れ! 人間に、ましてや子供になどこの場で発言する資格はない! さっさと出ていけ!」
「ま、確かに今はアタイら獣人の命運がかかった話をしてるんだ。人間はお呼びじゃないよ」
シャニィさんの印象は悪くなさそうだったが、それでも俺たちの話を聞く気など持っていない。それは、この場の全員が共通しているようだ。
トゥーブさんの剣幕などを見て、俺を抱えるルチアが囁いてくる。
「取りつく島もないな……どうするのだ」
「問題ない、むしろ願ってもない展開だ。頼んだぞルチア」
俺の返事にキョトンとしているルチアから降り、トゥーブさんに顔を向けた。
「今、資格とおっしゃいましたが……資格ならあります」
「なに?」
そして座っていても目線の高さが同じくらいの獣人たちを見回す。
「皆さんはご存じでしょうか。遥かな昔、その比類なき力で獣人の頂点に立ち、率いていた、伝説の獣人種がいたことを」
怪訝そうに全員が顔を見合わせているが、知っていると名乗りを上げるものはいない。
「なんだい突然。それはここにいるアタイら以外の種族ってことかい? だったら知らないけど、そんなのがいたとしてそれがなんだってんだい?」
代表して尋ねてきたシャニィさんも、眉間にしわを寄せている。
「皆さんご存じないのですね、それも仕方のないことです。僕もすでに滅び、書物の中でしかその存在を知ることができないと思っていましたから。ですが……なんと! 僕たちは奇跡的に、その末裔と巡り合うことができたのです!」
手を組み、天におわす神に感謝するように天井を見上げた俺の告白に獣人たちはざわつき、シャニィさんも大きな目を見開いている。
「……ニケさん、巡り合いましたの?」
「そのようですね、知りませんでしたが」
後ろでヒソヒソやっているのは置いといて、俺はルチアの前から一歩横にズレてその隣に並んだ。
「お教えしましょう。伝説の種族、その名は──ピョンコン」
「ピョン……」
「コン?」
トゥーブさんとシャニィさんに続き、みんな聞いたことのない種族の名前に首を傾げている。
うちの子たちを除き。
「それって……あれですわよね」
「ええ、あれでしょうね」
「………………おい」
ルチアちゃん、可憐な乙女がそんなドスの効いた声を出しちゃいけませんよ。
「そしてなにを隠そうこちらにおわすお方こそ、伝説のピョンコン様なのです! さあ擬態を解き、皆に貴方の真の姿をお見せください!」
幸いにもルチアは、まだ獣人の前では獣人化した姿を見せていない。ここで初お目見えとなればインパクトはでかいはずだ。
片膝をついた俺は、横に向け両手をヒラヒラ〜っとさせた。
…………しかし、ピョンコン様は動かない。
プルプル震えるプリプリお尻をペチペチしても動かない。
「どうしたルチア、早く獣化するんだ」
小声で催促すると、ギロリと据わった目が返ってきた。そして首根っこを掴んで持ち上げられた。
「するか! なんだそのデタラメは!?」
なぜか怒っているルチアだが、獣人たちに聞かれないように小声で吠える分別は残っているようだ。
「なんだと⁉ なにがイヤだと言うんだっ」
「なにもかもだ! 本当の獣人でもないのに変なウソで騙すようなこと……しかも信じられたら信じられたで、妙なことになるだろう!」
「変身してくれないと困るんだけどー。ピョンコン獣人ルチアが発案したということにする作戦を成功させて、獣人たちがルクレツィア様に一生ついてくぜワッショイワッショイとなる予定なんだけどー」
「それがイヤだと言っている! そんなことしてどうするんだ!」
ここまで強く拒絶を示すのは、前にベッドでアレをソレしたとき以来だな。だがそのときも結局ソレできたし、今回もいけるはずだ。
セラも協力してくれようというのか、ルチアをなだめるように背中をさすっている。
「ルクレツィアさん落ち着いて。ひょっとして、そうしておいてからなにかで獣人の力を借りる予定があるのではありませんの? ダンドンのときのように」
「む、むむむむむ…………なにか大きな目的があるのであれば、苦汁をなめるのも……うーん、イヤだが、凄くイヤだが致し方ない、かもしれないが……主殿、そうなのか?」
「いや? 単にルチアが困って面白いかと思ってぉググググ」
無言で主の首を絞めるのはやめとこうか。
「勘ぐって損しましたわ……」
「相変わらずふざけた人ですね。ですがどうするのですか、このままでは策について話す機会も得られませんが」
いいぞニケ、呼吸もままならない俺の代わりにもっと言ってやって。
「う……いや、無理だ! 普通に獣化するならまだしも、あんな風に話を盛られてしまってはさすがに無理だ!」
普通に獣化したって、新参者が発言権を得られたとは思えない。あれは必要なスパイスだったのに。
「おい、どうしたその伝説の種族とやらは!」
ほら、トゥーブさんが待ちきれなくてイライラしてるし。でもお陰でルチアが首絞めから解放してくれた。危うく父さんと再会できるところだった。
「ハァハァ……も、申し訳ありません、ピョンコン様は少々恥ずかしがり屋でして。ですが信じてください! 本当にピョンコン様はいるんです!」
……ダメだこれ、全員の目が懐疑百パーセント。スタップ細胞並みに誰も信じてない。
「ルチアがちょっと獣化してくれれば話は早いのに……」
ルチアを見上げたが、そっぽ向かれてしまった。
「まったく……こうなれば仕方ない、最終手段だ。武力行使で話を聞いてもらおう」
「二手目が最終手段は早すぎますわ⁉ というかニケさんだけでなく、ルクレツィアさんまで乗ってどうしますの!」
「獣化するよりマシかと思って……」
セラに叱られ、ニケとルチアがファイティングポーズを解いてしまった。これが一番手っ取り早くていいのに。
そもそも俺としてはルチアを困らせてその可愛い姿を見て楽しむのが主目的であり、策なんてその通過点でしかなかったのだ。ルチアが獣化しないのであれば、もう策になどほぼほぼ価値はない。一応諦めずに続けようとしているのは、操たちへの義理だけなのである。
「だいたいさあ、獣人でないと話も聞いてくれないとか頭が固すぎるんだよね」
「聞こえておるわ! 誰が頭が固いだと!」
つい普通の声量で話してしまったようで、獣人たちがヒートアップしている。ここまでくると、もはや最終手段しか打つ手がないのではないだろうか。
「わざとやりましたわね……」
一触即発の空気の中ヒューマンビートボックスで誤魔化していると──
「その子の言う通りじゃないか。ほんとアンタたち頭固いねえ」
──俺たちの後ろから、よく通る声が抜けていく。
振り向いた先にいたのは、クマ獣人のポーラさんだった。