6-17 俺は勇者だったはずだった
「あれは……遊んでいるというわけではなさそうですね」
ポーラさんから俺を取り返したニケの言うように、仲良く遊んでいるのとは少し様子が違いそうだ。
五人の少年が立っていて、その周りには倍ほどの人数が土にまみれていた。いずれも中学生くらいの年頃に見えるが、二つのグループは種族がハッキリわかれている。
転がって肩で息をしている少年たちは、ティルと同じヒツジ系獣人やその仲間の種族だ。それを見下ろす獣人には、犬っぽい三角耳が頭についている。
「ほらどうした、さっさと立ってかかってこい」
「もっ、もうイヤだよ……やめてよ……」
「なっさけねぇヤツら。そんなだから人間なんかにいいようにやられるんだよ」
怯える少年たちを口々に罵り、五人は笑いあっている。
彼らの会話を聞くまでもなく察していたが、イジメかな? 少なくとも合意の上の行いではないらしい。
「まったく……またあの子らは」
呆れてため息をつき、ポーラさんはドスドスと向かっていった。その様子からするに、これは今回に限ったことではなさそうである。
「立っているのはイヌ系の獣人かしら。ネコ系と並び立つ、大樹海を牛耳る二大巨頭ですわね」
その二種が強いのは、愛玩動物界だけの話ではないようだ。
「種族ごとの上下関係が、子供の世界にまで浸透しているということか」
「彼らの態度も、親などの影響をまざまざと感じさせますね」
子供は良くも悪くも親の背中を見て育つってことだな。特にこっちだと他に影響を受けるようなテレビやネットなどの媒体もないし、家族やそのコミュニティーの影響は絶大だろう。
「コラッ、アンタたち! なにをやってんの!」
「げっ、ポーラ」
やはり初めてではなさそうだ。ポーラさんの乱入に、少年たちがたじろぐ。それでも及び腰にはなったものの逃げることはなかった。
「おっ、俺たちはこいつらを鍛えてやってただけだ。怪我だってさせてない」
確かに周りの少年たちは何度も転がされてはいるようだが、出血するような傷を負った者はいない。
だからなんだという話だけど。本当に鍛えるつもりだったとしても、押しつけの鍛錬など暴力と同じだろう。
しかしリーダーっぽい少年の口答えに、周りの少年も勢いづく。
「そうだそうだ。それにこいつらの方が数が多いんだぞ」
数が少なければなにをやってもいいという謎理屈まで飛び出す。
それを聞いて、孤児院で多くの子供たちを見てきたセラがため息を漏らした。
「どうあっても己の非を認めようとしないのは、あの年頃にはよくあることですわ。難しい年頃ですわね」
「ふうむ、反抗期というやつか。私にはあまりよくわからないが」
ルチアはそういったものを感じたことはないようだ。家族との関わりが薄かったというのもあるんだろう。
「俺も大人しくていい子だったから、反抗期とかはなかったかな」
「反抗期という区切られた期間がないという意味ではそうでしょうね」
「貴方は死ぬまで難しいですものね」
いやいや、死ぬまで反抗期とか、俺はロックンローラーでもなんでもないんだけど。むしろしっとりどっしりとした演歌歌手まっしぐらなんだけど。大人の階段を、着実に登っているはずなんだけど。
そう訴えても聞き流す三人と共にポーラさんに近づいていくと、少年が俺たちに気づいた。
「なあ、あれ。人間じゃないのか」
「ほんとだ……おい! なんで人間がこんなとこにいんだよ!」
叱っているポーラさんも無視して、犬歯をむき出しにしてくる。
以前から獣人に協力している勇者もいるのだが……今は帝国と戦っている真っ最中だし、初見の俺たちを敵視しても仕方ないか。
「成り行きでここに来ただけで、別に敵ではないですよ」
「そうだよ、この人たちはその子らのお父さんたちを聖国から助けてくれたんだからね」
少し離れたところで立ち尽くしているヒツジ系などの少年たちに、ポーラさんが顔を向ける。
それを見て、イヌ系少年たちは顔をしかめた。
「こいつらがぁ?」
いかにも嘘くさいとばかりにジロジロ見てくるが、美しくてエロいお姉さんたちをあまり直視できなかったようだ。視線はすぐに俺に集まった。
「おい、オマエも戦ったのか」
「うーん……あれは戦ったとは違うかなぁ」
聞かれたから考えてみたが、あんなのルチアのおこぼれを拾っただけだもんな。
そう思ったのだが、ルチアは大真面目な顔をして首を振っている。
「なにを言うんだ、主殿は立派に自分の戦いを果たしただろう」
「そうですよ、正々堂々見事に剣聖を討ち取ったではありませんか」
ニケちゃんはちょっとフザケてるよね? 絶対微かにニヤけてるはず。
だがニケの表情を見切れない少年たちは、真に受けてしまった。
「剣聖!? それって聖国で一番強いヤツだろ!?」
実際はそんなことないと思うが、とにかく少年だけでなくポーラさんも口を開けて驚いている。
「うっ、ウソだぁ。そんなちっさいヤツが強いはずない。俺たちだって戦いに連れていってもらえないのに!」
ここまで来るあいだにもこの年頃の子供をかなり見かけたが、社会勉強のためにでも連れてこられたのかもしれないな。
この子たちも連れてこられたものの戦闘には置いていかれて、不貞腐れているといったところか。勇ましいのは結構だが、他の子たちに当たるのは違うだろうよ。
すっかりウソつき認定されてしまった俺に対し、いいことを思いついたとばかりにリーダーがニヤリと笑う。
「本当に強いんだったら、俺に見せてみろよ」
かかってこいと、手招きで挑発してくる。
しかしね、相手がオークならいざ知らず、今の俺より体は大きかろうがまだ子供である。そんな挑発に乗せられてムキになる大人の俺ではない。
「残念ですが僕は、皆さんのように弱者相手に力をひけらかすほど幼くないので」
おや、なぜか少年たちの顔が真っ赤になってしまったぞ。
「思い切り挑発し返しておいて、なにをすっとぼけているのだ」
「相変わらず大人げない人ですね」
聞こえなーい。
「こっ、子供扱いするな! オマエの方が子供だろ! ビビってるだけのくせに!」
「女に抱っこなんかされて、だっせえヤツ!」
彼らはますますヒートアップしているが、そんな挑発は己の未熟さを露呈するだけだ。
「やはり皆さんはまだまだ子供ですね、抱っこされる良さがわからないなんて」
「それがわかる大人など、そうそういませんわよ」
なるほど……間違いなく大人の男はみんな美女に抱っこされたいと願っているはずだが、そんな機会に恵まれることはないかもしれない。可愛そうに。
自分の幸運さに浸っていると、のれんに腕押し状態にイラついたリーダーがツバを吐き捨てた。
「チッ、それでも男かよ。キンタマついてねーんじゃねえのか」
「ついていますよ、凶悪なものが」
反論したのは俺ではなくニケである。
美人のお姉さんが下ネタに答えたせいで、多感な時期の少年たちは違う意味で顔を赤らめキョドっている。トドメを刺すならここだろう。
「そうです、コレでこのお姉さんたちを毎晩ヒイヒイ言わせてるんです。見せてあげましょう」
「いけません」
「おふぁンっ」
トドメにズボンを下ろそうとしたら、ニケに片手でベチンと止められた……なにもダイレクトに押さえることないじゃない……凶悪なコレが潰れちゃったらどうするの。
ていうかニケは、ポーラさんのこと意識して止めたよね……ちょっと抱っこが高評価だったからといって、ライバル視するのはやめなさいね。向こうも俺も、ハーレム入りなど望んでいないのだよ。
オーキン玉の安否を確認してポジションを整えている俺を見て、少年たちは諦めて苦々しい表情で立ち去ろうとしていた。ポーラさんの手前、無理に戦うわけにもいかないようだ。
俺はそんな彼らに声をかける。
「でもまあ、本当に戦いたいなら戦ってあげてもいいですよ」
よろよろと立ち上がった少年の右腕を掴み、一度体当たりするようにして崩してからその腕を巻き込みつつ反転。俺の小さな背中に背負われた少年は、綺麗に縦に回って背中から地面に叩きつけられた。
そうして完璧な一本背負いを決めていたらもう一人立ち上がってきたので、今度は支えつり込み足で転がす。
何度もそうやって投げ飛ばしていたこともあり、次の少年はなかなか立ち上がってこない。
「はーっはっはっは。どうしました、もう終わりですか?」
言っておくがこれはイジメではなく、柔道のレクチャーである。柔らかい地面を選んで投げているので、彼らは怪我もしていない。それに相手は五人もいるのだ。だからこれはイジメではない。
もちろん大人としては彼らの無謀な挑戦に応じる必要はなかったかもしれない。だが思うのだ。世間の厳しさと大人の怖さを教えるのもまた、大人の役割ではないかと。
そう考えた俺は、気が進まなかったが相手をすることにしたのだ。
つまりこれは愛の鞭であり、俺は正義を成しているのである。
決して、そう決して、「これで俺も無双デビューだ!」などと思ってはいない。子供相手にそんなことを思うわけないじゃないか。
「どこまでも大人げありませんわ……やりすぎないといいのですけれど」
「はー、坊やは本当に強かったんだねぇ。でも怪我をさせるような動きじゃないから安心してよさそうじゃないかい?」
「ジュードーと言いましたか。突き詰められた素晴らしい術理の武術ですね」
「ああ、主殿のつたない動きからでも思想が見えてくるようだ」
柔道は中学の授業でやった程度なので仕方ないが、ルチアちゃんはもうちょっとオブラートに包もうね。
そのルチアたちとポーラさんは、木陰でまったりとお茶している。
ポーラさんが家から持ってきた蜂蜜で食べるきりたんぽのようなオヤツが、見る度に恐ろしい勢いでなくなっているんだけど。さっきまであんなにあったのに……果たして俺の分は残るのだろうか。
「チクショウ……人間なんかにっ、ぐあっ!」
半ベソかきながら立ち上がったリーダーをまた投げた。降参すれば俺だって続ける気はないのだが、なかなか根性あるな。
しかし獣人は人間より身体能力に優れていることが多いが、例外もあることを知るのは彼らにとっても悪いことじゃないはずだ。俺は人間じゃないけど。
とはいえさすがにそろそろ打ち止めのようだし、もう一巡投げたら終わろう。
誰からいこうかな、と倒れているイヌ少年たちを見渡していると──ベチャリ──俺の足元に泥が飛んできて、地面に広がった。
なんだろうかと飛んできた方を見てみれば、イジメられていた少年グループが泉のほとりにいた。
なるほど、イヌ少年たちを狙って泥を投げたのが外れたのだろう。彼らは逆襲の機会をうかがうために帰っていなかったのだ──そう思ったのだが。
「も、もうやめろよ。みんなをイジメるな」
……あれ? それ俺に言ってる?
どうやら正解のようで、俺をまっすぐ見据えてまた泥団子を投げてくる。
「おっ、オマエら……」
意外な行動にイヌ少年たちが驚いているが、知ったことではない。
「貴様ら……助けてやった恩も忘れ、こともあろうか敵に助力するとはなんと愚かな!」
「いや彼らを助けたのはポーラ殿だと思うが」
「放っておきなさい、どうせあれは聞く耳など持っていません」
ニケの言う通り、俺の言葉に聞く耳を持たないイジメられ少年たちは、俺を泥まみれにせんと泥団子を放ってくる。人数が多いだけあって、その数は多い。
だが問題ない。
俺は素早く移動し、離れたところで転がっている少年二人の襟首を掴んで持ち上げた。
「うわあっ」
泥団子がぶち当たった肉盾が悲鳴を上げるのを見て、投擲する手が止まる。
「くくくく。どうだ、投げられるものなら投げてみるがいい」
「ひっ、卑怯だぞ」
「ふん、そんな大勢で泥を投げてくるお前たちと、どちらが卑怯だというのだ」
「なまじ正論なのがタチが悪いですわね」
セラの言う通り、タチの悪い少年たちは、俺の正論に返す言葉もなく押し黙った。
チャンスと見て歩を進めようとすると、足に絡みつくものが。
見下ろすとそれは、イヌ少年のリーダーだった。
「や、やれ……」
「なに?」
「俺たちに構わずやれーっ!」
懸命にしがみつくリーダーの叫び。顔を向けることはなかったが、それは間違いなくイジメられ少年たちに向けられていた。
自分ごと俺を泥まみれにしろと、そういうことかっ。
「貴様! くっ、お前たちまで!」
リーダーに呼応し、他のイヌ少年もしがみついてくる。
さらには盾とされていた少年までも、服が伸びるのも構わず強引に向きを変え、俺の腕を掴む。盾少年たちは身長差のせいで、足がギリギリ地面に届いているのである。
「そうだ、俺たちでこいつを倒すんだ!」
「早くやれえっ!」
相手が五人だろうが、所詮はレベルの低い子供。本気を出せば振りほどくことなど造作もない。だがそうしてしまえば、本当に怪我をさせてしまうかもしれない。
──その逡巡が命取りだった。
イヌ少年たちの決死の思いを受け取ったイジメられ少年たちが顔を見合わせる。
そして、目に決意の炎を灯して頷き合った。
「うおおおおっ!」
雄たけびを上げ、一斉に振りかぶる。
馬鹿なっ……こんな馬鹿なことがあるのか? 正義が敗れるというのか⁉
「おのれ……おのれええええぇ!」
そして響くは俺の断末魔…………どうしてこうなった。
「正義は勝つ、ですわね」
負けたんだけど?
しばらくして、泥だらけで半泣きになった俺だったが、全身を使って綺麗にしてくれた三人のおかげで見事復活。
でもそれは、蜂蜜きりたんぽを全部食べてしまったことへの贖罪だったのかもしれない。
それとあとになってポーラさんから聞いた話だが、少年たちはそれから仲良くなって、本当に戦いとか狩りとか教え合うようになったそうだ。
死ぬほどどうでもいい。