6-13 閑話 敗者の旅路・天国行き 〜予定は未定にして決定にあらず〜
「結局、彼らが何者か聞けず仕舞いでしたわ。心当たりはありませんの?」
魔術で作ったのだろうか。女エルフはさっきまでなかった大きな穴に、騎士や女たちの遺体を運び入れている。
隙だらけに見えるけど、逃げても無駄なことはわかりきっている。私は片方裸足の足を放り出して座っていた。
「……そんなものないわよ。あっても誰がアンタなんかに」
初めから期待していなかったのだろう。女は「そう」とだけ応え、また一人騎士を運ぶ。
「思ったより落ち着いていますのね。もうシンイチさんにしたような命乞いはしないのかしら」
「したら見逃してくれるの?」
騎士を穴に横たえた女の背中を隠す、長いブロンドの髪がゆるゆると揺らされる。
「残念ですけれど、私たちやミサオさんを必ず殺すのだと言っているのを聞いてしまいましたもの」
わかりきっていたことだ。
殺す気で来てるこの女が、今さら私を見逃すはずがない。もう命乞いする意味もないし、言葉を選ぶ必要もない。
もちろん死にたいわけじゃないけど……なんだろう、諦めてしまえば意外と怖くない。
「はっ、それを聞きたくて盗み聞きしてたくせに」
「……そうかもしれませんわね。それはそうと貴女も手伝ったらいかが?」
穴から上がってきた女は外にまだ転がっている死体を視線で示すが、まっぴらゴメンだ。
「なんでアタシが。イヤよ、汚れるじゃない」
「お仲間だったのでしょう?」
「仲間? 笑わせないで。原人なんかを仲間だなんて思ったことはないわ」
ただでさえ自分もその穴の中に入れられると考えれば吐きそうなのに、手伝うわけがない。
「ミサオさんの言った通りでしたわね」
そう呟いた女エルフは、ため息をついた。
「……操がなにを言ったの」
「恐らく貴女は、この世界のなにもかもを憎んでいると」
なによそれ……そんなの当たり前じゃない。無理矢理こんな汚くて臭くて不便で危ない世界に連れてこられて、憎まないわけがない。
操だってそうに決まってるのに。だからあの女は嫌いなんだ。自分だけイイ子ぶって。
「言いたいことは多々ありますけれど、貴女方の境遇に同情はしますわ。ですがどうしてもわかりませんの。剣聖……ケンゴさんといったかしら。彼がシンイチさんを害するよう焚きつけていたのは、貴女なのでしょう?」
「だったらなによ」
それも操に聞いたのだろうが、間違ってはいない。
初めはただ健吾が遊びでイジメていただけだった。でも途中から橘が権力を持ち始めたせいか、健吾がビビったりすることがあった。それを私が煽っていたのだ。
「なぜ同郷人であるシンイチさんを?」
「ムカつくからに決まってるじゃない。クラスメイトも聖国も無価値だと思ってた、一人じゃなんにもできない錬金術師のザコのくせに」
そう……私と同じ。いや、私よりもっと立場が弱かった。
それなのに。
「なのにアイツ、誰にも頼らず一人で上がってって。ムカつくのよ、そういうの」
「そうでしたの……嫉妬していたのですわね。それであの人に当たったと」
「うっ、うるさい! アタシは悪くない! 生意気過ぎる橘が悪いのよ! だけどイジメてもイジメても、アイツ……全然こたえずにニヤニヤ笑って、アタシを心の中で嘲笑っていたのよ、絶対! なんでアイツを誰も殺さなかったのよ……使えないヤツばっかり!」
思い出して怒りに震えていると、また女は大きなため息をついた。
「そんなに悪意で濾して世界を受け取らなくてもよろしいのに……」
「はあ? どういう意味よ」
女は気にするなと、お前なんかにはわからないと首を振った。くっ、バカにして……。
「これでも迷いましたのよ。でも追ってきて正解でしたわ。初めに見たときから、なんとなくわかっていましたけれど……貴女は毒婦。己が望むままに他者を操り、傷つけ、そんな己を省みることもない人。ここで逃がせば、取り返しのつかないことになりかねませんわ」
そう言ってキリッと顔を作る女を見て──私は怒りも忘れ、こらえきれずに吹き出した。
「ぷっ、アハハハハハ!」
「……なにがおかしいんですの」
「ククク、アンタなんかに言われたら笑うに決まってんじゃない。同類のくせに偉っそうに」
「えっ?」
この女を一目見たときから、どうにも気に入らなかった。だからつい目で追ってしまっていた。
それは苦労の一つも知らなさそうな、お高く止まった見た目とか雰囲気の問題だけじゃない。
認めたくはなかったけど、多分……同族嫌悪。
「アンタがわかるように、アタシにだってわかんのよ。アンタも男たぶらかして、自分の思うように転がして生きてきたんでしょうが」
「わっ、私が? 私はそんなこと……」
「さっきも橘にあれこれ吹き込んでたじゃない。そうやって男を操ってきたんでしょ、アンタもさぁ」
今まで考えたことはなかったのだろうが、心当たりはあるはずだ。その証拠に、女が愕然とした表情で後ずさる。
物理的に戦っても私じゃ敵いっこないけど、一矢報いてやった。ざまあみろ。
しかしそれも束の間、女はぐっと踏みとどまった。
「……違いますわ。私はたぶらかしてなどいませんし、合理的思考に基づいて助言しているだけですわ。私の大切な方々が、後悔のない道を歩まれるように。それを他者を踏み台にする貴女と一緒になどされたくありませんわ」
なによ面白くない。
女の切り替えの早さに舌打ちしていると、なぜか女は愉快そうに笑った。
「ふふっ、あの人のように臆面もなく言い切るのも、思いのほか勇気がいるものですわね」
よくわからないけど、すぐ切り替られえたのは橘の影響ということ?
なんだか胃もたれしそうなゲロ甘砂糖菓子を食べさせられている気分。うんざり。
「もういい、これ以上アンタと話なんてしたくない。さっさと殺しなさいよ」
「……わかりましたわ」
歩み寄ってきた女が杖を構える。
「念のため最後にお聞きしますけれど、私たちへの復讐を諦める気はありませんわよね」
ここで諦めると言って、泣いてすがったらどうなるだろうか。
きっと女は信じないだろうし、結局私を殺すだろう。ただその心にささくれを残すことはできるかもしれない。
でも……もういいか。
「絶対にお断りよ。健吾を殺したアンタらを許すわけないじゃない」
「そう……貴女はケンゴさんを……素直じゃないところだけは、私と似ているかもしれませんわね」
なにか呟いて、女が薄く笑う。
その憐れみの目、ホントムカつくわ。
だが、それも一瞬。一息ついた女の目には、憐れみも迷いもなかった。
「では、なにか言い残すことはありますかしら」
「それも橘の真似? そんなものないわ。あ、JonJomは返さないから。アイツに新しいの買ってもらいなさいよ」
「……仕方ありませんわね」
もう女を見ていられなくて、顔を手で覆ってうずくまった。さすがにちょっと怖い。
「絶対痛くしないでよ」
だけど……そう。
あのバカ男が待ってると思えば、それほどじゃない。
天国を乗っ取って、アイツが王様で私が女王というのも案外悪くないかもね。
あ〜あ。
こんな世界、大っキライ!