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6-16 いま、ふたたびの奈良へ行きたくなった




 獣人の集会所は、外樹海中心よりだいぶ南に位置していた。

 帝国側から来るとここに至る前に西の生命の泉と東のミスリル鉱床へ進む分岐点があり、ここまで帝国が進んでくる可能性は低い。それでいてググルニ山脈ともそれなりに近いので、対帝国拠点とするにはベストな場所にあると言える。


 ここだけ見たら樹海であることを忘れそうなほど開けている広大なこの場所では、定期的に各種族の代表団が一堂に会しているのだそうだ。

 今も多種の獣人が、それぞれテントを張っている。

 しかしその内訳は、圧倒的に女や子供が多い。

 それを不思議に思いつつ待っていると、仲間の獣人に状況を聞いた操が、憂い顔で俺たちにもその理由を教えてくれた。


「私たちは間に合わなかったみたい……昨日出撃してしまったって」


 俺たちは結局、操たちが先に逃した住民に追いつくことはできなかったのだ。怪我人も多かったし、剣聖たちを待ち受けるのに一泊していたのでそこは仕方ないだろう。

 そして住民の護衛についていた者たちは、獣人本隊と共に休む間もなく帝国との戦いに向かったとのことだ。操の憂い顔も頷ける。


「ミサオ殿たち勇者を待つこともせずに出陣か。だいぶ切羽詰まっているようだな」

「それにミサオさんたちが負けようが、聖国はこちらにまでは来ませんものね」


 剣聖の狙いは操たちだったし、そうでなくとも聖国が少数でこんな奥地にまで入り込むことはない。だから放置することにしたんだろう。


「もっともミサオたちが間に合ったところで、外樹海の獣人が馴染みのない人間の手を素直に借りるとも思えませんが。彼らの考える世界とはこの樹海のみ。その支配者気取りで自尊心を磨き続けている彼らにとって、勇者など異物中の異物でしょう」


 発言内容と声にトゲがあるのは、実はニケはあまりここの獣人が好きじゃないからである。

 その昔、ケーンだったころに色々あったのだ。


「うん……歓迎されてないことは今までも感じてきたし、前からこっちに来てるクラスメイトにも色々聞いてる」


 操たちが協力する以前から、こちらで活動している勇者が三人ほどいるそうだ。そいつらはなんとか受け入れられたのだろう、今回の戦いに出向いていてここにはいない。


「で、これから操たちはどうするんだ? 本隊を追うのか?」

「ううん。初めはそのつもりだったけど……思った以上にここの守りが薄くて、みんな不安がってるから」


 到着したばっかのティオの仲間たちまで連れてくくらいだし、さもありなん。

 俺としても操には大人しくしておいて欲しいのでちょうどいい。


「そっか。なら俺たちは適当にブラブラしてるか」

「一応橘くんたちのことも、ここの獣人たちに話してあるけど……あまり変なことはしないでね」


 なんでそんな不安そうに俺を見るのだ義妹よ。


「これがどういう人か、ミサオもわかってきたようですね」


 よくわからないが操は苦笑いして仲間の方に去っていったので、俺たちは付近を散策することにした。

 俺もそうだが、セラやルチアは獣人の集落に来たことがない。その暮らしぶりを興味深く眺めている。


「しっかりした作りのテントだな。想像していたより、はるかに快適そうだ」


 ティルの仲間の獣人たちがここに来るまでのあいだ使っていたテントは簡素なものだった。マジックバッグの保有数が少ないという理由もあるだろう。容量が少ないマジックバッグでも高価であり、冒険者もC級くらいだとパーティーで一つしか持っておらずに共用していたりすることは多いのだ。

 しかしルチアの言う通り、ここにある木や皮で作られたテントは、言うなれば移動式住居という感じだ。かなり手が込んでいて丈夫そうで、実物を見たことはないがモンゴルのゲルが連想できる。

 そして事情は違うだろうが、ティルたちのように全体で来ていそうな種族もチラホラ見受けられ、テントの総数はかなり多い。


 種族ごとにまとまっているそれらのテントを眺めつつ、中央を目指して進んでいく。

 そこには一際目を引く岩がドドンと屹立(きつりつ)している。あぐらをかいて座っているような、面白い形の巨岩である。高さだけ見ても東大寺盧舎那(るしゃな)仏像、いわゆる奈良の大仏の三倍から五倍くらいありそうだ。

 そしてその岩の股のあいだ、窪んだ場所には建造物が立っている。


「木造の割にでかいなー」

「独特な意匠が素敵ですわ」


 あぐら岩の凹凸を活かしつつ組み上げられていて、かなり手間がかかっているのは間違いない。幾何学的な模様があちこちに彫られていて、エキゾチックな雰囲気が(かも)し出されている。

 その建物を見上げながら、巨岩を掘って作られた階段の前に進む。


 そこで俺たちにかけられたのは、威勢のいい女性の声。


「アンタたち、そこを上がるんじゃないよ」


 振り向くとそこには、丸っこい耳を頭上につけた恰幅のいい中年女性がいた。

 ここに来てからずっと、獣人たちに(うと)ましがられているのは感じていた。今までは遠巻きに見られているだけだったが、この重要そうな場所に近づいたせいでついに直接きたか。

 そう思ったのだが、俺たちと目を合わせた茶色い髪の女性はニカッと笑みを見せた。


「アタシなんかにとっちゃただの集会所だし、近くで見せてやりたいんだけどねえ。ここを神聖視してる奴らもいるからさ。アンタたちも揉め事を起こしたいわけじゃないだろ?」


 どうやらこの人は、善意で忠告してくれているようだ。それを踏みにじる必要などない。


「もちろんです。初めてここに来て物珍しさで興奮しちゃってましたが、皆さんのしきたりを破るつもりはありません。教えてくれてありがとうございます、お姉さん」


 礼を言うと、女性は豪快に笑いながら俺を抱っこするセラの前まで歩いてきた。


「こんなオバチャンをお姉さんだなんて、変なおべっか使うんじゃないよ。ませた子だねえ」


 多分可愛がっているつもりなのだろう。俺の頭をでかい手で叩いたり撫でたりしてくる。

 ただそれはポンポンというよりズドンズドンだし、ワシャワシャというよりゴリゴリである。首への負荷が強すぎるんだよ……ステータス高くて助かった。

 そしてそのまま女性がごく自然に、セラから俺をふんだくる。

 三人とも無警戒というわけではなかったが、中年女性特有の邪気の無さにより反応できなかったようだ。


「それで、アンタらが聖国の連中を追い払ってくれたっていう客人かい?」


 片腕の上に俺を座らせるように抱っこした女性にも、もう俺たちのことは伝わっていた。

 そしてどうやら女性の頭には俺が戦ったという考えはないらしく、完全に顔を三人に向けている。


 ちなみに俺の身長が少し伸びたので、最近では三人も歩くときなど大体この抱っこになっている。

 しかしこの女性のふくよかでどっしりとした体型が生み出す安定感と安心感は、セラたちでは味わえない。正直いきなり馴れ馴れしく接してこられるのはあまり好きではないが、この抱っこはなかなか悪くないな。


 ……とはいえどちらに抱っこされたいかといえば当然三人なので、ニケちゃんは女性と比べるように自分のお腹を摘むのはやめなさい。こうなることを目指されても困るのよ。自然にこうなっていくなら別にいいんだけど。


「貴女方のために聖国と戦ったわけではないが、そうなるな」


 女性に対してルチアが答えた。


「そうかい……理由はどうあれ、味方してくれるのはありがたいことさね」


 礼を述べた女性は、「だけど」と続ける。


「こんな可愛い子をこんなところまで連れてくるのは感心しないね。森歩きは大変だったろう? 慣れてなかったら特に」


 俺を気遣いながらジロリとセラたちを見やる女性に、三人は苦笑いで応えた。

 やはりいい人のようだが、三人が責められるのを黙って見ていては未来の夫として失格である。


「そうなんですよー、代わり映えしない森の中を、何日も抱っこされるのは退屈で退屈で。だから僕は何度も帰ろうって言ったんですけど、血に飢えたこの野蛮な人たちが聖国を血祭りにあげるまでは帰らないって言って無理矢理」


 ふむ、庇うどころか本音が出てしまったようだ。


「いい加減なことを言うのはやめなさいマスター」

「御婦人、騙されてはいけない。それが可愛いのは見た目だけなのだ」

「……なんとな〜くわかったよ。自分では森を歩いてもなかったみたいだし……大変そうだね、アンタたち」


 三人に向けられた視線が、労いのものに変わった……け、計算通りである。

 それから軽く立ち話していると誘いを受けた。


「色々でさぞ疲れてるだろうし、うちで休んでおいきよ」


 そこまでみんな疲れているということはなかったが、暮らしぶりに興味があったのでお邪魔させてもらうことになった。


 女性はクマ系獣人のポーラさん。今は旦那さんと息子さんが戦いに赴いていて、留守を預かっているそうだ。

 こちらも自己紹介しつつ、ポーラさんのテントに向かう。

 その道すがら、泉のほとりに子供たちがたむろしているのを見つけた。




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