6-18 名探偵真一少年の事件簿だった
文字通りの泥仕合を繰り広げた翌日は獣人キャンプ内でダラダラ……というかラボで三人とベタベタし、さらに翌日には近くの滝に観光に行った。足を運ぶ価値があると、ポーラさんにお薦めしてもらったうちの一つである。
そこでちょっとした出会いもあったりしたのだがそれは置いとくとして、滝は富士宮にある白糸の滝をスケールアップさせたような感じだった。流れ落ちる幾本もの滝をパノラマで楽しむことができ、美景と言うに相応しかった。
ルチアとセラだけでなく、長い生の中で色々見てきたニケも心を打たれたようで、静かに見とれていた。自分の足で訪れ、その眼で見たというのもニケにとって大きかったのかもしれない。
しかし、心が洗われて戻ってきた俺たちが目にしたのは傷つき下を向く獣人たちと、キャンプ全体を包む淀んだ空気。
帝国との戦いに敗れたのだ。
獣人の作戦はこうだった。
戦いの舞台とするのは、帝国側からググルニ山脈を越えるルートの出口に近い、崖に挟まれた地点。
ネコ系獣人を中心とした本隊が正面から当たって帝国軍を食い止めたところを、両サイドからイヌ系獣人が逆落としで急襲するというものだ。発案したのは、危険な役目も引き受けたイヌ系獣人のようだ。
だがこの策は失敗した……というより、策自体を発動することができなかった。急襲するため崖上で待ち構えていたイヌ系獣人が、逆に帝国により襲撃されたのだ。
混乱に陥り、大きな被害を受けたイヌ系獣人部隊は、逆落としどころではなく敗走。
それを受けて本隊が早々に戦闘を切り上げ撤退したのは、英断と言えるだろう。追撃を受けることがなかったのも、余力が十分にあったから帝国が控えたと考えられる。
「あれは多分……冒険者だった」
テントの真ん中で傷の痛みをこらえてそう話したのは、操たちより前から獣人に協力していた元勇者の一人。彼らはこの戦いに参加し、イヌ系獣人と行動を共にしていた。
そいつによると、イヌ系獣人たちを襲った者たちの装備に統一感はなく、軽装が多かったようだ。数は少なく、しかもお世辞にも全体の統率は取れているとは言えなかったが、数人ごとのまとまりでの連携は練度が高かったとのこと。
それでもなんとかイヌ系獣人の長は守ったが、こいつらは怪我を負ってしまった。
「冒険者か……水晶ダンジョンから流れてきたのだろうな」
ルチア、俺たちのせいじゃないんだからそんなに気まずそうに言わなくてもいいんだよ。
「話には聞いてたけど、水晶ダンジョンがなくなったってのマジなのか」
「誰かが攻略したからなくなったって噂だけど、橘くんたちも行ってたんだよね? なにか知らない?」
そう尋ねてきたカヨに、俺は純然たる真実を伝えた。
「どうやらダンジョンの神様の気まぐれだそうですよ。事情通から聞いたので間違いないです」
なんと言っても事情通から聞いたからな。
セラのジト目を受け流しつつ、いまいち納得いっていない勇者たちに問題提起してやることにする。話題逸らしなどではない。
「そんなことより、その冒険者たちは危険な山中を進んで回り込んできたってことですよね」
「ああ、俺たちのさらに上から襲ってきたから……」
「身軽で悪路になれている冒険者は襲撃部隊としてピッタリだと思いますけど、空振りになるかもしれないのにそこまでさせますかね」
冒険者についてよく知るセラも、俺の疑念に賛同して頷いている。
「まず冒険者を納得させるのが難しいですわね──確たる目算でもなければ」
「それって……こっちの作戦がただ読まれていただけじゃないってことか⁉」
帝国はそれほど地理にも明るいわけではないはずだし、どうしても当てずっぽうとは思えない。もちろん帝国は偵察なども出しているだろうが、獣人だって馬鹿じゃないし対策くらいしてただろう。
今一つ話が掴めておらずに目をしばたかせている元ラグビー部魔術師吉田に、操が教えてやるように呟いた。
「内通者がいる。そう考えた方がいいのかもしれない」
吉田が驚きの声を上げる中、戦闘に参加していた勇者が、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「確かに地形的に考えると、冒険者はだいぶ前から帝国本隊と離れて山を進んで来たはずだ。事前に作戦を知られていたと考えるのが妥当か」
「そんな……地力で負けてる上にこっちの作戦が筒抜けじゃ、勝ち目ねぇぞ」
「でも本当にそうだとしても探しようがないよね……これだけ色んな種族が集まってるんじゃ」
「個人で内通しているのか種族まるごとなのかもわからないし、変に広めて疑心暗鬼になるのもまずいしな……」
テントの中が、重苦しい雰囲気に飲み込まれる。
しかし俺は、それを鼻で笑い飛ばした。
「ふっ、僕にはまるっと全てお見通しですが」
「ほっ、本当か⁉」
「ええ、真実はいつも一つ! 爺ちゃんの米にかけて、犯人は……この中にいます!」
「なっ……」
普段はティルと男勇者が使っているこのテントに集まっているのは、俺たち四人と勇者八人プラスティルの計十三人。動揺し、それぞれがキョロキョロと他の者を見回していたが、俺がゆっくりと手を上げると静まった。
そして皆が釘づけとなっている腕を振り下ろし、天を差していた指を一人の男に向けた。
「泰秀、貴方です」
まだイジケた様子でテントの隅で体育座りしていた泰秀が、のけぞるようにして顔を上げる。
「なっ……僕がそんなことするわけないだろう!? なにを根拠にっ」
「根拠ならあります。『犯人はヤス』……古くからの言い伝えです。それに犯人はこの中にいるっての、やってみたかったですし」
「ふざけないでくれ、こんなときに!」
場を和ませようと軽い冗談を言っただけなのに、顔真っ赤にして怒らんでも。そんな奴に爺ちゃんの米はくれてやれんな。
「いつものことですが、そんな冗談でなぜ和むと思えるのですか」
「よく今あの者に触れる気になるな……」
「どんな神経してるのかしら……」
三人になんか突っ込まれているが、実際操やティルたちの中に内通者はいないだろう。ずっとまとまって移動してきて、戦闘に間に合いもしなかったわけだし。
イヌ系獣人と共に戦って怪我までした勇者たちも、確率は低いと考えていいかもしれない。
つまり犯人は多分この中にいないのである。残念。
そのあとも困った困ったと、具体案も出さずにうだうだやっていたので帰ろうと思っていると、操に顔を向けられた。
「なにかいい案ない」
「なんで部外者の俺に聞くんだよ」
「橘くんが内通者のこと言い出した」
「あれは話題逸らし……ていうか操も気づいてたよな。全然驚いてなかったし」
言い合っていると、操の隣でカヨが勘ぐるように目を細めて俺たちを見ていた。
「やっぱり……この前から感じてたけど、操と橘くんの距離感がなんか怪しい」
変なこと言うのやめといたら? 逆隣のティルが泣きそうになってんだけど。
それを見た吉田が、バンバンとティルの背中を叩く。強すぎてむせてんだけど。
「大丈夫だってティル、そんな心配すんな。橘は本気でハーレム入れようとしてたわけじゃないんだし、操もしっかり断ったんだから信じてやれよ」
「う、うん」
「つうか操もさあ、橘は俺たちより獣人に詳しくないのに、内通者探しなんて無理だって」
「確かに難しいですね。でもやりようはあるんじゃないですか」
「ほらな? ……えええ⁉」
だから声でけえんだよ。こいつがいたら、内通者なんていなくても作戦が筒抜けになりそうだ。
「橘くん」
操よ、新妹だからといって調子に乗るなよ。そんな期待に満ちた目で見られても、俺はなにもする気など…………いや、待てよ。
「……失敗しても責任は取らないからな」